その夜から大智の様子が変わった。
オレが話しかけても上の空という感じで、修学旅行の荷造りを手伝おうかと言っても「大丈夫」と言われた。
その理由を聞けないまま、修学旅行当日の朝を迎えていた。
オレと大智はサッカー部の三人と一緒に、羽田空港へ向かう電車に乗った。
「おい、藤井。パスポート持ったか?」
「ふんっ、沖縄はパスポートいらない! それぐらい知ってるぞ!」
藤井は武田に言い返したが、南に「とかいってICカードを忘れてたりして」と言われると慌ててリュックの中をあさり始め、結局制服のスラックスのポケットからパスケースを取り出した。
「あった!」
「あるに決まってんだろ。電車に乗れてるんだから」
「あ」
藤井の素なボケに、オレは笑い、そして隣を見た。
オレの隣に立つ大智はワイヤレスイヤホンを耳に入れ、遠くを見る目で窓の外を見ている。
あまりのテンションの低さに「どうしたの?」と聞くこともできない。
羽田空港に着くまでの間、大智はほとんど話さなかった。
飛行機で那覇空港に到着すると、クラスごとにバスへ乗った。
一番後ろの五人席に小原、オレ、木下の順で座ったのだが、木下は可愛いバスガイドさんにメロメロで、まるでアイドルのコンサートに来たかのようにはしゃぎ、バス中央の席から何度も手を振っていた。
バスは首里城や有名なお菓子工場などを回り、昼は沖縄そばの店に入った。
そこで、去年同じクラスだった田中と隣になった。
「なんか久しぶりだな!」
「だな~。なあ、央位のハナシ聞いた?」
「え? 大智がどうしたんだ?」
「さっき、首里城で自由行動あったじゃん? そこで現地の女子高生に逆ナンされたらしいぞ」
「えっ!?」
咄嗟にスポーツクラスのほうを見ると、大智は無表情で沖縄そばの白い麺をすすっていた。
「さすが央位って感じだけど、央位に声かけた女の子もすごいよなあ」
その話を聞いていた木下が感想をもらした。
「俺だったら絶対に無理だわ」
田中も同意した。
小原はなぜかオレのほうを見てきたが「どうした?」と尋ねると「ううん」と言って、沖縄そばに乗っていた三枚肉にかぶりついた。
「昼を食べ終わった者から隣にある土産物店で買い物をしていいからなー!」
そうアナウンスする中嶋先生は、下見の時に買ったというかりゆしウェアを着ていた。
オレは大智と話したくて、沖縄そばを食べ終わってから土産物店に向かった。
でも、店内はごった返していて、なかなか見つからない。
同級生の中で頭一つぶん大きい藤井を見つけ「大智は?」と聞くと「先バスに戻った」と教えられた。
駐車場に戻り、大智のクラスが乗車するバスに行ってみると、大智は座席についてスマホをいじっていた。
「大智」
そう声を掛けながら肩を叩くと、大智が顔を上げた。
オレを見て少し驚いた顔になり、耳からワイヤレスイヤホンを外した。
「どうしたの、朝陽」
「えっと、大丈夫かなと思って」
「何が?」
「逆ナンされたって聞いたから……大智、そういうの苦手だろ?」
オレが尋ねると大智は「ああ、うん。でも大丈夫」と答えた。
「心配してくれてありがとう」
「……うん」
そのことについて話したくなさそうに見えた。
オレが「そう、じゃあ」と言うと大智は黙ってワイヤレスイヤホンを耳に入れ、頭を窓にもたげた。
その日の夕方はお楽しみのプールタイムだった。
「佐野ー? どうしたー?」
プールに先に入った木下が、プールサイドのオレを見上げた。
「大智が来てないなぁと思ってさ」
オレはそう答えながらビーチボールを木下に投げて、自分もプールに入った。
少し冷たかったけど、移動続きで疲れた体にプールの感触が心地よかった。
「そういえば央位だけいないな? 南たちはいるのに」
