ルームメイトの溺愛はちょっとズレてる

 夕飯の後は木下たちとホテルの売店で買い物をしたり、部屋でフェイスパックをしながらトランプで遊んだりした。
 売店で買ったフェイスパックにはキャラクターの顔がプリントされていて、オレたちはそれを顔に貼り付けて写真を撮った。
 それを木下が鍵付きのSNSにあげると、南から反応があった。
『俺らも買ってくるー!』
「だって。あの四人がパックするとこ想像できないよな」
「南以外はやらないだろ」
「だよなぁ~」
 なんて言っていたのだが。
 トランプに飽きてSNSを見ると、南がオレたちと同じフェイスパックを付けている写真がアップされていた。
 その隣には同じようにフェイスパックを付けた髪の長いイケメンが写っていた。
「これ、央位だよな……」
「う、うん」
 大智の「三人の言うことをなんでも一つ聞く」という約束を、南はここで使ったらしい。
 そうじゃなければ大智がこんなふざけた写真に参加するはずない。
 青色の猫型ロボットのフェイスパックを付けているのに、大智からイケメンオーラが滲み出ている。
 その証拠に、写真をアップしてから八分しか経ってないのに南のSNSにはコメントが二十件以上ついていて、多くは「隣のイケメンだれ?」という内容だった。
「木下のほうはコメントあった?」
「うん。『楽しそうで何より』って」
「へぇ、誰から?」
「……母親」
 オレと小原が爆笑したのは言うまでもない。
 それから少しして点呼があった。先生はオレたちが部屋にいるのを確認すると電気を消した。
 明日も早いからそろそろ寝るかとベッドで横になったものの、話は途切れなかった。
「なあ、今年の文化祭なにやる?」
「え、早くない?」
「実は俺、考えてることがあってさー」
 いつもおちゃらけている木下が真面目に話し始めた。
 それに耳を傾け、オレと小原も意見を出し合った。
 明日のバスで他のクラスメイトたちにも意見を聞くことで話がまとまると、オレのスマホにメッセージが届いた。
 大智からだ。
『十時にプールの更衣室に来て』
 やっぱり諦めてなかったか……。
 時計を確認すると十時まであと八分だった。
「ちょっと出てくる」
「え、どこ行くん?」
「大智がプール入ろうって」
「マジかよ」
「そういや央位だけ入ってなかったっけ」
「うん。もし先生が来たら」
「適当に誤魔化しとくよ」
「そっちも見つかるなよー」
「うん。ありがとう」
 オレは浴室に干してあった海パンと、ホテルのバスタオルを持って部屋を出た。
 廊下の左右を見て先生の姿がないことを確認してからエレベーターホールに向かった。
 心臓がバクバクしてる。
 今までも修学旅行で部屋を抜け出したことはあったけど、そのどれよりも緊張感がある。
 更衣室に向かうまでの間、先生と遭遇することはなかったが、着いた頃にはオレの脇は汗でビショビショになっていた。
 一方の大智は、プール初日の小学生のようなテンションで更衣室でオレを待っていた。
「朝陽、水着持ってきた?」
 すでに水着に着替えていて、長い髪を一つに結ぼうとしているところだった。
 つまり上半身は裸なわけで……。
 腹筋が割れるのはサッカーやってればデフォだけど、大智の腹筋は今まで見た同級生の誰よりも分厚かった。
「朝陽? 忘れちゃったなら俺が取ってくるよ?」
 うわ、しかもエイトパックだ。ネイビーのハーフパンツタイプの水着がめちゃくちゃ似合っている。
 腹筋の上にある胸筋もエグい。高校生でも、こんなに育つんだなぁ……。
「朝陽?」
「えっ、あ、ごめん! 水着ならあるから大丈夫! 着替えてくる!」
 オレは近くにあったロッカーに百円玉を入れて扉を開け、そこに手荷物を放り込んで水着だけを取り出した。
 そんなオレを、大智はロッカーに肘を付いてニヤニヤしながら眺めていた。
「……そんなに見られてたら着替えづらいんだけど」
「朝陽だって俺の体見てたのに?」
 ゔ、バレてたか。
「すぐ行くから! 先にシャワー浴びてて」
「はは、なんかエッチだね」
「も~~! 先に行ってろって!」
 大智を押し出し、すぐに水着に着替えた。
 否が応でも自分の体が目に入るわけで……。
 うん、もっと鍛えよう……。
 
 夜のプールは、夕方に入った時と雰囲気が違っていた。
