前世の記憶

 これは、今から20年以上前の話だ。
 不思議な女と出会った。その女は、僕に猛烈な記憶だけ刻み込んで、忽然と姿を消してしまった。
 あれは、まるで火傷みたいな恋だった。

 当時は今に比べて法律も世論の目もガバガバで、15歳の僕がクラブに出入りすることも容易だった。クラブといってもお姉さんが密に接客してくれる方のクラブではない。音楽に合わせて踊る方のクラブだ。入場券の付属としてドリンクを一杯だけ飲むことができる。ドリンクは種類はさして多くはないものの、ノンアルコール飲料とアルコール飲料を選ぶことができた。僕は当たり前のように、いつもアルコール飲料を選んでいた。
 有名アミューズメントパークほど健全ではないが、僕にとってはつまらない日常を忘れさせてくれる夢の空間だった。いつものように自分より少し年上の酔っ払いたちに混じって、体でリズムを刻む。流れている音楽の曲名もアーティスト名も全く不明だったが、中々センスの良い選曲をしていた。
 まやかしでしかない時間。日常からの逃げ。自分でもそれは分かっていた。だけど、こんな陳腐な非日常に縋るしかないぐらい、当時の僕は荒んでしまっていた。
「おい少年、あんた未成年だろ! こんな所で何してるんだ?」
 フロアテーブルの椅子に一人で腰掛けていた女性が、突然話しかけてきた。自分より少し年上に見える女性は、分かりやすいぐらいに出来上がっていた。
「俺よりは年上っぽいけど、あんたも未成年に見えるけど?」
「おっ! 御名答。私もまだ18だから未成年だな」
 当時は成人年齢は20歳からと法で定められていた。この年頃の3歳差はそれなりに大きいが、僕たちは未成年という同じカテゴリーに属していた。そして、平気で深夜徘徊と飲酒という条例や法に背く同志でもあった。
「なんでそんなに酔っ払ってるの? ワンドリンクの酔い方じゃねーな」
「ワンドリンクなんかで止まるほど私は健全ではないのだよ」
 特に彼女に興味を抱いたわけではないのだが、彼女の向かいの椅子に座った。
「おっ! 可愛いお姉さんとお喋りしにきたのか?」
「自分で可愛いとか言っちゃうんだ?」
「誰も言ってくれないから自分で言うしかないだろう?」
「何それ? めっちゃ面白いじゃん!」
 僕の様子を見た彼女は、顔をぐっとこちらに近寄せて、僕の目をジッと見つめてきた。こんなに誰かの視線を独占したのは、生まれて初めてかもしれない。
「あの……何?」
「いやいやごめん。君って、百点満点の笑顔を持ってるんだね! 正直、驚いた」
「何それ? 百点満点の笑顔って」
「人ってさ、私も含めてだけど、色んなものを作ってしまうんだよね。言葉も態度も笑顔も。きっと生まれてきたばっかりの頃はみんな持ってるものを年を重ねる毎に失っちゃってるんだよね。でも、君は失ってない。だから驚いた」
「……なんか褒めてくれてるっぽいからありがとうなんだけど、よく分からないな。俺はあんたが面白かったから笑っただけだよ」
(あおい)!」
「えっ?」
「私の名前。君の名前は?」
「えっと、(ひなた)だけど……」
「よしっ、じゃあ陽って呼ぶね。私のことも葵って呼んで!」
 掴みどころのない彼女のペースに翻弄される。気付けば店内にうるさい程流れている音楽よりも、彼女の放つ音に聞き耳を立ててしまっていた。

 これが、彼女との最初の出会いだった。