朝顔の瞬き




涼の分析に従って
メニューをこなす日々。


快はひたすら涼との1VS1。

チームメイトたちには、
ラダーやコーンを使った
トレーニングが課された。

だが、
水を得た魚のような快とは対照的に、
一人、また一人と、
へたり込む。

涼は容赦なく、声をあげる。

「快はチームのスピードを知るべき。
 チームは快のテンポに慣れるべき!」


まずは、快とチームの
――ズレを埋める。

そのためのトレーニングが、
チームの日常となっていた。

「水分補給済んだらすぐ戻る!」

なかなかに
厳しいトレーナーだ。


―――――

監督が腕を組んで唸る。

「いいメンツ揃ってるのに、
3位に届かないんだよな。」

涼がさらっと言う。

「ゴリ押しでいけるのは、
 ――中学までですよ?」

監督が目を丸くする。

「そうなの!?」


涼は大きなまばたきをして
監督をチラッと見た。


「あの……監督って、
何のスポーツしてたんですか?」

「僕は地元散策部だよ。」
「地元……散策?とは?」
「まぁ、帰宅部みたいなものだな。」

「そうですか。」

――おい、おっさん、
間違いなく帰宅部じゃないか。



チームメイトとの
コンビネーション。

お互い噛み合わない。


「ちょっ……ちょっとタイム!」

グラウンド脇の芝に、
快が大の字に倒れ込む。

胸が大きく上下している。

「涼、お前、俺を殺す気か……。」

涼は腕時計を確認して、
ゆっくりと近づいた。

「よし、今日はここまで。」

快が片目だけ開ける。
「……マジ?」

「体力使い果たすトレーニングは
 役に立たない。効率が悪い。」

サッカー部一同、顔を見合せる。
「わーーい!」
素直に喜ぶ。



「よーし!帰るぞ!
 コミックの続きぃ!」

上機嫌の快のユニを、
涼が引っつかむ。

「お前は、今から期末の
 追い込みやるからな。
 お前のお母さんに頼まれてる。」

「そんなぁ……。」

「ほら、お前ん家行くぞ。」

―――――

「涼くん、
 いつもありがとうねぇ。
 手洗ったら
 軽食あるから持ってって。」

快の母が台所から顔を出す。

「ありがとう。
バカだけどよろしくね。」


「いえ…。」

軽く頭を下げる。


「ほら快、部屋行け。」

「ふん、漫画読んでからな!」

「後だ。行け。」

「やーだね。」



パコッ!

