
チュンチュン…
キラキラと光る空。
穏やかな朝。
俺の耳に、
優しく入ってくる小鳥の声。
「あー……さえずりがうるせぇ……」
引きずるように
体を起こす。
初めての経験だ。
夢見が悪くて眠れないなんて。
クソだるい……
昨夜の夢が頭を過ぎる。
「クソッ!」
―――俺の記憶よ、消えろ。
Tシャツを捲し上げ、
ぼんやりと腹を撫でる。
「今日の弁当、何かな。」
ヨタヨタと部屋を出ていった。
―――――
「あーもう!なんだよ、天気いいな!」
キラッキラの朝空は
寝不足の目に堪える。
俺は学校までの道を、
ダラダラと歩いていた。
「おいーっす!人相悪い男発見!」
「いて。」
寝癖でボサボサの頭に
後ろからの一撃。
「おー、廉、……おはよ。」
「おう!あのさ、今日さ……。
――ん?」
廉はじっと俺の顔を見ると
ニヤッと笑った。
「え。クマすごいんだけど?」
「あ?あぁ、寝不足ってやつ?」
「お前のクマなんて初めて見たわ。」
「うん、俺もだ。」
ゴシゴシと目を擦る。
「ぬわぁ……ダメだ。まだ霞んでる。」
「ハハッ!
2時限辺りで覚醒するって!」
廉はぐーっと伸びをして、
俺の方に向き直した。
「何かあったのかー?」
「来たぁ!
ぜひ聞いてくれ!親友よ!
あのさ……。」
廉の相槌も待たずに、
昨日の朝の出来事を話す。
「……でさ、重心意識して蹴ったらさ、
――スコーン……と。
気持ちよく。」
蹴る仕草。
スローモーションのように
目線を空へ運び、
全てを両手に収めて見せた。
廉はくるっとした目で、
俺を見ている。
小さく相槌を打ち、
少し迷った口調で言った。
「――で、久々の朝練は?」
小さく首を振る
「……だから、夕方の自主練で、
頑張ろう、取り戻そう、って……。
でもさー……上手くいかなくて。
焦って焦って……の今だ。」
「ハマっちゃったんだな。」
まるで分かってたかのように、
俺の肩にポン!と手を置いた。
それに促されるように俺は続けた。
「そしたらさ……。」
ひょっこり現れた訪問者。
いろいろキャパ超え。
滑らかな動き。
スピード。
「……体格変わんねぇのに、
ひとつひとつが軽いんだ。
うん!すげー気持ちよかった。」
「へー。
ピリピリモードの快に
話しかけるとはね。
……興味深いな。」
「え?」
「いや、快のそういう時って、
俺でも話しかけるの、
――ちょっと勇気いる。」
「マジか。そうなんだ。」
小さく何度か頷く。
ふと、涼の顔が浮かぶ。
『俺から取ってみてよ』
『俺の名前。『涼』』
一点を見つめたまま、
夕方のことを思い出す。
廉が頭の後ろに手を組んで
俺の顔を覗き込んだ。
「でもさ、それと寝不足とどう関係が?」
「そう!ここからが本題なんだ!」
すがるように身を乗り出す。
「あのさ!俺さ!俺っ!」
「なになに?どうした?」
オレンジ色に縁取られた唇。
俺にしか聞こえない吐息。
2人の間の空気だけ
ふっと温度が上がる。
思考が追いつかないスピードで
フラッシュバックする。
一気に体温が上がる。
『へ、ん、た、い』
耳元で囁かれたような気がする。
――ピタッ。
咄嗟に自分の口を塞ぐ。
「あぶねぇ…」
親友に――
体の反応のことなんて、
絶対言えねぇ!
「なんだよ。気になるじゃん」
「いや、あの話は死んでもできねぇ……」
ワナワナと震える俺を見て、
廉は吹き出した。
「ハハッ、変なやつ」
「ヘヘッ」
俺もつられて笑う。
「あ、そういえば、
さっき言おうとしてたの、何?」
「あー……。」
廉が瞳を宙に3度泳がせる。
「もう着くし、後でいいや。
ほら、行こっ!」
「ふーん?」
―――――
教室の入口に差し掛かると、
ザワザワとした賑やかさが
俺を取り巻いた。
「おー、快、今日も口開いてんぞ!」
「うるせー。いつでも食べれるように
敢えてそうしてんだよ!」
「快~、昨日の特番見た?」
「あー。わりぃ。寝落ちた。」
「寝癖くらい直してこいよ!笑」
「ほっとけ!実験失敗したんだよ」
「快くーん、1年女子が呼んでるー」
「あー、はいはい。すぐ行くー」
「なんでお前がモテんだよ」
「知らねーよ!」
パタパタと教室の外に出ると
1年女子に導かれるまま
階段の踊り場に移動した。
一瞬にして、
静けさが俺を纏う。
正直、この瞬間はとても苦手だ。
「ありがとう!
でもごめんなさい。」
深々と頭を下げる。
あぁ、1年女子の目がウルウルしてる……。
どうしたらいいか分かんねぇ……。
だけど、中途半端は絶対ダメだ。
ごめんな、一年女子。
「あ……、先生来たから、俺行くね?」
先生を口実に
足早に教室に向かう。
「あれ!?
ホントに先生来てるじゃん」
――やべぇ!みんなもう座ってる!
ガラッ!
「すみません!
