ルームメイトの溺愛はちょっとズレてる

 プールの端にあった階段を降りていくと浜辺に出た。
 ホテルの部屋からも見えた海に夕日が沈もうとしている。
 夕日といえばオレンジ色と思っていたけれど、実際の夕日は黄色とピンクが混ざったような色で、海の近くは灰色と紺色に見える。イメージしていたよりずっと複雑だった。
 波打ち際で大学生ぐらいの女の子たちが海に向かってスマホを向けて写真を撮っていたが、うちの学校の生徒はいないように見えた。
 みんなプールで遊んでいるのだろう。
 大智はというと、夕日にはめもくれず、黙々と砂浜を歩いている。
「大智、どこに向かってるんだ?」
「人がいないところ」
 それならホテルの部屋のほうがよかったんじゃないかと思ったけれど、大智と浜辺を歩けるチャンスはもうないかもしれないから口には出さなかった。
「砂浜を歩くの、小学生の頃のビーチサッカー教室以来かも」
「それ俺もあった。砂浜がめちゃくちゃ熱かった」
「そうそう」
 住んでいたところも、チームも違ったけれど、きっとオレたちは似たような思い出をいくつも持っている。
 スパイクが霜を踏む感触、何試合目かわからなくなるほど続く練習試合、トーナメント戦の緊張感。
 オレたちはお互いの顔も名前も知らなかった時も、同じスポーツに夢中だった。
 同じ日に同じ試合会場にいたように、同じスタジアムでプロの試合を見たこともあったのかもしれない。
 そして、二人ともサッカーをやめようとした。
 オレの場合は怪我で思うようにプレイできなくなったのが理由だけど、大智はそうじゃない。
 でも、スペインのチームからスカウトされるほどの才能の持ち主がサッカーをやめようと思ったのには相応の理由があったはずだ。
 それを聞かなかったのは、大智が挫折なんかするはずないと思っていたからだ。
 そのくせ自分の傷は大事に扱って、大智にサッカーをやっていたことを隠そうとした。
「ごめん」
「えっ、俺もうフラれるの?」
「えっ!? ちがうちがう、そうじゃなくて」
 ということは、オレはこれから大智に告白されるのか……!?
「えっと、サッカーやってたこと隠そうとして、ごめん」
「そうだったの?」
「うん……怪我して諦めたって言いたくなくて」
 思わずうつむくと、砂浜に大智の足跡があった。
 きっと後ろを振りかえればオレと大智が付けた二つ足跡がここまで続いているのだろう。
「でも大智は初めから知ってたんだよな……カッコ悪いな、オレ」
「朝陽はカッコ悪くなんかない」
 顔を上げると、大智が真面目な顔でこっちを見ていた。
「あの日、朝陽のプレイから目が離せなかった。あとで朝陽のチームのSNSで名前を調べた。また会えたら、話したいって思って」
 驚いて目を見開くと、視界の端で夕日が一際強い光を放った。
 海に沈む直前の太陽が大智を赤く照らす。
「入学式の時、同じ学校にいてびっくりした。めちゃくちゃ嬉しかったけど、びっくりし過ぎて上手く話せなくて……わかった?」
「……ううん、わからなかった。オレもびっくりしたから。うわ、央位大智だって思って」
 お互いにびっくりしていたのがおかしくて顔を見合わせて笑った。
「俺、サッカーしかしてこなかったし、自分はサッカー以外に興味ないんだと思ってた。でも朝陽はサッカーの話を全然しなくて」
「ごめん……」
「そうじゃなくて。サッカーの話をしてないのに朝陽といるとずっと楽しくて……気が付いたら好きになってた」
 その好きは恋愛的な好き?
 それとも友達として?
 聞きたいけど、聞きたくない。
 もし「恋愛的な意味じゃないよ」と笑って言われたら、今感じてる肌がザワザワするほどの幸せな時間が終わってしまう。
 武田よ、本当に『恋』って断言できるのか?
