男子校の調理実習と聞いて、男子校未経験者はどんな様子を想像するだろう。
制服を腰パンしながら「レタスってこれ?」と言いながらキャベツを持っている男子生徒?
それとも、どこからともなくコゲた匂いが漂ってくる家庭科室?
ここ開久高校の調理実習はどちらでもない。
オレも今日の実習までメークインと男爵の違いがわかってなかったから全く違うとは言えないんだけど。
少なくともコゲ臭さはない。
オレたちがいる家庭科室で漂ってるのは油と砂糖の匂いだ。
「佐野! 次が揚がるぞー!」
「オッケー!」
揚げ担当の木下にそう言われて、オレは数分前に揚げ上がったポテトチップスをバットからボウルに移した。
「次で最後だよな?」
「うん、そう」
オレの問いかけに答えたのは、水にさらしたジャガイモをキッチンペーパーで水気を吸い取っている小原だ。
木下、小原、そしてオレ、佐野朝陽の三人がポテトチップス担当で、他の班はクッキー、せんべい、カップケーキを作っている。
今日の調理実習のテーマは『おやつ』。
クラスの投票で決めたおやつを、班に分かれてそれぞれ作り方を調べて、作る。
調理実習はいつもこんな感じで、何を作るか、それをどう作るか、誰が何をするかという役割分担を生徒であるオレたちが決める。
生徒の自主性を尊重するというのが開久高校のモットーの一つで、中学の頃と比べると校則は緩い。
オレは学校敷地内の寮で暮らしているが、そこにも厳しいルールはない。
入学したばかりの頃は、急に大人として扱われているように感じて、ちょっとビックリした。
「はーい! そろそろ完成させてねー! 後片付け開始まで十分でーす」
六つある調理台を回りながら声を掛けているのは家庭科の新妻先生だ。
先生の年齢は非公開だけど、ひとり暮らし歴がかなり長いようで、生徒たちが独身生活を「ハッピーに過ごせるように」をモットーに授業をしてくれる。
裁縫の日はワイシャツのアイロンを効率よく掛ける方法やボタンが取れた時の縫い方を教えてくれ、洗濯の日は「ちょっと親には言えないシミ」を落とすテクを教えてくれた。
さてさて、おやつ作りは佳境を迎えている。
オレたちの班はポテトチップスを作っているわけだが、食べるのは三人だけじゃない。クラス全員だ。
出来上がったポテトチップスは二十七等分して油が染みない袋に入れなくちゃいけない。
「こっち終わったから手伝おうか?」
「サンキュ! 助かる!」
手伝いを申し出てくれたのはクッキー班のメンバーだった。
その調理台の上を見ると水色のギンガムチェックのラッピング袋がずらっと並んでいる。
「クッキー班のラッピングカワイイな!」
「だろ? 後輩女子からの差し入れっていう設定なんだ」
ここは男子校なので後輩男子はいても後輩女子はいない。
いないからこそ「もしいたら」という妄想が膨らむ。
こういうのをオレたちは「共学妄想」と呼んでいる。
「オレ、寮の部屋でめちゃくちゃ大事に食べるわ」
「佐野は寮なんだっけ」
「そう」
「しかもルームメイトはあの央位だぞ~」
そう言ったのはオレではなく、一年の時も同じクラスだった木下だ。
「えっ、マジで? スポーツクラスと一般クラスは別の寮なんじゃないの?」
「あー、うん、そうなんだけど」
「口じゃなくて手を動かす!」
新妻先生に急かされて、話はそこで途切れた。
なんとか時間内に全部袋に詰めて、全員に配ることができた。
終業のチャイムが鳴ってからも木下、小原としゃべりながら片付けをしていると、家庭科室のドアが開いて四人の男子生徒が入ってきた。
「失礼します」
その先頭に立っていたのはオレのルームメイト・央位大智だった。
「あら、早かったじゃない。練習が終わってから取りに来るんじゃなかったの?」
新妻先生に聞かれると、四人は「よくぞ聞いてくれました」という笑みを浮かべた。
「練習がナシになったんすよ」
そう答えたのは一番背が高い藤井だ。ポジションはゴールキーパー。
「あら、タイミングいいわね! 今日は地獄のラントレだから吐くともったいないって実習で作ったおやつを食べるの我慢してたのよね?」
「そう! でもナシになったからこれから教室で食べるんだぁ♪」
そう言いながら落ち着きなくずっと動いているのは南。ポジションはフォワードだ。
「よかったわねぇ。ちゃんと後片付けするのよ?」
「ゴミはちゃんと持ち帰ります。な、央位」
大智の肩を叩いたのは、一番しっかり者で次期キャプテンに決まっている武田だ。ポジションはディフェンス。
この三人とミッドフィルダーの大智は一年の時から公式戦に出ている、開久高校サッカー部のエースだ。
「いやあ、なんか輝いてるな」
