
ドサッ!
床に倒れ込む。
「……大丈夫か?」
「うん、快は?」
「平気。――どけよ、重い。」
「どかない。」
「は?何言ってんだお前。」
「どかない。」
強い眼差しに――息を飲む。
ドアを見る。
「……誰か来たらどうすんだよ。」
掠れた声が漏れる。
「知らね。」
「知らねって……お前。」
涼が肩をすくめる。
「どうでもいい。」
静かに絡み合う視線。
息が、かかる。
――熱い。
「……近い。離れろよ。」
涼の目に
間抜け面した俺が映ってる。
「快、お前さ、逃げるなよ。」
低い声が、落ちてくる。
「……逃げてねーって。」
声が少し掠れる。
「バカなのに、考えてるのか?」
「……バカだけど、考えてるよ。」
涼が目を細める。
「……考えるなよ。」
「…え?」
「……でも」
「でも、なんだよ?」
視界がワントーン暗くなる。
額に涼の髪が触れる。
「えっ……ちょっ……。」
「もう、黙って?」
唇が触れる。
ゆっくり、優しく触れる。
短くない。
長すぎない。
穏やかな熱気が流れ込む。
保健室で俺の足に触れた
涼の指先を思い出す。
――あぁ、そうか。
既に俺たちは、始まってたんだ。
涼が唇をそっと離す。
伏せたまつ毛が上がる。
熱を帯びて
揺れている。
「……この意味は、考えろ。」
つま先から頭につきぬけた。
――制御できない何かが。
『この意味は、考えろ。』
涼の言葉が、刺さる。
考えてる。
でも、まとまらない。
分かってる。
これだけは、分かってる。
俺は、逃げてない。
誓ってもいい。
ゆっくり、
手を伸ばす。
指先が、涼の頬に触れる。
トクン……
少しだけ、体温が上がる。
触れた指先が、熱く吸い付く。
「お前こそ、考えろ。」
「……っ」
驚いたみたいに、
涼の呼吸が揺れる。
涼の顎に指を滑らせ、
唇の下を爪で撫でる。
ツツッ……
「……っ」
涼の体に力が入る。
「怖いのか?――今ならまだ戻れる。」
親指で唇をなぞる。
形を追うように、
指を滑らせる。
「……はっ……」
涼の唇から、
熱い空気が漏れる。
「戻るって何だよ。
こっちはとっくに、腹決めてんだよ。
……俺は、快が。」
グイッ――。
待たずに
涼の頭ごと引き寄せる。
顔を近づける。
ほんの少し、角度を迷う。
右か、左か――
分かんねぇまま、
触れた。
すぐに、離れる。
見つめる。
「――好きだ。」
「……快?」
「涼、好きだ。」
気まずい、わけじゃない。
でも、
どうしたらいいか分からない。
涼の目を見つめる。
「ごめんな。」
不安にさせる態度取った。多分。」
「……。」
「初めての感情でテンパった。」
「俺も同じだよ。」
「俺、ダサいよな。」
「クスッ……俺も同じだよ。」
視線が、絡まる。
さっきより、
少しだけ、やわらかい。
空に向かう朝顔のように、
絡み合う。
「やっぱり快は、
朝顔の蔓に似てるね。」
「褒めてるのか?」
「褒めてない。」
涼の頬を
両手で包みこむ。
引き寄せる。
今度は、ゆっくり。
パズルのピースを
合わせるみたいに。
重ねる。
さっきより、長い。
唇の感触が分かる。
やわらかい。
あたたかい。
重ねた分、
じんわりと熱を帯びてくる。
心臓、
腹の奥、
喉まで、
一気に血が巡る。
――痛いほどだ。
だけど、嫌じゃない。
むしろ、
もっと、
もっと、と。
湧き上がる欲求。
引力に逆らいながら、
離す。
離れたくない。
吐息が、熱い。
絡まる目線が、離れない。
涼の目がふっと笑う。
――あ。
少しはマシな顔の俺が映ってる。
「快、俺もお前が好きだ。」
優しく、
でも、逃がさないみたいに。