 頭の中で問いかけてみても、オレの脳内の武田は「夕飯までに帰ってこいよー」としか言わなかった。
 BL漫画のキャラみたいに、大智の目の中にハートがあればいいのにな。
 そう思いながら見つめていると、大智がなぜだか泣きそうな顔になって初めてオレから視線を逸らした。
「ごめん、こんなこと言われても困るよね」
「あ、いや……」
 確かに困ってるけれど、大智が言う「困る」はオレが感じてる「困る」は違う気がした。
「俺、今日、知らない女子にぐいぐい来られて気付いたんだ。俺も朝陽に同じことしてたのかもしれないって……」
 確かに大智はぐいぐい来るタイプだと思う。
 大智以外の誰かに同じことをされていたら、オレは嬉しくなかったかもしれない。
 大智が好きで、大智がオレの特別だから嬉しかったんだ。
「大智が欲しいのはカノジョで、男の俺じゃない。朝陽が読んでた漫画みたいにはいかないってわかってる」
 大智にBL漫画のことを聞かれた時、俺は「わからない」と答えた。
 俺のことを好きな大智は、どう思っただろう。
「でも、諦められない。朝陽が好きだ」
 大智は顔を上げて俺を見た。
 まっすぐな視線を向けられて、オレの頬がじわじわと熱くなる。
「……オレ、大智に嘘吐いた」
「嘘……? どんな?」
「好きな人いたことないって言ったけど、本当はいるんだ、めちゃくちゃ好きな人が」
「……そう」
 大智の表情がまた無になった。
 オレが伝えたいことが伝わってないとわかって、すぐに口を開いたが、大智のほうが早かった。
「そいつと俺、どっちがサッカー上手い?」
「なんでサッカーで比べるんだよ」
「……だって朝陽、サッカー好きでしょ」
 大智が言う通り。オレはサッカーが好きだ。
 膝がヤバいことになってもプレーを続けてしまうぐらい、サッカーが好きだった。
 サッカー中の怪我で元のように動かせなくなったのに、サッカーを嫌いになることはなかった。
「比べられないよ、どっちが上手いかなんて」
「そいつ、サッカーしてないの?」
「してるよ」
 夕日が沈み段々とあたりが暗くなるのを感じながら、大智の胸に人差し指をトンと置いた。
「大智が好き」
「……本当に?」
「うん……めちゃくちゃ好きで困ってたとこ」
「……なんで?」
「え?」
「なんでフェイント入れたの!? しかも二回も!」
 告白にOKしたはずなのに、大智は拗ねたような顔でオレの両腕を掴んだ。
「絶対ダメだと思った……」
「ご、ごめん、そんなつもりなかったんだけど」
「朝陽だから許すけど……」
 そう言うと大智はオレの頬を手で覆った。
 えっ、まさか、キスするつもりなのか!? ここで!?
 背後から、さっきの女子大生のはしゃぐ声が聞こえる。
 このロケーションだし、両思いになった直後だし、キスしたくなる気持ちはわかる。
 でも、人前でキスするのは恥ずかしい。なにぶん初めてなので、できれば二人きりの時がいい。
「だ、だめ!」
「そんなにヒリヒリするの?」
「え?」
「日焼けが辛いんでしょ? プール入ってたから日焼け止め落ちちゃったよね。気付くのが遅くてごめん、ホテルに戻ろうか」
「あ、う、うん」
 意外にも大智は紳士だった。
 そして大智の言う通り、オレは西日に照らされていた右頬だけが日焼けしてしまったようで、ホテルの部屋に戻ってから鏡を見ると赤くなっていた。
 同じ部屋の木下と小原に「央位と顔が赤くなるようなことをしてたのか~?」と揶揄われたが、浜辺で告白されて両思いになったことは言わなかった。
 言っていいのかわからなかったのもあるけど、正直あまり実感がなかったからだ。
 夕飯を食べる頃になっても頬の赤みは残っていたけど、ヒリヒリする感じは少しマシになっていた。
 夕飯はバイキング形式だった。
 ホテルの大きな会場が貸切になっていて、さまざまな料理やスイーツが腹を空かせた男子高校生を待ち構えていた。
 オレが木下たちと一緒に沖縄料理を食べていると、ステーキが乗った皿を両手に持った大智がやってきた。
「朝陽、バイキングのデザートコーナー行った? 朝陽の好きなプリンあったよ」
「お、おう、行ってみるわ」
 大智はめちゃくちゃいつも通りで、自分の席に戻っていく背中に「オレたち恋人同士になったんだよな?」と聞きたくなるほど普通だった。