遅刻じゃないけど遅刻しました!」
頭を上げると、
そこには呆れた顔の先生。
……と、
昨日のヒヨコ。
じゃなくて、涼って奴が立っていた。
「あっ!ヒヨ……(じゃなくて)りょっ……!
……りょ……なんでもないでーす。」
「まず落ち着け。
そして早く席に着け。
はぁ……お前は相変わらず
朝から賑やかだな。」
みんながドッと笑う。
俺は肩をすくめて
そそそっと席に着いた。
「で?何?知り合いなのか?」
先生が訝しげに俺と涼を交互に指差す。
「えっと……どうだろうか。」
なぜか煮え切らない返事をしてしまった。
先生がため息をつく。
「寝ぼけてんのかー?」
「へへっ……すみません……。」
廉が口パクで『バーカ』と言ってる。
俺も口パクで『うるせぇ』と返す。
「――じゃあ、早速だが
1時間目は交流タイムにする。
えっと……。」
視界の端、すっと手が挙がる。
「先生、補助、俺でいいんですよね?」
――え?廉?
「そうだったな。よろしくな」
廉は良い奴だけど、
自分のペースを乱されるのが苦手だ。
リーダーとか「長」がつくものはやらない。
その廉が、笑って、
涼を手招いている。
涼も軽く頷くと、
特に躊躇するわけでもなく
廉の席へ歩いていった。
俺と涼の視線が絡み合う。
一瞬?
――いや違う、
こういうのなんて言うんだっけ。
――刹那。
あぁ、そうだ。
これがしっくりくる。
引力に逆らい、
俺は意識をひっぺがして
机に向き直った。
俺の目線は、
机上と涼の間を
落ち着きなく行き来していた。
――理由は、自分でも分からない。
「快ー!こっち来て!」
廉の声で俺の悶々がプツッと切れる。
「ん?俺?」
「寝ぼけてないで早く来い!」
「……?」
廉の傍らには涼が立っていた。
というか、
廉の机に軽く腰掛けている。
ほんのり口角を上げて、
首を傾け、俺を見ていた。
「キミ、馴染むの早過ぎない?」
俺は涼の頭からつま先まで、
なぞるように指さした。
誰にでもすぐ懐く奴は――苦手だ。
昨日は俺。
今日は廉。
そんな簡単に、
しっぽ振ってんじゃねぇよ。
トスッ!
「こら快、威嚇しない。」
脇腹に軽いパンチを食らう。
「いて。こら廉、暴力反対。」
「仲良いんだね。」
涼が笑う。
廉が、
場を仕切り直すように
口を開く。
「快、いろいろ気になってると思うから、
先に説明しとくね。」
「そうだよ、お前らしくない。
なに?来期の学級委員狙ってんのか?」
「ははは……それは勘弁して。
涼は俺の従兄弟なんだよ。」
「従兄弟?……なの?」
廉と涼が揃って頷く。
「なんだよ、早く言えよ。
なんか焦ったじゃん。」
別に暑くもないのに
自分の首元をパタパタと手で仰ぐ。
「だから今言ってるじゃん。
最速だと思うけど?
焦るってなんだよ。
――お前、なんか変だぞ?」
「う、うるせぇ、いつも通りだよ!」
ドカッ!
近くの席に腰を下ろす。
「涼、こいつ快な。俺の親友。
今ちょっと変だけど、
たまにあるバグだから気にしないで。」
「あぁ、バグ。」
「雑にまとめんな!」
「あ、そうだ。涼、初日に悪いけど、
俺用事あるから
今日は先に帰ってて。」
「オッケー。
委員終わったらすぐ帰るよ。」
「うん。無理するなよ?」
二人の会話を目だけで追う。
「なに?なになに?
先に帰るとか無理とか、
どういうこと?」
廉がチラッと涼を見る。
察したように涼が言う。
「俺、廉ん家に居候してるんだ。」
「そうなんだ。実家遠いの?」
「うーん。そうでもない、かな。」
「ふーん。なんで廉ん家に……」
パンッ!
廉が手を叩く。
「はい。そこまで。
合コンじゃないんだから。
これからたくさん話せるだろ。」
「なんだよ、俺の保護者かよ!」
涼が肩を震わせ笑う。
その後の授業は
まるで身が入らなかった。
アイツ――涼が俺の視界に入ってくる。
ふわふわの髪、
形のいい頭、
華奢じゃないけど、
コンパクトな肩のライン。
ほー、使ってるのはMONO消しか。
ふーん。
自分の消しゴムを、
指先で転がす。
乱暴に使いすぎて、もはや原型がない。
――あ。顔を上げた。
前髪が気になるのか?
頭を振る癖があるのか。
顎のラインが綺麗だな。
鼻から唇までのラインも、
自然でいい。
コロン……。
紙くずが飛んできた。
何か書いてある。
『見すぎ!―廉―』
肩を竦める。
―――――
昼休みは、
涼は委員会の顧問とのミーティングで
席を外していた。
午後の部が始まった。
なんだか憂鬱だ。
休み時間、机に伏せながら
クラスメイトの往来を眺める。
廉と涼が
何やら楽しそうに話している。
時折、声を立てて笑う涼。
「おーい、快ー。」
廉が手を振る。
俺はプイッと顔を背けると
時計を見た。
机におでこを、コンコンとぶつける。
「部活の時間が迫ってくる……。」
涼の笑い声が、
少し離れたところで弾けた。
胸の奥が、
また変なふうにざわつく。
最悪だ。
今日も、走れる気がしない。
