
「……おーい……涼~?」
「……う……ん?」
「涼~、……今日は起きれる?」
「……うん。……何?廉。」
従兄弟の廉の家に
泊まりに来ていた。
サッカーをやっていた
ごく普通の高校生だった俺は、
今や朝も満足に起きられない
困った高校生になっていた。
なぜこうなったのか。
それは、
あまり考えないようにしている。
考えると凹むし、
病むし、
いいことはない。
踏ん切りがついた頃には、
すっかり受け入れて過ごしていた。
サッカーも辞めた。
スポーツ推薦で入った高校も、
もう辞めたようなものだった。
今の時代、
学校に行かなくても
自分のペースで生きていけるさ。
俺は、しばらくの
自宅療養を選択した。
親は特に責めるわけでもなく、
こうして定期的に、
廉ん家に
俺を送り込んでくれる。
少しでも刺激を、ということらしい。
起き上がる。
覗き込む廉は
ジーンズにパジャマ、
中途半端な格好をしていた。
「……あれ?
廉、出かけるの?」
「うん。
今日、試合あるんだけど
――観に行く?」
「試合?」
「うちの高校のサッカー部。」
少し考える。
「……行こうかな。」
ほんの気まぐれだった。
廉は『おっ!』という顔をしたが、
すぐいつもの調子に戻った。
「さっき知ったんだよなー。
ったく!
アイツはなんで
いつもこうなんだよー。」
「アイツって?」
「えーっと……あーもー、
行くならすぐ準備しろ、
――話は後!」
「わかった。すぐ準備する。」
この日は、
毎朝が地獄の俺にとって、
珍しく爽快な目覚めだった。
出かけたいって、
自然に思えた。
―――――
会場に着いた頃には、
グラウンドの周囲は
すでに人で埋まっていた。
「うーわ、
思ったより多いなぁ。」
廉が顔をしかめる。
俺は返事をせず、
深く帽子を被り直した。
視界が少し暗くなる。
それくらいがちょうどいい。
知り合いに会いたくなかったし、
何より、
このざわつきが、少し苦手だ。
「俺、座れる場所探してくるわ。
すぐ戻るから待ってて。」
廉はそう言って
人混みの中に消えていった。
……一人になる。
ざわざわとした声。
鳴り響く
甲高いホイッスル。
ボールを蹴る乾いた音。
「――あぁ。懐かしいな。」
もう半年か。
あの空虚感が、懐かしい。
サッカーが消えた空洞が、
まだ胸の奥に、
静かに鎮座している。
懐かしさが、ざらつく。
そう思った瞬間、
地面が揺れた。
「……っ」
呼吸が浅くなる。
指先から冷たさが広がる。
人の少ない方へと、
自然に足が向いた。
トイレの傍にベンチが見えた。
ひっそりと薄暗く、
人の気配が遠い。
「あのベンチまでは頑張れる――。」
壁に手をつきながら、
用心深く足を進める。
ふわふわ。
まるで雲を踏んでいるようだ。
もう少しだ。
もう少しでたどり着く。
そしたら、
何事もなかったように
――廉を待てばいい。
視界が、
白く狭くなっていく。
呼吸が小刻みに揺れる。
――ヤバい……。
「おい、大丈夫か?」
ぼんやりと、声が降ってくる。
あともう少しのところで、
俺は、力なく、
地面に手をついた。
ズズッ……
崩れ落ちる。
「大丈夫じゃないな……。
こんなとこで行き倒れとか、
後味悪いだろ。」
肩を掴まれる。
「ほら、起きろ。
外で寝たら死ぬぞ!」
――何だと?
それは雪山の話では?
秋の昼下がりのグラウンドで
そんなことあってたまるか。
朦朧とした頭の中で、
俺はクスッと笑っていた。
温かい。
冷えた体に、染み込んでくる。
体温なのか、
声なのか。
分からないまま、
身を預ける。
グンッ――。
体が、浮いた。
ゆさっ、ゆさっ、ゆさっ……。
それから、
ベンチの上にふわっと着地した。
なんて心地いいんだろう。
「あれ?
――君、もうアップ、
始まってるんじゃないか?」
「わ!マジか!
えっと……この人、
お願いしてもいいですか?」
「わかった。早く行きなさい。」
「ありがとうございます!」
タッタッタッ……
軽やかだけど
踏みしめるいい音だ。
サワサワサワ……風が吹く。
「うわ!涼!
こんなところにいたのか!」
廉の声が静けさを破る。
「君の友達?
どこかの選手の子が
ここまで運んでくれたんだよ。」
「すみません!お世話になりました!」
廉の声が、
急にはっきりと耳に入った。
「涼、大丈夫か?」
「……うん。少し休んだから平気。」
まだ僅かにふらつくが、
立てる。
深く息を吸う。
……さっきの。
軽やかだけど、
踏みしめるいい音。
温かかった手。
グラウンドから歓声が上がる。
――見たい。
気づけば、足が動いていた。
