ある時、エマが風邪で学校を休んだ。いつも一緒にお弁当を食べていたエマがいないから、教室で一人でお弁当を食べるのも気まずくて部室に行った。そこには先客がいた。
「あ、ごめん。邪魔した?」
「いや、別にいいけど。どうした?」
「エマが今日休みで、なんか教室いづらくて」
少し前までは岩崎に弱みを見せるなんて考えられなかった。でも、今は正直に話せる。
「別に普通じゃね? 俺もクラスの友達が昼練ある日は部室で飯食って、そのまま五時間目まで漫画読んでる。教室うるさくて落ち着かねーし」
「わかる。うるさいよね。耳キンキンする」
傍若無人にふるまう陽キャに対する不満を語りながらお弁当を食べた。先に食べ終えた岩崎が漫画を読み始めた。九十年代、私たちが生まれる前の作品だ。
「岩崎君って結構昔の漫画読むよね」
「うん。世紀末の空気感が好きなんだよな」
「あー、世界滅亡するかも的な?」
ノストラダムスによって世界が滅亡すると予言されていた一九九九年、私たちは生まれた。知識としては知っているが、当時の空気感まではわからない。四つ年上の姉ですらよく覚えていないだろう。当時を生きていた人たちが少し羨ましい。
「そうそう。てか、お前終末系の作品好きじゃん。これ、読んだらはまると思うよ」
「うん、なんかいいじゃん。世界の終わりって」
熱い展開の少年漫画ももちろん好きだけれど、実は退廃的な雰囲気の漫画も好きだ。ただ、私自身の印象とダーク系の作品はあまり結びつかないらしく、読んでいたら先輩にびっくりされたこともある。
「同感。二〇一二年に世界が終わるかもって時ちょっとワクワクしなかった?」
中二病真っ盛りの冬、一部で話題になった滅亡論。ノストラダムスの時ほど世界が混乱したりはしなかったけれど、世界の終わりを見て見たいと思ったものだ。
「したよ。なんなら、また予言者出てきてほしいって思ってるし、時々世界滅べって思うことあるもん」
「俺もだわ。なんか人生ってつまんねえじゃん。親の敷いたレールに載せられてさ」
「わかる。自由が欲しい」
いい大学を出ていい会社に入って、そこでいい人と出会って結婚して子供を生む、それが女の幸せ。そのためには勉強をすることが大事。耳にタコができるほど聞かされた。昔から口うるさい母は誰々と遊んではいけないと交友関係にまで口を出してきた。この高校も、母が行きなさいと決めたものだ。
「ほんと、何が岩崎家の人間としてふさわしい行動を、だっつーの。んな由緒正しい家柄じゃねえだろ。つーかそんなたいそうな家なら継ぐのは長男様だろ。次男の俺のことなんてほっとけっての」
「お兄さんより岩崎君の方がまともなんじゃないの」
言った後、失言だったかもしれないと気付いた。
「そりゃお前から見たらそうだろ。俺だって何でお前の親姉ちゃん見習えとか言ってんのかわからん。どう考えても見習っちゃダメな人間だろ」
二股だとか貢がせただとか、そのあたりの話はどこまで本当かわからない。つきまとい被害についてもそうだ。人は自分がしたことは過少報告、されたことは過剰に報告するものだ。
「受験直前に先生とか親巻き込んだトラブル起こした奴らの何を見習えってんだよな」
「あはは、そうかも。お互い苦労するよね」
顔を見合わせて苦笑いする。
「ほんと、こんなことお前にしか言えねえわ。今日のことオフレコな」
「言わないよ。言ってもみんな信じないよ。岩崎君愚痴とか言わないイメージだし。もっとチャラい人だと思ってた」
「なんかお前話しやすいんだよな。お前の前でかっこつけるのも馬鹿らしいっていうか」
「えー、なにそれ、褒めてる? けなしてる?」
岩崎の発言の真意がわからず一応質問してみた。
「褒めてる。話しやすいって長所以外の何物でも無くね?」
「えー、ほんとに? 私、話つまんないってよく言われるよ」
「話の内容じゃなくて、話してる時の表情とか、聞いてる時の表情とか、オーラみたいなのの話だよ。家の愚痴なんて他の奴に話したことねえもん」
「あー、私もそうかも。世界滅べなんてエマに言ったらドン引きされそうだし」
エマはまともだ。学校行事に全力投球する陽キャだ。私にはもったいないくらいの親友だ。そんなエマが頑張っていたから私も文化祭を頑張っただけで、私自身はそこまで思い入れがあったわけではない。何かに全力投球できる自分になりたいとは思っているけれど、私がいてもいなくても変わらないような学校行事だとどうしても心の底から本気にはなれない。
