窓の外を、真っ白な景色が流れていく。
どこまでも続く雪原を見ながら規則的な揺れに身を任せていると、高校3年間の色々な思い出が浮かんでは消えていった。
(色々あったな、特に陽生と仲良くなってから)
2年前の夏。怪奇現象問題が解決してから、陽生の生活は劇的に変わった。
すぐに夜勤のバイトは辞めて、夕方にだけシフトを入れるにようになった。
その甲斐あって、夏休み明けてからは殆ど居眠りも無くなり(たまに授業がつまらなくてうとうとして、先生に怒られてることはあった)
碧海先生に勧誘されてサッカー部に入部したりと、友達も増えて充実した高校生活を送っていた。
俺はというと、特に変わりなく。
進路について悩んでいたら陽生に
「依真って捜査官とか向いてるんじゃね?」
と言われた何気ないひと言を間に受けて、中学生までやっていた剣道を再開したり、卒業後警察学校に入学するのを見据えた大学を受験し合格した。
陽生は「碧海先生みたいな先生になりたい〜」と言ってA大を受けたので、これからは今までのように一緒にいられる時間が減ってしまう。
せめて高校生活最後の2人の思い出を残したくて、卒業旅行に来たというわけだ。
以前2人でテレビを見ていた時に、グルメ番組で特集されていた蟹懐石を見て陽生が目を輝かせたのをずっと覚えていて、卒業旅行で行くなら絶対ここだと決めていた。
俺は受験後即日雇いバイトをして、なんとか2人分の旅費を稼いだ。
高校生にしては不釣り合いな背伸びしたプランだと思うが、客室露天風呂付きには抗えなかった。
陽生に客室露天風呂付きの部屋を予約したことを伝えたら、顔を赤くして
「依真ってさぁ!マジでムッツリ!」
って背中を叩かれたのは記憶に新しい。
(お互い受験とバイトでしばらくゆっくり会えてなかったから、今日くらいは陽生とあんなことやこんなこと…)
「ねぇ依真、話聞いてる?おーい」
陽生の呼び声で、現実に引き戻された。
「あ、ごめん…どうした?」
「も〜、着いたら何食べるって言ってるのに依真全然聞いてないじゃん!
海鮮丼か寿司屋どっちがいい?俺的にはさー
今日寿司屋行って明日海鮮丼とかどうかなーって」
陽生はスマホの画面をこちらに向け、SNSで紹介されている美味しそうなご飯の写真を見せてきた。
「陽生の好きな方にしてくれ」
「依真いっつもそれじゃん!…じゃあ寿司屋の後アイス食べて、フランクフルトも食べて…」
「おい、夜は旅館で蟹食べるんだからあんまり食べ過ぎると…」
「わかってるわかってる!
せっかく依真が必死に稼いで予約してくれたんだもんな!」
陽生は俺の肩を組んで嬉しそうに笑った。
(その笑顔が見たくて、頑張れたからな…)
そう思ったところで、列車がわずかに減速した。
「うわ、もう着くじゃん!」
陽生が座席から身を乗り出して、子どももみたいに窓に張り付いて外を覗き込んだ。
「ほら依真、降りる準備しろって」
「あぁ」
陽生に手を引かれ列車の外に出ると、刺すような冷たい風が俺たちを迎え入れた。
「もー食べれない、ほんとに苦しい。
しばらく蟹見たくないかも」
「だから食べ歩きは程々にしとけって…」
「だって、美味しそうなもの多すぎるでしょ…」
陽生は旅館の浴衣の上からパンパンになった腹を摩りながら部屋に向かって歩いていった。
チェックインの時間ギリギリまで観光していたせいで、旅館に着くなり懐石料理を食べて、せっかくだから大浴場にそのまま寄って、ようやく部屋に通された。
「椿の間、椿の間…ここだな」
引き戸を開けた瞬間、ほのかに畳と木の香りが鼻腔をくすぐった。
想像していたよりもずっと広くて、思わず足が止まる。