小原が揚げ物のバットを布巾で拭きながら四人を眺めて言った。
「めちゃくちゃモテそうだよなぁ」
木下は各班から集まったおやつを三人に分けながら羨ましそうに言った。
「やっぱモテるのかなぁ」
四人はそれぞれにかっこいい。中でも一番目立つのは大智で、両親共に日本人なのにブラジルとのハーフだと噂になったことがあるほど彫りが深く、肩の下まである黒髪を団子状にまとめている。身長はオレより十センチ高い百八十五センチだったはずだ。
「寮でそういう話をしないのか?」
「そういえばしたことないかも」
「意外だな! 佐野は口を開けば『カノジョ欲しい』って言ってるのに」
確かに去年からずっと募集中だけど、『口を開けば』はさすがに盛りすぎだ。
木下と一緒にいる時限定で言えば一時間に一度は『カノジョ欲しい』と言ってるかもしれないけど。
ルームメイトの前でその話をしないのは、彼に対して劣等感を感じてるからなのかもしれない。
そんなことを考えながら目立ちまくっている彼らのほうを見ていると、大智が振り向いた。
「朝陽!」
大智はまるで人懐っこい大型犬のようにこっちに駆け寄ってきた。
「オフになったんだって?」
「うん! 朝陽は? 予定ある?」
大智はオレの前に立って、オレの肘に手を回した。
これだけ近くに立たれると、オレが見上げないと大智と視線を合わせられなくなる。
「特にないけど……?」
「じゃあ、寮で一緒におやつ食べようよ」
「いいよ。大智は何を作ったんだ?」
「ケーキ」
そう言われてオレが想像したのは、うちのクラスでも作っていたカップケーキだった。
でも、大智が家庭科準備室の冷蔵庫から持ってきたのは誕生日に食べるようなホールのデコレーションケーキだった。
「デカ!?」
「作るの大変そう……」
「スポーツクラスはこれを一人一台作ったの?」
一般クラスのオレと小原と木下が圧倒されていると、藤井が慌てて訂正した。
「違う違う! こんなデカいの作ったのは央位だけだから!」
「スポーツクラスが央位みたいな変人ばかりだと思わないで!」
南に変人と言われて央位はムッとした表情になった。
「うちのクラスは部の食事指導で甘いものを制限されてるヤツが多いんだ。でも調理実習で作ったものは見逃してもらえるから、普段は食べられないケーキ作ろうってことになったんだけど」
武田はそこで言葉を切って央位を見た。
「みんなはひとり四分の一も食べられれば十分だって言ってたのに、央位はホールケーキを作るって譲らなかったんだよ」
スポーツ選手が食事を管理されるのは珍しい話じゃない。
たとえば有名な駅伝大会で「レースが終わったら何が食べたいですか?」というインタビューに、多くの選手が「ケーキ」と答えていた。
でも大智は、ホールでケーキを食べたいと思うほど、甘いものを我慢しているようには見えなかった。
「そんなに甘いもの好きだったっけ?」
オレが尋ねると、大智が首を傾げた。
「朝陽、ケーキが好きって言ってたよね?」
「うん……?」
言ったっけ……?
正直覚えてない。
甘いものは好きで、勉強で頭が疲れると甘いものが欲しくなる。
その時に「ケーキが食べたい!」と言ったことはあったかもしれない。
「朝陽と一緒に食べようと思って」
大智はにこっと笑った。
同じ高校に入るまで、彼がこんな表情をするなんて思いもしなかった。
オレが想像していた央位大智は、いつも厳しい表情で、同級生なんか相手にしない。そんなイメージだった。
「それでホールケーキを作ったのかよ」
「央位って、本当に佐野にだけ甘いよねっ」
「俺らにその甘さをちょっとでいいから出してくれない?」
「無理」
大智は笑みを消して、そう言い放った。
どうして、お前たちを甘やかさなきゃならないんだ? と言いたげな表情だ。
オレの央位大智のイメージはあながち間違っていなかったのかもしれない。
「あーはいはい」
「そう言うと思った」
「ほら、俺らいると片付けの邪魔になるから出るぞ」
武田に背中を押されるようにして三人が家庭科室を出ていくと、それを大半の生徒が目で追っていた。
同性から見ても、あの四人はかっこいい。
その中で一番目立つ男が一度振り返って「朝陽、あとでね」と言った。
「央位って佐野にだけああなんだな」
「ああって?」
「ほら、佐野と話す時の央位ってめちゃくちゃ優しいじゃん? だから最近は誰にでもそうなのかと思ったんだけど」
「一年の時から央位がああなるのは佐野だけだったぞ」
木下も小原も央位がオレにだけ態度が違うと言いたいらしい。
それは他のヤツからも言われたことがある。「央位は佐野だけ姫扱いしてる」って。
確かに優しいとは思うけど「姫」ってなんだよ、王子じゃだめなのか?
