ルームメイトの溺愛はちょっとズレてる

 大智が帰ってきたのは、翌日の夜八時を回ってからだった。
 ドアの開く音が聞こえたので、スマホを勉強机に置いて、音がした玄関のほうを振り返った。
「おかえり」
 オレは控えめに腕を広げた。
 仲直りのハグのつもりだった。
「……」
 大智は何も言わずに、まっすぐ寝室に行き、ベッドの上に倒れ込んだかと思うと頭まで布団にくるまった。
「え……?」
 関西からバスで帰ってきたのだから疲れているとは思う。
 でも、どんなに疲れていても大智はオレに「ただいま」と言ってくれたし、お揃いで買ったTシャツを楽しみにしていたのに聞いてこないのも変だ。
 布団の中にいるのだからカバー類を洗濯しておいたことに気が付いているはずだ。そのことに対して「ありがとう」を言わないのも大智らしくなかった。
 サッカーが上手くいかなかったのだろうか。それとも怪我か病気か。
 寝ている大智を起こさないように外に出ると、南が俺たちの部屋をノックしようとしていた。
「わっ、びっくりした!」
「それはこっちのセリフだよ。なあ、何かあったのか? 大智の様子が変なんだけど」
 そのことをサッカー部のいつものメンバーに聞くために部屋を出たのだが、隣の寮に帰るはずの南がわざわざ俺たちの部屋に来ているということは何かあったに違いなかった。
「ごめん、俺のせいかも」
「どういうこと?」
「帰りのバスの中でSNS見てたんだ。あ、央位は俺の隣に座ってたのね」
「うん」
「そしたら急に央位にスマホをとられてさ」
 その時、南が見ていたのは木下のSNSの投稿だった。
 木下は閲覧制限を掛けているから、お互いにフォローしあっていないと見ることはできない。
 南と木下は学校ではあまり絡みがないが、お互いにSNSはフォローしあっていたらしい。
「木下のSNSがどうかしたのか?」
「え、見てないの?」
「見てない。スマホなかったし」
 大智は「使っていい」と言ってくれたが、SNSアプリを開くのはさすがに気が引けた。
「あ、そっか!」
 南はジャージのポケットからスマホを出して、木下のSNSを見せてくれた。
 投稿されていたのは例の匂わせ写真だった。キャプションにはこう書かれていた。
『今日も楽しかったね♡』
「これがどうしたんだ?」
「この手が佐野のだって央位が言ってるんだけど」
「うん、そうだよ」
「うわあ、マジか。手だけで朝陽だってわかるとか央位ヤバァ」
「まさか!その写真、小原が撮ったんだけど、俺にも送ってたんだよ。大智は俺のスマホで先に見たんだと思うぞ」
「そっか、よかった。いや、良くないんだった。俺さ、まさか本当に佐野だと思わなかったから『木下と付き合ってんじゃないの~?』って冗談で言っちゃったんだよ。そしたら央位が無言になっちゃって」
「ええ……?」
「冗談だって言っても全然反応なくてさあ」
 確かに木下は匂わせ目的であの写真を撮っていた。でも、本気にする人がいるとは思えない。
「う~ん、体調が悪かったんじゃないかなあ。部屋に帰ってくるなり布団に潜ってたし」
 心配になって合宿での様子を聞きたくて隣の寮に行こうとしていたのだと伝えると、南は首を傾げた。
「夕飯は普通に食べてたけど……まあ、疲れたのかな。今回はかなり監督にしごかれてたし」
「様子見ておくよ。体調が悪化したら連絡するって武田にも伝えてくれるか?」
「了解!」
 南と別れてから部屋に戻ると、大智は相変わらずベッドの中にいた。
 部屋を出る前と変わった点といえばオレのベッドの上にオレのスマホが置かれていて、床の上で充電していた大智のスマホが消えていたことだ。
 どうやら起きてはいるらしい。
「大智? 大丈夫か?」
「……」
「体調が悪いのか?」
 そう問いかけると布団がもぞりと動いた。
「熱はある? オレ、飲み物を買ってくるよ」
 そう言ってまた部屋を出ようとしたら、布団の中から手が出てきてオレの腕を掴んだ。
「うわっ!?」
 あっという間に布団の中に引き摺り込まれ、オレは大智に組み敷かれていた。
「どこにも行かないで」
「大智……?」
「他のやつのとこ行かないでよ」
「オレは飲み物を買いに行こうとしただけで……」
「合コンはどうなったの?」
「え? いや、別に何もなかったけど」
「じゃあ、あの写真は何? 合コンで上手く行かなかったから木下と付き合うことにしたの?」
 どうしてそうなるんだ? 