「いてっ!」

何かがポンと飛んできた。

――卵の空きパックだ。


「快!往生際の悪い子ね!
 ほら、行きなさい!」

「うるせ!」

相変わらず賑やかな親子だ。


―――――


机に向かう。

横から涼が問題を指さす。

「これ、さっきの応用。やってみ。」

「えーー、疲れた。」

「まだ30分だ。」

「漫画読みたい。」

涼が呆れた顔で立ち上がる。

コミックを手に取り、
表紙に目線を落とす。

「あぁ、新刊か。
 道理でしつこいわけだ。

 それ解いたら、な。」

「今、読みたい!
 読みたい!読みたい!
 今すぐ、読みたい!」

「コラ。」

涼が軽く手を振り上げる。

ポカ、と叩くはずの手。

その手首を、快が掴む。

ぐっと引き寄せられたと思うと


トンッ。

――軽く突き飛ばされる。

「……ぅわっ!」

バランスを崩し、
そのまま、
傍らのベッドへ倒れ込む。

「おい……何すんだ……えっ?」

素早く上から、
覆いかぶさる影。

両腕をベッドに押し付けられ
完全にロックされる。


「一本、取った!」

快はそう言って笑うと、
ぐいっと
涼に顔を近づけた。

「油断してんじゃねーよ。」

ニッ。
勝ち誇ったイタズラな笑み。


ほんっと――憎めない奴。

「呆れた奴だな、お前は。」




「――涼。」

「なんだよ。」

快の目に映った涼が、

微かに揺れている。


グッ…

唇が近づく。

涼が顔を背ける。

「待てって!なんでそうなる!?
 下にお母さんいるだろーが!」

「さっき買い物に出かけたし。
 なんか、キスしたい。」

背けた顔に、
快が回り込むように近づく。

素早く反対側に顔を背ける。

「コラ快、離せ。
 隠れてこういうのは良くない。」

「隠してねーし。親、知ってるし。」

涼の首筋に顔をうずめる。

「えっ?ちょっと待て。
 今、なんつった?
 おい!マジで待てって!」

涼は体を大きく捻り、
距離を取ろうとする。

腕に力を入れるが
快はびくともしない。

涼は渾身の声をあげた。

「おい!怒るぞ!
 ――まずちゃんと話せ!」

「……チッ!」

快はのそっと顔をあげ、
バツが悪そうに
涼の腕を離す。

涼は体の力を抜いた。


「快、順番が違うだろ?」


快の額の髪をかきあげ
その目をのぞき込む。

「ちゃんと話せよ。
 ――すごく大事な事だぞ。」

「お母さん――、
 最近いい顔してるねーって
 言ってきたから、
 恋人できたって話した。」

「うん。」

「どんな子なの?って聞かれたから、
 俺と同じくらいの背格好で
 超カッケー奴って言った。」

「お……おぅ。それで?」

「あー、なるほど。
 涼くんね?って言われたから、
 そうだよー、って……。」


だからさっき――

『バカだけどよろしくね。』

が、何となく気になったんだ。


「…うん。それで?」

「え?あー……
 お父さんからは一発殴られた。
 お母さんからは
 大切にしなかったら沈める
 って言われた。おわり。」

涼の胸が
ギュゥッと切なくなる。

俺は快を甘く見てた。
いや、甘えてたんだ。
もう少し、余韻を楽しみたくて。

順番が違うのは――俺だ。


「……お前、1人で無茶すんなよ。」


涼は手のひらで目を覆った。

その手首を快がつかむ。

「無茶じゃねーぞ。
 これは、俺がちゃんとすることだ。」

「だとしても。

 俺たちが男同士なのは、
 分かってるよな?

 ……下手すると、
 もう二度と会えなくなる。

 まだ、時代は追いついてない。」


「俺の親はそんなんじゃねぇよ。」


涼が安堵のため息をつく。

「そうか。分かった。
 とりあえず、ちょっと離せ。」

「嫌だ。離さない」

快の目が涼を捉えている。



耳元に、温かい呼吸がかかる。

首筋に柔らかい、
唇の感触。

つつ…っと

鎖骨まで

熱い吐息が滑っていく。


服の上から、

脇腹に触れる手。

ピクッ……
涼が僅かに身じろぐ。



「涼……好きだ。」

快が静かに唇を塞ぐ。


触れては、

離れる。

また触れる。


快の指が、涼の脇腹を撫でる。

ゆっくりと。

みぞおちと脇腹を

行き来する。

迷うような指先から、

『好きだ。』
『大切にしたい。』
『でも、触れたい。』

快の素直な気持ちが
伝わってくる。

その、声にならない言葉に、
脳の芯がふわふわする。

情報量の多さに、酔う。


多分、

これ、

俗に言う、

『幸せだ。』って感情だ。


「涼……。」
快の掠れた声が落ちてくる。

「ん?」

「俺、もっと触れたいし近づきたい。」

「うん。俺も同じこと考えてた。」

「お前と向き合いたいのに。
 我慢するのが辛い。」

「泥臭くていいじゃん。
 一緒にこれから考えよう。」


快の目が熱く潤む。
ゆらゆらと瞳が揺れている。

涼が快の頭を
両手で優しくつかむ。

手繰り寄せる。

顎をあげ、
快の額にそっとキスをする。


応えるように

快が涼の目を見つめる。

絡み合う視線。

抱きしめる。
頬に唇をそっと当てる。


どちらからともなく、
額をくっつけ合わせる。

快が低く落とす。
「……いいのか?」

その真剣な眼差しに
熱い何かが、
込み上げてくる。


涼の喉が、小さく動く。


「……聞くなよ。」



快の手が、
涼の頬を撫でる。

肩へと落ち、

鎖骨へと滑っていく。

唇が、そっと触れる。

一度。

確かめるように、

もう一度。


涼の喉が小さく上下する。


快の不器用なキスが、
俺を癒していくようだ。




――突然、快が固まる。

涼が眉を寄せる。

「なんだよ。」


快が顔をうずめたまま言う。


「俺ら男同士じゃん。」

「何を今更。」



「大変だ。どうやって続きやるんだ?」



涼が小さく息を吐いた。

「……お前ホント、バカ。」
低く落とす。

「…んっ!
 ――耳元で言うな!このバカ!」

ガバッ!!
快が勢いよく涼から離れた。

ベッドに突っ伏し、のたうち回る。

涼が呆れたように言う。

「バカの代名詞はお前にやるよ。
 このバカ。」

「うるせぇ!バーカ!バーカ!」



「ただいまー!」

なぜか息を潜める。

「快!外まで聞こえてるよ!
 バカバカうるさいよ、バカ息子!」


快が布団を抱きしめながら
身を縮める。
涼はササッと体を起こすと
身繕いをした。

快と涼、顔を見合わせる。

「なんだ快、そのバカ面。」

「お前こそ!」



俺たちは
これからも奮闘するんだろう。

絡まって絡まって、

朝顔の蔓のように伸びていくんだ。



――お互いの一番になりたくて。