普通に話すようになってしばらくして、そろそろエマの言っていた新歓用作品について真面目に考えないといけない時期に差し掛かっていた。
何もしてない私と正反対に、エマは部室に一台だけあるパソコンで作品に取り掛かっていた。文化祭用の作品だけでも十分なのに、やっぱりエマはバイタリティに溢れている。
「新歓作品、宙はどうする?」
「どうするも何も、俺、絵描けねえ。美和は?」
「出すつもりだけど、何も進んでない」
エマに相談して、エマの時間を奪うのも申し訳ない気がした。エマの力になれたら嬉しい。迷惑をかけたくない。だから、小さな声で話した。
私たちが話していても一切気にしないほどエマは作業に集中していた。イラストを描くとき、私はしゃべりながらの方が筆のペースがあがるタイプだけれど、エマはそうではなかった。
「じゃあ、一緒にやらん?」
宙の提案はあまりにも唐突だった。
「え、何で私?」
「だって美和、絵うまいじゃん」
驚きが嬉しさに変わった。今まで私の絵を褒めてくれるのはエマだけだったからだ。
「実は俺、中学の頃ネットで小説書いてたんだけどさ、って言ってもすぐ飽きたんだけど。それでよければ美和が絵つけてくれたりする?」
私はすっかり有頂天になっていた。
「えー、読んでみたい!」
「じゃあURL送る。晒すなよ」
スマートフォンにポップアップ通知が出たので、クリックする。小説投稿サイトのリンクだった。タイトルは『異世界アンゴルモア』でペンネームはSKY。すぐ飽きた、と言っていた通り文字数はあまり多くなかった。
さっそく第一話を読んだ。頭を殴られたような衝撃が走った。恐怖の大王が滅んだ後の異世界を、生きづらさを抱えた少年が冒険する話。主人公が抱えている悩みが私が抱えているものとまさしく同じもので、深く共感できた。世界観が好きだった。世界にある汚い物も、大多数の人間にとっては楽しい場所とされているけれども誰かにとっては居心地が悪いような排他的な場所も、全部滅んだ世界。一見荒廃して絶望しかないように見えるけれども、何もないからこそ希望がある世界。私もそこに行ってみたいと思った。戦闘シーンも、漫画でよく見る私がかっこいいと思う剣術や魔術などの要素が詰め込まれていて面白かった。夢中で読んだ。画面に釘付けになって、エマが作業を切り上げて帰ったことにも気づかなかった。
今となっては、宙が本当に天才だったのか、宙と私の境遇が似ていたから感情移入できただけなのかはわからない。ただ、あの瞬間の私はまぎれもなく宙を天才だと思った。
「すごい! 面白い! 宙、天才!」
「二〇一二年に結局世界が滅びなくて、そのフラストレーションをぶつけました的なやつ」
読み終わって感想を伝えると、宙が珍しく照れたように笑った。
「宙、私と組んでくれるの?」
「まあ、俺からオファーしたわけですから。じゃ、決まりってことで」
「うん! 私、頑張る!」
「じゃ、キャラデザとか決めていきますか」
その日の部活は今までで一番充実していた。シャーペンでノートに簡単なラフを描きながら、キャラデザを話し合った。私が叩き台を示すと宙がいやこいつは帽子を被ってるイメージなんだとか、私があんまり帽子が大きすぎると顔の印象薄くなっちゃわない?とか、ああでもないこうでもないと、デザインを議論し合った。私が描き直すたびに宙は「やっぱりうまいな」と言ってくれるので、少し顔が熱くなるのを感じた。結局何も決まらなかったけれど、それすらも有意義な時間だと思えた。青春している、生きているという実感があった。
下校時刻十分前のチャイムで急に現実に引き戻された。急いで帰り支度を始める。
「俺の小説には惚れていいけど、俺には惚れんなよー」
冗談めかした口調だったが、思わず片付けの手が止まった。
「はあ⁉ 意味わかんないんですけど」
確かにあの時、私は宙の才能に惚れていた。でも、少なくともこの時点では宙に対する感情は恋ではなかった。
「でも、文化祭の時の俺かっこよくなかった?」
「自分で言っちゃう? 確かに助かったけど! 感謝はしてるけど!」
優しい人だとは思った。でも、かっこいいとか恋とかとは違う気がした。
「私は二次元の男にしか興味ありません!」
そう宣言して部室を出た。
翌日、「惚れるなよ」のくだりは端折って、宙と共作することになったとエマに報告した。
「美和っち、最近宙の話すること多いよね」