「……ひっろ!!」
陽生は興奮気味で部屋に駆け入った。
奥行きのある和室に、低めのテーブルと座椅子。
部屋の真ん中にはすでに二組の布団が、隙間なく並べて敷かれていた。窓際には大きなガラス戸があって、その向こうに、湯気の立つ露天風呂が見えた。
ライトアップされた日本庭園に、雪がしんしんと降っている。
「うわ、マジで露天風呂ついてるじゃん…」
陽生は窓際まで駆け寄り、ガラスに手をついた。
その向こうで、湯気がゆっくり夜に溶けていく様子は幻想的に見えた。
「…やば、めっちゃ良くない?」
振り返った顔が、さっきまで苦しそうにしていたのが嘘みたいに輝いていた。
「気に入ったか」
「気に入るに決まってんじゃん!依真マジで最高、ありがとな!」
そう言って嬉しそうにこちらに走ってこようとした途中で、陽生の足がふと止まった。
「……なぁ、依真」
「ん?どうした」
「これさ」
陽生は部屋の奥、床の間の方を指差していた。
そこには一幅の掛け軸が掛けられている。
着物姿の女が、こちらに背を向けて立っている絵だった。
長い黒髪が背中を覆い、その先で、ほんの少しだけ顔をこちらに向けかけている。
何とも絶妙な角度で、顔は一切見えないのにもうすぐこちらを振り向くんじゃないかと想像してしまうような、何とも言えない不気味な絵だった。
陽生は吸い寄せられるように近づいていって、ためらいながらも手を伸ばした。
「おい、触んなって」
制止するより早く、
陽生の指が掛け軸の端をつまむ。
「こういうのってさ、裏にお札貼ってあったりするっていうじゃん?」
軽い調子のまま、
ぺら、と掛け軸をめくった。
「…っうわ!!」
短い悲鳴が上がった。
掛け軸の裏に、何枚も重ねるように貼り付けられた古い札が目に入った。
かすれた墨の文字がびっしりと書かれていて、
端の方は少し焼けたように黒ずんでいた。
「…まじかよ」
途端にそれまでの空気がスッと冷えた気がした。
「なにこれ、怖…」
陽生は苦笑いを浮かべながら、掛け軸を元に戻した。
「だから触んなって言ったのに…」
「いやだって気になるじゃん」
「…受付行って、部屋変えてもらうか」
「は?なんで?!」
「こんな部屋で寝たくないだろ、お前ただでさえビビリなのに」
陽生は一瞬ムッとしたが、すぐに何か閃いたように唇の端を上げた。
「そういえばさ、エロい事すると幽霊って寄ってこないらしいぜ」
「はぁ?」
俺は呆気に取られた。
「この前3人で遊んだ時に吉崎さんが言ってた。霊媒師が言うなら間違いねぇって!」
「またあの人余計なこと吹き込んで…」
あれ以来何故か陽生は、碧海先生と吉崎さんとよく3人で遊ぶようになった。
おそらく2人きりだと誘えない碧海先生が、何も気づいてない陽生の事を巻き込んで吉崎さんを誘う口実にしているのだが…
俺達の関係にすぐ気づくような吉崎さんが、碧海先生の気持ちに気づいてないはずがないのだから部外者ながらに見ていてもどかしい。
(大人の考えることはよく分からないな…)
「というわけでさぁ」
「…っえ」
つい他所ごとを考えていたら突然陽生にドンと突き飛ばされ、布団の上に尻餅をついた。
抗議の声を上げようとすると、陽生は俺を見下して、自分の浴衣の帯を解いた。
「お、おい、陽生…?」
「除霊セックスしよ?依真」
吐息混じりに陽生はそう言って、俺に馬乗りになった。
浴衣がはだけた胸元から見える肌色に、思わずクラっと眩暈がする。
既に勃ち上がり始めたそれが陽生の尻を押すと、陽生は扇情的な笑みを浮かべた。
「はは、依真のもうこんなに固くなってる…」