「やっと元通りになったみたいだな!」
「央位が朝陽に甘いの見るとホッとするわぁ。最初はギョッとしたのに」
「わかる。慣れだよなぁ~」
 木下と小原はもずくスープをすすりながら頷き合っていた。
 確かに、オレたちは元々距離が近くて、大智は元々オレに優しかった。
 恋人同士になっても、そんなに大きな変化はないのかもしれない。
 恋に恋していた男子高校生オレとしては肩透かしをくらったような感じもあったが、ホッとする部分もやっぱりあった。
 恋人同士って、何をしたらいいのかわからないし。
 修学旅行から帰ったら、あのBL漫画を最後まで読んでみようかな。
「オレ、デザートとってくるわ」
「おう」
 オレは席から少し離れているバイキングコーナーに向かった。
 バイキングコーナーのすぐ横の席はスポーツクラスで、その理由はテーブルの上を見ればわかった。
 テーブルの木目がほとんど見えないぐらい皿で埋め尽くされている。
 特にバスケ部がまとまって座っているあたりは、回転寿司店かと思うぐらいに皿が積みあがっていた。
 その横を通りすぎてデザートコーナーに行くと、皿を片手に迷っている南がいた。
「全部うまそうだよな!」
「あっ、佐野! そうなんだよー! 全部美味しそうで迷うんだよなー」
「もしかして南、あんま食えないひと?」
「うん、だからバイキングはマジ迷うんだよぉ」
 南は悩みながらシークワーサーのゼリーを持っていた皿に乗せた。
 オレは、それもおいしそうだなと思いつつ、やっぱりプリンにした。
 フルーツも乗せてから南を見ると、皿の上にパッションフルーツのケーキとサーターアンダギーが増えていた。
「そんなに取って大丈夫か?」
「うん。ヤバかったら央位に食べさせればいいし。アイツの胃袋バカだから、いくら食べても……」
「誰がバカだって?」
 低い声が聞こえて振り返ると皿を持った大智が立っていた。
 南は一瞬「ゲッ」という顔をしてから、小さな顔の半分を占めるんじゃないかという瞳をキラキラさせて大智を見上げた。
「いっぱい食べられるって意味だよ♪」
 同性のオレから見ても可愛いと思ったのに、大智は「ふん」と鼻息で一蹴した。
「残したのを食えっていうなら、お前のはそれで終わりな」
「ええ! そんなのイヤだ!」
「じゃあ自分で食えよ。デカくなれないぞ」
「背はもう止まったよ!」
 南と大智がやり合っていると大型犬と子猫がじゃれあってるみたいだ。
「お前のは、ってどういうこと?」
「そうそう! 聞いてよ、実はね!」
「南、余計なこと言うな」
「あ、聞かないほうがいいなら……」
「朝陽に隠し事してるわけじゃないよ」
「そうそう♪佐野だって関係あるんだし」
 南は可愛い顔でニヤリと笑った。
「央位が幸せそうな顔で部屋に戻ってきたから、俺たちが佐野の話を聞いて誤解をといたおかげなんだぞって言ってやったんだ。そしたら央位が俺たち三人の言うことをなんでも一つ聞くって約束したんだ~♪」
「そんな約束したの!?」
「朝陽の願いなら何個でも叶えるよ」
「いや、嫉妬してるわけじゃなくて……」
 武田は無茶なお願いはしなさそうだけど、藤井は今まで央位に振り回されてきただけに鬱憤が溜まってそうだし、南は不機嫌な央位に腹を立てていた。
 どんなことをお願いされるのやら……。
「まぁ、それは置いといて。おめでとう、でいいんだよね?」
「うん……ありがとう」
 オレと大智が付き合っていることは、どうやらサッカー部のエースにはバレバレのようだ。
 嬉しいけど、やっぱ照れるな。
「じゃあ、先に戻るねー!」
 南はデザートがもりもりになった皿を持って自分の席へと戻っていった。
「朝陽、このあと予定ある?」
「このあと? 特にないけど」
「じゃあ、プール入ろう」
「え……!」
 オレは思わず辺りを見回した。幸い、近くに先生はいなかった。
「本気で言ってる……?」
「うん。だって俺プール入れてないし」
「そうだけど……」
「先生の見回りの時間がわかったら連絡するからスマホ持ってて」
「え、ちょ、大智!」
 名前を呼ぶと大智が晴れやかな顔で振り返った。例のとんでもない色の組み合わせの服を着ているのに妙にかっこいい。
 これがオレの彼氏か……と見惚れていると、大智が首を傾げた。
「どうしたの、朝陽」
「う、ううん……えっと、連絡待ってる……」