悪夢みたいな恋だった


 藤村陸斗。彼が何者か、その断片を明らかにしたのはSNSだった。
 私は有名なSNSのほとんどにアカウントを持っている。
 同年代の女子の大半と同じように。

 その一つのアカウント。
 そのおすすめ欄に、共通の友人がいない謎のアカウントを見かけたことがきっかけだった。

「これ誰だろう?」

 導かれるように飛んだプロフィール。
 全く知らない名前に首を傾げながら、その人の投稿をスクロールする。
 するとそこにあったのは陸斗が昔、私に送った風景の写真だった。

「えっ……陸斗!?」

 もう一度プロフィールを確認する。
 でもやはり、名字も名前も私の知っている彼の名じゃない。
 不安な気持ちに胸を焼かれながら、私はそのアカウントの投稿を一つ一つ確認した。

 その一つに、彼の写真があった。
 飲み会の写真だろうか。全員年代がバラバラなことから同僚と撮った写真かもしれない。
 コメント欄には私の知らない名前で彼のことを呼ぶ赤の他人のメッセージ。

 どういうこと……?
 登録された勤務地は、彼の住んでいた場所とも、私の住んでいる場所とも違う。
 400キロほど離れた遠い県が、彼の勤務地として登録されていた。

 そして、彼が心臓病の手術をしたその二ヶ月後。

『明日は初めてのフルマラソン! 緊張するぅ〜!』

 遥か遠い地で、彼はフルマラソンに挑戦していた。
 頭の中には『?』マークしか浮かばない。
 でも一つだけわかる。
 命を懸けるような心臓手術を終えた人間が、わずか二ヶ月でフルマラソンに挑戦するなんて不可能だ。

 彼は。藤村陸斗は。
 ――名前も。
 ――仕事も。
 ――住んでいる場所も。
 ――家族構成も。
 ――病気も。

 全て嘘で固められた架空の人物だった。

 では、一切の繋がりがない彼のアカウントが、何故私のおすすめに上がったのか。
 
 全ての嘘を暴ききった私への、病的な執着の現れか。
 あるいは、ネットの海が導いた単なる偶然の悪戯か。
 
 それは結局、今も分からないままだ。

 私は大学を卒業し、無事就職を果たした。
 実家からも離れ、今は同じ県内ではあるが小さなマンションで一人暮らしをしている。

 あの一連の出来事で、男性への警戒値が極限にまで上がった私に今も彼氏はいない。
 でも、ほどよく満たされた充実した日々があの悪夢みたいな恋を静かに上書きしていった。

 仕事終わり。オートロックの扉を潜り、二階にある小さな私のお城に帰る。
 手にはコンビニで買った今日の夕食。
 映画か、途中まで見たドラマの続きか、どちらを見ながら食べようかと悩みながら鍵を回すと、カチャリとも言わぬまま、虚しく空転した。

「あれ……? もしかして閉め忘れてた?」

 初めての一人暮らし。寝坊した日は稀にこんなことがある。
 自分に呆れながら、扉を開ける。
 心の中でただいまを言った私に、返答があった。

「おかえり」

 ケーキのように甘くて優しい声が、忘れかけた記憶を呼び起こす。
 
 真っ暗な部屋の中。
 あの悪夢の続きが、私の視線の先に立っていた――

 悪夢はまだ終わらない。
 
 

 了