◯桂嶽家__本邸__総会会場
ざわめきの収まらない総会会場。
天嶺は來子を抱いたまま縁側から部屋へと入っていく。
人と目を合わせることを禁じられ、さらに容姿を醜いと刷り込まれ続けてきた來子、ただ自分の手を見つめ続ける。
着飾った娘たちは來子へ鋭い視線を向けるが、天嶺に面と向かって異を唱える者は分家どころか本家の中にも現れない。
部屋の奥から奥様の悲鳴を聞きつけて現れた美椿と凰蓮が、驚愕の眼差しで來子を見つめている。
天嶺「異議がなければ…」
解散を命じようとした天嶺。
しかし、その言葉を遮るように本家の老人が一人、声を上げる。
老人「前世の因縁を、見つけられたのですか」
老人は來子を見る。
天嶺は答えない。だが、その沈黙を肯定と受け取ったのか、老人は深く頷く。
老人「しかと、聞き入れましたぞ」
その瞬間、未知の力が練り上げられる気配に來子、身体を震わせる。
老人の姿は黒い濃霧となって消えていく。
すると本家の人間たちもそれに続くように次々と姿を消していく。
残された分家の者たちは唖然とする者、悔しそうに顔を歪める者など、さまざまな反応を見せる。
來子(私が──後醍院天嶺さまの花嫁)
來子(……っ、そんなの、何かの間違い)
來子(だって私は、呪力も持たない〝無能〟)
來子(受け入れられるはずがない)
來子「あま──」
來子が顔を上げ、天嶺を呼ぼうと声を漏らした、その瞬間。
奥様のかなきり声が響く。
奥様「來子ッ!!」
奥様「お前、どういうつもりだい⁉」
天嶺に抱えられていなければ、今すぐ呪術で罰を与えられていただろうと思わせる剣幕。
來子はとっさに頭を抱え、天嶺の胸元へ身を寄せる。眉をひそめる天嶺。
奥様「なんてことを! ああっ離れなさい!」
奥様「天嶺さま、申し訳ございません。その子は桂嶽家の汚点にございます」
奥様「どうか、どうか、その辺に投げ捨てくださいませ」
奥様「あなたも! この身の程知らずな娘を、どうにかしてください!」
大騒ぎする奥様。
一方、來子の父はあえて別の方を見て、どうにかその場をやり過ごそうとしている。
そうこうしているうち美椿と凰蓮が奥様の隣までやってくる。
美椿「あ、アンタっ、どんな汚い手を使って…」
わなわなと怒りに震える美椿。
天嶺「お前の家族は、ずいぶんにぎやかなのだな」
冷笑され、來子は恥ずかしさで身を縮こまらせる。
すると天嶺、そっと來子を畳の上へ下ろそうとする。
その気配に気づいた來子は、たちまち絶望的な気持ちになる。
來子(やっぱり、何かの手違いだった)
來子(ああ、怖い)
來子(私はこのあと、どんな罰を受けることになるのかしら…)
畳に下ろされると、來子はそのまま膝をつき座り込んでしまう。
恐怖と絶望のあまり立ち上がれずにいると、さっと寄り添ってきたのは美椿。
びくっと、來子の身体が跳ねる。
美椿「さあ、お姉ちゃん」
美椿「部屋まで私が連れていってあげるわ」
來子を覗き込む美椿の表情を見て、來子は死に近いものを覚悟する。
掴まれた腕に爪が食い込み、そのまま力づくで引き起こされる。
うまく息ができず、ふらりと倒れかけた瞬間、凰蓮に抱き留められる。
來子(あっ…)
すぐに離れなければと思ったが、凰蓮は來子の肩を抱いたまま手の力を緩めない。
顔を上げられない來子、凰蓮は目を見開き、熱を帯びたような視線で來子を見つめている。
すると次の瞬間、天嶺が凰蓮の腕を掴み、ひねり上げる。
來子の身体は再び天嶺の腕の中に収まった。
天嶺「俺の花嫁に、触れないでもらおうか」
來子(花嫁…間違いじゃなかったの?)
その瞬間、凰蓮は口元を一瞬歪ませ天嶺の手を振り払う。
凰蓮「申し訳ございません…ただ、私は彼女を支えようとしただけで」
天嶺「その役目は、俺一人で十分だ」
天嶺「部外者は引っ込んでいろ」
二人の間に張り詰めた空気が走り、ただならぬ因縁を感じさせる。
凰蓮は一歩下がると頭を下げ、そのまま部屋を出ていく。
美椿も慌ててその背を追いかけていく。
天嶺「來子、荷物をまとめて来い」
天嶺「その様子では風呂敷ひとつで足りそうだがな」
天嶺は冷たく來子に告げる。
來子(本当に、私が天嶺さまの花嫁に…?)
來子(この家から抜け出せると、期待してしまってもいいの?)
天嶺「俺は桂嶽当主と話をつけるが、すぐに終わる。それまでに準備をしておけ」
來子「は、はいっ」
奥様「いけません!」
天嶺「この件に関して、分家が口を挟む余地はない」
天嶺は冷たく桂嶽の人間の声を無視する。
すると天嶺は、何かを小さく呟きながら、來子の肩に触れる。
天嶺「……猫をつける」
來子(猫? 使役する式神のこと…?)