小原はプールサイドを見渡した。その横顔に木下が投げたビーチボールが命中して、小原は「やったな!」といいながらビーチボールを持ってプールに飛び込んだ。
すかさず、かりゆしウェアを着た中島先生が飛んできた。
「こらー! 飛び込むな!」
「はーい!」
五月中旬の沖縄はすでに夏の気候で、絶好のプール日和だ。ほどよく風が吹いているおかげで日焼け予防のラッシュガードを着ていても暑くなかった。
「俺らも混ぜてー!」
そう言って水飛沫をか立てながら駆け寄ってきたのは南だった。その後ろには武田と藤井もいる。
「おう!」
南にビーチボールを投げると南はそれを藤井にパスして、藤井が武田にビーチボールを回した。
「男ばっかのプールってのもなかなか珍しいよなぁ」
武田は笑いながらそう言って、木下にビーチボールを投げた。
「だなぁ。一生に一度の経験かも」
「一生に一度でじゅうぶんだよ」
「武田は彼女とプールとか行くの?」
「え?」
ビーチボールは誰の手にも届くことなくプールの水面に落下した。
木下はマズイという顔でオレを見た。
そんなことをしたら何か知っていると言ったも同然だ。
「なんで俺に彼女がいることになってんの?」
「えっ、いないの!?」
小原よ、そんなに驚いたら……以下同文。
「さては央位が佐野に何か吹き込んだな?」
「え、えっと」
「白状しないとこうだぞ!」
武田はオレにむかって水をかけて来た。
「うわ、やめろって、言う、言うから! 武田は彼女が五人いるって聞きましたぁ!」
「はあ!?」
武田の大声に、近くにいた同級生たちが何事かと振り返った。
「いねぇよ!」
「そうなの?」
「今までに付き合った人数は五人だけど今は誰とも付き合ってない! しかも五股!? そんな暇ねーよ!」
「で、ですよね……」
武田の弁解を聞いて、オレと木下と小原は同じことを考えていたと思う。
今までに五人と付き合ったんだ……十分すげぇよ。
「ねえ、どういう流れでそんな話になったの?」
いつも笑顔の南が珍しく真顔でオレに聞いてきた。
「どういうって……別に……」
「もしかして央位が機嫌悪いのと関係ある?」
「ないと思うけど」
大智が様子が変になったのは、武田の話を聞いた少しあとだから関係ないと思う。
でも武田の話を聞いたあと、一時的に大智を避けていたから「ない」と言い切ることができなかった。
「佐野くん。ちょっと向こうでお話しよっか」
武田の手がガシッとオレの肩を掴んだ。
「話すようなことは何もないって!」
「頼むよ、佐野。俺らを助けると思ってさ」
そう言って藤井が反対側の肩を掴んだ。
木下と小原に助けを求めたが、二人は黙って首を横に振るだけだった。
サッカー部の三人にプールサイドのベンチに連れて行かれて、オレは武田と南の間に座らされた。その前に長身の藤井が立つと、壁に囲まれたも同然だった。
「修学旅行のちょっと前から央位が元気ないんだよねぇ」
「関西遠征の時とは雰囲気違うよね! あの時は集中したくてもできないって感じだったけど」
「今は自分の世界に引き篭ってる感じだな」
藤井、南、武田は口では央位の様子について話しながらも、その目はずっとオレに向けられていた。
「なんかあったんだろ?」
「央位の様子がおかしい原因なんて佐野しかないもんね!」
「そう。だから放っておくつもりだった」
面倒見のいい武田の発言を意外に思って隣を見ると、彼のシャープな輪郭に苦笑が浮かんでいた。
「佐野と央位の問題だからな。俺たちが首突っ込むことじゃねぇ……って思ったんだけど」
「あそこまで落ち込まれるとなぁ」
「こっちもテンション下がるんだよ! 本当迷惑!」
南の発言に武田と藤井がウンウンと頷く。
そう言われても、大智に元気がない理由はオレにもわからない。
「大智の様子が変なのは気付いてたけど、理由はオレもわからないんだ。少し前に気まずい時期はあったけど、それはオレが一方的に大智を避けてただけで」