「そりゃあいつにはわかんないだろうよ。でも、お前はひかねえじゃん」
「そもそも普通の女子はお前呼ばわりされるだけで怒りますよ」
空気を悪くしない程度に砕けた口調で言ってみた。
「あ、悪い。つっても、お前の姉ちゃんも平川だからなあ。美和って呼んでいい?」
「いいよ。自分の苗字嫌いだし」
「奇遇だな。俺もだわ」
親嫌いだし、と岩崎がぼそっと付け足した。私も親は嫌いだけれど、苗字そのものが嫌いな理由は少し違った。
「小学校の時に同じ苗字の男子がいたんだけど、夫婦ってからかわれるし、八つ当たりでその男子は私のこといじめてくるしで本当に最悪だった」
小学校時代、クラスの男子が総じて性格が悪かったせいか中学生くらいまで男子に苦手意識を持っていた。周りの女の子たちは誰がかっこいいとか誰が好きとか、恋バナにばかり興じていたけれど私は未だに二次元の男にしか興味がない。
「平川ってそんな被る苗字じゃないだろ。とんだ災難だな」
「ね、ついてないよね。あの頃世界滅べって思ってた。って、私今日だけで何回世界滅べって言ってんだろ。クラスじゃなんも考えてなさそうな馬鹿キャラなのにさー」
今の私をクラスメイトが見たら驚くだろうけど、たぶんこちらが私の素だ。
「エマエマー、ってはしゃいでる時はそう見えるかもしれないけど、美和って実は繊細だし頭の中では色々複雑なこと考えてるタイプだろ。俺的には意外でもなんでもないけど」
そんなこと初めて言われた。姉にもエマにも知られていない自分の一面を指摘され、どきっとする。
その時、予鈴が鳴った。いつの間にかだいぶ時間が経っていたようだ。私は慌てて弁当箱をまとめる。
「やば、次移動教室だ」
「焦りすぎてこけんなよ」
岩崎こそ、と言おうとして岩崎が自分の苗字が嫌いだと言っていたことを思い出した。
「宙こそ、遅刻しないようにね」
言い捨てて部室を走り去る。
エマは私を美和っち、他の人は美和ちゃんと呼ぶ。小中学校の友達にも、親や姉を含めた親戚にもちゃん付されていたから、呼び捨てされるのは新鮮だなと少し遅れて気付いた。でも、決して嫌ではなかった。
「あ、ごめん。邪魔した?」
「いや、別にいいけど。どうした?」
「エマが今日休みで、なんか教室いづらくて」
少し前までは岩崎に弱みを見せるなんて考えられなかった。でも、今は正直に話せる。
「別に普通じゃね? 俺もクラスの友達が昼練ある日は部室で飯食って、そのまま五時間目まで漫画読んでる。教室うるさくて落ち着かねーし」
「わかる。うるさいよね。耳キンキンする」
傍若無人にふるまう陽キャに対する不満を語りながらお弁当を食べた。先に食べ終えた岩崎が漫画を読み始めた。九十年代、私たちが生まれる前の作品だ。
「岩崎君って結構昔の漫画読むよね」
「うん。世紀末の空気感が好きなんだよな」
「あー、世界滅亡するかも的な?」
ノストラダムスによって世界が滅亡すると予言されていた一九九九年、私たちは生まれた。知識としては知っているが、当時の空気感まではわからない。四つ年上の姉ですらよく覚えていないだろう。当時を生きていた人たちが少し羨ましい。
「そうそう。てか、お前終末系の作品好きじゃん。これ、読んだらはまると思うよ」
「うん、なんかいいじゃん。世界の終わりって」
熱い展開の少年漫画ももちろん好きだけれど、実は退廃的な雰囲気の漫画も好きだ。ただ、私自身の印象とダーク系の作品はあまり結びつかないらしく、読んでいたら先輩にびっくりされたこともある。
「同感。二〇一二年に世界が終わるかもって時ちょっとワクワクしなかった?」
中二病真っ盛りの冬、一部で話題になった滅亡論。ノストラダムスの時ほど世界が混乱したりはしなかったけれど、世界の終わりを見て見たいと思ったものだ。
「したよ。なんなら、また予言者出てきてほしいって思ってるし、時々世界滅べって思うことあるもん」
「俺もだわ。なんか人生ってつまんねえじゃん。親の敷いたレールに載せられてさ」
「わかる。自由が欲しい」
いい大学を出ていい会社に入って、そこでいい人と出会って結婚して子供を生む、それが女の幸せ。そのためには勉強をすることが大事。耳にタコができるほど聞かされた。昔から口うるさい母は誰々と遊んではいけないと交友関係にまで口を出してきた。この高校も、母が行きなさいと決めたものだ。