ぐっと、引き寄せられる。
一度、唇が離れる。
涼の背中に回した手に、
少しだけ力が入る。
引き寄せる。
バランスが崩れて、
体が傾く。
そのまま、
覆いかぶさる形になる。
「……っ」
逃げ場がないのは、
今度は、涼の方だ――。
頬へ、
指を滑らせる。
視線がぶつかる。
眉、
目、
鼻筋、
唇。
なぞるように、落ちる。
それから、
もう一度、熱が重なる。
その瞬間、
後頭部に、涼の指がかかる。
引力に、委ねる。
さっきより、自然に。
さっきより、迷いなく。
呼吸が、混ざり合う。
どこまでが自分で、
どこからが涼なのか、
分からなくなる。
近くて、
熱くて、
苦しいのに、
離れたくなかった。
涼の指が俺の髪に触れるたび、
胸の奥がぎゅっと鳴る。
何度も息を継いで、
何度も目を合わせて、
それでも、
離れるまでに時間がかかった。
「……涼っ。」
唇を重ねたまま名前を呼ぶ。
自分のものじゃないみたいに
掠れた声。
涼が、そっと俺を離す。
「……なに?どうした?」
軽く肩で息をしている。
「っ……余裕なくて。」
「泥臭くていいじゃん。」
涼が優しく目を細める。
髪を、二度、
撫でられる。
そのまま、
静かに、重ねる。
今度は、
迷いも、戸惑いも、
さっきより少ない。
でも、切ない。
その気持ちは
ちゃんと残ってる。
切なさが
妙に、心地いい。
涼の頬に手を添えたまま
そっと唇を離す。
頬へキスをする。
まぶたへ、
額へ、
そっと熱を落とす。
涼も応えるように、
俺の手に指を滑らせ、
手首にキスをした。
どちらからともなく、
ゆっくりと離れる。
名残惜しく、
乱れた呼吸だけが、残る。
―――――
準備室の壁にもたれて
並んで座る。
俺たちはなんとなく、
ドアを眺めている。
特に意味はない。
「なぁ。」
「なに?」
「5分しか経ってねぇよ。」
「……5分か。」
「俺、いろいろ余裕ないんだけど。」
「うん。俺もだけど?」
「このままいくと、多分俺死ぬかも。」
「――は?」
「キスってサッカーより苦しくね?
次、多分、酸欠で死ぬ。」
「……ブハッ!
お前ホント、バカだな!」
涼がお腹を抱えて笑う。
「笑うなよ!
マジで言ってんだぞ?」
笑ってる涼の腕に
軽い肘打ちを食らわす。
「いてっ!」
身をよじる涼を
引き寄せ、
抱きしめる。
「快?」
「お前、もう絶対無理すんな。
サッカーは公園でまた、
一緒にできるだろ?
あんな思い、
もう、したくねぇよ。」
「――聞いて、快。」
涼が俺の背中をグッと掴む。
「俺は快と一緒に
フィールドに立つし、走るよ。」
「それはダメだ。」
涼から体を離し、向き合う。
涼が微笑んでいる。
「分析兼トレーナーとして
入部したんだ。」
「……それって。」
前髪からのぞく涼の目が、
一段と輝く。
「こういう走り方もあるんだ。」
「お前――、ほんっと最高だな。」
きっと、
涼には一生勝てない。
―――――
廉の机に
くしゃっと丸めた紙を置く。
「ほい。忘れ物。」
「なにこれ?」
廉が不思議そうに紙くずを広げる。
――【個別面談中】――
「……。」
「どう見てもお前の字」
廉のクルッとした目が
俺と涼、広げた紙くず、
忙しく行き来する。
「知らね。」
くしゃっ……
もう一回丸める。
「快くん、ゴミは自分で
ゴミ箱に入れなきゃダメじゃないか。」
「はい?」
「そーいうとこだぞ。」
廉の指が
シュッと俺を指さす。
「プッ……クククッ。」
涼が笑う。
「バカだから大変だわー。」
廉が肩をすくめる。
「あーもー、
どうでも良くなってきたわ!」
紙くずをゴミ箱に投げた。