「おいおい、絶対それだろ」
「そ、それはもう仲直りした!」
「ちなみに、佐野はなんで央位を避けてたんだ?」
「えっと……」
央位と同じくサッカー部のエースである彼らに、サッカーで挫折したことを話すのは勇気が必要だった。
でも話してみると意外にも「ああ、知ってる」という反応が返って来た。
「えっ、知ってたの!?」
「直接知ってたわけじゃないけど佐野、サッカーのこと詳しいし。経験者なんだろうなって思ってた!」
「俺も。央位の遠征の荷造りとか手伝ってるんだろ? 前に央位に自慢されたよ。佐野に選んでもらった服なんだって。サッカーやってなかったら、何が必要かわかんないだろ」
「俺は佐野のプレー見たことあるぞ」
藤井はそう言って、俺のハーフパンツタイプの水着から見えている膝を指差した。
そこには多分一生消えない手術の跡がある。
「多分、その怪我した時、俺も会場にいた」
「……そっか、藤井は中学の時も大智と同じチームだったもんな」
大智が会場にいたなら藤井もいただろう。
「高校で佐野を見てもオレは思い出せなかったけど。央位はばっちり覚えてたと思う。あいつにしては珍しく他人の試合を真剣に見てたから」
「そうなのか……?」
「ああ。知り合いがいるのかって聞いたら『いいプレーする選手がいるから見てる』って言ってた。央位はマジで滅多に人を褒めないから、よく覚えてる」
大智がそんなことを……。
嬉しさと罪悪感が波のように押し寄せて来た。
「オレ、結構本気でサッカーやってたんだ。でも怪我で続けられなくなって……それを大智には知られたくなくて、サッカー経験者だってこと隠してたつもりだったんだ」
でも大智は知っていた。
初めてサッカーの話をした時、大智はオレを見て嬉しそうに笑っていた。
大智はオレとの間に共通の話題が増えて嬉しかったんだと思う。
でもオレは……笑われた気がしてしまった。
きっと、オレ自身が心の奥底で笑っていたんだ。サッカーを辞めた自分を。「お前あんなにサッカーばっかりやってたのに、こんな終わり方かよ?」って。
高校で出会ったひとたちに、サッカー選手になる夢を諦めたことを隠したのも同じ理由だ。
「大智がオレに優しいのは、サッカーが出来なくなったことを可哀想に思ったからなのかなって考えたら、なんか悔しいっていうか、悲しいっていうか……」
「ないないないない!」
「央位のあれはどう見ても恋だろ」
武田はごく当たり前のことのように言い切った。
「こ、恋っ!?」
「俺もそう思う。それに央位はそんなに優しくねぇよ」
藤井はそう言って、ちらりと後ろを振り返った。
「小原もサッカーやってたの、知ってる?」
「えっ、知らない、そうなのか?」
「うん。小学校の時、央位と同じチームだったらしいぞ」
「えっ……」
そんな話、初耳だ。
大智が小原と話しているところを思い出そうとしたけれどできなかった。それどころか名前を呼んだのを聞いた記憶さえなかった。
「そういうやつだよ、央位は。サッカー辞めたやつのことはもう眼中にないって感じ。だから佐野に対する態度は絶対に同情じゃない」
「……そっか。オレが拗らせていただけなんだな」
大智という圧倒的な存在は眩しくて、惹かれるけれど側にいると自分が輝けないことを思い知らされる。晴れの日を喜ぶくせに、太陽を直視できないのに似てる気がした。
「でも、佐野の気持ちわかるよ。央位を見てると俺も悔しくなる。サッカーが上手すぎて」
南がボソっと言った。
他の二人も頷くのを見て、自分だけじゃなかったのだと少しホッとした。
「単純に上手いっていうのもあるけど、央位はどんな試合でも最後まで絶対に勝つって思ってる。負けず嫌いっていうより、負けると思ってない。そこが強い」
