その日のうちにイラスト投稿サイトにアカウントを作って、色壁ホセ名義で『異世界アンゴルモア』をアップした。次はどんな話にしようか、アイコンはどんなのにしようかと話しているだけで楽しかった。
数日間、宙にべったりだったと思う。さすがに教室で抱き着いたりはしなかったけれど、休み時間はずっとおしゃべりをしていた。そうこうしているうちに、投稿サイトに一件のコメントがついた。
「良かった」
たった一言だったけれど、嬉しくてたまらなくて、カラオケに行って二人で祝勝会をした。文化祭の打ち上げもちゃんとやっていなかったので、それも兼ねて盛大に祝った。前に二人でカラオケに来た時よりも、恋愛ソングに気持ちがこもった。
「ねえ、次何入れるの?」
体を寄せてデンモクを覗き込んだ。これくらいは前に来た時もやっていたし、ちょっとくらいくっついても不自然ではないはずだ。
だいぶ歌って、ドリンクバーで飲み物をとってきて少し休んでいると、肩に手を回されて抱き寄せられた。宙の方から近づいて来たんだから寄りかかっても問題ないよね、そう思って身を寄せた。宙の肩に頭を乗せる。ドキドキする。エマが相手ならよくこういうこともしていた。友達ならセーフ。公共の場じゃないから大丈夫。色々なことが頭をぐるぐるしていた。
宙が体勢を変えて私の方をむく。頬に触れられた。宙が顔を傾けて近づけて来る。キスされる、鈍感な私でもそう思った。私は宙のことが好きだから、キスされてもいいと思った。でも、でも。
「だめっ」
やっぱり、こういうのは良くない。
「私、付き合ってる人としかキスしないから」
久しく忘れていたが、宙は真面目な時は真面目だけれど基本的にチャラい。漫画が好きだからと言って陰キャとは限らない。私が把握しているだけで元カノが三人いる。だから、宙は恋愛感情がなくてもキスできる
「悪い、やっぱ良くねえよな。元カノの親友にこういうことすんの」
「え?」
思わず聞き返した。
「やっぱ聞いてないよな。もう時効だから言うけどさ、俺一年の夏ごろちょっとだけエマと付き合ってた」
「えええ!」
叫んだ。電源を入れたまま机に放置していたマイクがハウリングした。
「なにそれ聞いてない!」
「ほら、エマってなんか鋭いだろ。美和と俺が気まずい感じなの見抜いてて、付き合ってるの秘密にしようって。一人に言ったらみんなに広まるから、誰にも言ってない」
言われてみれば宙の話題を出した時、エマは何かを言い淀んでいた気がする。危なかった。エマに宙のことを好きになったことを相談する前で良かった。経緯を説明するにあたって、文化祭でトラブルが起こったことを話したらエマに余計な心配をかけると思ったから相談するのはもう少し経ってからにしようと思っていた。
「何で別れたの」
「なんつーか、話というか空気感が合わなかった。あいつ愛されて育ってる感じするじゃん。世の中に鬱屈した感情持ったことないんだろうなって思うと、住む世界が違うなって思った。会話のテンポが合わないとなんかうまく行かない」
口ぶりからして、嫌いで別れたというわけではないのだろう。
「エマのこと、まだ好き?」
「それはない。俺から別れようって言ったし」
エマの方はどう思っているんだろう。それが気がかりだった。でも、そんなデリカシーのないこと聞けるわけがない。
「私、エマを裏切れない」
離れていても親友だ。好きじゃないと宣言しておいて、キスするなんてフェアじゃない。
「やっぱ俺ら、何かとしがらみが多いよな」
同じ学校である以上、共通の知り合いがいて何かしらのしがらみからは逃れられない。それにしたって私たちの場合はしがらみが多すぎる。宙がため息をついた。
「人間関係ってめんどくさいよな。全部捨てて逃げ出してえって思うことない?」
「うん。しがらみも平川美和って名前も全部捨てて、別の人間になりたいって思う」
こんな世界なんて滅べばいい、私たちはずっとそう言い続けていたけれど、ここじゃない別の世界に行けるならその方がいい。二人でこの世界を抜け出して、色壁ホセとして二人で生きていけたらきっと幸せだ。
「まあ、それができないから世界滅べって言ってんだけどな」
やっぱり、宙は私の理解者だ。
「明日世界が終わるなら、やりたいこと全部やれるのにね」
結局私は両親の敷いたレールが嫌だと言いつつも能動的に逃げる勇気がない。だから、誰かに終わらせてほしいと思っている。
宙とのこの関係が終わって、それでも生きていかないといけない日々が怖くて告白できずにいたら、好きになってはいけない理由が増えてしまった。
「例えばの話だけどさ、地球最後の日にだったら付き合うの、アリだと思う?」
世界が滅ぶなら、エマを裏切ったまま生き続ける必要がない。
「いいね、それ。その時はキスしてもいいよ」
大人ぶってそう答えた。宙は私が弱っている時には優しいけれど、時々ずるい。関係を確定させるような言葉を言わない。
「世界、早く滅べばいいのにな」
