充実した時間はとにかくあっという間で、すぐに三学期になって春休みになった。お互いの家族の中が悪すぎる私たちに、どちらかの家で作業するという選択肢はなかった。昼間親がいない間にどこかで会おうにも外出すれば何かしらの形跡が残る。そうすると言い訳が面倒臭い。
「じゃあさ、作業通話しようよ」
有名絵師さん同士が仲間内でやっていると知ってから、密かに作業通話というものに憧れていた。
作業通話の中で、ペンネームが決まった。「せかいほろべ」のアナグラムで色壁ホセ。性別不詳な感じがなんかいい。
イラストを描くことも友達と話すことも好き。宙と漫画を一緒に作り上げるのは最高に楽しい。大嫌いだった家という空間も、その時間だけは嫌いではなかった。大切で幸せな時間だった。春休み終了三日前。ついに私たちの共同作業の結晶が完成した。
そして迎えた新歓オリエンテーション期間、見学に来てくれた新入生に『異世界アンゴルモア』を読んでもらった。エマが私たちの作品を一年生に勧めてくれているのがとても誇らしかった。
「私たちの漫画読んで漫研入りたいって思ってくれる子が一人でもいたら嬉しいよね」
「そしたらエマに褒められるからか?」
「違うよ。エマが褒めてくれるのはもちろん嬉しいけどさ、創作で誰かの人生変えられたらそれって最高じゃん」
自分たちの人生すらままならないのに、誰かの人生を変えるなんて大それた話を教室で堂々としていた。宙と同じクラスになったからだ。あの頃の私は無敵感に満ち溢れていた。宙が私の絵に価値を見出してくれたから。
つくづく単純だと思う。元々エマに懐いたきっかけは、私がノートの隅に落書きをしていたら一緒に漫研に行こうと誘ってくれたからだ。エマの推しキャラを描くと喜んでくれるのが嬉しかった。
「絵を描いたことそのもの」ではなく「私の絵の才」に価値を見出してくれた宙に特別な感情を抱くことは必然だった。
一年生は五人入部した。入部理由は全員「元々漫画が好きだから」だった。残念ながら私たちは誰かの憧れにはなれなかった。でも、新入生から漫画の感想をもらえた。
「『異世界アンゴルモア』面白かったです! 続編期待してます!」
嬉しかった。姉と比較されてばかりのぱっとしなかった私に、生まれて初めてスポットライトが当たった。私に存在価値が与えられた。息苦しさが消え失せた。
新入生を迎えて早々エマが言った。
「強制じゃないけど、新作描ける人は描いて、今年の文化祭もどんどん盛り上げていこう! 感想ノートいっぱいになるくらい盛り上がったら嬉しいよね」
私たち三年生にとっては最後の文化祭。部員が増えたこともあり、エマが本気になるのも当然だった。
感想をもらった記念に、宙と一緒にカラオケで豪遊した。好きなアニメソングをひとしきり歌った後、今後の話をする。
「あのさ、『異世界アンゴルモア』の続き、また一緒に描きたい」
「ん、いいよ。でも、俺に惚れんなよ」
「だーかーらっ、自意識過剰!」
「悪い悪い。でもさ、せっかく創作で世界変えようぜって盛り上がってんのに恋愛でめちゃくちゃになるの嫌じゃね? 兄貴たちみたいになったら最悪だろ」
姉は高校時代は軽音部で、宙の兄とは元々同じバンドのメンバーだった。騒動に巻き込まれたドラムとベースの人が可哀想でならない。
「そうかも、迷惑バカップルにはなりたくないよね」
「だろ? それに恋愛って維持コストが高い。学校が離れるどころか、クラスが離れるだけで簡単に破局して、付き合う前の関係に二度と戻れない」
「それは経験則?」
「まあな」
「さすがモテる人は言うことが違いますなあ」
茶化したけれど、経験則に基づくならばそれは真実だ。そもそも私たちが恋愛したところで、家族仲が最悪である以上結婚はできないのでいつかは別れることになる。しかも、大学は別々のところに行くのだから破局リスクは大きい。でも、友達なら関係を続けることはできる。去年、中学の時の友達と遊んだことは記憶に新しい。
宙と話すのは楽しい。こんなに私のことをわかってくれる人とこの先出会えるだろうか。大学が離れても宙を失いたくなかった。
「宙こそ、私に惚れないでよ」
「さすがにお前に手出せないわ」
少し意味深な間をおいて、宙が答えた。
「それどういう意味よー?」