「そうかな?」
「うん。宙のこと好きなの?」
エマにまで誤解されてしまった。断じてそれはない。
「それはない! ただのコンビ! 友達!」
「うんわかった。変なこと言ってごめんね」
エマは深く追及しては来なかった。エマとはあまり恋愛の話をしたことがない。エマに中学の時に彼氏がいたことは知っているけど、高校に入ってからの話をエマから直接聞いたことはない。
エマのお父さんはアメリカ人で、エマは日本人離れした整った顔立ちをしている。告白されることも多いらしく、たびたび噂になるけれど、本人の口から聞いたことはなかった。
宙との共作は順調に進んだ。宙が小説を漫画のネームの形に直して、私が作画する形になった。毎日のように部室で話し合いながら作業をした。
「宙って親に塾行けとか言われないの?」
「言われない。俺、指定校推薦使うつもりだから。受験勉強はしなくていいけど、学校の成績は死んでも落とすなってさ。だから土日は家庭教師が来る。ここの卒業生」
「へー、なんか意外。スパルタ系の親って国立行けとか言いそうじゃん」
「兄貴が受験直前に病んで一浪してっからな。優秀な兄貴ですらそうなんだからお前は安牌な選択肢とれってさ。本当に世界滅べって感じ」
そうは言っても、親に決められたという宙の志望校は関西の名門校だ。実家を出られる宙が羨ましかった。
「私も指定校使う予定。女の子で浪人は恥ずかしいとか言ってくるんだけど。恥ずかしいのは昭和脳のあんたの頭だっつーの。本当にそろそろ世界滅んでほしいよね」
私は家から通える女子大に進学する予定だ。当然親の決めた学校で本当にうんざりする。「世界が滅んでほしい」は親をはじめとした周囲の諸々に辟易した私たちの合言葉になっていた。
「ふーん、美和も指定校狙いならもしかして来年は同じクラスになれたりしてな」
宙の兄と私の姉が在学中に大喧嘩をしたからか、私たちは同じクラスになったことはない。でも、三年生のクラス編成は文系か理系か、志望校が国立か私立かで決まる。親が税理士だと言う宙は経済学部、私は文学部に行く予定だからどちらも私文の推薦志望だ。同じクラスになる可能性は高い。
親に勝手に決められた進路だけれども、結果として宙と同じクラスになれることだけはいいことだと思えた。
何もしてない私と正反対に、エマは部室に一台だけあるパソコンで作品に取り掛かっていた。文化祭用の作品だけでも十分なのに、やっぱりエマはバイタリティに溢れている。
「新歓作品、宙はどうする?」
「どうするも何も、俺、絵描けねえ。美和は?」
「出すつもりだけど、何も進んでない」
エマに相談して、エマの時間を奪うのも申し訳ない気がした。エマの力になれたら嬉しい。迷惑をかけたくない。だから、小さな声で話した。
私たちが話していても一切気にしないほどエマは作業に集中していた。イラストを描くとき、私はしゃべりながらの方が筆のペースがあがるタイプだけれど、エマはそうではなかった。
「じゃあ、一緒にやらん?」
宙の提案はあまりにも唐突だった。
「え、何で私?」
「だって美和、絵うまいじゃん」
驚きが嬉しさに変わった。今まで私の絵を褒めてくれるのはエマだけだったからだ。
「実は俺、中学の頃ネットで小説書いてたんだけどさ、って言ってもすぐ飽きたんだけど。それでよければ美和が絵つけてくれたりする?」
私はすっかり有頂天になっていた。
「えー、読んでみたい!」
「じゃあURL送る。晒すなよ」
スマートフォンにポップアップ通知が出たので、クリックする。小説投稿サイトのリンクだった。タイトルは『異世界アンゴルモア』でペンネームはSKY。すぐ飽きた、と言っていた通り文字数はあまり多くなかった。
さっそく第一話を読んだ。頭を殴られたような衝撃が走った。恐怖の大王が滅んだ後の異世界を、生きづらさを抱えた少年が冒険する話。主人公が抱えている悩みが私が抱えているものとまさしく同じもので、深く共感できた。世界観が好きだった。世界にある汚い物も、大多数の人間にとっては楽しい場所とされているけれども誰かにとっては居心地が悪いような排他的な場所も、全部滅んだ世界。一見荒廃して絶望しかないように見えるけれども、何もないからこそ希望がある世界。私もそこに行ってみたいと思った。戦闘シーンも、漫画でよく見る私がかっこいいと思う剣術や魔術などの要素が詰め込まれていて面白かった。夢中で読んだ。画面に釘付けになって、エマが作業を切り上げて帰ったことにも気づかなかった。
