赤いトーキョー

 東京で生まれて、東京で育った。

 入学式で隣の席の女の子もそのまた隣の席の女の子もリクルートスーツを着ていた。紺色のフレアスカートのスーツを母に借りた自分がひどく浮いて見えた。生まれて初めてしたお化粧はおかしくないだろうか?あまり可愛くない制服が正しいのか正しくないのか分からないファッションセンスを隠してくれていたことを知った。

 同じ高校からの進学者は私のほかに7人いて、2人は女子だ。でも、その2人はバドミントン部でダブルスを組むほどに仲が良くて私の入る余地はない。ひとりぼっちの入学式はおなかが痛くなる。

 

 新しい友達を作ろうとする波に乗り遅れまいと、近くにいる人に声をかける。函館出身だという女の子に、東京のことをいろいろと聞かれた。そこそこに栄えている西東京の地元の話をしたが、どうやら聞きたいのは東京タワーや渋谷のことらしい。小中高と徒歩圏内の学校に通い、決まりきったメンバーで半径1キロの圏内で遊んでいた。駅の反対側にはボウリング場もあるし、電車で数駅のところには遊園地だってある。このあたりのことはほとんど知らないし、今日だって人生初の通勤ラッシュに眩暈がした。しかし、地方出身者にとってトーキョーとは23区のことを言うらしく、トーキョーのことを知らない私との会話は大して盛り上がらなかった。


 入学式が行われたホールを出ると、サークルの勧誘者が列を作って、サークルのチラシを配っていた。列を抜けたと思ったらまばらに大きな看板を持って勧誘をする在校生が立っていた。

「ねえ、ダーツ興味ない?」

サークルのオリジナルパーカーらしきものを着た背の高い男性に声をかけられた。



 一目惚れだった。高校までは身近にかっこいい男の子なんていなかった。今までに少女漫画をたくさん読んできてもフィクションだと思っていたし、芸能人でもない一般人に一目惚れするなんてページ数の都合によるものだと思っていた。でも、どういうわけか一目惚れしてしまった。



 先輩は私をダーツサークルのブースに連れて行ってくれた。先輩は理学部の3年生らしい。うまくしゃべれない私の緊張をほぐすように、色々話しかけてくれた。ブースにはいわゆる陽キャっぽい人だらけだった。執事とお嬢様の恋愛漫画にハマっているようなオタクの私がうまくやっていけるとは思えなかった。

「おっ、さっそく可愛い子ナンパしてきたなー」
「人聞きが悪すぎる。新入生ちゃんの前で変なこと言うなよ。あと、お前は働け」

 先輩に軽口を叩く男の人を笑いながら小突く先輩。ちらりと覗く八重歯も魅力的だった。

「俺はあいにくお前みたいにイケメンじゃないから、チラシが捌けねえんだよ。はあ、顔交換してくれ」
「うるさい、つべこべ言わずに仕事しろ。サークルに貢献しろ」
「お前が言うなっつーの、この問題児」
「だーかーらっ、新入生ちゃんの前でそういうこと言うなっつーの」

 先輩は彼を追い払う。

「ごめんね、騒がしくて」



 先輩とサークルの会長を名乗る人の2人とラインを交換した。会長からは新歓日程などの業務連絡が来たので駄目もとで新歓食事会に顔を出してみた。部の予算が少ないので、未成年ばかりの新歓コンパでお酒を飲み放題にする予算はないらしいので、先輩たちも全員ソフトドリンクを飲んでいた。髪の色が派手な人も何人かいて、私は場違いなように思えた。

 しかし、中高にいた不良やDQNのような人たちはいなかった。金髪でピアスの新入生も礼儀正しく挨拶と自己紹介をしていたし、漫画が好きだといってもバカにする人はいなかった。同じ1年生の女の子とアドレスを交換した。彼女は私がつけていたネックレスを可愛いとほめてくれた。よく見ると、そんなに派手な外見でない人も何人かいた。

 食事会のあとは、ダーツを投げに行った。経験者は経験者で集まって投げていたが、初心者は丁寧に教えてもらえた。私が一目惚れした先輩は部内で2番目にうまいらしく、教え方もすごく分かりやすかった。

「偉そうにしてるけど、俺、平部員だよ」

と自嘲するように笑う先輩もかっこよかった。2時間投げているうちに多少は投げ方がわかってきた。

見た目がかっこいい人は性格が悪いなんて嘘だ。先輩は優しかった。家に帰った後、すごく頑張っていたねとラインをくれた。

 先輩はいろいろなことを教えてくれた。ダーツサークルのメンバーのこと、簡単に単位のとれる一般教養の授業、文学部の簡単な必修科目を知っている先輩の名前、学校の近くの穴場の遊び場、ラーメン激戦区のおいしいラーメン屋さんの見分け方まで教えてくれた。