「うん、私もそう思う」
でも、私もまた友達以上恋人未満のこの関係が、普通に恋人同士になるよりも尊いような気がしていた。
実際、友達以上恋人未満の関係は楽しかった。キスしたり手を繋いだりするわけではないけれど、普通の男女の友達よりも近い距離で話す。それだけで幸せだった。
創作の方は締め切りがなければ焦ることもなく、何も進まず何も決まらなかった。一応投稿サイトのアイコンだけはかっこいいものを描いた。でも、今後のことを話しているだけで楽しかった。
「なんかのきっかけで異世界アンゴルモア、万バズしてくれたらいいのにね」
「わかる」
変わらない日々が続き、十二月の始めに指定校推薦の合格が確定した。親の決めた学校とはいえ、「不合格になったので一般受験してください」という掌返しは本当にシャレにならないので本来喜ばしいことだ。しかし、宙は今までにないほどげんなりしていた。
「母方のばあちゃんちに下宿するからようやく親元離れられると思ったのに、あのクソババアついてくるとか言いやがった」
「うそでしょ? 過干渉過ぎない?」
「兄貴が税理士試験落ちたんだってさ。兄貴ですら自由にさせたらダメになるんだから、もっと馬鹿な俺は監視してなきゃだめなんだとさ」
うちも大概過干渉だが、宙の家は度を超えている。あまりにも気の毒だ。
「俺のこと兄貴と比較して馬鹿扱いしたいのか、兄貴が落ちぶれたから俺をスペアにしたいのかせめてどっちかにしろよ。本当にありえねえ」
世界滅べ、とすら言わなかった。宙は完全に憔悴しきっていた。
自分の存在意義に悩んでいた私を救ってくれたのは宙だ。だから、今度は私が空を救う番だ。気分転換になるようにと、色壁ホセのこれからの話をした。
「あー、スランプかも。全然話思い浮かばねえ」
「いいよ。どんな宙でも、宙は宙だから」
以前のようなきらきら感がないままに、冬休みに突入した。宙はダブルスクールのコマ数も増やされたようで忙しく、全然会えなかった。三学期になると自由登校期間になり、ほとんど顔を合わせなくなってしまった。連絡は取りあっていたけれど、文字ベースのレスだけによるコミュニケーションでは何かが直接の会話とは違った。はっきりとは言語化できないけれど、もしかしたらとんでもないすれ違いを生んでしまっているのかもしれないと言うぼんやりとした恐怖があった。
あっという間に卒業式を迎えてしまった。卒業式には私の親も、例の毒親も来ていた。だから、私たちは一緒に写真を撮ることはおろか、話すこともしなかった。これで終わりではないと信じていたから。
数日間、宙にべったりだったと思う。さすがに教室で抱き着いたりはしなかったけれど、休み時間はずっとおしゃべりをしていた。そうこうしているうちに、投稿サイトに一件のコメントがついた。
「良かった」
たった一言だったけれど、嬉しくてたまらなくて、カラオケに行って二人で祝勝会をした。文化祭の打ち上げもちゃんとやっていなかったので、それも兼ねて盛大に祝った。前に二人でカラオケに来た時よりも、恋愛ソングに気持ちがこもった。
「ねえ、次何入れるの?」
体を寄せてデンモクを覗き込んだ。これくらいは前に来た時もやっていたし、ちょっとくらいくっついても不自然ではないはずだ。
だいぶ歌って、ドリンクバーで飲み物をとってきて少し休んでいると、肩に手を回されて抱き寄せられた。宙の方から近づいて来たんだから寄りかかっても問題ないよね、そう思って身を寄せた。宙の肩に頭を乗せる。ドキドキする。エマが相手ならよくこういうこともしていた。友達ならセーフ。公共の場じゃないから大丈夫。色々なことが頭をぐるぐるしていた。
宙が体勢を変えて私の方をむく。頬に触れられた。宙が顔を傾けて近づけて来る。キスされる、鈍感な私でもそう思った。私は宙のことが好きだから、キスされてもいいと思った。でも、でも。
「だめっ」
やっぱり、こういうのは良くない。
「私、付き合ってる人としかキスしないから」
久しく忘れていたが、宙は真面目な時は真面目だけれど基本的にチャラい。漫画が好きだからと言って陰キャとは限らない。私が把握しているだけで元カノが三人いる。だから、宙は恋愛感情がなくてもキスできる
「悪い、やっぱ良くねえよな。元カノの親友にこういうことすんの」
「え?」
思わず聞き返した。
「やっぱ聞いてないよな。もう時効だから言うけどさ、俺一年の夏ごろちょっとだけエマと付き合ってた」
「えええ!」
叫んだ。電源を入れたまま机に放置していたマイクがハウリングした。
「なにそれ聞いてない!」
「ほら、エマってなんか鋭いだろ。美和と俺が気まずい感じなの見抜いてて、付き合ってるの秘密にしようって。一人に言ったらみんなに広まるから、誰にも言ってない」
言われてみれば宙の話題を出した時、エマは何かを言い淀んでいた気がする。危なかった。エマに宙のことを好きになったことを相談する前で良かった。経緯を説明するにあたって、文化祭でトラブルが起こったことを話したらエマに余計な心配をかけると思ったから相談するのはもう少し経ってからにしようと思っていた。
