ルームメイトの溺愛はちょっとズレてる

「エッ、うわ、そんな……ええ!? 」
 寮のベッドの上、オレは思わずスマホを裏返した。
 教えてもらったBL漫画は、どれも無料で読めるのは途中までだったけれど、切ないストーリーと想像以上のエッチな内容にドキドキしすぎて画面を直視できなかった。
 恋愛漫画を読み慣れていないせいかもしれないし、大智のスマホで見ているというシチュエーションのせいかもしれない。
 オレは仰向けになって大智のスマホを胸の上に乗せた。
「はあ……」 
 BL漫画は想像以上に面白かったけれど、もしBL漫画に登場するキャラクターと同じ台詞を大智が言ってくれたらと思うともっとドキドキした。
 そんな風に考えてしまっている以上、もう認めないといけないんだろう。
 オレは大智が好きだ。
 藤井から心配されて大智がオレを好きかもしれないと思った時は困惑よりも嬉しいが勝った。
 大智が恋愛に興味ないとわかった時はガッカリした。
 恋人ごっこを始めてからは、心のどこかで「本当だったらいいのに」って思ってた。
 そんな風に思える相手がいるのに、合コンに行ってしまった。
 大智が帰ってきた時、どんな顔して会えばいいのかわからない。でも、やっぱり会いたい。会って、仲直りがしたい。
「仲直りしてくれるかな……」
 独り言を言いながら寝返りを打つと、隣のベッドが目に入った。
 三十センチ弱の距離が今日はやけに遠く見えた。
 
 翌日、オレは自分のベッドと大智のベッドからカバー類を剥がした。
 帰省する寮生が多い連休は、貴重な大物洗濯チャンスなのだ。
 一階のランドリールームは扉を開ける前から洗剤の匂いがした。
 持ってきた洗濯物を洗濯乾燥機に突っ込んでスタートボタンを押すと、洗濯槽の中でオレのオフホワイトのシーツと大智の濃いネイビーのシーツがじゃれあうみたいに回り始めた。
 タイマーの終了時間が二時間後と表示されたのを確認してからランドリールームを出た。
 そのまま寮を出ると、校舎の前を私服姿の中嶋先生が通った。
 声を掛けようか迷ったが、特別話したいことがあったわけじゃないので、心の中で「仕事頑張って」と言ってバス停に向かった。
 バス停までの数百メートルを歩いただけで、頭皮が熱くなるほどの晴天だったが、ラッキーなことに渋谷行きのバスはすぐに来た。
 ゴールデンウィークの渋谷はどこも混んでいた。
 人とぶつからないように気を付けるだけで疲れそうになりながら、よく利用するチェーン店のうどん屋に入った。
 そこで一番安いかけうどんを食べてから向かったのはアパレルショップだ。
 俺の衣食住の優先順位は断トツで衣だ。といっても私服を着る機会が増えたのは高校生からだからまだ勉強中。でも、好きな服を着るとテンションがあがる。
 それは、憧れて憧れてようやく手に入れたスパイクを履いてピッチに立つと無敵になったような気がしたのと少し似ていた。
 おしゃれな服が比較的手ごろな価格で売っているショップに入り、修学旅行に着て行く服を探し始めた。
 ハンガーとハンガーの間に指を入れて、服と値札を交互に見ながらハンガーを動かしていると、大智に似合いそうなネイビーのTシャツを見つけた。
 値札には「二枚買うと一枚半額」のシールが貼られている。ということは、二枚買っても二千円ちょっとだ。カラバリが豊富で、オレが欲しいと思っていたアイスブルーもあった。
 お揃いのTシャツとか、さすがにひくかな……。
 お揃いと言っても色違いだし、袖に赤い糸で白いタグが縫い付けられている以外は無地だから、パッと見でお揃いだと気付く人は少ないはずだ。
 部屋着にするならセーフな気がする。
「それ安いですよね」
 二枚のTシャツを持って悩んでいると、店員のお兄さんに声を掛けられた。
「ビッグサイズとジャストサイズで二枚買うの、めちゃくちゃいいと思います!」
 そう言って笑うお兄さんの顔はどこか見覚えがあった。
 お兄さんは髪を団子状に結んでいて、大智と同じ髪型だけど、顔は服屋のお兄さんのほうが中性的で体付きもすらりとしている。
 って、オレはなんで初対面のひとを大智と比べてるんだ!?
「試着してみます?」
「あ、えっと、大丈夫です……」
「色で悩まれてる感じですかー?」
「ええと、あの、友達のぶんも買おうか悩んでて……急にお揃いのTシャツなんて渡したら引かれちゃいますかね……?」
 これまた謎なことに、オレは初対面の服屋のお兄さんにお揃いについて相談していた。
「えっ、そんなことないですよ! かわいいと思う!」
 お兄さんはそう言って満面の笑みで親指を立ててくれた。
 お兄さんの言葉に背中を押されて、オレは二枚買うことに決めた。親切なお兄さんは「ラッピングしましょうか?」と言ってくれたけど、さすがに照れ臭くなって「大丈夫です」と答えた。
 二枚のTシャツが入ったショップバッグを持って店を出た途端、オレはその場に座り込みそうになった。
 片思いしている相手に、お揃いの服を買うなんて正気か!?
 いやいや、違う。これは化粧水を買ってもらったお返しだ。「大智は遠征があったから修旅の服を買いに行く時間がないかなーって思ってさ」うん、この台詞で行こう。イロチのお揃いになったのはたまたまってことで!
