ゴールデンウィーク明けの教室は、何日も人がいなかったせいか、よそよそしぐらい爽やかだった。
オレは真ん中の列の一番後ろの席に腰を下ろして、机の上に筆記用具を広げた。
早速、問題集を開き勉強を始めると、窓の外から「先取!速攻!先取!速攻!」という掛け声と、揃った足音が聞こえる。サッカー部のランニングだ。
オレは窓側の耳を手で覆った。
勉強を始めて三十分ぐらいすると、クラスメイトたちが教室に現れ始めた。
「おはよー」
「おはよ。なあ、宿題できた?」
「やっば! 忘れてた!」
そんな会話を聞きながらノートにシャーペンを走らせる。
「佐野、おはよー」
「おはよ」
「あれー? 佐野くん宿題忘れたのー? って赤本!?」
「えっ!? どうしたの、佐野」
そう言いながら小原がオレの隣、木下はオレの前の席に座った。
「オレは勉強に生きることにした」
「どうしたどうした」
「合コンで女の子と連絡先を交換できなかったショックで……?」
二人が心配そうにオレの顔を覗き込む。
いや、オレってそんなに勉強しないキャラだった?
今までも普通にしてたつもりなんだけどなぁ。
まあ、この赤本は二人を驚かせるために図書室から借りてきたんだけど。
「ゴールデンウィーク中に何があった?」
木下に聞かれたので、わざと意味深な表情を作って小さく手招きすると、二人がオレのほうに顔を近づけた。
「武田は彼女が五人いるらしい」
「えっ!?」
「五人っ!?」
「シッ! 声が大きい!」
「あんなに練習してるのに、どうやって……」
「くそ、うらやましい……俺にはひとりもいないのに……!」
木下の本音にオレは大きく頷いた。
「オレは今からめちゃくちゃ勉強してめちゃくちゃいい大学に行って、そこでめちゃくちゃ可愛い彼女を作る」
「えっ、あんなに『カノジョほしい』って言ってたじゃないか!」
「高校はもう諦めるのかよ!?」
そのことについてはまだ残念に思ってる。
でも今は他の誰かを好きになれる気がしなかった。
大智が好きだと気付いてしまったから。
「木下」
「うわ、びっくりした」
木下に後ろから声をかけたのは朝練が終わった大智だった。
「央位、聞いたぞー? 佐野のスマホを間違えて遠征に持ってたんだって?」
「……木下にも迷惑かけて悪かった」
「俺は別に……なぁ、佐野?」
「うん」
「そう、じゃあ」
大智が教室を出ていくのを、クラスの大半の生徒が目で追っていた。
小原と木下もそうだった。
「え、今の何」
「なにって?」
「今まで央位がうちのクラスに来て、佐野に声を掛けなかったことなんてなかったじゃん」
「ケンカでもした?」
「……別に」
ケンカじゃない。オレが一方的に気まずいと感じてるだけだ。
あれ以来、恋人ごっこはしてない。
大智は、ゴールデンウィーク中も毎日練習で、夜まで寮に帰って来なかった。
二人とも部屋にいるタイミングもあったけど、オレは勉強に集中していて、大智は寝ていたり勉強したりと別々の時間を過ごしていた。
「はーい、ホームルームを始めるぞー!」
担任の中嶋先生は教室に入って来るなりプリントを配り始めた。
「修学旅行の部屋割り表だー! 先生たちがゴールデンウィーク返上で作った力作だから絶対になくすなよー」
そういえば休み中に先生を見掛けたことがあったっけ。
大智にTシャツを買った日だ。
あの時はこんな気まずい状況になるとは知らず、オレは大智が好きっていう気持ちに浮かれていた。
「ほい、佐野」
「ん」
木下から回ってきたプリントには全学年の生徒の名前が書かれていた。
ホテルの三階から七階までをうちの高校で貸し切っているようだ。
大智は三階だった。武田、藤井、南と同じ部屋だ。
オレの部屋は……。
「あった! 七階だ!」
「ウェーイ、最上階!」
大智とは別の階だった。
同じ階に一つのクラスが詰め込まれているから、離れているだろうとは思ったけど。
オレは無意識に自分の名前より先に大智の名前を探していたことに気付いて、先生たちの力作を折り畳んだ。