 プールサイドにはランプのようなライトが並べられ、水中からの光が水面を淡く光らせている。プールサイドのショップではピンクやライトブルーのカクテルが売られていた。
 大人の時間だ。
 まだ高校生の俺たちは場違いなはずなのに、なぜか大智は妙に馴染んでいた。
「朝陽、またオレに見惚れてるの?」
「ちがうっ」
 オレを揶揄って笑っている大智の横をすり抜けてプールに入る。
 照明はあるものの、夕方よりも全体的に暗い。これなら、もし先生が見回りに来てもバレないかもしれない。
「朝陽」
 名前を呼ばれて振り返ると、大智がオレに水を掛けてきた。
「やったな!」
 水を掛け返すと、大智は背を向けて逃げた。
 それを追いかける。
 あとちょっとで追いつくというところで大智は急に振り返り、オレの手を引っ張った。
「うわっ」
 バランスを崩してダイブしそうになったオレを大智が笑いながら抱き寄せた。
「ははっ、大丈夫?」
「大丈夫だけど……恋人なんだから大事にしろよなっ」
 オレがそう言うと、大智は目をパチクリさせた。
「なんだよ……ちがうの?」
「朝陽が可愛いすぎてびっくりしてる」
「もしかして揶揄ってるのか? 浜辺歩いた時からずっと?」
「ちがう、ずっと本気だ。ただ朝陽が俺の恋人だって言ってるのが可愛くて。もう一回言って」
「言わないっ」
 今度はオレが逃げる番だった。
 追いかけてくる大智から逃げて、たまに振り返って水を掛け合う。
 プールには他にもカップルっぽいひとたちかいたけど、オレたちは彼らに溶け込めていたと思う。
「先生だ」
「うそ、どこ!?」
「朝陽、潜って」
 大きく息を吸ってプールに潜った。口と目をぎゅっと閉じてなるべく動かないようにしていると、唇に柔らかいものが触れた。
 びっくりして口を開けたせいで、肺に溜めていた空気は泡になった。
「ぷはっ、ごほっごほっ」
「朝陽、大丈夫?」
「だいじょ、ごほっ……先生は?」
「さあ?」
「騙したのか!?」
「ドキドキした?」
「もう知らない!」
 プールを出てロッカーに向かった。
 シャワーブースに入りビニール製のカーテンを閉じると、それを破りそうな勢いで大智が飛び込んできた。
「朝陽、ごめんっ」
 大智はまるで親に叱られた子どもみたいな情けない顔だった。
「あははっ、ドキドキした?」
「したよ、するに決まってる」
「じゃあ、おあいこだな!」
「だね」
「そろそろ戻ろう。明日も朝練あるんだろ?」
「うん」
 お湯のコックを捻るとシャワーヘッドからお湯の雨が降ってきた。
 それを浴びようとして自然に体と体が近づく。
 オレは大智にしか聞こえないボリュームで、目の前の胸筋に向かって話し掛けた。
「ファーストキスだったんだけど」
「俺もだよ」
「本当?」
「うん。これが二回目」
 大智の指が俺の顎を上に向かせる。
 二回目のキスは一回目よりも長く、熱かった。
「帰りたくないな」
「気が早いなあ。修学旅行は始まったばかりだぞ?」
「部屋に帰りたくないって意味。俺が部屋に帰ったら、朝陽は俺以外のヤツと寝るんでしょ?」
「そうだけど、言い方!」
 オレは修学旅行の初日に、初めての恋人ができて、初めてのキスをした。
 その夜はドキドキして眠れなかった……なんてことはなく。
 移動と二回のプールで疲れてきっていて、小原と木下に起こされるまでぐっすりだった。
「おーい、佐野ー、朝食の時間になるぞー」
「んー……」
 ベッドから起き上がり伸びをすると、自分の髪からかすかにプールの塩素の匂いがした。
「サッカー部はもう朝練してるぞ」
 小原に言われ、眠気覚ましがてらテラスに出ると、サッカー部がホテルの外周を走っているのが見えた。
「沖縄に来てまで走るのな」
「陸部は自由行動の時間が練習らしいぞ」
「うげぇ」
 木下は「俺は絶対に無理」という顔でもう一度下を見た。
「佐野、声掛けてみれば?」
「ここ七階だぞ? 聞こえないよ」
 木下の横に立って下を見ると、後ろの方を走っていた部員がまるでオレたちに気が付いたように顔を上げ、大きく手を振った。
「央位じゃね?」
「そうかな……?」
 確信はなかったけど、手を振り返した。
 すると後方を走っていた部員は急にスピードを上げ、前を走っていた部員を追い越し先頭を走り始めた。
「央位っぽいな」
「央位だろ」
「……うん、そんな気がする」