前世の記憶

「これで、終わりだね」
 僕の言葉を聞いた彼女は、ただひたすら僕に、感謝の言葉を唱え続けていた。
「陽、ありがとう。本当にありがとう。これで私は何も思い残すことはないよ」
「何思い残すことって? これから色々と一緒に探そうよ。もっと綺麗なものをさ」
「……うん。そうだね」
 言葉では肯定してくれてはいるものの、彼女が何故か乗り気でないことは分かった。僕はそんな彼女を見ていたくなくて、『また来年も来ようね』とか『次は何処に行く?』とか言いまくっていた。その度に彼女からは、気のない返事だけが返ってきていた。

 電車のダイヤ的に四日市まで帰ることが不可能だったので、僕の母方の祖母の家がある尾鷲駅で降りることにした。
 長らく訪れていないので、連絡も入れずにいきなり家に行くのは現実的ではなかったので、ひとまず多少なりとも土地勘のある場所で時間を潰そうという話になった。
「確か、何軒かファミレスがあったはずなんだよ。まあ最悪、おばあちゃんちに泊めさせてもらおう」
「陽、その辺り結構逞しいよね」
 彼女はそう言いながら笑っていた。彼女に笑顔が戻ってきたことが、僕は嬉しかった。

 駅を出て朧げな記憶で街の方に向かって歩くと、ファミレスが一軒見えた。ありがたいことに24時間営業で、始発までの居場所を確保できた。
 ちょっとしたサイドメニューとドリンクバーを頼んだら、花火大会のことについて改めて語り合った。
「花火、めっちゃ良かったよね。俺、久しぶりだったからさ、感激したよ」
「私も、あんな凄い花火初めて見た。本当に連れてきてくれてありがとう」
「礼を言うのはこっちの方だよ。葵がいなきゃ今年も来ることはなかったし、多分来年も再来年も行くことはなかったと思う」
 同じようなことを話しているにも関わらず、花火大会の最中とは明らかに違う。会話に血が通っていないこの感触。彼女以外の人間と話している時によく実感していた感触だ。
 その感触を払拭したくて、僕は下手くそな会話を強引に続ける。彼女は決して僕の話を否定しているわけじゃないのに、会話が一方通行な感じがする。僕は何か大きなものを失おうとしている気がしていた。その予感が頭の中にこびり付いて、どう頑張っても消え去ってくれない。
 随分と長い時間、僕は空回りし続けていたと思う。彼女の気に障るようなことをした記憶はない。だけど、話しても話してもどんどん彼女が遠くに行ってしまっている気がする。それでも僕は、そんな自分の不安を掻き消すように、言葉を紡ぎ続けた。