腰を緩く前後させてわざと擦りつけるような動きをされて、腰に甘い快楽が走り思わず眉を顰めた。
「俺の浴衣姿見て興奮してたんだ?部屋入った時から、ずっとこうしたかったんでしょ。依真のムッツリ」
「お前、良い加減に…っ!」
段々陽生に主導権を握られたままな事にムカついてきて、俺は陽生のものを太腿で押し返した。
「んぁっ…!!」
陽生の腰が面白いくらいビクッと跳ねた。
「…お前こそ、人の事言えないくらい勃ってるだろ」
俺がそう言いながら何度か太腿で押し上げると、段々眉が下がり潤んだ瞳が弱々しく揺れた。
「んっ…だってさ、受験終わってからも依真ずっとバイトしててあんまり会えなかったじゃん…
だから、早くしたくて…その…」
もじもじと言葉尻が小さくなっていった。
そのいじらしい姿を見ていたら、ムードとか気にしてた自分が馬鹿らしくなりため息をついた。
俺は自分の浴衣を脱ぎ捨て、陽生の腰を抱き寄せたままゆっくりと押し倒した。
「あ…依真…」
「俺だって…今日のために、ずっと我慢してたんだからな」
俺は陽生の頰に掌を添え、深く唇を重ねた。
陽生の唇を軽く舌で割り開き、湿った音を響かせる。
唇が離れた瞬間、陽生の潤んだ下唇がわずかに震え、感触を追いかけるように小さく開いた。
陽生の瞳に期待の色が滲んだのを、俺は見逃さなかった。
事が終わるなり陽生は余韻に浸る事なく立ち上がり、よたよたとした足取りで掛け軸の方に向かって行った。
「え、ちょっと待って、依真来てみ!凄い!」
陽生が興奮気味で手招きするので、俺は使用済みのゴムをティッシュで包み、ゴミ箱に捨てに行きがてら立ち上がった。
「終わって早々なんだよ…」
「いや、見て!掛け軸の女、なんかさっきよりちゃんと後ろ向きになってる気がする!
こっち振り向かなさそうになってね?!」
「うーん…そうか…?」
言われてみればそんな気がしないでもないが、最初からこうだった気もする…
「いや〜マジでこれで安心して寝れるわ。さっさと風呂入って寝よ〜」
「は?」
おいおい待て待て待て、何のために露天風呂付きの部屋を予約したと思ってるんだ。むしろこれからが本番だろ…と口にしそうになったところでふと思いとどまった。
「…俺にはまだこの女が振り返りそうに見えるけどな」
「え、依真?」
「朝になったら首だけグリンと回して、鬼の形相でこちらを見てるかも…」
「ちょ、待った待った!!何?怖いんだけど!」
「まだ足りてないんだろ、除霊。こうなったら徹底的にやらないと。」
「は?!…え、ちょ、ちょっと」
俺は陽生の手を引いて、外気の刺すような冷たさの中駆け足で湯煙へ飛び込んでいった。
湯の熱が身体に染み渡る感覚に思わず身震いをして、俺と陽生は顔を合わせて笑い合った。
「はは…依真、自分がもっとしたいのを幽霊のせいにするってどうなの!」
陽生が湯を跳ね上げながら、呆れたように笑う。
「お前が最初に除霊セックスなんて言い出したんだろ…だけど、実際そうかもな。
生きてる人間の方が強いって分からせるのが、一番効果覿面なのかもしれない」
俺がそう言って腰を引き寄せると、陽生は抗うことなく俺の腕の中に収まった。
水面下で肌が触れ合うと、陽生の瞳に再び熱が宿った。
「見せつけてやろうぜ、幽霊のやつに俺らの愛の力を」
陽生は冗談めかしてそう言うと、自分から額をこつんとぶつけて挑発的な笑みを浮かべた。
「幽霊も、当てられすぎて成仏しちゃうかもな」
「それはそれで、徳を積めていいだろ」
俺はクスクスと笑う陽生の唇を、そっと塞いだ。
その後、のぼせ上がるまで行為は続いた。
終わる頃には掛け軸の事なんかすっかり頭から抜け落ちて、2人揃って朝まで眠った。
