通り雨が過ぎた後の空は、ひどく眩しい

 ピカッ、と。
 空がひび割れたかのような閃光が走り、直後に腹の底を震わせる轟音が夜の空気を引き裂いた。

「うわっ……!」

 参道を歩いていた人々の悲鳴が上がるのと同時に、バケツをひっくり返したような猛烈な通り雨が、容赦なく俺たちに叩きつけられた。

「ヤバい、マジかよ! 走れるか!?」

 逃げ惑う人混みの喧騒の中、湊が叫び、俺の右手を力強く引いた。
 下駄がアスファルトを蹴る。激しく打ち据える雨音が、祭りの囃子も人々の声もすべてを塗りつぶしていく。
 乾いた地面が急激に濡らされることで立ち昇る、むせ返るような土の匂い。視界は白く煙り、世界にはただ、俺の手を引いて走る彼の大きな背中と、繋がれた手から伝わってくる火傷しそうなほどの熱だけが存在していた。

「ここ、入ろう!」

 息を切らしながら俺たちが逃げ込んだのは、参道から少し外れた場所にある、古びた神社の軒下だった。
 雨宿りをする人は誰もおらず、まるでこの激しい雨のカーテンによって、世界から俺と彼だけが切り離されてしまったかのような錯覚に陥る。

「はぁ、はぁ……っ、すっげー降ってきたな」

 湊は荒い息を吐きながら、Tシャツの裾をパタパタと煽った。雨で張り付いた薄い生地から、彼の骨ばった肩のラインが透けて見える。
 俺も息を整えながら、自分の姿を見下ろした。濃紺の浴衣は肩口からすっかり濡れそぼり、牡丹の柄がいっそう生々しく色を濃くしている。

「……お前、寒くない?」

 湊が自分の濡れた前髪を無造作にかき上げながら、俺の顔を覗き込んだ。
 その瞬間。薄暗い軒下で、雨に濡れた俺の艶やかな姿を真正面から捉えた彼の動きが、ふっと止まった。

 まばたきすら忘れ、俺を見つめる湊の瞳。
 激しい雨音が鼓膜を打っているはずなのに、二人の間には、耳が痛くなるような奇妙な静寂が落ちていた。

 手が触れ合いそうなほどの、物理的な距離。
 ひんやりとした夜の空気の中に、お互いの乱れた吐息だけが熱を帯びて混ざり合っていく。

 湊の視線が、俺の濡れた髪から、紅を差した唇、そして浴衣の襟元へとゆっくりと落ちていくのがわかった。
 その瞳の奥に揺れているのは、決して「男友達」に向けるものではない。どうしようもなく惹きつけられ、特別に愛おしいものを見つめる時の、むき出しの『男』の熱だった。

 ――今なら、いける。

 確信があった。この雨の魔法が解けないうちに、あと一歩踏み出せば、俺は彼の中の「親友」を殺して、本当のヒロインになれる。
 もう二度と、彼をあの見知らぬ誰かの元へ帰したくない。

 俺は少しだけ背伸びをするように、湊を見上げた。
 そして、微かに開いた彼の唇を見つめながら、震える声でその言葉を紡ぎ出した。

「湊、あのさ。俺……ずっと前から——」

 好きだった。
 その四文字が、喉元まで出かかった、その瞬間。

 ブーッ、ブーッ。

 二人の間の濃密な空気を無残に切り裂くように、湊のズボンのポケットで、スマホがけたたましく、無機質に震動した。

 ビクッと肩を揺らし、魔法から醒めたように我に返る湊。

「……わり、ちょっと待って」

 彼が慌ててポケットからスマホを取り出す。
 薄暗い軒下で、液晶画面の青白い光が湊の顔を下から照らし出した。

 そこに表示されていたのは、東京の彼女の名前。
 そして、短いLINEのポップアップメッセージだった。

 画面を見た瞬間。
 湊の顔から、先ほどまで俺に向けられていたあの甘い熱が、サッと音を立てて引いていくのがわかった。
 代わりに張り付いたのは、血の気が引いたような蒼白な表情と、隠しきれない焦燥感。

 ああ、終わったんだ。

 激しい雨音が、俺の言いかけた言葉の残骸を無慈悲に洗い流していく。
 スマホの青白い画面を見つめたまま、完全に固まってしまった彼の手からスマホを奪い取る権利など、都合のいい「親友」である俺が持っているはずもなかった。