 その他にも買い物をしているうちに、少し気持ちが落ち着いた。
 両手に買い物袋を提げて、バスに乗り、学校の前のバス停で降りた。
 思ったより時間が掛かってしまったので足早に寮に戻ると、ランドリールームに行くと乾燥が終わっていた。
 カバー類は洗濯前より膨らんでいて、買った物を先に寮の部屋においてくればよかったと後悔したが、なんとか全部持って部屋に戻った。
 シーツや枕カバーをセットして、ついでに掃除もした。
 なんかオレ……夫の帰りを待つ妻みたいじゃないか?
 そう考えるとまた恥ずかしくなって、ベッドに倒れ込んだせいで洗い立てのシーツがぐちゃぐちゃになった。
「恋って大変なんだな……」
 オレの初恋は幼稚園の先生だった。その次は同じクラスの女の子だったような気がするけど、名前は思い出せない。
 幼稚園から始めたサッカーにどんどんのめり込み、小学校に入ってからはほぼ毎日がサッカーになっていた。
 平日は練習で土日祝は試合。遊ぶ時間はないに等しかったけど、サッカーが好きだったから別に苦じゃなかった。
 中学で勉強もできないとサッカーの強豪校には入れないとわかり、嫌々ながら勉強もするようになった。
 恋をする余裕はなかったし、したいとも思わなかった。
 恋人が欲しいと思うようになったのはサッカーをやめてからで、初めて好きになったのが大智だ。
「今頃何してんのかな……」
 持ち主に置いて行かれたスマホを見ると、午後六時を示していた。
 そろそろ夕飯を食べに行こうかと、ベッドから起き上がったところでスマホが震えた。
 武田からの着信だ。
 藤井からスマホを借りて俺に連絡してきていたのだから、大智が俺のスマホを間違えて持って行ったことを知っていそうなものだ。
 オレはとりあえず電話に出てみることにした。
「もしもし、武田……? オレ、佐野だけど」
『ああ、佐野、悪いな急に』
 武田はオレが出るとわかっていたようだった。
「ううん、何かあった?」
『いやー、ちょっと見てられなくてさ』
「え?」
『央位がすげえボロボロなんだよ』
「怪我したのか!?」
『怪我はしてない。絶不調なだけで』
 そう言って武田は笑った。
 笑ってしまうほど不調な大智なんて想像できないが、武田の話によると大智はミスを繰り返して試合の途中でベンチに下げられてしまったらしい。
 武田たちは練習後のシャワーを浴びて夕飯に行くところなのだが、大智が居残り練習から戻ってこないので待っているそうだ。
「マジか……どうしちゃったんだろうな」
『原因はわかってる』
「そうなの?」
 原因がわかっていて、怪我でもないなら、どうにかできるんじゃないか?
 ていうか、なんで武田は大智の不調をオレに知らせて来たんだろう。
 大智を待ちくたびれて誰か知り合いに電話でもかけるかー、という流れになったのだろうか。
『佐野、央位に返信してないだろ?』
「返信……? ああ、そういえば」
 大智からの『本当に本当にごめん』というメッセージが最後だった気がする。
「送ってなかったかも。どうして知ってるんだ?」
『だから、央位が絶不調なんだって』
「……それが原因で?」
『そうだと思う。つーか、本人がそう言ってた』
「ええ!?」
『だよな。俺も聞いた時驚いた。どこのメンヘラ女子だっつーの』
 武田の呆れ切っている様子が面白くて思わず笑ってしまったが、エース央位が不調ということはサッカー部の雰囲気は良くないはずだと気が付いて「ごめん」と謝った。
『佐野は悪くない。央位にスマホ間違えて持ってかれたんだろ? 怒って当然だし、怒ったほうがいい』
「そこまで困ってないけど……」
 美女高との合コンは成功とは言い難いが、彼女たちと連絡先を交換できなかったことをガッカリしてはいない。
 大智が好きだと気が付いたからだ。
『そう? じゃあさ、一言声かけてやってくれる? うちのメンヘラ、そろそろ帰ってくると思うからさ』
「……うん、わかった」
 オレがそう答えると、電話の向こうから『あ、戻ってきた!』と叫ぶ南の声がした。『央位~腹減ったぞ~』と言ったのはおそらく藤井だろう。
『んじゃ、代わるわ。悪いな、付き合わせて』
「ううん、大丈夫」
 そのあとすぐに『なんだよ、別に待ってろなんて言ってねえし』『電話? は? 誰?』と言う大智の不機嫌そうな声が聞こえた。
 たった二日会わなかっただけなのに、オレは声を聞いただけでドキッとして、布団の中に隠れたい衝動に駆られた。
『え……本当に朝陽……?』
「う、うん、お疲れ……」
 どうしよう、なんて言えばいいんだ?「今日、うまくいかなかったんだって?」と聞くのは絶対違うし「元気出してこー!」では大智のテンションと高低差がありすぎる。
「あ、あのさ! え、これ、ハンズフリー?」
『違う……朝陽、この前は本当ごめん……』
「ううん、出る直線にオレが変なこと言ったから間違えちゃったんだよな。ごめんな?」
『朝陽は悪くない……ごめん』
「怒ってないよ。帰ってきたら仲直りしよ」
『いいの?』
「うん……実はさ、今日買っちゃったんだ。お揃いのTシャツ」
『……マジ?』
「うん、買い物してたら大智に似合いそうなのを見つけてさ。帰ってきたら着てみてよ」
『わかった今すぐ帰る』
 大智がそう言うと、電話の向こうから『は? 帰る!?』『なんでそうなるんだよ!?』『ここ関西だからね!?』という三人の慌てた声が聞こえた。
「遠征終わってからでいいよ。あと一日頑張って」
『うん。ありがとう、朝陽』
 大智の声は電話で話し始めた時からは想像できないぐらい明るくなっていた。
 それほどまでにスマホを取り違えたことを気にしていたんだとわかって、返信を打たなかったことが申し訳なくなった。