わざとおどけて笑って、結局有耶無耶になった。私たちは恋愛しない。そうすればその間は無敵でいられる。だから友情が正解なんだ。
「じゃあさ、作業通話しようよ」
有名絵師さん同士が仲間内でやっていると知ってから、密かに作業通話というものに憧れていた。
作業通話の中で、ペンネームが決まった。「せかいほろべ」のアナグラムで色壁ホセ。性別不詳な感じがなんかいい。
イラストを描くことも友達と話すことも好き。宙と漫画を一緒に作り上げるのは最高に楽しい。大嫌いだった家という空間も、その時間だけは嫌いではなかった。大切で幸せな時間だった。春休み終了三日前。ついに私たちの共同作業の結晶が完成した。
そして迎えた新歓オリエンテーション期間、見学に来てくれた新入生に『異世界アンゴルモア』を読んでもらった。エマが私たちの作品を一年生に勧めてくれているのがとても誇らしかった。
「私たちの漫画読んで漫研入りたいって思ってくれる子が一人でもいたら嬉しいよね」
「そしたらエマに褒められるからか?」
「違うよ。エマが褒めてくれるのはもちろん嬉しいけどさ、創作で誰かの人生変えられたらそれって最高じゃん」
自分たちの人生すらままならないのに、誰かの人生を変えるなんて大それた話を教室で堂々としていた。宙と同じクラスになったからだ。あの頃の私は無敵感に満ち溢れていた。宙が私の絵に価値を見出してくれたから。
つくづく単純だと思う。元々エマに懐いたきっかけは、私がノートの隅に落書きをしていたら一緒に漫研に行こうと誘ってくれたからだ。エマの推しキャラを描くと喜んでくれるのが嬉しかった。
「絵を描いたことそのもの」ではなく「私の絵の才」に価値を見出してくれた宙に特別な感情を抱くことは必然だった。
一年生は五人入部した。入部理由は全員「元々漫画が好きだから」だった。残念ながら私たちは誰かの憧れにはなれなかった。でも、新入生から漫画の感想をもらえた。
「『異世界アンゴルモア』面白かったです! 続編期待してます!」
嬉しかった。姉と比較されてばかりのぱっとしなかった私に、生まれて初めてスポットライトが当たった。私に存在価値が与えられた。息苦しさが消え失せた。
新入生を迎えて早々エマが言った。
「強制じゃないけど、新作描ける人は描いて、今年の文化祭もどんどん盛り上げていこう! 感想ノートいっぱいになるくらい盛り上がったら嬉しいよね」
私たち三年生にとっては最後の文化祭。部員が増えたこともあり、エマが本気になるのも当然だった。
感想をもらった記念に、宙と一緒にカラオケで豪遊した。好きなアニメソングをひとしきり歌った後、今後の話をする。
「あのさ、『異世界アンゴルモア』の続き、また一緒に描きたい」
「ん、いいよ。でも、俺に惚れんなよ」
「だーかーらっ、自意識過剰!」
「悪い悪い。でもさ、せっかく創作で世界変えようぜって盛り上がってんのに恋愛でめちゃくちゃになるの嫌じゃね? 兄貴たちみたいになったら最悪だろ」
姉は高校時代は軽音部で、宙の兄とは元々同じバンドのメンバーだった。騒動に巻き込まれたドラムとベースの人が可哀想でならない。
「そうかも、迷惑バカップルにはなりたくないよね」
「だろ? それに恋愛って維持コストが高い。学校が離れるどころか、クラスが離れるだけで簡単に破局して、付き合う前の関係に二度と戻れない」
「それは経験則?」
「まあな」
「さすがモテる人は言うことが違いますなあ」
茶化したけれど、経験則に基づくならばそれは真実だ。そもそも私たちが恋愛したところで、家族仲が最悪である以上結婚はできないのでいつかは別れることになる。しかも、大学は別々のところに行くのだから破局リスクは大きい。でも、友達なら関係を続けることはできる。去年、中学の時の友達と遊んだことは記憶に新しい。
宙と話すのは楽しい。こんなに私のことをわかってくれる人とこの先出会えるだろうか。大学が離れても宙を失いたくなかった。
「宙こそ、私に惚れないでよ」
「さすがにお前に手出せないわ」
少し意味深な間をおいて、宙が答えた。
「それどういう意味よー?」
わざとおどけて笑って、結局有耶無耶になった。私たちは恋愛しない。そうすればその間は無敵でいられる。だから友情が正解なんだ。