でも、クラスの誰かが「ホテルにプールがついてる!」が叫ぶのが聞こえて、折りたたんだ紙をすぐに広げた。
「本当だ、プールがある!」
「先生ー! 入っていいの!?」
「決められた時間内だけ許可しまーす」
「おおお!」
クラスのテンションが一気に上がった。
うちの高校にはプールがないのだ。
つまり、今まで水着が必要なかったわけで。
「やば、水着がない!」
思わずそう叫ぶと、クラスの数人が「俺もないかも」「サイズアウトしてそう」と心配そうな声を上げた。
前の席の木下がオレを振り返った。
「俺も新しいの欲しいし、放課後に買い行く?」
「うん! 小原も行く?」
「うん。お菓子とかも買いたい」
「お、いいねー」
放課後、オレたちは学校の近くにあるバス停から渋谷に出て、新しい水着を買った。
他にもお菓子とか遊ぶものとかを買っていたら時間がかかってしまい、帰ってこられたのは門限のギリギリだった。
慌てて食堂で夕飯を食べて部屋に帰ると、玄関に大智の靴があった。
「ただいま」
買い物で気分転換できたおかげで明るい声が出せた。
ゴールデンウィーク中、大智とうまく話せないのを誤魔化すために勉強ばかりしていたせいで気が滅入っていたのかもしれない。
オレが帰ってきたことに気付くと、ベッドに寝転がっていた大智がスマホから顔を上げた。
「おかえり。まだ制服だったんだね」
「うん、買い物に行ってた」
スポーツショップの袋を見せると、大智が「靴?」と聞いてきた。
「ううん、水着。修学旅行のホテルにプールがあるって聞いて慌てて買ってきた」
「へえ……」
「大智は?」
「ない」
「マジか。一緒に買ってくればよかったな」
「大丈夫だよ。入らないから」
大智のやけに白けた様子が気になって、ここ数日はオレのほうから切り上げることが多かった会話をもっと繋げたくなった。
「プール好きじゃない?」
「……そういうわけじゃないけど」
「けど?」
「朝陽がいないから興味ない」
「オレはプール入るぞ?」
「木下たちと入るんだろ。俺はホテルの階も違うしバスも違うから修学旅行中ほとんど朝陽と会えない」
そう言うと、大智はベッドの上で寝返りを打った。
大智も部屋割り表でオレの名前を探してくれてたんだ……。
気に掛けてくれていることがじんわり嬉しい。
大智に恋愛的な気持ちがないとしても、優しくしてくれた事実は変わらない。
いくら悔しくたって切なくたって、大智にそっけない態度を取るのは間違ってる。
オレは買ったばかりの水着を床に落として、大智のベッドに腰掛けた。
「部屋は違ってもプールは一緒に入れるぞ」
「そうなの?」
「うん、多分。もし入れる時間が違ったら二人でこっそり抜け出してプールに入ろうぜ?」
もし先生に見つかったら一緒に怒られようと言うと、大智は目を輝かせた。
「うん、一緒に入る」
「おう! あ、水着どうする?」
「兄貴に買ってきてもらうから大丈夫」
「そっか」
「すげえ楽しみ」
そう言うと大智はオレの腰にぎゅっと抱きついた。
四日ぶりのハグだ。
「……朝陽の匂いがする」
「かぐなよっ」
「あの漫画にもあったよね、そんなセリフ」
「漫画……?」
この部屋に漫画本は一冊もない。
なんのことかわからず首を傾げると、大智は自分のスマホの画面をオレに向けた。
「ほら、これ」
そ、それは!
美女高生に教えてもらったBL漫画……!
「なんで!?」
「朝陽が読んでたんでしょ? 履歴に残ってたよ」
ああーー!
履歴を消すの忘れてたーー!
「ご、ごめん! 友達に勧められて気になってつい」
「別にいいよ。こういう漫画初めて読んだからちょっとびっくりしたけど」
「だよな! ほんとごめん!」
「エッチだね」
大智はオレの膝に頭を乗せてニヤっと笑った。
「だ、大智、許して」
「別に怒ってないよ。ねぇ、朝陽はこういうのどう思う?」
こういうのとは何を指すんだ? BL漫画か? それともエッチなシーンのことなのか!? それとも男同士の恋愛なのか……?
