靴底でひび割れたアスファルトを擦る音が、単調なリズムを刻んでいる。
駅からの長い一本道。少し前を歩く湊の背中には、パンパンに膨らんだ黒いリュックが揺れていた。真新しいハイテク素材のスニーカーが、田舎特有の白っぽい砂利を小気味よく弾いていく。
「相変わらず、コンビニ遠いな。自販機すら見当たらねえし」
「そっちが勝手に出て行ったんでしょ。ここは昔から何も変わってないよ」
「セミの音もデカすぎだろ。東京だとこんな大音量で鳴いてないぞ」
「それは湊が都会のノイズに耳を塞いでるからじゃないの」
振り返りもせずに文句を垂れる湊の広い背中に、わざと棘のある言葉を投げる。
俺の生意気な口答えに、湊は「なんだと」と笑いながら肩をすくめた。
靴の裏で砂利が鳴る音と、頭上から降り注ぐ暴力的なまでの蝉時雨。ぽつりぽつりと交わされる他愛のないラリーは、中学校の帰り道と何一つ変わらない。
ふと、歩調を緩めた湊が、立ち止まって振り返った。
その視線が、俺の頭のてっぺんから足先までを、値踏みするように舐めていく。
今日の俺は、鎖骨がうっすらと透けるオーバーサイズの白シャツに、風を孕むような落ち感のあるワイドパンツを合わせている。少し伸びた前髪を耳にかけ、男とも女ともつかない、境界線上の自分を布切れ一枚で必死に保っていた。
「……何」
「お前さ、その格好、自分で選んでんの」
湊の大きな目が、興味深そうに俺を捉える。
心臓がきゅうりと縮み上がった。
「……変? だったら、家に着いたら着替えてくるけど」
防衛本能から、つい刺のある声が出た。爪先がじんわりと冷たくなる。
しかし、湊はあっけらかんと白い歯を見せて笑った。
「逆だよ。すげえセンスいいなと思って」
「……え」
「なんていうか……男モノとか女モノとかじゃなくて、『ユキ』っていうジャンルの服って感じ。お前のその細い骨格にめっちゃ合ってる」
――『ユキ』っていうジャンル。
無意識に息を呑んでいた。
男のくせに女みたいな服を着ている、という世間の冷たいレッテルごと、彼はいとも簡単に剥がし捨ててくれたのだ。
俺という存在の輪郭を、彼だけの言葉で肯定されたような気がして、喉の奥がツンと熱くなった。
「……バカみたい。何それ」
「褒めてんだろ。素直に喜べよ」
照れ隠しに視線を逸らすと、湊は満足げに鼻を鳴らし、再び歩き出した。
やがて、見慣れた鎮守の森が見えてくる。
苔むした鳥居をくぐり、冷たい日陰が落ちる境内の石段に二人で腰を下ろした。
「そういや、これ聞くか。最近、向こうのライブハウスで流行ってるバンド」
リュックのポケットから取り出されたのは、指紋一つない真新しいスマートフォンだった。
湊が長い指で画面をタップし、白いイヤホンの片方を無造作に俺の右耳へと押し込んでくる。
「あっ……」
鼓膜に触れるプラスチックの冷たさと同時に、湊の肩が俺の左肩にピタリと触れた。
密着した肌越しに、彼の高い体温がじわりと伝染してくる。鼻腔を埋め尽くしたのは、先ほど駅で嗅いだのと同じ、冷たくて甘い都会の洗剤の匂い。
湊は俺の肩に体重を預けながら、楽しそうに画面をスクロールしている。
彼にとっては、ただの「親友へのシェア」なのだろう。けれど、俺の左半身は火傷しそうなほど熱く、心臓の音までイヤホン越しにバレてしまうのではないかと、浅い呼吸を繰り返すことしかできなかった。
流れてきたのは、知らない街の夜を思わせる、けだるくてお洒落なギターの音色だった。
「どう。結構いいだろ」
「……うん。なんか、東京って感じがする」
俺が曖昧に頷いたその瞬間。
湊のスマホの画面上部に、ポーンと通知のバナーが降りてきた。
無意識に視線が画面へ落ちる。
ロック画面の背景に設定されていたのは、湊の肩に寄り添うように写る、華奢な肩口と、パステルカラーのネイルが施された細い指先だった。顔は見えない。けれど、それがまぎれもなく「誰か」――彼が選んだ「女の子」の影であることは、一瞬で理解できた。
弾かれたように、湊がスマホの画面を伏せた。
「……ああ、今の、気にすんな」
気まずそうに目を逸らし、耳まで赤くして後頭部を掻く湊。
その仕草が、何よりも残酷な答えだった。
気にするなと、彼は言った。
けれど、裏返された黒い液晶画面は、俺がどれほど自分の境界線を曖昧にして彼に近づこうとも、絶対に越えられない壁があることを冷たく告げていた。
西日が石段を赤く染め、二人の影を長く引き伸ばしていく。
肩に触れる彼の体温はあんなにも心地よいのに、胸の奥では、じゅわっと音を立てて何かが焼け焦げていくような、ひどい匂いがしていた。