「初対面の時はどうなるかと思ったけど、うまくいってるみたいでよかったじゃん」
「はは、まあな」
笑って答えるつもりだったけど、眉間にちょっとだけ皺が寄ってしまった。
木下の言う通り、寮生活はうまくいっていると思う。
でも、大智と初めて会った時の衝撃をオレは今も忘れられずにいる。
入学式の日、オレは前の席だった木下と喋っていた。
オレも木下もちょっと緊張していて、先生の連絡事項を聞きながら「これであってる?」「明日提出すればいいんだよな?」なんて話してた。
「次は寮のカギを配ります。うちのクラスで寮に入るのは佐野と央位だけだな」
その時、同じクラスに央位大智がいることに初めて気が付いた。
「よろしく」
「……」
本当に彼だ。
同じ高校の同じ教室に、あの央位大智がいる。
オレがサッカーをしていた頃、央位大智を知らないやつはいなかった。
プロチームのジュニアユースで得点王になり、試合には海外からのスカウトも来ていたらしい。
「佐野? どうした?」
木下の心配そうな顔を見て我に返った。
「よ、よろしく……」
一方のオレはプロチームのジュニアユースチームには入れず、街のクラブチームでサッカーをしながらプロ選手を目指していた。
でも結局、諦めた。
地元を離れて寮がある高校を選んだのは、サッカーを忘れたかったからだ。
それなのに、サッカーの才能の塊みたいな男と同じ部屋になるなんて。
胸をどんと押されたような衝撃だった。
制服を腰パンしながら「レタスってこれ?」と言いながらキャベツを持っている男子生徒?
それとも、どこからともなくコゲた匂いが漂ってくる家庭科室?
ここ開久高校の調理実習はどちらでもない。
オレも今日の実習までメークインと男爵の違いがわかってなかったから全く違うとは言えないんだけど。
少なくともコゲ臭さはない。
オレたちがいる家庭科室で漂ってるのは油と砂糖の匂いだ。
「佐野! 次が揚がるぞー!」
「オッケー!」
揚げ担当の木下にそう言われて、オレは数分前に揚げ上がったポテトチップスをバットからボウルに移した。
「次で最後だよな?」
「うん、そう」
オレの問いかけに答えたのは、水にさらしたジャガイモをキッチンペーパーで水気を吸い取っている小原だ。
木下、小原、そしてオレ、佐野朝陽の三人がポテトチップス担当で、他の班はクッキー、せんべい、カップケーキを作っている。
今日の調理実習のテーマは『おやつ』。
クラスの投票で決めたおやつを、班に分かれてそれぞれ作り方を調べて、作る。
調理実習はいつもこんな感じで、何を作るか、それをどう作るか、誰が何をするかという役割分担を生徒であるオレたちが決める。
生徒の自主性を尊重するというのが開久高校のモットーの一つで、中学の頃と比べると校則は緩い。
オレは学校敷地内の寮で暮らしているが、そこにも厳しいルールはない。
入学したばかりの頃は、急に大人として扱われているように感じて、ちょっとビックリした。
「はーい! そろそろ完成させてねー! 後片付け開始まで十分でーす」
六つある調理台を回りながら声を掛けているのは家庭科の新妻先生だ。
先生の年齢は非公開だけど、ひとり暮らし歴がかなり長いようで、生徒たちが独身生活を「ハッピーに過ごせるように」をモットーに授業をしてくれる。
裁縫の日はワイシャツのアイロンを効率よく掛ける方法やボタンが取れた時の縫い方を教えてくれ、洗濯の日は「ちょっと親には言えないシミ」を落とすテクを教えてくれた。
さてさて、おやつ作りは佳境を迎えている。
オレたちの班はポテトチップスを作っているわけだが、食べるのは三人だけじゃない。クラス全員だ。
出来上がったポテトチップスは二十七等分して油が染みない袋に入れなくちゃいけない。
「こっち終わったから手伝おうか?」
「サンキュ! 助かる!」
手伝いを申し出てくれたのはクッキー班のメンバーだった。
その調理台の上を見ると水色のギンガムチェックのラッピング袋がずらっと並んでいる。
「クッキー班のラッピングカワイイな!」
「だろ? 後輩女子からの差し入れっていう設定なんだ」
ここは男子校なので後輩男子はいても後輩女子はいない。
いないからこそ「もしいたら」という妄想が膨らむ。
こういうのをオレたちは「共学妄想」と呼んでいる。
「オレ、寮の部屋でめちゃくちゃ大事に食べるわ」
「佐野は寮なんだっけ」
「そう」
「しかもルームメイトはあの央位だぞ~」
そう言ったのはオレではなく、一年の時も同じクラスだった木下だ。