活動に顔を出すようになると、先輩は私を気にかけてくれたので、すぐに馴染めた。少し派手な人はいるけど陰キャをいじめそうな人はいなかったし、ダーツサークルのわりにタバコを吸う先輩は2,3人しかいなかったし、飲み会で勝手につぶれる先輩はいてもお酒の強要はなかった。1年生のメンバーが固まってくると、親睦を深めるためにみんなでカラオケに行った。そこではアニメソングやボーカロイド曲を歌う人たちもいた。呼び方も名字をさん付けから名前をちゃん付けに変わった。

 先輩とはラインで雑談をするようになった。先輩が九州の出身であること、好きな漫画の話、休日の過ごし方、他愛のない話をたくさんした。先輩は訛がなかったから、九州出身ということがとても意外だった。


 6月、先輩がマイダーツを買いに行こうと誘ってくれた。先輩はデートのつもりがなくても、デートだと思いたかった。持っている服の中で一番かわいい赤いワンピースを着ていった。

渋谷のダーツショップで、初心者向けのスターターセットのおすすめのメーカーを教えてくれた。試し投げを何回かして、しっくりくるものが選べた。ダーツ本体と、ケースと、予備のフライトとシャフトとチップ。あとは、マシンでやるときに結果を記録するカードを選んで終わりだ。

 先輩は紫色の波模様が描かれたカードを使っていた。それと色違いの赤いカードを見つけたので、迷わずそれをレジに持って行った。さすがに、気持ち悪がられないかと不安になったけれど、今更引き返せなくなった。私はとんでもないことをしでかしてしまったんじゃないか。

「あれ、これ俺のカードと色違いじゃん。センスいいね~」

先輩の顔が少し近くて、思わず変な声が出そうになった。偶然だと思ってくれたようだ。

「好みが、あいますね」

裏返りそうになる声を抑えながら答えた。

「ね、嬉しいね」

こういう返しをさらっとする先輩が、好きだ。


 マイダーツを買ってからは毎日のように、部室で、あるいはダーツバーで投げていたがさすがに試験が近づくと勉強をした。試験最終日、4限の試験が終わってレポートを学事の提出ボックスに提出し、部室に行くと先輩が一人で壁に掛けてあるダーツボードにダーツを投げていた。

「試験お疲れ様、さっきまで2年生が何人か勉強してたけど5限の試験に行ったみたいだよ。4限で終わりの人たちが荷物回収しに来たし、今日はもう誰も来ないんじゃないかな。」

先輩は3限ですべての試験が終わったらしい。2人きりですね、なんて言えなかった。

「暇だったら賭けをしようよ」

と先輩は言った。

「今から俺が3本投げて、全部ブルに入ったらちょっと話聞いてくれる?」

ブル。ダーツボードの真ん中の丸いエリア。そこに3本入れるのは、私はまだ1度も成功させたことがない。うまい人でも毎回できるというわけではない。

「そんなことしなくても話くらい聞きますけど、先輩が投げてるの見るの……勉強になるのでいいですよ」

本当は、投げている時の真剣なまなざしが好きだからと言いたかった。1本目、2本目と入れていく。3本目は、ダブルブルのど真ん中に刺さった。

「ナイスハットトリックです」

私は小さく拍手をした。


「好きだよ」


二人だけの世界に、先輩の声だけが甘く響いた。時計の音も聞こえない。

この初恋は運命だと思った。私も好きです、好きです。

4か月分の「好きです」を先輩に伝えた。



 夏休みの最初のデートは初めてお台場に行った。イベントをやっていて、朝から晩まで楽しんだ。夜、帰る前に少しだけ海浜公園の波打ち際を歩いた。その日は満月だった。

「俺が昔住んでたところの海と、色は違うけど同じ音がする」

いつか、先輩の生まれ育った町に行きたいと思った。これから先も先輩と同じ景色を見て生きていきたいと思った。

「知ってる?満ち潮引き潮って、月の引力によるものなんだって。今日は満月だね」

先輩が私を抱き寄せて目を見つめる。

「夜の波が綺麗ですね」

私の欲しい言葉を飛び越えて、素敵な言葉をいつも先輩はくれる。先輩の言葉への返事なら、私が今までに紡いだことのないような美しい言葉だって紡げた。

「貴方となら泡になってもいいわ」



 デートに、初めての対外試合に、合宿。楽しかった夏休みも終わり、後期授業が始まった。1,2年生でたくさん単位を取っていて単位数に余裕のあった先輩は月曜日を全休にしていた。私も月曜日は必修がなかったから、先輩に合わせて時間割を組んだ。