今となっては、宙が本当に天才だったのか、宙と私の境遇が似ていたから感情移入できただけなのかはわからない。ただ、あの瞬間の私はまぎれもなく宙を天才だと思った。
「すごい! 面白い! 宙、天才!」
「二〇一二年に結局世界が滅びなくて、そのフラストレーションをぶつけました的なやつ」
読み終わって感想を伝えると、宙が珍しく照れたように笑った。
「宙、私と組んでくれるの?」
「まあ、俺からオファーしたわけですから。じゃ、決まりってことで」
「うん! 私、頑張る!」
「じゃ、キャラデザとか決めていきますか」
その日の部活は今までで一番充実していた。シャーペンでノートに簡単なラフを描きながら、キャラデザを話し合った。私が叩き台を示すと宙がいやこいつは帽子を被ってるイメージなんだとか、私があんまり帽子が大きすぎると顔の印象薄くなっちゃわない?とか、ああでもないこうでもないと、デザインを議論し合った。私が描き直すたびに宙は「やっぱりうまいな」と言ってくれるので、少し顔が熱くなるのを感じた。結局何も決まらなかったけれど、それすらも有意義な時間だと思えた。青春している、生きているという実感があった。
下校時刻十分前のチャイムで急に現実に引き戻された。急いで帰り支度を始める。
「俺の小説には惚れていいけど、俺には惚れんなよー」
冗談めかした口調だったが、思わず片付けの手が止まった。
「はあ⁉ 意味わかんないんですけど」
確かにあの時、私は宙の才能に惚れていた。でも、少なくともこの時点では宙に対する感情は恋ではなかった。
「でも、文化祭の時の俺かっこよくなかった?」
「自分で言っちゃう? 確かに助かったけど! 感謝はしてるけど!」
優しい人だとは思った。でも、かっこいいとか恋とかとは違う気がした。
「私は二次元の男にしか興味ありません!」
そう宣言して部室を出た。
翌日、「惚れるなよ」のくだりは端折って、宙と共作することになったとエマに報告した。
「美和っち、最近宙の話すること多いよね」
「そうかな?」
「うん。宙のこと好きなの?」
エマにまで誤解されてしまった。断じてそれはない。
「それはない! ただのコンビ! 友達!」
「うんわかった。変なこと言ってごめんね」
エマは深く追及しては来なかった。エマとはあまり恋愛の話をしたことがない。エマに中学の時に彼氏がいたことは知っているけど、高校に入ってからの話をエマから直接聞いたことはない。
エマのお父さんはアメリカ人で、エマは日本人離れした整った顔立ちをしている。告白されることも多いらしく、たびたび噂になるけれど、本人の口から聞いたことはなかった。
宙との共作は順調に進んだ。宙が小説を漫画のネームの形に直して、私が作画する形になった。毎日のように部室で話し合いながら作業をした。
「宙って親に塾行けとか言われないの?」
「言われない。俺、指定校推薦使うつもりだから。受験勉強はしなくていいけど、学校の成績は死んでも落とすなってさ。だから土日は家庭教師が来る。ここの卒業生」
「へー、なんか意外。スパルタ系の親って国立行けとか言いそうじゃん」
「兄貴が受験直前に病んで一浪してっからな。優秀な兄貴ですらそうなんだからお前は安牌な選択肢とれってさ。本当に世界滅べって感じ」
そうは言っても、親に決められたという宙の志望校は関西の名門校だ。実家を出られる宙が羨ましかった。
「私も指定校使う予定。女の子で浪人は恥ずかしいとか言ってくるんだけど。恥ずかしいのは昭和脳のあんたの頭だっつーの。本当にそろそろ世界滅んでほしいよね」
私は家から通える女子大に進学する予定だ。当然親の決めた学校で本当にうんざりする。「世界が滅んでほしい」は親をはじめとした周囲の諸々に辟易した私たちの合言葉になっていた。
「ふーん、美和も指定校狙いならもしかして来年は同じクラスになれたりしてな」
宙の兄と私の姉が在学中に大喧嘩をしたからか、私たちは同じクラスになったことはない。でも、三年生のクラス編成は文系か理系か、志望校が国立か私立かで決まる。親が税理士だと言う宙は経済学部、私は文学部に行く予定だからどちらも私文の推薦志望だ。同じクラスになる可能性は高い。
親に勝手に決められた進路だけれども、結果として宙と同じクラスになれることだけはいいことだと思えた。