「えっ、マジで? スポーツクラスと一般クラスは別の寮なんじゃないの?」
「あー、うん、そうなんだけど」
「口じゃなくて手を動かす!」
新妻先生に急かされて、話はそこで途切れた。
なんとか時間内に全部袋に詰めて、全員に配ることができた。
終業のチャイムが鳴ってからも木下、小原としゃべりながら片付けをしていると、家庭科室のドアが開いて四人の男子生徒が入ってきた。
「失礼します」
その先頭に立っていたのはオレのルームメイト・央位大智だった。
「あら、早かったじゃない。練習が終わってから取りに来るんじゃなかったの?」
新妻先生に聞かれると、四人は「よくぞ聞いてくれました」という笑みを浮かべた。
「練習がナシになったんすよ」
そう答えたのは一番背が高い藤井だ。ポジションはゴールキーパー。
「あら、タイミングいいわね! 今日は地獄のラントレだから吐くともったいないって実習で作ったおやつを食べるの我慢してたのよね?」
「そう! でもナシになったからこれから教室で食べるんだぁ♪」
そう言いながら落ち着きなくずっと動いているのは南。ポジションはフォワードだ。
「よかったわねぇ。ちゃんと後片付けするのよ?」
「ゴミはちゃんと持ち帰ります。な、央位」
大智の肩を叩いたのは、一番しっかり者で次期キャプテンに決まっている武田だ。ポジションはディフェンス。
この三人とミッドフィルダーの大智は一年の時から公式戦に出ている、開久高校サッカー部のエースだ。
「いやあ、なんか輝いてるな」
小原が揚げ物のバットを布巾で拭きながら四人を眺めて言った。
「めちゃくちゃモテそうだよなぁ」
木下は各班から集まったおやつを三人に分けながら羨ましそうに言った。
「やっぱモテるのかなぁ」
四人はそれぞれにかっこいい。中でも一番目立つのは大智で、両親共に日本人なのにブラジルとのハーフだと噂になったことがあるほど彫りが深く、肩の下まである黒髪を団子状にまとめている。身長はオレより十センチ高い百八十五センチだったはずだ。
「寮でそういう話をしないのか?」
「そういえばしたことないかも」
「意外だな! 佐野は口を開けば『カノジョ欲しい』って言ってるのに」
確かに去年からずっと募集中だけど、『口を開けば』はさすがに盛りすぎだ。
木下と一緒にいる時限定で言えば一時間に一度は『カノジョ欲しい』と言ってるかもしれないけど。
ルームメイトの前でその話をしないのは、彼に対して劣等感を感じてるからなのかもしれない。
そんなことを考えながら目立ちまくっている彼らのほうを見ていると、大智が振り向いた。
「朝陽!」
大智はまるで人懐っこい大型犬のようにこっちに駆け寄ってきた。
「オフになったんだって?」
「うん! 朝陽は? 予定ある?」
大智はオレの前に立って、オレの肘に手を回した。
これだけ近くに立たれると、オレが見上げないと大智と視線を合わせられなくなる。
「特にないけど……?」
「じゃあ、寮で一緒におやつ食べようよ」
「いいよ。大智は何を作ったんだ?」
「ケーキ」
そう言われてオレが想像したのは、うちのクラスでも作っていたカップケーキだった。
でも、大智が家庭科準備室の冷蔵庫から持ってきたのは誕生日に食べるようなホールのデコレーションケーキだった。
「デカ!?」
「作るの大変そう……」
「スポーツクラスはこれを一人一台作ったの?」
一般クラスのオレと小原と木下が圧倒されていると、藤井が慌てて訂正した。
「違う違う! こんなデカいの作ったのは央位だけだから!」
「スポーツクラスが央位みたいな変人ばかりだと思わないで!」
南に変人と言われて央位はムッとした表情になった。
「うちのクラスは部の食事指導で甘いものを制限されてるヤツが多いんだ。でも調理実習で作ったものは見逃してもらえるから、普段は食べられないケーキ作ろうってことになったんだけど」
武田はそこで言葉を切って央位を見た。
「みんなはひとり四分の一も食べられれば十分だって言ってたのに、央位はホールケーキを作るって譲らなかったんだよ」
スポーツ選手が食事を管理されるのは珍しい話じゃない。
たとえば有名な駅伝大会で「レースが終わったら何が食べたいですか?」というインタビューに、多くの選手が「ケーキ」と答えていた。
でも大智は、ホールでケーキを食べたいと思うほど、甘いものを我慢しているようには見えなかった。
「そんなに甘いもの好きだったっけ?」
オレが尋ねると、大智が首を傾げた。
「朝陽、ケーキが好きって言ってたよね?」
「うん……?」
言ったっけ……?