武田の言葉に藤井が頷き、そして呆れたように笑いながらオレを見た。
「そんなヤツがどうしてあんなに落ち込んでるんだろうな?」
そう言われてハッとした。
大智が同情ではなく優しくしてくれていたのなら、オレが急に素っ気なくなってどう思っただろう。寂しいと感じたんじゃないか。もしかしたら、ううん、きっと今もまだ……。
「何話してんの?」
「大智!」
いつの間にか藤井の後ろに私服に着替えた大智が立っていた。
オレたちは言葉を失った。
「なんで朝陽が囲まれてんの?」
「……」
「別にいいけど」
吐いて捨てるような言い方に、胸がぎゅっとしまった。
なんて言えばいいかわからずにいると、他の三人が「よくない!」と叫んだ。
「なんだよ、その服は!」
「絶対に一緒に歩きたくないんだけど!?」
「お前……その服、中学の合宿の時もめちゃくちゃにバカにされたやつじゃんよ……」
散々な言われようなのに、蛍光イエローのタンクトップに濃い紫のハーフパンツを着た大智は堂々としていた。
むしろ見ているほうのオレが居た堪れなかった。
大智はイケメンなのにファッションにまったく興味がなく、着られれば何でもいいタイプなので放っておくととんでもない組み合わせで服を着てしまう。
それを見かねて、オレが服をコーディネートするようになり、遠征の荷造りも手伝うようになった。
修学旅行の荷造りも、無理矢理にでも手伝えばよかった……。
「朝陽」
「な、なに?」
「話したいことあるんだけど……ちょっといい?」
大智の表情から「話したいこと」の内容を探ろうとしたけど、うまくいかなかった。
あまりにも無で、怒っているのか、怒っていないのかもわからない。
「うん」
「ありがとう。行こう」
ベンチから立ち上がり、こちらに背中を向けた大智のあとに続いた。
後ろから「夕飯までに戻れよー」と武田が言うと、大智は振り返らずに「わかってる」とだけ答えた。
オレが話しかけても上の空という感じで、修学旅行の荷造りを手伝おうかと言っても「大丈夫」と言われた。
その理由を聞けないまま、修学旅行当日の朝を迎えていた。
オレと大智はサッカー部の三人と一緒に、羽田空港へ向かう電車に乗った。
「おい、藤井。パスポート持ったか?」
「ふんっ、沖縄はパスポートいらない! それぐらい知ってるぞ!」
藤井は武田に言い返したが、南に「とかいってICカードを忘れてたりして」と言われると慌ててリュックの中をあさり始め、結局制服のスラックスのポケットからパスケースを取り出した。
「あった!」
「あるに決まってんだろ。電車に乗れてるんだから」
「あ」
藤井の素なボケに、オレは笑い、そして隣を見た。
オレの隣に立つ大智はワイヤレスイヤホンを耳に入れ、遠くを見る目で窓の外を見ている。
あまりのテンションの低さに「どうしたの?」と聞くこともできない。
羽田空港に着くまでの間、大智はほとんど話さなかった。
飛行機で那覇空港に到着すると、クラスごとにバスへ乗った。
一番後ろの五人席に小原、オレ、木下の順で座ったのだが、木下は可愛いバスガイドさんにメロメロで、まるでアイドルのコンサートに来たかのようにはしゃぎ、バス中央の席から何度も手を振っていた。
バスは首里城や有名なお菓子工場などを回り、昼は沖縄そばの店に入った。
そこで、去年同じクラスだった田中と隣になった。
「なんか久しぶりだな!」
「だな~。なあ、央位のハナシ聞いた?」
「え? 大智がどうしたんだ?」
「さっき、首里城で自由行動あったじゃん? そこで現地の女子高生に逆ナンされたらしいぞ」
「えっ!?」
咄嗟にスポーツクラスのほうを見ると、大智は無表情で沖縄そばの白い麺をすすっていた。
「さすが央位って感じだけど、央位に声かけた女の子もすごいよなあ」
その話を聞いていた木下が感想をもらした。
