朝顔の瞬き

「なぁ廉、俺さ、
 快って選手が気になるんだ。」


「さすがお目が高いな。
 まだしばらくうちにいるだろ?
 練習、観に来りゃいーじゃん。」



俺の日常が変わっていく。

体調のいい日を待っては、
フェンス越しに
快の練習を観に行く。

束の間の、高揚感。


日を追うごとに、
束の間じゃなくなり

観に行ける日が、
増えていった。


――気づけば、
数週間が過ぎていた。


快の動きは、
何度見ても無駄がない。

受ける前の視線。

踏み込み。

体の向き。

全部が、自然に繋がっている。


なのに、
周囲との歯車が合わない。


――もったいない。


その思いは、

俺の心に

熱く、色濃く
幾重にも焼き付いていく。





「俺、廉の高校に
 編入するって決めた。」

廉が吹き出す。

「ハハッ、やっと来たな。」


「え?」



「そうなるって思ってたし。」

軽くピース。

「叔父さん叔母さんにも
 そう言ってあるし、
 実は手続きも
 ほぼ済んでたりするし、
 制服届いてるし、
 いつでも登校できるし。」

ドヤ顔。



――トスン。

ソファにへたりこむ。

「……ハッ。驚いた。」
思わず笑う。
「さすが廉だな。」

ソファに身を預けて、
天井を仰ぐ。
「うちの親もすごいな。
 勝手に手続きするなよ。」

込み上げた笑いが
止まらない。



―――――



快が倒れた。
練習中の選手同士の接触。

よくあることだ。

足を押さえている。
そのまま、
練習から外れる。

……スパイクで踏まれたな。

軽く済んでも、
足の甲の骨挫傷あたりか。


――頑張れ。

折れるな、快。


グラウンドに背を向ける。
足早に部屋に戻る。

ノートを開く。
これまでの記録がある。

動きの癖。

改善点。

繋がらない理由。

全てを目に通す。

シャーペンを握る。

線と矢印が
ノートを埋めていく。



気づけば、
窓の外が白んでいる。

「えっ!何時だ!?」

時計の針は、
6時を指そうとしていた。

「……やっちまった!」

頭に手を当てる。
体が少し重い。

「朝日浴びるか。」

軽く上着を羽織り、
外に出る。


川沿いの遊歩道に、
差し掛かった。

朝焼けが広がっている。

水の流れる音。

草木の揺れる音。

「あ。昼顔咲いてる……。
 お前、早起きだな。」

目を細める。

遠くから、
人影が近づいてくる。

こっちに向かって、
猛スピードで走ってくる。


「あ……アイツ!」


――快だ!


―――――


快はボールを足元に落とし、
小さなリフティングを始めた。

そのまま、
少しずつ近づいてくる。

……怪我、治ったのか。
ホッとする。



トン。
トン。
トン……。
何か言ってる?

――何だ?

耳を澄ます。

「行く、行かない、行く、行かない……」
迷ってるのか?

「行く、行かない、行く、行かない……」

子供の頃にやった、
テスト中の鉛筆転がしを思い出す。

思わず、
笑いそうになる。

慌てて口を押さえる。



……近づいてくる。

はっとして、
ベンチに腰を下ろす。

目を閉じる。
寝たフリを決め込む。


足音が止まる。


―――――


練習に戻るのが怖い。

その感覚は、
痛いほど分かる。


でもお前――

ちゃんとウェア着てるじゃないか。



今の快に
伝えたいこと。

「……重心。」

寝言のように、
小さく落とした。


――聞こえただろうか。


気配が止まる。

空気が、わずかに変わる。

ゆっくりと、

ほのかな温度が近づく。




このとき、

俺は、
――初めて快の瞳に映ったんだ。