「わ、わからない! オレ、好きな人いたことないし!」
「……そうなんだ」
「うん、初恋は幼稚園のみか先生だったんだけど! ハハハ! あ、オレ、風呂入って来る!」
オレは逃げるようにして部屋を飛び出した。
オレは真ん中の列の一番後ろの席に腰を下ろして、机の上に筆記用具を広げた。
早速、問題集を開き勉強を始めると、窓の外から「先取!速攻!先取!速攻!」という掛け声と、揃った足音が聞こえる。サッカー部のランニングだ。
オレは窓側の耳を手で覆った。
勉強を始めて三十分ぐらいすると、クラスメイトたちが教室に現れ始めた。
「おはよー」
「おはよ。なあ、宿題できた?」
「やっば! 忘れてた!」
そんな会話を聞きながらノートにシャーペンを走らせる。
「佐野、おはよー」
「おはよ」
「あれー? 佐野くん宿題忘れたのー? って赤本!?」
「えっ!? どうしたの、佐野」
そう言いながら小原がオレの隣、木下はオレの前の席に座った。
「オレは勉強に生きることにした」
「どうしたどうした」
「合コンで女の子と連絡先を交換できなかったショックで……?」
二人が心配そうにオレの顔を覗き込む。
いや、オレってそんなに勉強しないキャラだった?
今までも普通にしてたつもりなんだけどなぁ。
まあ、この赤本は二人を驚かせるために図書室から借りてきたんだけど。
「ゴールデンウィーク中に何があった?」
木下に聞かれたので、わざと意味深な表情を作って小さく手招きすると、二人がオレのほうに顔を近づけた。
「武田は彼女が五人いるらしい」
「えっ!?」
「五人っ!?」
「シッ! 声が大きい!」
「あんなに練習してるのに、どうやって……」
「くそ、うらやましい……俺にはひとりもいないのに……!」
木下の本音にオレは大きく頷いた。
「オレは今からめちゃくちゃ勉強してめちゃくちゃいい大学に行って、そこでめちゃくちゃ可愛い彼女を作る」
「えっ、あんなに『カノジョほしい』って言ってたじゃないか!」
「高校はもう諦めるのかよ!?」
そのことについてはまだ残念に思ってる。
でも今は他の誰かを好きになれる気がしなかった。
大智が好きだと気付いてしまったから。
「木下」
「うわ、びっくりした」
木下に後ろから声をかけたのは朝練が終わった大智だった。
「央位、聞いたぞー? 佐野のスマホを間違えて遠征に持ってたんだって?」
「……木下にも迷惑かけて悪かった」
「俺は別に……なぁ、佐野?」
「うん」
「そう、じゃあ」
大智が教室を出ていくのを、クラスの大半の生徒が目で追っていた。
小原と木下もそうだった。
「え、今の何」
「なにって?」
「今まで央位がうちのクラスに来て、佐野に声を掛けなかったことなんてなかったじゃん」
「ケンカでもした?」
「……別に」
ケンカじゃない。オレが一方的に気まずいと感じてるだけだ。
あれ以来、恋人ごっこはしてない。
大智は、ゴールデンウィーク中も毎日練習で、夜まで寮に帰って来なかった。
二人とも部屋にいるタイミングもあったけど、オレは勉強に集中していて、大智は寝ていたり勉強したりと別々の時間を過ごしていた。
「はーい、ホームルームを始めるぞー!」
担任の中嶋先生は教室に入って来るなりプリントを配り始めた。
「修学旅行の部屋割り表だー! 先生たちがゴールデンウィーク返上で作った力作だから絶対になくすなよー」
そういえば休み中に先生を見掛けたことがあったっけ。
大智にTシャツを買った日だ。
あの時はこんな気まずい状況になるとは知らず、オレは大智が好きっていう気持ちに浮かれていた。
「ほい、佐野」
「ん」
木下から回ってきたプリントには全学年の生徒の名前が書かれていた。
ホテルの三階から七階までをうちの高校で貸し切っているようだ。
大智は三階だった。武田、藤井、南と同じ部屋だ。
オレの部屋は……。
「あった! 七階だ!」
「ウェーイ、最上階!」
大智とは別の階だった。
同じ階に一つのクラスが詰め込まれているから、離れているだろうとは思ったけど。
オレは無意識に自分の名前より先に大智の名前を探していたことに気付いて、先生たちの力作を折り畳んだ。
