あの出会いからしばらく経って付き合い始めた私達。
付き合いは順調だった。
20歳の私に対して、陸斗は23歳。
思ったより老けてるな? そんな一瞬の感想も「若い時に老けている人は歳を取っても若々しい」なんて都合よく変換される。
恋愛脳に侵された私には無問題だった。
陸斗との会話は楽しい。デザイナーという未知の世界で働く彼は、会話の話題も豊富で尊敬できた。
私の弱音も愚痴も全て受け止めてくれる包容力もある。
デートの時はいつも陸斗が車を出してくれたし、外食時の支払いも彼持ち。
これまで付き合った男性が「浮気男」と「ヒモ大学生」の二人しかいなかった私にとって、陸斗は理想以上の彼氏だった。
「ちょっと。お姉ちゃんさ、スマホ見てニヤニヤするのやめてくれる?」
時刻は深夜零時間際。陸斗とのメッセージのやり取りの最中、顔を上げると妹の結衣がソファーから私を睨みつけていた。
友人の前では決してできない「彼氏がいて幸せアピール」も、妹に対してなら遠慮はいらない。
私は高鳴る心のままに、勝ち誇った笑顔を向けた。
「別にいいじゃん。幸せなんだから」
「だるっ。社会人の彼氏ができたからって調子に乗りすぎ!」
「だって悪いところが見つからないんだもん」
「最初だけだって。そんなの」
普段なら、逆撫でされた感情のままぶっきらぼうに言い返すところだ。
でも、頭に幸せの花が咲き誇っている状態の私は〝可愛い妹の嫉妬〟として受け流せる。
私は結衣の隣に腰を下ろして、陸斗とのトーク画面を無理矢理押し付けるように見せつけた。
「ほら見てよ。これ、陸斗が今年の夏用にデザインした服なんだって。可愛くない?」
「ええ? 全然好みじゃないんだけど……」
結衣に見せたのは、正面から撮影された夏用のワンピースの画像。
エスニック風で確かに私の好みとも違うけれど、そんなことはどうでもいい。
大切なのは、「私の彼氏がデザインした服」という一点だ。
好みじゃないと一刀両断したはずの結衣は、ふと何かに気づいたように私の手からスマホを取り上げた。
陸斗から送られてきた画像を拡大し、「あれ?」と声を上げる。
「お姉ちゃん、なんかここにロゴが入ってるんだけど……これ何?」
「ロゴ?」
結衣の手元に渡ったスマホを覗き込むと、画面の右下に小さくロゴが入っている。
イラストレーターや絵師と呼ばれる人々がいれる署名みたいなものだろうか。
でも、出会った時にもらった名刺。その会社名と違う。
ざわりと胸に嫌な予感が走った。
「お姉ちゃん。ちょっと見てこれ。その服、去年販売されてるんだけど」
結衣が私に差し出したのは、とある通販サイトの商品情報だった。そこには陸斗が私に送ってきた夏用のワンピースと全く同じものが載っている。
「お姉ちゃん、騙されてるんじゃないの?」
「えっ……」
そんなはずない。
だって、今さっき完成したばかりのワンピースだ。
陸斗はこのワンピースのために、毎日深夜遅くまで働いていると言っていた。
どんなに夜遅くても「今、仕事が終わったよ」と毎晩連絡だってくれる。
「ごめん、ちょっと……聞いてみる」
私は結衣からスマホを受け取って、すぐに陸斗にメッセージを送った。
電話できなかったのは、陸斗がまだ仕事中だったから。
こんな時間まで事務所で作業を頑張る彼に、突然電話をかける彼女になんてなれない。
『仕事中にごめんね。妹が、そのワンピースを通販サイトで見たって言ってるんだけど……』
結衣が見つけたサイトのURLを添付して陸斗に送信する。
送ったメッセージにはすぐに既読がついた。
結衣と二人で頭を突き合わせながら、陸斗の返信をじっと待つ。
『ごめん、ちょっとまずいことになった』
返ってきたのは、この短いメッセージが一つだけ。
どうしたのかと尋ねても、その後陸斗から返信はなかった。
♦︎ ♦︎ ♦︎
「麻衣、俺デザイナーできなくなった」
次の日。沈黙し続けた陸斗から連絡が返ってきたのは夕方のことだった。
スピーカー越しに聞こえるのは酷く深刻な陸斗の声。
昨日感じた胸のざわめきよりも、心配が勝ってしまう。
「えっ……どうしたの? 何があったの?」
「それがさ……部下が通販サイトから勝手に盗作してたんだ。商品ページの写真も勝手に使ってさ」
陸斗は、疲れ切った声であの後の話を語った。
彼の下で働いていた後輩が、独断で他社の商品写真もデザインも盗作していた。危うく盗作した商品を世に出す直前、私からのメッセージで不正が発覚したのだという。
「麻衣が俺の彼女で良かった。俺が責任をとって辞めることで何とか丸く収まったけど、危うく裁判になる所だったよ。会社そのものが潰れていたかも。だから、ありがとう」
その言葉に、私の胸は苦しくなった。
盗作したのは後輩だ。明らかな犯罪行為。その責任を陸斗が取る必要なんてないんじゃないか。
陸斗は感謝してくれたけど、こんなことになるのならメッセージを送るべきじゃなかったんじゃないか。
どうして、深夜まで努力し続けていた陸斗が犠牲にならなきゃいけないの?
そんな想いが胸を焦がす。
「すぐに次の仕事探すね。少し心配かけるけど、俺……頑張るから」
「うん……ちゃんと応援してるから」
どこまで優しく、強い人なんだろう。
応援しかできない自分がもどかしい。
付き合ってから、さらに恋に落とされた。そんな気持ちだった。
――これが、どんな事も都合のいいように曲解し相手を見てしまう「恋愛脳」の恐ろしさである。
私は、あの一瞬の胸騒ぎを放置してはいけなかった。
陸斗は一ヶ月も経たないうちに、知り合い経由で新しい仕事を探してきた。
医療機器メーカーの営業職。
久しぶりのデートで会社のパンフレットを見せてもらった私は、感嘆の息を吐いた。
「こんな難そうな機器を扱うの? 私……これ読んだだけじゃ何が何だか……」
「まぁ、俺も医療の事なんて何も分からないけれど、こればかりは覚えるしかないからさ。麻衣のために頑張るよ。毎日勉強漬けはちょっと辛いけど」
キュン。そんな音が心臓から聞こえた気がした。陸斗は苦笑いを浮かべながらも私に甘えてくる。
彼ならどんな仕事だってこなせる。
そう思えてしまうくらいには、彼に私は惚れ込んでいた。
