高校デビューに失敗して、学校に行くのが怖くなりました。
俺、馬柴楓は入学式の日、調子に乗っていました!
だから今学校に行きづらくなっているのは自業自得だ。
タイムマシンがあるなら四月まで遡って、無難に「西中から来ました、馬柴楓です。好きなのは漫画です!」と言い直したい。
入学式のあと、俺は教室での自己紹介タイムでまだ描いたこともないのに「漫画を描いてます!」と言ってしまった。
前の席から順番が近づくたびドキドキして、席を立った途端、俺の頭は真っ白だった。
本当は「俺、漫画が好きなので、高校に入ったら趣味で漫画を描いてみたいと思っています! だから漫画が好きな人は仲良くしてください」と、言いたかった。
俺、端折り過ぎだろ! 結論を言ってどうする! そもそもまだ描いていないなら、ただの大嘘つきだ。
俺は、自分の好きなものを隠したまま高校生活をするより、自分らしく元気に楽しく高校生活を送りたいと思っていた。
元々緊張すると上手く喋れなくなる自分の性格は知っていた。
知っていたのに!
人生の終了を知らせるみたいに、遠くから昼休み終了のチャイムの音が聞こえて来た。俺の足は自分の教室に向かわずに保健室に向かっていた。
ゴールデンウィークが終わったあと、頑張って学校まで来た。午前中は頑張って授業を受けた。
けれど、クラスメイトの視線に耐えられなくて昼休み明けに逃げて来てしまった。
廊下を歩いていると、教室から授業を進める先生たちの声が聞こえてくる。教室にただ座っているだけで、今日の日本史の出席日数がゲットできるというのに。
(俺は……無力だ。このまま留年なんて嫌なのに……)
なんで出来もしないことを言ってしまったのか、自分でも分からない。緊張してたのもあるし、同じ趣味の友達を見つけて楽しい高校生活を送りたいと思っていた。地味な黒髪で取り立てて特徴もない。このままでは、誰とも友達になれないと思った。
だから、焦って口が滑ってしまった。
でも、こんな嘘つきの俺でも、クラスのみんなはとても優しかった。
――ええ、漫画! すごい。
――プロ目指してるんですか?
――見てみたい!
それらの好意的な質問に、俺は何も答えられなかった。
昔から空想癖があって、頭の中で色々なお話を作るのが好きだった。だから、漫画を描いてみたいと思っていた。でも、やってもいないのに漫画が描けるかどうか、ましてやプロになりたいかどうかなんて分かるはずがない。
クラスメイトの質問攻撃のなかで、一番怖かったのは――。虎谷尊くんだった。
一番後ろの席、窓際に座っていた虎谷くんは、すっ、と手を挙げて俺の方をまっすぐに見ていた。
爛々としたその目つきは、漫画でよく見る暗殺者だった。俺はヤバイ殺されると思った。
虎谷くんは入学初日なのに、紺色のブレザーは腰に巻いているし、ネクタイはだらしなく緩めている。金髪で耳にはたくさんピアスが付いていた。明らかに不良さんだ。
虎谷くんは隣に立っている俺を、じっと睨むように見たあとこう言い放った。
――少年漫画ですか、少女漫画ですか? それともファンタジーですか? 漫画だけじゃ全然分からないんで、何を描いているか、もっと詳しくジャンルを教えてください。俺、知りたいです。
――う、ぅ……。
――答えられないんすか?
思い出すだけで怖い。心臓が、きゅっとなる。泣きそうだ。
「――あぁ、もう……駄目だ。お腹痛いよう」
俺は保健室の扉を開けて中に入った。入口に保健医が不在のカードがかかっていた。
俺はそのまま仕切りのカーテンを開けて中に入りベッドに横になった。
一時間だけ、一時間だけ寝る。寝たら頑張って教室に戻る!
そう自分を鼓舞して俺は目を閉じた。――その数分後だった。突然ガラガラと扉を開ける音が聞こえた。と、思ったら次の瞬間、俺が寝ているベッドのカーテンが、シャッと音を立てて開く。
「ヒッ!」
「ぁ……悪い、どいて……も、駄目」
金髪の長身の男が俺が寝ているベッドの脇で額を押さえたままゆらゆら揺れている。一目で具合が悪いのが分かった。
俺は慌てて彼にベッドを譲ろうと思ったが、全然間に合わなかった。
男はそのまま俺が寝ているベッドの上に倒れかかってくる。
「え、だ、大丈夫……で……」
よくよく観察すると、俺の膝の上に倒れている男は同じクラスの虎谷くんだった。
――俺が教室に行きづらくなった原因の男だ。
誰かと殴り合いでの喧嘩でもしたのか、手首や指先にはたくさん湿布が貼ってある。それだけじゃない、首とシャツの首元から覗く肩にも湿布が貼ってあった。
「……え、湿布臭っ」
どんな怪我をしたら、こんな匂いを体から放つようになるんだろう。そもそも湿布を貼りすぎだ。湿布でも痛み止めには変わりないのだから、用法容量は絶対に守らないといけない。
俺の膝の上で死んだように倒れている虎谷くんの目の下には、べったりと隈が浮いている。俺はそっと虎谷くんの額に触れてみた。息はしているし熱はないようだった。ほっと胸を撫で下ろす。
教室では怖い人だったけど、目を閉じていると少し幼い印象になる。俺と同じ歳の男の子が無邪気な顔でスヤスヤ寝ていた。
まるで一仕事終えて、やっと眠りにつけた戦士の休息みたい。
俺は今ハマっている俺最強ファンタジー漫画が頭に浮かんだ。
「なんか、ちょっと、主人公に似てるかも?」
そんなことを思っていたら再び保健室の扉が開いた。どうやら保健室の先生が戻って来たようだった。
俺、馬柴楓は入学式の日、調子に乗っていました!
