悪夢みたいな恋だった


「おかえり」

 真っ暗な私の部屋で、彼は静かに微笑んでいた。
 その笑顔を見た瞬間、彼と過ごした甘い日々と、悪夢のような時間が一気に蘇る。

 これは、私の悪夢のような恋のお話――

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「ねえ、良かったら一緒に飲まない?」

 居酒屋で偶然隣り合った席。
 それが彼との始まりだった。
 清潔感のある短髪。私より三十センチ以上高い身長。塩顔男子の名を欲しいままにするビジュアル。

 彼氏もおらず、塩顔男子が好みの私。ましてや二軒目で、程よくアルコールも回っているとなれば、断る理由を探す方が難しい。
 
 向かいの席にいる友人に視線を送ると、彼女は「賛成します」に一票を投じた。この一票は声に出されない。これは女子だけが視線のみで送り合える無言の特殊コミュニケーションだ。

「えっ……まぁ、いいですよ?」

 つい上から目線な返事をしてしまったが、内心はガッツポーズだった。
 こちらは女子大に通う二人組。学内での恋愛に全くの期待が持てない私達にとって、異性との出会いはいくらあってもいい。

 塩顔男子は彼の友人と共にいそいそとテーブルを私達の席へと移動させた。
 即席合コンの完成である。
 
「俺、藤村陸斗。デザイナーなんだ」

 財布へ伸びた長い指先。
 そこから取り出されたのは、役職名の書かれた名刺だった。
 
 高身長、塩顔イケメンに追加される高級食材。
 霜降りステーキの上にトリュフを添えたような、贅沢な盛り合わせ。
 テンションの急激な上昇を悟られないよう「そうなんだ!」と軽く受け流す。
 自然と上がる口角。今更だが、メイク崩れや髪型なんかが気になり始める。

「私は市原麻衣。大学生」

「学生なんだ? いいねぇ、どこの大学?」

 一目で惚れるのは一目惚れ。じゃあ、合コン等に参加すると稀に経験する、あの現象の名前は何というのだろうか。

 惚れてはいない。
 でも、なんかいいな。
 私達、将来付き合いそう……
 ファーストコンタクトで自然と通じ合うあの感じ。

 即席合コンは予想以上に楽しかった。
 そしてそろそろ終電間際の時間に差し掛かり、合コンはお開きになる。無理に終電を逃させるような素振りもなく、彼の印象は右肩上がりになる一方だ。
 そしてレジに向かうとすでに支払われていたお会計。
 こんな経験をしたことなんて今まで一度もなかった。
 
 店外に出た後、お金を返すのも断られる。
 しおらしく「ありがとう」と礼を述べると、彼は互いの友人達から少し距離を空け、私の耳元に囁いた。

「ねぇ、今度は二人で会える?」
 
 私の悪夢みたいな恋は、そんな出会いから始まった。