 俺の方へと垂れてきた大智の髪から知らないシャンプーの匂いがした。
 遠征先でシャワーを浴びてバスに乗ったのだろう。
 その髪を指で摘むと、大智が嫌そうな顔をした。
「どうして答えてくれないの」
「あ、ごめん、この角度で見る大智が新鮮で」
 本当は好きなやつが自分のことで嫉妬してる姿を目に焼き付けていた。
 オレの中でぼんやりしていた期待がはっきりとした輪郭を持ち始める。
 なぁ、大智。
 オレたち同じ気持ちだったりしないか?
 もし大智が他の誰かと手を繋いでいる写真を見たら、オレも同じように寝込むと思うんだよ。
「木下と付き合ってないよ。女の子からオススメの漫画教えてもらっただけだし、あの写真は木下が冗談で撮っただけ」
「本当に?」
「うん」
 そう答えると、大智は「はあ……」とため息をついてオレの隣に倒れこんだ。
 両手で顔を覆っているせいで、どんな表情をしているかわからない。
「大智……?」
「もしかしてシーツとか洗濯してくれた?」
「あ、うん」
「ありがとう」
「なあ、大智……本当に恋愛に興味ないの?」
「……え? そんなこと言った?」
 大智は顔を覆っていた手を離して、驚いた顔で俺を見た。
「うん。言った」
「言ったっけ……? 女子に興味ないって言ったのは覚えてるけど」
「女子限定?」
「うん」
 ふうん、そっか。
 オレは女じゃないから例外って意味で受け取っていいんだよな……?
「朝陽はどうしてそんなに恋がしたいの?」
「それは……ちょっと色々あって」
「話したくない?」
「……ううん。大智になら話してもいい、っていうか聞いて欲しい。いい?」
「うん、聞きたい」
「……実はオレも中学までサッカーやってたんだ」
 中学三年の試合中に怪我をした。
 次の日も大事な試合がまだあったから、試合後に病院へ駆け込んで「テーピングでグルグルに巻いてください」と頼んだら、整形外科の先生にめちゃくちゃ怒られた。
『こんな状態で試合に出たりしたらサッカーどころか普通の生活だって送れなくなるよ!』
 その時ようやく自分の足が大変なことになっていると気が付いた。
 ケガは日常茶飯事で、体のどこも痛くない日なんてなかったから、痛みに鈍感だったんだと思う。
 試合に出なければ、またサッカーができるのかと親が聞くと『手術してみないとわからない』と言われた。
「手術してリハビリして、日常生活はできるようになったけど、前みたいには動かせなくなってサッカーをやめたんだ」
 サッカーを失ったことであいた穴はデカかった。サッカーを中心に生活していたから当然だ。
 医者の先生は『普通の生活が送れなくなる』と言ったけど、俺にとって毎日サッカーボールを蹴るのが普通の生活だったんだ。
「なんか虚しいっていうか……今までやってたことはなんだったんだろうな……みたいな。だからサッカーやってた時はできなかったことをしようと思って」
「それが恋だったの?」
「うん」
 一通り喋り終わって横を見ると、大智が嬉しそうな顔でオレを見ていた。
「なんで笑ってるんだ……?」
「朝陽が初めてサッカーの話してくれたから。怪我で辞めたのは知ってたから聞かない方がいいのかなって、ずっと聞くの我慢してた」
「え……? オレがサッカーしてたこと知ってたの……?」
「うん。試合会場で見たことあったから」
「うそ、どこで!?」
「ひばりパーク」
 都内にある中学サッカーの聖地と呼ばれているグラウンドだ。
 都民ではないオレがそのグラウンドを使ったのは一度きり。サッカーをやめるきっかけになった怪我をした試合の時だけだ。
 あの夏の日の光景が頭に蘇る。
 人工芝のグラウンドは緑が濃くて、燃えるように暑かった。観客席には保護者が来ていて、オレの両親もいた。ハーフタイムが終わる頃からウォームアップエリアを使ってるチームがいたけれど、どこのチームだったか覚えていない。何色のユニフォームを着ていたかも思い出せなかった。
 きっと、その中に大智がいた。
 頭の上に隕石が落ちてきたような衝撃だった。
「あれ? 何の話してたんだっけ……?」
「朝陽が恋をしたい理由を聞いてた。でもサッカーしてても恋はできるよ。武田なんて五人ぐらい彼女いるし」
「そうなの!?」
 あのチームメイト思いで真面目そうな武田が五股かけてるなんて。
 信じられない。
 ていうか、どこにそんな時間があるんだ?
 サッカーをやめて時間ができたから恋をしようと思ったのに恋人が一人もできないオレの立つ瀬がないんだが?
「武田にできるなら俺だってできる……あれ、朝陽どこ行くの?」
「……寝る」
 これ以上、何も聞きたくないし話したくなかった。