駅からの長い一本道。少し前を歩く湊の背中には、パンパンに膨らんだ黒いリュックが揺れていた。真新しいハイテク素材のスニーカーが、田舎特有の白っぽい砂利を小気味よく弾いていく。
「相変わらず、コンビニ遠いな。自販機すら見当たらねえし」
「そっちが勝手に出て行ったんでしょ。ここは昔から何も変わってないよ」
「セミの音もデカすぎだろ。東京だとこんな大音量で鳴いてないぞ」
「それは湊が都会のノイズに耳を塞いでるからじゃないの」
振り返りもせずに文句を垂れる湊の広い背中に、わざと棘のある言葉を投げる。
俺の生意気な口答えに、湊は「なんだと」と笑いながら肩をすくめた。
靴の裏で砂利が鳴る音と、頭上から降り注ぐ暴力的なまでの蝉時雨。ぽつりぽつりと交わされる他愛のないラリーは、中学校の帰り道と何一つ変わらない。
ふと、歩調を緩めた湊が、立ち止まって振り返った。
その視線が、俺の頭のてっぺんから足先までを、値踏みするように舐めていく。
今日の俺は、鎖骨がうっすらと透けるオーバーサイズの白シャツに、風を孕むような落ち感のあるワイドパンツを合わせている。少し伸びた前髪を耳にかけ、男とも女ともつかない、境界線上の自分を布切れ一枚で必死に保っていた。
「……何」
「お前さ、その格好、自分で選んでんの」
湊の大きな目が、興味深そうに俺を捉える。
心臓がきゅうりと縮み上がった。
「……変? だったら、家に着いたら着替えてくるけど」
防衛本能から、つい刺のある声が出た。爪先がじんわりと冷たくなる。
しかし、湊はあっけらかんと白い歯を見せて笑った。
「逆だよ。すげえセンスいいなと思って」
「……え」
「なんていうか……男モノとか女モノとかじゃなくて、『ユキ』っていうジャンルの服って感じ。お前のその細い骨格にめっちゃ合ってる」
――『ユキ』っていうジャンル。
無意識に息を呑んでいた。
男のくせに女みたいな服を着ている、という世間の冷たいレッテルごと、彼はいとも簡単に剥がし捨ててくれたのだ。
俺という存在の輪郭を、彼だけの言葉で肯定されたような気がして、喉の奥がツンと熱くなった。
「……バカみたい。何それ」
「褒めてんだろ。素直に喜べよ」
照れ隠しに視線を逸らすと、湊は満足げに鼻を鳴らし、再び歩き出した。
やがて、見慣れた鎮守の森が見えてくる。
苔むした鳥居をくぐり、冷たい日陰が落ちる境内の石段に二人で腰を下ろした。
「そういや、これ聞くか。最近、向こうのライブハウスで流行ってるバンド」
リュックのポケットから取り出されたのは、指紋一つない真新しいスマートフォンだった。
湊が長い指で画面をタップし、白いイヤホンの片方を無造作に俺の右耳へと押し込んでくる。
「あっ……」
鼓膜に触れるプラスチックの冷たさと同時に、湊の肩が俺の左肩にピタリと触れた。
密着した肌越しに、彼の高い体温がじわりと伝染してくる。鼻腔を埋め尽くしたのは、先ほど駅で嗅いだのと同じ、冷たくて甘い都会の洗剤の匂い。
湊は俺の肩に体重を預けながら、楽しそうに画面をスクロールしている。
彼にとっては、ただの「親友へのシェア」なのだろう。けれど、俺の左半身は火傷しそうなほど熱く、心臓の音までイヤホン越しにバレてしまうのではないかと、浅い呼吸を繰り返すことしかできなかった。
流れてきたのは、知らない街の夜を思わせる、けだるくてお洒落なギターの音色だった。
「どう。結構いいだろ」
「……うん。なんか、東京って感じがする」
俺が曖昧に頷いたその瞬間。
湊のスマホの画面上部に、ポーンと通知のバナーが降りてきた。
無意識に視線が画面へ落ちる。
ロック画面の背景に設定されていたのは、湊の肩に寄り添うように写る、華奢な肩口と、パステルカラーのネイルが施された細い指先だった。顔は見えない。けれど、それがまぎれもなく「誰か」――彼が選んだ「女の子」の影であることは、一瞬で理解できた。
弾かれたように、湊がスマホの画面を伏せた。
「……ああ、今の、気にすんな」
気まずそうに目を逸らし、耳まで赤くして後頭部を掻く湊。
その仕草が、何よりも残酷な答えだった。
気にするなと、彼は言った。
けれど、裏返された黒い液晶画面は、俺がどれほど自分の境界線を曖昧にして彼に近づこうとも、絶対に越えられない壁があることを冷たく告げていた。
西日が石段を赤く染め、二人の影を長く引き伸ばしていく。
肩に触れる彼の体温はあんなにも心地よいのに、胸の奥では、じゅわっと音を立てて何かが焼け焦げていくような、ひどい匂いがしていた。


