眠れぬ夜は、君のせいにしたいのに


 (この辺って書いてあるけど…)
 地図通りだと、学校の近くの細い道を曲がったらあると書いてある。
 (こんな細い道の奥に寺があるのか?)
 疑いつつも進んでいくと、急に道が拓けて古い寺の門が現れた。
 門を潜り、道の両脇に咲いた紫陽花の間を進んでいくと、御堂の前に人影が見えた。
 「おー、こっちこっち。今準備が整ったところだ。」
 吉崎さんがこちらに手招きをしている。
 黒い袈裟を纏っていて、一瞬誰か分からなかった。まだ昼間の白衣よりは似合っているように見える。
 俺は息も絶え絶えに吉崎さんに駆け寄り、陽生を背から下ろした。
 「連れてきました…あの…陽生をお願いします…」
 「背負ってここまできたの?凄いじゃん。呼んでくれたら迎えに行ったのに」
 「そんなこと言ったって連絡先知らないんで…」
 「はは、そうだった。でも王子様が頑張ってくれたおかげで、お姫様もギリギリ持ち堪えたみたいだな。」
 そう言って吉崎さんは御堂の扉を開いた。
 中に入ると、部屋の中心に大きな結界のようなものが貼られ、その周りには蝋燭が等間隔で置かれていた。
 その真ん中に布団が敷かれており、陽生をそこに横たわらせた。
 吉崎さんは陽生の顔を覗き込むと、突如としてゲラゲラと笑い出した。
 「な、何がおかしいんですか…」
 俺がついムッとして聞くと、吉崎さんは「ごめんごめん」と笑いながら答えた。
 「いや〜、あんまりにもあいつの好みが分かりやすくってさ…」
 「え?あいつって…」
 「おっと、無駄話はここまでだ。早くしないと陽生くん、目覚まさなくなっちまうよ。ほらほら、依真くんも隣座って」
 「えっ俺もですか?」
 「君も穢れに触れただろ、ずっと睨まれてる状態だよ。さっさと座れ」
 突然吉崎さんの語気が強くなったことにビビって、俺は陽生の隣にサッと座った。
 「では、除霊の儀を執り行わせていただきます…」
 吉崎さんはジャラ、と重厚な数珠を握り、低い声で念仏を唱え始めた。
 その瞬間空気が変わり、古い建物がガタガタと音を立てて軋みだした。
 蝋燭は大きく揺れ、床はパキパキと音を立てているのに吉崎さんは微動だにしない。
 陽生が眉間に皺を寄せ「うぅ…」と苦しそうに声を上げたので、思わず手を握った。
 「だ、大丈夫か…陽生…俺はここにいるよ」
 その瞬間
 「ああああああああああ!!!!」
 陽生の目が見開かれ、断末魔の叫びを上げた。
 俺が驚いて布団から退くと、蝋燭の炎が天井に届かんばかりに音を立てて燃え盛りだした。
 「依真くん、絶対手を離すなよ!
 油断すると持ってかれるぞ」
 俺は言われるがまま、更に強く陽生の手を握り直した。
 吉崎さんはのたうち回る陽生の方を見てニヤリと不適な笑みを浮かべて
 「よお、久しぶりだな。遼河」とまるで旧友に語りかけるような口ぶりで呟いた。
 「相変わらずだなぁお前は…そういうところが湊斗に嫌われた原因だって、死んでもわからないのか?」
 吉崎さんは傍に置いていた錫杖を持って床をドンと突くと、結界の外に黒いモヤが現れ始めた。
 「こ、これさっきの…」
 「あともうひと押しだな」
 吉崎さんの声が、御堂の振動を上書きするように響き渡る。再び唱えられた念仏は、敵を討つための呪詛のようだった。
 もがき苦しむ黒いモヤが、結界にぶつかるたびに火花が散り、お堂が軋み悲鳴を上げる。
 「よ、吉崎さん…!」
 吉崎さんが、錫杖を悪霊に向かって突き立てた。
 「地獄で待っててくれよ…じゃあな、遼河」
 刀を振り下ろすように錫杖を振り翳して床を叩いた瞬間、全ての蝋燭の火が一斉に消えて静寂に包まれた。

 「……はぁ終わったー。2人とも生きてるか?」
 吉崎さんが電気を付け、お堂全体が明るくなった。
 周りを見回してもさっきの黒いモヤの影は見当たらない。
 陽生の方を見ると、憑き物が落ちたように安らかに寝息を立てて眠っていた。
 「終わったんですか…?」
 「終わった終わった。もう結界から出てきていいよ」
 すっかり痺れた足で立ち上がると、ポケットの中が熱いのに気がついた。
 何かと思い手を突っ込むと、吉崎さんから貰った呪物が熱を持っていた。
 「あーそれ回収してくれたんだ。中身見た?」
 「いえ、見てないですけど…」
 「見てみ」
 恐る恐る巾着を開けると、黒い灰の中にキラリと銀色の何か光るものが見えた。
 「何ですかこれ…」
 「それね、遼河…保利が『大好きな天使』にあげたラブレターの燃え滓と、指輪」
 「ひっ」
 俺は思わずゾッとして、反射的に巾着袋を吉崎さんの方に放り投げた。
 (ガチで呪物だ…)
 吉崎さんはケラケラと笑いながらキャッチして
 「効いてたでしょ?面白いよな〜ほんとあいつバカだわ」
 と言ってひとしきり笑うと、ソレを大切そうに懐に仕舞った。
 「君たちの担任、隣の部屋で待ってるからさ。まあお茶でも飲んでゆっくりしてきなよ」
 俺が陽生を背負おうとして身体に触れた瞬間、陽生はむにゃむにゃと目を覚ました。
 「は、陽生!起きたのか!」
 「…依真?あれ、ここどこ…」
 キョロキョロと辺りを見回す陽生を、思わず抱きしめた。
 「おはよう陽生くん。お祓いは無事成功して、悪霊は成仏したよ。」
 「え!まじっすか…凄…俺が寝てる間に色々ありがとうございます…」
 陽生は儀式の最中の事は、何も覚えていない様子だった。

 隣の部屋に移動すると、部屋で座っていた担任が陽生を見るなり駆け寄ってきた。
 「井埜…!!無事だったのか!!」
 「へへ、まあなんとか!先生元気なさそうじゃん?どうしたの?」
 すると、担任は畳に額を擦りつける勢いで土下座をした。
 「すまなかった井埜…!!!元はと言えば、俺が全部悪いんだ…!!」
 「え?先生…?」
 「井埜、お前が転校前の学校であんな事件に巻き込まれたのも、今こんな恐ろしい目に遭ったのも、全部、全部俺が…」
 「どういう事ですか、碧海先生…」
 「井埜、俺は…」
 担任は頭を上げて、震える手を膝に置いた。

 「…大学生の頃…お前が今住んでる部屋に住んでいたのは、俺なんだ…」