「何で別れたの」
「なんつーか、話というか空気感が合わなかった。あいつ愛されて育ってる感じするじゃん。世の中に鬱屈した感情持ったことないんだろうなって思うと、住む世界が違うなって思った。会話のテンポが合わないとなんかうまく行かない」
口ぶりからして、嫌いで別れたというわけではないのだろう。
「エマのこと、まだ好き?」
「それはない。俺から別れようって言ったし」
エマの方はどう思っているんだろう。それが気がかりだった。でも、そんなデリカシーのないこと聞けるわけがない。
「私、エマを裏切れない」
離れていても親友だ。好きじゃないと宣言しておいて、キスするなんてフェアじゃない。
「やっぱ俺ら、何かとしがらみが多いよな」
同じ学校である以上、共通の知り合いがいて何かしらのしがらみからは逃れられない。それにしたって私たちの場合はしがらみが多すぎる。宙がため息をついた。
「人間関係ってめんどくさいよな。全部捨てて逃げ出してえって思うことない?」
「うん。しがらみも平川美和って名前も全部捨てて、別の人間になりたいって思う」
こんな世界なんて滅べばいい、私たちはずっとそう言い続けていたけれど、ここじゃない別の世界に行けるならその方がいい。二人でこの世界を抜け出して、色壁ホセとして二人で生きていけたらきっと幸せだ。
「まあ、それができないから世界滅べって言ってんだけどな」
やっぱり、宙は私の理解者だ。
「明日世界が終わるなら、やりたいこと全部やれるのにね」
結局私は両親の敷いたレールが嫌だと言いつつも能動的に逃げる勇気がない。だから、誰かに終わらせてほしいと思っている。
宙とのこの関係が終わって、それでも生きていかないといけない日々が怖くて告白できずにいたら、好きになってはいけない理由が増えてしまった。
「例えばの話だけどさ、地球最後の日にだったら付き合うの、アリだと思う?」
世界が滅ぶなら、エマを裏切ったまま生き続ける必要がない。
「いいね、それ。その時はキスしてもいいよ」
大人ぶってそう答えた。宙は私が弱っている時には優しいけれど、時々ずるい。関係を確定させるような言葉を言わない。
「世界、早く滅べばいいのにな」
「うん、私もそう思う」
でも、私もまた友達以上恋人未満のこの関係が、普通に恋人同士になるよりも尊いような気がしていた。
実際、友達以上恋人未満の関係は楽しかった。キスしたり手を繋いだりするわけではないけれど、普通の男女の友達よりも近い距離で話す。それだけで幸せだった。
創作の方は締め切りがなければ焦ることもなく、何も進まず何も決まらなかった。一応投稿サイトのアイコンだけはかっこいいものを描いた。でも、今後のことを話しているだけで楽しかった。
「なんかのきっかけで異世界アンゴルモア、万バズしてくれたらいいのにね」
「わかる」
変わらない日々が続き、十二月の始めに指定校推薦の合格が確定した。親の決めた学校とはいえ、「不合格になったので一般受験してください」という掌返しは本当にシャレにならないので本来喜ばしいことだ。しかし、宙は今までにないほどげんなりしていた。
「母方のばあちゃんちに下宿するからようやく親元離れられると思ったのに、あのクソババアついてくるとか言いやがった」
「うそでしょ? 過干渉過ぎない?」
「兄貴が税理士試験落ちたんだってさ。兄貴ですら自由にさせたらダメになるんだから、もっと馬鹿な俺は監視してなきゃだめなんだとさ」
うちも大概過干渉だが、宙の家は度を超えている。あまりにも気の毒だ。
「俺のこと兄貴と比較して馬鹿扱いしたいのか、兄貴が落ちぶれたから俺をスペアにしたいのかせめてどっちかにしろよ。本当にありえねえ」
世界滅べ、とすら言わなかった。宙は完全に憔悴しきっていた。
自分の存在意義に悩んでいた私を救ってくれたのは宙だ。だから、今度は私が空を救う番だ。気分転換になるようにと、色壁ホセのこれからの話をした。
「あー、スランプかも。全然話思い浮かばねえ」
「いいよ。どんな宙でも、宙は宙だから」
以前のようなきらきら感がないままに、冬休みに突入した。宙はダブルスクールのコマ数も増やされたようで忙しく、全然会えなかった。三学期になると自由登校期間になり、ほとんど顔を合わせなくなってしまった。連絡は取りあっていたけれど、文字ベースのレスだけによるコミュニケーションでは何かが直接の会話とは違った。はっきりとは言語化できないけれど、もしかしたらとんでもないすれ違いを生んでしまっているのかもしれないと言うぼんやりとした恐怖があった。
あっという間に卒業式を迎えてしまった。卒業式には私の親も、例の毒親も来ていた。だから、私たちは一緒に写真を撮ることはおろか、話すこともしなかった。これで終わりではないと信じていたから。