 平日を休みにして、空いている遊園地を楽しめるのは大学生の特権だ。トーキョーの名前を冠しているけど他県にあるテーマパークに遊びに行った。最後に家族と行ったのはもう10年前だったけれど、その時は大混雑だった記憶があったが、月曜日ということもあり比較的快適に乗り物に乗れたし、パレードも場所取り戦争をしなくても比較的見やすい位置で見ることができた。新しい乗り物がたくさん増えていた。身長制限にひっかかることもなかったので初めてのアトラクションを一通り楽しむことができた。


 月曜日は先輩と1日デート、火曜日はサークル、水曜日は2人とも3限で終わりなので放課後デート、木曜日はサークル、金曜日は昼休みに部室に来れば先輩に会えたし、土日も特に予定がなければ毎週のように遊んだ。後期は規則的なルーティーンに基づいて先輩との日々を過ごした。先輩と生活のリズムがあっていることは周波数そのものがあっているかのようで嬉しかった。


 先輩は東京で育った私よりトーキョーに詳しかった。デートをしても、新宿駅のダンジョンで迷うことなんてないし、どこの駅でもダーツができるスポットや美味しいご飯が食べられる場所を知っていた。私が門限の23時に帰れるように、電車の時間も調べてくれていた。



 渋谷、原宿はもちろん銀座にも行った。おしゃれなカフェで限定パフェを一口ずつ交換するようなデートにずっと憧れていた。都民が案外いかない浅草や東京タワーにも行った。

「東京タワーは初めて?」

「初めてですよ」

「東京の人って東京タワーあんまりいかないって本当なんだね」

エレベーターに乗って展望階に行くと先輩は、ビルの並んだ景色を見下ろしながら言った。

「俺みたいな地方民にとって東京ってさ、夢とか未来がつまった場所なんだよ」

都民のクラスメイトはいまいち共感してくれなかったけど、と付け足す。

「小さいころに、テレビで東京タワー見て日本一の高さですって言われて、だから東京タワーは憧れのシンボルみたいなものかな。今の子たちはスカイツリーがシンボルなんだろうけどさ。東京タワーにしろ、スカイツリーにしろ、自分の半径1キロにない世界がひたすら広がってる場所に、自分のレゾンデートルを探しに来るんだよ」

西東京の限られた世界しか知らなかった私もよく分かったような気がした。



 毎日会っていても、波のような規則的な毎日でもマンネリという言葉とは無縁だった。先輩にはいつもドキドキしていた。むしろ波打つ心臓の鼓動は日に日に大きくなっていった。昨日より今日の方が、先輩が好きだ。明日はもっと好きになると思うし、明後日はもっと鼓動が速くなるのだと思う。


 私が2年生に、先輩が4年生になって、研究室に入った先輩は全休がなくなった。とはいえ、先輩の研究室はいわゆるホワイト研究室というもので、週2日のサークルに問題なく参加できるし、土日も休みらしい。ブラック研究室は家に帰らない日もあるらしいと聞いていたので、先輩はそんなことはなくてほっとした。


 後輩ができた。後輩たちは赤いバレッタがトレードマークの私の名前をすぐに覚えてくれた。赤いバレッタは誕生日プレゼントに先輩がくれたものだ。赤が好きなことに気づいてくれる先輩の心遣いが嬉しかった。


 ルーティーンが、波の周期が変わっても毎日電話をしていたし、毎日先輩に恋をしていた。先輩の色がついた私の中のトーキョーライフは、もっともっと先輩の色に染まっていった。二度目の季節に1年目とは違う色と形を重ねていった。これから先もずっと大人になっても、少しずつ環境が変わってもずっと一緒に生きていくのだと信じていた。

 時間は止まってくれない。3月、先輩は卒業した。追いコンで泣いた。その1週間後先輩が

「泣いてるんじゃないかと思って来たよ」

といって普通に活動に来た。よくよく考えてみたら、大学院も同じキャンパス内にあるのだから先輩は何事もなくサークルに来られる。泣いたことが少し恥ずかしかった。


 3年生になってサークルの重役についた。ダーツもうまくなった。1年生の浮足立っていた時期に比べると大分落ち着いた。それでも、先輩といるときの激しい心拍は一向に収まらなかった。先輩に会うたびに顔が真っ赤になった。恋の寿命は平均3年だと何かの本で読んだけど、その研究者はとんだ大ウソつきだと思った。



 先輩のことはずっと見ていた。だから、わかってしまった。夏休みの半ば頃から、ラインの頻度が減った。上の空の時間が増えた。先輩があんまり楽しそうじゃない。時化の前の海の凪のように静かな空気が私たちの間に流れていた。


 10月15日、先輩から長文のラインが来た。疲れてしまった、君が悪いんじゃない、距離を置きたい、そんな感じのことがたくさん書いてあった。意味なんて分かりたくなかったのに分かってしまった。