「ほんと、何が岩崎家の人間としてふさわしい行動を、だっつーの。んな由緒正しい家柄じゃねえだろ。つーかそんなたいそうな家なら継ぐのは長男様だろ。次男の俺のことなんてほっとけっての」
「お兄さんより岩崎君の方がまともなんじゃないの」
言った後、失言だったかもしれないと気付いた。
「そりゃお前から見たらそうだろ。俺だって何でお前の親姉ちゃん見習えとか言ってんのかわからん。どう考えても見習っちゃダメな人間だろ」
二股だとか貢がせただとか、そのあたりの話はどこまで本当かわからない。つきまとい被害についてもそうだ。人は自分がしたことは過少報告、されたことは過剰に報告するものだ。
「受験直前に先生とか親巻き込んだトラブル起こした奴らの何を見習えってんだよな」
「あはは、そうかも。お互い苦労するよね」
顔を見合わせて苦笑いする。
「ほんと、こんなことお前にしか言えねえわ。今日のことオフレコな」
「言わないよ。言ってもみんな信じないよ。岩崎君愚痴とか言わないイメージだし。もっとチャラい人だと思ってた」
「なんかお前話しやすいんだよな。お前の前でかっこつけるのも馬鹿らしいっていうか」
「えー、なにそれ、褒めてる? けなしてる?」
岩崎の発言の真意がわからず一応質問してみた。
「褒めてる。話しやすいって長所以外の何物でも無くね?」
「えー、ほんとに? 私、話つまんないってよく言われるよ」
「話の内容じゃなくて、話してる時の表情とか、聞いてる時の表情とか、オーラみたいなのの話だよ。家の愚痴なんて他の奴に話したことねえもん」
「あー、私もそうかも。世界滅べなんてエマに言ったらドン引きされそうだし」
エマはまともだ。学校行事に全力投球する陽キャだ。私にはもったいないくらいの親友だ。そんなエマが頑張っていたから私も文化祭を頑張っただけで、私自身はそこまで思い入れがあったわけではない。何かに全力投球できる自分になりたいとは思っているけれど、私がいてもいなくても変わらないような学校行事だとどうしても心の底から本気にはなれない。
「そりゃあいつにはわかんないだろうよ。でも、お前はひかねえじゃん」
「そもそも普通の女子はお前呼ばわりされるだけで怒りますよ」
空気を悪くしない程度に砕けた口調で言ってみた。
「あ、悪い。つっても、お前の姉ちゃんも平川だからなあ。美和って呼んでいい?」
「いいよ。自分の苗字嫌いだし」
「奇遇だな。俺もだわ」
親嫌いだし、と岩崎がぼそっと付け足した。私も親は嫌いだけれど、苗字そのものが嫌いな理由は少し違った。
「小学校の時に同じ苗字の男子がいたんだけど、夫婦ってからかわれるし、八つ当たりでその男子は私のこといじめてくるしで本当に最悪だった」
小学校時代、クラスの男子が総じて性格が悪かったせいか中学生くらいまで男子に苦手意識を持っていた。周りの女の子たちは誰がかっこいいとか誰が好きとか、恋バナにばかり興じていたけれど私は未だに二次元の男にしか興味がない。
「平川ってそんな被る苗字じゃないだろ。とんだ災難だな」
「ね、ついてないよね。あの頃世界滅べって思ってた。って、私今日だけで何回世界滅べって言ってんだろ。クラスじゃなんも考えてなさそうな馬鹿キャラなのにさー」
今の私をクラスメイトが見たら驚くだろうけど、たぶんこちらが私の素だ。
「エマエマー、ってはしゃいでる時はそう見えるかもしれないけど、美和って実は繊細だし頭の中では色々複雑なこと考えてるタイプだろ。俺的には意外でもなんでもないけど」
そんなこと初めて言われた。姉にもエマにも知られていない自分の一面を指摘され、どきっとする。
その時、予鈴が鳴った。いつの間にかだいぶ時間が経っていたようだ。私は慌てて弁当箱をまとめる。
「やば、次移動教室だ」
「焦りすぎてこけんなよ」
岩崎こそ、と言おうとして岩崎が自分の苗字が嫌いだと言っていたことを思い出した。
「宙こそ、遅刻しないようにね」
言い捨てて部室を走り去る。
エマは私を美和っち、他の人は美和ちゃんと呼ぶ。小中学校の友達にも、親や姉を含めた親戚にもちゃん付されていたから、呼び捨てされるのは新鮮だなと少し遅れて気付いた。でも、決して嫌ではなかった。