正直覚えてない。
甘いものは好きで、勉強で頭が疲れると甘いものが欲しくなる。
その時に「ケーキが食べたい!」と言ったことはあったかもしれない。
「朝陽と一緒に食べようと思って」
大智はにこっと笑った。
同じ高校に入るまで、彼がこんな表情をするなんて思いもしなかった。
オレが想像していた央位大智は、いつも厳しい表情で、同級生なんか相手にしない。そんなイメージだった。
「それでホールケーキを作ったのかよ」
「央位って、本当に佐野にだけ甘いよねっ」
「俺らにその甘さをちょっとでいいから出してくれない?」
「無理」
大智は笑みを消して、そう言い放った。
どうして、お前たちを甘やかさなきゃならないんだ? と言いたげな表情だ。
オレの央位大智のイメージはあながち間違っていなかったのかもしれない。
「あーはいはい」
「そう言うと思った」
「ほら、俺らいると片付けの邪魔になるから出るぞ」
武田に背中を押されるようにして三人が家庭科室を出ていくと、それを大半の生徒が目で追っていた。
同性から見ても、あの四人はかっこいい。
その中で一番目立つ男が一度振り返って「朝陽、あとでね」と言った。
「央位って佐野にだけああなんだな」
「ああって?」
「ほら、佐野と話す時の央位ってめちゃくちゃ優しいじゃん? だから最近は誰にでもそうなのかと思ったんだけど」
「一年の時から央位がああなるのは佐野だけだったぞ」
木下も小原も央位がオレにだけ態度が違うと言いたいらしい。
それは他のヤツからも言われたことがある。「央位は佐野だけ姫扱いしてる」って。
確かに優しいとは思うけど「姫」ってなんだよ、王子じゃだめなのか?
「初対面の時はどうなるかと思ったけど、うまくいってるみたいでよかったじゃん」
「はは、まあな」
笑って答えるつもりだったけど、眉間にちょっとだけ皺が寄ってしまった。
木下の言う通り、寮生活はうまくいっていると思う。
でも、大智と初めて会った時の衝撃をオレは今も忘れられずにいる。
入学式の日、オレは前の席だった木下と喋っていた。
オレも木下もちょっと緊張していて、先生の連絡事項を聞きながら「これであってる?」「明日提出すればいいんだよな?」なんて話してた。
「次は寮のカギを配ります。うちのクラスで寮に入るのは佐野と央位だけだな」
その時、同じクラスに央位大智がいることに初めて気が付いた。
「よろしく」
「……」
本当に彼だ。
同じ高校の同じ教室に、あの央位大智がいる。
オレがサッカーをしていた頃、央位大智を知らないやつはいなかった。
プロチームのジュニアユースで得点王になり、試合には海外からのスカウトも来ていたらしい。
「佐野? どうした?」
木下の心配そうな顔を見て我に返った。
「よ、よろしく……」
一方のオレはプロチームのジュニアユースチームには入れず、街のクラブチームでサッカーをしながらプロ選手を目指していた。
でも結局、諦めた。
地元を離れて寮がある高校を選んだのは、サッカーを忘れたかったからだ。
それなのに、サッカーの才能の塊みたいな男と同じ部屋になるなんて。
胸をどんと押されたような衝撃だった。