「あきたってことですか」

震える手で返信した。

「もうすきじゃないってことですか」

変換する余裕さえなかった。先輩からはたった一言

「ごめんね」

と返ってきた。

「私に何か悪いところがあったんですか」
嫌なところ全部直します。顔が好みじゃなくなったなら整形します。
「違うよ、俺が悪い」



「私が何か気に障ることをしたんですか」
それなら謝るから、償うから許してください。一度だけでいいからチャンスをください。

インターン先で可愛い子にでも会ったんですか。男だらけの研究室に可愛い後輩でも入ったんですか。最初から好きじゃなかったんですか。思ってたのと違ったんですか。

 

 ハロウィンまであと2週間。1年目のハロウィンは大混雑の渋谷に行った。コスプレは少し恥ずかしかったけど先輩が可愛いと言ってくれたから2年目も張り切った。2年目はさすがに、仲間内のハロウィンパーティーにとどめたけれど。でも、もう先輩は隣にいない。

 冬には六本木のイルミネーションを見に行った。光の海は幻想的で、混雑していたけれど世界で2人きりになったかのように感じた。でも、もう先輩は隣にいない。

春には代々木公園でお花見をして、隅田川の花火大会に行って……。大学生活にはどの季節にも先輩がいた。全てが幻だったかのように先輩はいなくなった。

 嘘だよ、ドッキリだよ、冗談だよ、気の迷いだよ。なんでもいいから、別れを撤回してくれるのを待った。どんな理由でも許すつもりだった。でも、先輩の目にもう私は映らない。

 絶望の中、ぽつぽつと就活が始まった。山手線一帯はほとんど先輩と訪れたことのある場所だった。毎日乗っているオレンジの電車ですら未だに先輩の思い出が抜けきっていないのに、トーキョーのどこに就職しても、先輩の影からは逃げられない。先輩は私から去っていったのに。


 先輩は修論が忙しいらしく、サークルには来なくなった。理学部の同期から、先輩は教授推薦で丸の内の大手メーカーに就職するらしいと聞いた。先輩の肩書に目がくらんだ女が先輩に近づいてくるんだろうと思うと吐き気がした。そんな女より、私の方が先輩の内面を知っているのに。

 人生は、長い。気の遠くなるような時間を二度と心が戻らない先輩の色が残るトーキョーで生きていくなんて耐えられないと思った。全てを振り切るように就活をして、本社がトーキョー以外で全国転勤ができる企業ばかりを受けた。

 何社目だっただろうか。関西に本社があり、社員寮がある企業の内定をとった。大企業なので東京でも募集をかけているけれど、東京勤務になる可能性が極めて低い会社。内定承諾書にサインをしたとき、ようやくトーキョーを離れられると安堵した。


 先輩と過ごしたトーキョーを別の色に塗り替えたかった。先輩が来なくなったサークル、研究室にこもっている先輩と会うこともないキャンパス、学部の友達と遊ぶ渋谷。でも、無理だった。キラキラした日々はすべて先輩と繋がっていた。夜になって月を見れば、お台場の波の音が耳の中でリフレインした。

 3月、私の追いコンの翌日、先輩にラインをした。

「もう一度やり直せませんか?」

当たり前だけれど、返事は来なかった。


 卒業式の日、赤い袴を身にまとい、4年間を過ごした赤いスクールカラーの旗がひらめく校舎にさよならを告げる。大学院の卒業式は別の日だ。私の晴れ姿を先輩が見ることはない。4月1日の入社式に間に合うように、明日私は関西に行く。

 先輩が昔教えてくれた、人間が視認できる光の中では赤の波長が一番長いらしい。私の中で、先輩に会う前の18年間の人生より、先輩と過ごした2年半のほうが大きかった。

 スカイツリーができたって、トーキョーのシンボルは東京タワーだ。あの赤い塔がトーキョーを知らない大多数の人にとってはトーキョーの象徴だ。赤くライトアップされた東京タワーを2人で見に行ったとき、このまま時間が止まってほしいと思った。

 東京タワーみたいな恋だった。この先私が誰と恋をしても、先輩が初恋だったという事実は変わらない。私を形作ったのは先輩と過ごした時間のすべてだ。私は生涯先輩のことを忘れない。またいつかトーキョーに戻ってきたとき、私は先輩と過ごした日々を思い出すのだろう。どこかの町でトーキョーを語るとき、脳裏に浮かぶのは先輩と手を繋いで歩いた場所なのだろう。


 22年間を過ごした東京を、先輩と過ごしたトーキョーを離れる。先輩がくれた赤いバレッタは置いていく。



私にとってのトーキョーは貴方だった。