眠れぬ夜は、君のせいにしたいのに


 駅前に向かう途中、陽生に今どこにいるのかメッセージを送ったが、結局メンタルクリニックの前に着いても返事はなかった。
 (バイト中か…?)
 メンタルクリニックのすぐ近くにバイト先のネカフェがあるので、とりあえず後で寄る事にして俺は雑居ビルに踏み込んだ。
 目的のメンタルクリニックは雑居ビルの3階にあり、扉を開けると受付の女性と視線があった。
 「ご予約の方ですか?」
 「予約っていうか…さっき電話した…」
 診察ではない状況で何と言えばいいか分からなくなり口ごもっていると、受付の奥から男性の声がした。
 「お、君が湊斗が言ってた生徒?」
 「は、はい」
 (…デカいな)
 その男性は、古着っぽい柄シャツを白衣の中に着て、パーマがかった長髪を後ろで束ね、顎にまばらに髭が生えている。身長は190センチ近くあるように見えた。
 一言で言えば、全く病院の先生らしくはない。
 霊媒師らしくも無い気がする。
 「碧海先生に紹介されて来ました…あの、俺じゃなくて友達が…」
 「うん、湊斗からある程度話は聞いてるよ。取り敢えずこっちで話そうか」
 そういうと男はカウンセリングルームと書かれた部屋に入っていった。
 部屋に入ると、タバコと白檀が混ざった匂いが鼻を掠めた。
 「君は依真君だね、そこ座って。
 俺は吉崎。湊斗の大学の同期だよ。学部は違ったけどな」
 「えっ」
 「あはは、湊斗から聞いてなかった?」
 「…聞いてません。それより、何で俺だけ呼んだんですか?」
 「うん、その事なんだけどね…君のお友達、今結構やばい状況かもしれないんだ。
 さっき湊斗から電話もらった時よりやばいかも。」
 「は、陽生が…?」
 俺は思わず椅子から立ち上がった。
 「陽生は今どんな状況なんですか?!朝から連絡取れなくて…!」
 居ても立っても居られずその場で狼狽える俺を、吉崎さんは「まあまあ」と宥めて椅子に座らせた。
 「随分大切なんだね、陽生くんのこと」
 吉崎さんは俺の心を全部見透かしてるように、目を細めて笑った。
 「陽生くんがどうなってるか、はっきりとした状況は分からない。ただ、悪い気のような物が君を通して強まっているのが俺には分かるんだ。」
 「お、俺はどうしたらいいんですか…」
 「陽生くんに取り憑いてる霊は、陽生くんの不安を取り込んでどんどん力を増しているんだ。」
 「不安?」
 俺の脳裏には、昨日布団から追い出された陽生の不安げな顔が過った。
 「だから、君には陽生くんを安心させてあげて欲しい。頼めるかな?」
 「そんな…俺にはそんなこと…」
 俺は自信がなくて俯いた。
 昨日、散々陽生を不安にさせてしまったのは俺のせいだ。何も知らなければ陽生は、現状維持でいられたかもしれないのに。
 「依真くん」
 呼ばれて俺は顔を上げた
 「多分今陽生くんは、1人で恐怖に怯えている。
 だから今、依真くんはそばに行ってあげるだけでいい。そのあとは俺に任せとけ。」
 吉崎さんに肩ポンポンと叩かれ、俺は頷いた。
 「よし。俺はもう午後の診療断ってあるから、すぐ寺に帰って用意しておくよ。場所は分かるかい?」
 「碧海先生からメモを貰ってます…」
 「じゃあまた後で。あ、そうそう、これ持って行きな」
 吉崎さんは机の引き出しから、手のひらサイズの塊を俺にポイと投げた。
 キャッチして手の中を確認すると、それは古い巾着袋のようなものだった。
 「これなんですか?」
 「んーわかりやすく言うと、呪物。まあ困ったらそれ投げつけとけばとりあえずその場凌ぎにはなるから。」
 「じゅ、呪物…」
 俺が訝しげにそれを摘み上げると、吉崎さんはケラケラと笑って手を払う仕草をした。
 「ほら、早く行かないと君のお姫様手遅れになっちゃうかもよ」
 「お、お姫様って…!」
 吉崎さんにニヤニヤと揶揄うようにそう言われて、一気に顔が熱くなった。
 俺は「失礼します」とぶっきらぼうをに言い捨てて、クリニックを飛び出した。

 階段を降りてからスマホを見たが、まだ既読も付いていなかった。
 (頼むからバイト中であってくれ…)
 と祈り、陽生のバイト先のネカフェに向かった。
 店内に駆け込むと、息を上げる俺を見て受付の女性は怪訝そうな顔でこちらを見た。
 「お客様、どうされましたか」
 「あの、井埜って今日シフト入ってますか?」
 「え?あー井埜くんの友達?井埜くんならさっき帰りましたよ。何かこれから実家帰ろうかなとか言ってたけど…」
 「実家…?わかりました、ありがとうございます」
 俺は店を出て、陽生に電話をかけた。
 もう電車で実家の方に向かってしまっただろうか、お願いだから出てくれという祈りも虚しく、コール音だけが虚しく何度も響いた。

 (さっき吉崎さん、陽生の不安が強まってるって言ってたよな…)
 基本陽生は人が居る場所では無防備に眠れるくらい安心していた。
 (ということは、まだ電車に乗っていない可能性が高いんじゃ…)
 一応駅の方を見に行った方がいいだろうか、とうろうろしていると、駅前のカフェから出てくる佐々岡さんと百田さんと目が合った。
 「あ、皆瀬くん…!こんなところで偶然会うなんてこれも何かの…」
 「2人とも、陽生見なかったか?!」
 「え、…井埜くん?あっ…さっきカフェ入る前見たよね?」
 「うん、なんかあっち側に歩いてったけど…」
 百田さんは陽生の家の方面を指差した
 「やっぱり…ありがとう、助かった!」
 「てゆーか皆瀬くんと井埜くんって仲良かったっけ?」
 「ごめん急ぐから…」
 後ろで上がる黄色い声を置き去りにして、俺は全力で走り出した。
 (待ってろ陽生、今すぐ行くから…!)