「俺だったら絶対に無理だわ」
田中も同意した。
小原はなぜかオレのほうを見てきたが「どうした?」と尋ねると「ううん」と言って、沖縄そばに乗っていた三枚肉にかぶりついた。
「昼を食べ終わった者から隣にある土産物店で買い物をしていいからなー!」
そうアナウンスする中嶋先生は、下見の時に買ったというかりゆしウェアを着ていた。
オレは大智と話したくて、沖縄そばを食べ終わってから土産物店に向かった。
でも、店内はごった返していて、なかなか見つからない。
同級生の中で頭一つぶん大きい藤井を見つけ「大智は?」と聞くと「先バスに戻った」と教えられた。
駐車場に戻り、大智のクラスが乗車するバスに行ってみると、大智は座席についてスマホをいじっていた。
「大智」
そう声を掛けながら肩を叩くと、大智が顔を上げた。
オレを見て少し驚いた顔になり、耳からワイヤレスイヤホンを外した。
「どうしたの、朝陽」
「えっと、大丈夫かなと思って」
「何が?」
「逆ナンされたって聞いたから……大智、そういうの苦手だろ?」
オレが尋ねると大智は「ああ、うん。でも大丈夫」と答えた。
「心配してくれてありがとう」
「……うん」
そのことについて話したくなさそうに見えた。
オレが「そう、じゃあ」と言うと大智は黙ってワイヤレスイヤホンを耳に入れ、頭を窓にもたげた。
その日の夕方はお楽しみのプールタイムだった。
「佐野ー? どうしたー?」
プールに先に入った木下が、プールサイドのオレを見上げた。
「大智が来てないなぁと思ってさ」
オレはそう答えながらビーチボールを木下に投げて、自分もプールに入った。
少し冷たかったけど、移動続きで疲れた体にプールの感触が心地よかった。
「そういえば央位だけいないな? 南たちはいるのに」
小原はプールサイドを見渡した。その横顔に木下が投げたビーチボールが命中して、小原は「やったな!」といいながらビーチボールを持ってプールに飛び込んだ。
すかさず、かりゆしウェアを着た中島先生が飛んできた。
「こらー! 飛び込むな!」
「はーい!」
五月中旬の沖縄はすでに夏の気候で、絶好のプール日和だ。ほどよく風が吹いているおかげで日焼け予防のラッシュガードを着ていても暑くなかった。
「俺らも混ぜてー!」
そう言って水飛沫をか立てながら駆け寄ってきたのは南だった。その後ろには武田と藤井もいる。
「おう!」
南にビーチボールを投げると南はそれを藤井にパスして、藤井が武田にビーチボールを回した。
「男ばっかのプールってのもなかなか珍しいよなぁ」
武田は笑いながらそう言って、木下にビーチボールを投げた。
「だなぁ。一生に一度の経験かも」
「一生に一度でじゅうぶんだよ」
「武田は彼女とプールとか行くの?」
「え?」
ビーチボールは誰の手にも届くことなくプールの水面に落下した。
木下はマズイという顔でオレを見た。
そんなことをしたら何か知っていると言ったも同然だ。
「なんで俺に彼女がいることになってんの?」
「えっ、いないの!?」
小原よ、そんなに驚いたら……以下同文。
「さては央位が佐野に何か吹き込んだな?」
「え、えっと」
「白状しないとこうだぞ!」
武田はオレにむかって水をかけて来た。
「うわ、やめろって、言う、言うから! 武田は彼女が五人いるって聞きましたぁ!」
「はあ!?」
武田の大声に、近くにいた同級生たちが何事かと振り返った。
「いねぇよ!」
「そうなの?」
「今までに付き合った人数は五人だけど今は誰とも付き合ってない! しかも五股!? そんな暇ねーよ!」
「で、ですよね……」
武田の弁解を聞いて、オレと木下と小原は同じことを考えていたと思う。
今までに五人と付き合ったんだ……十分すげぇよ。
「ねえ、どういう流れでそんな話になったの?」