でも、クラスの誰かが「ホテルにプールがついてる!」が叫ぶのが聞こえて、折りたたんだ紙をすぐに広げた。
「本当だ、プールがある!」
「先生ー! 入っていいの!?」
「決められた時間内だけ許可しまーす」
「おおお!」
クラスのテンションが一気に上がった。
うちの高校にはプールがないのだ。
つまり、今まで水着が必要なかったわけで。
「やば、水着がない!」
思わずそう叫ぶと、クラスの数人が「俺もないかも」「サイズアウトしてそう」と心配そうな声を上げた。
前の席の木下がオレを振り返った。
「俺も新しいの欲しいし、放課後に買い行く?」
「うん! 小原も行く?」
「うん。お菓子とかも買いたい」
「お、いいねー」
放課後、オレたちは学校の近くにあるバス停から渋谷に出て、新しい水着を買った。
他にもお菓子とか遊ぶものとかを買っていたら時間がかかってしまい、帰ってこられたのは門限のギリギリだった。
慌てて食堂で夕飯を食べて部屋に帰ると、玄関に大智の靴があった。
「ただいま」
買い物で気分転換できたおかげで明るい声が出せた。
ゴールデンウィーク中、大智とうまく話せないのを誤魔化すために勉強ばかりしていたせいで気が滅入っていたのかもしれない。
オレが帰ってきたことに気付くと、ベッドに寝転がっていた大智がスマホから顔を上げた。
「おかえり。まだ制服だったんだね」
「うん、買い物に行ってた」
スポーツショップの袋を見せると、大智が「靴?」と聞いてきた。
「ううん、水着。修学旅行のホテルにプールがあるって聞いて慌てて買ってきた」
「へえ……」
「大智は?」
「ない」
「マジか。一緒に買ってくればよかったな」
「大丈夫だよ。入らないから」
大智のやけに白けた様子が気になって、ここ数日はオレのほうから切り上げることが多かった会話をもっと繋げたくなった。
「プール好きじゃない?」
「……そういうわけじゃないけど」
「けど?」
「朝陽がいないから興味ない」
「オレはプール入るぞ?」
「木下たちと入るんだろ。俺はホテルの階も違うしバスも違うから修学旅行中ほとんど朝陽と会えない」
そう言うと、大智はベッドの上で寝返りを打った。
大智も部屋割り表でオレの名前を探してくれてたんだ……。
気に掛けてくれていることがじんわり嬉しい。
大智に恋愛的な気持ちがないとしても、優しくしてくれた事実は変わらない。
いくら悔しくたって切なくたって、大智にそっけない態度を取るのは間違ってる。
オレは買ったばかりの水着を床に落として、大智のベッドに腰掛けた。
「部屋は違ってもプールは一緒に入れるぞ」
「そうなの?」
「うん、多分。もし入れる時間が違ったら二人でこっそり抜け出してプールに入ろうぜ?」
もし先生に見つかったら一緒に怒られようと言うと、大智は目を輝かせた。
「うん、一緒に入る」
「おう! あ、水着どうする?」
「兄貴に買ってきてもらうから大丈夫」
「そっか」
「すげえ楽しみ」
そう言うと大智はオレの腰にぎゅっと抱きついた。
四日ぶりのハグだ。
「……朝陽の匂いがする」
「かぐなよっ」
「あの漫画にもあったよね、そんなセリフ」
「漫画……?」
この部屋に漫画本は一冊もない。
なんのことかわからず首を傾げると、大智は自分のスマホの画面をオレに向けた。
「ほら、これ」
そ、それは!
美女高生に教えてもらったBL漫画……!
「なんで!?」
「朝陽が読んでたんでしょ? 履歴に残ってたよ」
ああーー!
履歴を消すの忘れてたーー!
「ご、ごめん! 友達に勧められて気になってつい」
「別にいいよ。こういう漫画初めて読んだからちょっとびっくりしたけど」
「だよな! ほんとごめん!」
「エッチだね」
大智はオレの膝に頭を乗せてニヤっと笑った。
「だ、大智、許して」
「別に怒ってないよ。ねぇ、朝陽はこういうのどう思う?」
こういうのとは何を指すんだ? BL漫画か? それともエッチなシーンのことなのか!? それとも男同士の恋愛なのか……?
「わ、わからない! オレ、好きな人いたことないし!」
「……そうなんだ」
「うん、初恋は幼稚園のみか先生だったんだけど! ハハハ! あ、オレ、風呂入って来る!」
オレは逃げるようにして部屋を飛び出した。