だから今学校に行きづらくなっているのは自業自得だ。
タイムマシンがあるなら四月まで遡って、無難に「西中から来ました、馬柴楓です。好きなのは漫画です!」と言い直したい。
入学式のあと、俺は教室での自己紹介タイムでまだ描いたこともないのに「漫画を描いてます!」と言ってしまった。
前の席から順番が近づくたびドキドキして、席を立った途端、俺の頭は真っ白だった。
本当は「俺、漫画が好きなので、高校に入ったら趣味で漫画を描いてみたいと思っています! だから漫画が好きな人は仲良くしてください」と、言いたかった。
俺、端折り過ぎだろ! 結論を言ってどうする! そもそもまだ描いていないなら、ただの大嘘つきだ。
俺は、自分の好きなものを隠したまま高校生活をするより、自分らしく元気に楽しく高校生活を送りたいと思っていた。
元々緊張すると上手く喋れなくなる自分の性格は知っていた。
知っていたのに!
人生の終了を知らせるみたいに、遠くから昼休み終了のチャイムの音が聞こえて来た。俺の足は自分の教室に向かわずに保健室に向かっていた。
ゴールデンウィークが終わったあと、頑張って学校まで来た。午前中は頑張って授業を受けた。
けれど、クラスメイトの視線に耐えられなくて昼休み明けに逃げて来てしまった。
廊下を歩いていると、教室から授業を進める先生たちの声が聞こえてくる。教室にただ座っているだけで、今日の日本史の出席日数がゲットできるというのに。
(俺は……無力だ。このまま留年なんて嫌なのに……)
なんで出来もしないことを言ってしまったのか、自分でも分からない。緊張してたのもあるし、同じ趣味の友達を見つけて楽しい高校生活を送りたいと思っていた。地味な黒髪で取り立てて特徴もない。このままでは、誰とも友達になれないと思った。
だから、焦って口が滑ってしまった。
でも、こんな嘘つきの俺でも、クラスのみんなはとても優しかった。
――ええ、漫画! すごい。
――プロ目指してるんですか?
――見てみたい!
それらの好意的な質問に、俺は何も答えられなかった。
昔から空想癖があって、頭の中で色々なお話を作るのが好きだった。だから、漫画を描いてみたいと思っていた。でも、やってもいないのに漫画が描けるかどうか、ましてやプロになりたいかどうかなんて分かるはずがない。
クラスメイトの質問攻撃のなかで、一番怖かったのは――。虎谷尊くんだった。
一番後ろの席、窓際に座っていた虎谷くんは、すっ、と手を挙げて俺の方をまっすぐに見ていた。
爛々としたその目つきは、漫画でよく見る暗殺者だった。俺はヤバイ殺されると思った。
虎谷くんは入学初日なのに、紺色のブレザーは腰に巻いているし、ネクタイはだらしなく緩めている。金髪で耳にはたくさんピアスが付いていた。明らかに不良さんだ。
虎谷くんは隣に立っている俺を、じっと睨むように見たあとこう言い放った。
――少年漫画ですか、少女漫画ですか? それともファンタジーですか? 漫画だけじゃ全然分からないんで、何を描いているか、もっと詳しくジャンルを教えてください。俺、知りたいです。
――う、ぅ……。
――答えられないんすか?
思い出すだけで怖い。心臓が、きゅっとなる。泣きそうだ。
「――あぁ、もう……駄目だ。お腹痛いよう」
俺は保健室の扉を開けて中に入った。入口に保健医が不在のカードがかかっていた。
俺はそのまま仕切りのカーテンを開けて中に入りベッドに横になった。
一時間だけ、一時間だけ寝る。寝たら頑張って教室に戻る!
そう自分を鼓舞して俺は目を閉じた。――その数分後だった。突然ガラガラと扉を開ける音が聞こえた。と、思ったら次の瞬間、俺が寝ているベッドのカーテンが、シャッと音を立てて開く。
「ヒッ!」
「ぁ……悪い、どいて……も、駄目」
金髪の長身の男が俺が寝ているベッドの脇で額を押さえたままゆらゆら揺れている。一目で具合が悪いのが分かった。
俺は慌てて彼にベッドを譲ろうと思ったが、全然間に合わなかった。
男はそのまま俺が寝ているベッドの上に倒れかかってくる。
「え、だ、大丈夫……で……」
よくよく観察すると、俺の膝の上に倒れている男は同じクラスの虎谷くんだった。
――俺が教室に行きづらくなった原因の男だ。
誰かと殴り合いでの喧嘩でもしたのか、手首や指先にはたくさん湿布が貼ってある。それだけじゃない、首とシャツの首元から覗く肩にも湿布が貼ってあった。
「……え、湿布臭っ」
どんな怪我をしたら、こんな匂いを体から放つようになるんだろう。そもそも湿布を貼りすぎだ。湿布でも痛み止めには変わりないのだから、用法容量は絶対に守らないといけない。
俺の膝の上で死んだように倒れている虎谷くんの目の下には、べったりと隈が浮いている。俺はそっと虎谷くんの額に触れてみた。息はしているし熱はないようだった。ほっと胸を撫で下ろす。
教室では怖い人だったけど、目を閉じていると少し幼い印象になる。俺と同じ歳の男の子が無邪気な顔でスヤスヤ寝ていた。
まるで一仕事終えて、やっと眠りにつけた戦士の休息みたい。
俺は今ハマっている俺最強ファンタジー漫画が頭に浮かんだ。
「なんか、ちょっと、主人公に似てるかも?」
そんなことを思っていたら再び保健室の扉が開いた。どうやら保健室の先生が戻って来たようだった。