いつも笑顔の南が珍しく真顔でオレに聞いてきた。
「どういうって……別に……」
「もしかして央位が機嫌悪いのと関係ある?」
「ないと思うけど」
大智が様子が変になったのは、武田の話を聞いた少しあとだから関係ないと思う。
でも武田の話を聞いたあと、一時的に大智を避けていたから「ない」と言い切ることができなかった。
「佐野くん。ちょっと向こうでお話しよっか」
武田の手がガシッとオレの肩を掴んだ。
「話すようなことは何もないって!」
「頼むよ、佐野。俺らを助けると思ってさ」
そう言って藤井が反対側の肩を掴んだ。
木下と小原に助けを求めたが、二人は黙って首を横に振るだけだった。
サッカー部の三人にプールサイドのベンチに連れて行かれて、オレは武田と南の間に座らされた。その前に長身の藤井が立つと、壁に囲まれたも同然だった。
「修学旅行のちょっと前から央位が元気ないんだよねぇ」
「関西遠征の時とは雰囲気違うよね! あの時は集中したくてもできないって感じだったけど」
「今は自分の世界に引き篭ってる感じだな」
藤井、南、武田は口では央位の様子について話しながらも、その目はずっとオレに向けられていた。
「なんかあったんだろ?」
「央位の様子がおかしい原因なんて佐野しかないもんね!」
「そう。だから放っておくつもりだった」
面倒見のいい武田の発言を意外に思って隣を見ると、彼のシャープな輪郭に苦笑が浮かんでいた。
「佐野と央位の問題だからな。俺たちが首突っ込むことじゃねぇ……って思ったんだけど」
「あそこまで落ち込まれるとなぁ」
「こっちもテンション下がるんだよ! 本当迷惑!」
南の発言に武田と藤井がウンウンと頷く。
そう言われても、大智に元気がない理由はオレにもわからない。
「大智の様子が変なのは気付いてたけど、理由はオレもわからないんだ。少し前に気まずい時期はあったけど、それはオレが一方的に大智を避けてただけで」
「おいおい、絶対それだろ」
「そ、それはもう仲直りした!」
「ちなみに、佐野はなんで央位を避けてたんだ?」
「えっと……」
央位と同じくサッカー部のエースである彼らに、サッカーで挫折したことを話すのは勇気が必要だった。
でも話してみると意外にも「ああ、知ってる」という反応が返って来た。
「えっ、知ってたの!?」
「直接知ってたわけじゃないけど佐野、サッカーのこと詳しいし。経験者なんだろうなって思ってた!」
「俺も。央位の遠征の荷造りとか手伝ってるんだろ? 前に央位に自慢されたよ。佐野に選んでもらった服なんだって。サッカーやってなかったら、何が必要かわかんないだろ」
「俺は佐野のプレー見たことあるぞ」
藤井はそう言って、俺のハーフパンツタイプの水着から見えている膝を指差した。
そこには多分一生消えない手術の跡がある。
「多分、その怪我した時、俺も会場にいた」
「……そっか、藤井は中学の時も大智と同じチームだったもんな」
大智が会場にいたなら藤井もいただろう。
「高校で佐野を見てもオレは思い出せなかったけど。央位はばっちり覚えてたと思う。あいつにしては珍しく他人の試合を真剣に見てたから」
「そうなのか……?」
「ああ。知り合いがいるのかって聞いたら『いいプレーする選手がいるから見てる』って言ってた。央位はマジで滅多に人を褒めないから、よく覚えてる」
大智がそんなことを……。
嬉しさと罪悪感が波のように押し寄せて来た。
「オレ、結構本気でサッカーやってたんだ。でも怪我で続けられなくなって……それを大智には知られたくなくて、サッカー経験者だってこと隠してたつもりだったんだ」
でも大智は知っていた。
初めてサッカーの話をした時、大智はオレを見て嬉しそうに笑っていた。
大智はオレとの間に共通の話題が増えて嬉しかったんだと思う。
でもオレは……笑われた気がしてしまった。
きっと、オレ自身が心の奥底で笑っていたんだ。サッカーを辞めた自分を。「お前あんなにサッカーばっかりやってたのに、こんな終わり方かよ?」って。
高校で出会ったひとたちに、サッカー選手になる夢を諦めたことを隠したのも同じ理由だ。
「大智がオレに優しいのは、サッカーが出来なくなったことを可哀想に思ったからなのかなって考えたら、なんか悔しいっていうか、悲しいっていうか……」
「ないないないない!」
「央位のあれはどう見ても恋だろ」
武田はごく当たり前のことのように言い切った。
「こ、恋っ!?」
「俺もそう思う。それに央位はそんなに優しくねぇよ」
藤井はそう言って、ちらりと後ろを振り返った。
「小原もサッカーやってたの、知ってる?」
「えっ、知らない、そうなのか?」
「うん。小学校の時、央位と同じチームだったらしいぞ」
「えっ……」
そんな話、初耳だ。
大智が小原と話しているところを思い出そうとしたけれどできなかった。それどころか名前を呼んだのを聞いた記憶さえなかった。
「そういうやつだよ、央位は。サッカー辞めたやつのことはもう眼中にないって感じ。だから佐野に対する態度は絶対に同情じゃない」
「……そっか。オレが拗らせていただけなんだな」
大智という圧倒的な存在は眩しくて、惹かれるけれど側にいると自分が輝けないことを思い知らされる。晴れの日を喜ぶくせに、太陽を直視できないのに似てる気がした。
「でも、佐野の気持ちわかるよ。央位を見てると俺も悔しくなる。サッカーが上手すぎて」
南がボソっと言った。
他の二人も頷くのを見て、自分だけじゃなかったのだと少しホッとした。
「単純に上手いっていうのもあるけど、央位はどんな試合でも最後まで絶対に勝つって思ってる。負けず嫌いっていうより、負けると思ってない。そこが強い」
武田の言葉に藤井が頷き、そして呆れたように笑いながらオレを見た。
「そんなヤツがどうしてあんなに落ち込んでるんだろうな?」
そう言われてハッとした。
大智が同情ではなく優しくしてくれていたのなら、オレが急に素っ気なくなってどう思っただろう。寂しいと感じたんじゃないか。もしかしたら、ううん、きっと今もまだ……。
「何話してんの?」
「大智!」
いつの間にか藤井の後ろに私服に着替えた大智が立っていた。
オレたちは言葉を失った。
「なんで朝陽が囲まれてんの?」
「……」
「別にいいけど」
吐いて捨てるような言い方に、胸がぎゅっとしまった。
なんて言えばいいかわからずにいると、他の三人が「よくない!」と叫んだ。
「なんだよ、その服は!」
「絶対に一緒に歩きたくないんだけど!?」
「お前……その服、中学の合宿の時もめちゃくちゃにバカにされたやつじゃんよ……」
散々な言われようなのに、蛍光イエローのタンクトップに濃い紫のハーフパンツを着た大智は堂々としていた。
むしろ見ているほうのオレが居た堪れなかった。
大智はイケメンなのにファッションにまったく興味がなく、着られれば何でもいいタイプなので放っておくととんでもない組み合わせで服を着てしまう。
それを見かねて、オレが服をコーディネートするようになり、遠征の荷造りも手伝うようになった。
修学旅行の荷造りも、無理矢理にでも手伝えばよかった……。
「朝陽」
「な、なに?」
「話したいことあるんだけど……ちょっといい?」
大智の表情から「話したいこと」の内容を探ろうとしたけど、うまくいかなかった。
あまりにも無で、怒っているのか、怒っていないのかもわからない。
「うん」
「ありがとう。行こう」
ベンチから立ち上がり、こちらに背中を向けた大智のあとに続いた。
後ろから「夕飯までに戻れよー」と武田が言うと、大智は振り返らずに「わかってる」とだけ答えた。