しかし呪力は感じない。
天嶺「何かあれば、俺を呼べ」
背を押され、來子はこくこくと頷く。
そして、自分の部屋へ向かって歩き出す。
◯桂嶽家_凰蓮の部屋
凰蓮「なんということだ!」
頭をかきむしり不敵な笑みを浮かべる凰蓮。
來子に触れたまま天嶺に腕をひねり上げられた瞬間、前世の記憶が頭の中になだれ込んできた。
(記憶)
寄り添い合う天嶺と來子に呪いをかける自分の姿。
皿に張った水の上に浮かぶ情景を覗き込み、來子が天嶺の胸に短刀を突き刺す場面を見つめる自分の姿。
血まみれになって茫然とする來子に口づける自分の姿。
(記憶終わり)
凰蓮「あはははははっ」
美椿「凰蓮さま…?」
唐突に笑い出し、部屋の中を行ったり来たりする凰蓮。
その異様な様子を美椿が呆然と見つめている。
凰蓮(思い出した、思い出したぞ!)
凰蓮(私の愛しい來子…)
凰蓮(今世こそは、身も心もすべて私のものにしてやる)
部屋を出ようとしたところを、美椿に腕を掴まれる。
美椿「凰蓮さま、どちらに…?」
凰蓮「触るな」
美椿「え…?」
凰蓮「どうして私は、お前などと婚約したのだろうな」
凰蓮「お前では私の欲を満たすことなどできない」
凰蓮「來子でなくてはな」
凰蓮、そのまま部屋を出ていく。
振り払われた美椿は両頬に爪を立てながら、唸るような声を上げる。
美椿「なによ、なによ、どういうことなのよ!」
美椿「うぁああああああっ、私の方が、私の方がっ」
美椿「…………絶対に許さない」
◯桂嶽家_物置部屋
自室へ戻った來子は部屋の中を見渡す。
物らしい物もほとんどない、狭い空間。
來子(夢、なのかしら…)
來子(この部屋にも、もう本当に戻らなくていいの?)
冬になれば隙間風が吹き抜け、夏は熱がこもって虫が出る。
大雨が降れば、雨漏りさえする。
そんな暮らしを思い出す。
來子(この部屋に入れられたのは七歳になった日)
來子(泣いても、縋っても、ここから出してもらえなかった…)
來子、つらい記憶を押し込めるように目を閉じ、深呼吸してから風呂敷を取り出す。
來子(この風呂敷は、お母さまが桂嶽家に嫁いだときに持参したものだと聞いた)
來子(私はこの風呂敷と一緒に、この家を出ることになるのね)
來子(お母さまは…この家で幸せだったことが一度でもあったのかしら)
來子(私なんかを生んだせいで不幸になった?)
あっという間に荷物を包み終える來子。
風呂敷の中身はぼろぼろの着物が三着と櫛などの少ない小物だけ。
來子が風呂敷を抱えて立ち上がり、部屋に一礼した、その瞬間。
背後には、うつろな目をした美椿が立っている。
來子、振り返った瞬間、腹を蹴り飛ばされる。
もだえ苦しむ來子に美椿は馬乗りになると、そのまま殴りつけ始める。
美椿「一体、どんな汚い手を使った⁉」
美椿「天嶺さまに取り入っただけじゃなく、凰蓮さまにまで色目を使って!」
來子(…なんのこと?)
來子「み、美椿ちゃ…」
美椿「黙れ、黙れ!」
來子「いたっ」
美椿「…っ、アンタ、今、私の目を見たわね⁉」
バチン、と一際強く頬を打たれ、頭がくらくらする。
朦朧としていると、荒い息を吐いていた美椿がにたりと笑う。
美椿「ああ、もしかして…身体を使ったの?」
來子「え…?」
美椿「へえ…まあアンタなら、いつかやるんじゃないかって思ってたわよ」
美椿は來子の胸元を掴み、來子が唖然とする間に一気に着物をはだけさせた。
[2話終]
ざわめきの収まらない総会会場。
天嶺は來子を抱いたまま縁側から部屋へと入っていく。
人と目を合わせることを禁じられ、さらに容姿を醜いと刷り込まれ続けてきた來子、ただ自分の手を見つめ続ける。
着飾った娘たちは來子へ鋭い視線を向けるが、天嶺に面と向かって異を唱える者は分家どころか本家の中にも現れない。
部屋の奥から奥様の悲鳴を聞きつけて現れた美椿と凰蓮が、驚愕の眼差しで來子を見つめている。
天嶺「異議がなければ…」
解散を命じようとした天嶺。
しかし、その言葉を遮るように本家の老人が一人、声を上げる。
老人「前世の因縁を、見つけられたのですか」
老人は來子を見る。
天嶺は答えない。だが、その沈黙を肯定と受け取ったのか、老人は深く頷く。
老人「しかと、聞き入れましたぞ」
その瞬間、未知の力が練り上げられる気配に來子、身体を震わせる。
老人の姿は黒い濃霧となって消えていく。
すると本家の人間たちもそれに続くように次々と姿を消していく。
残された分家の者たちは唖然とする者、悔しそうに顔を歪める者など、さまざまな反応を見せる。
來子(私が──後醍院天嶺さまの花嫁)
來子(……っ、そんなの、何かの間違い)
來子(だって私は、呪力も持たない〝無能〟)
來子(受け入れられるはずがない)
來子「あま──」
來子が顔を上げ、天嶺を呼ぼうと声を漏らした、その瞬間。
奥様のかなきり声が響く。
奥様「來子ッ!!」
奥様「お前、どういうつもりだい⁉」
天嶺に抱えられていなければ、今すぐ呪術で罰を与えられていただろうと思わせる剣幕。
來子はとっさに頭を抱え、天嶺の胸元へ身を寄せる。眉をひそめる天嶺。
奥様「なんてことを! ああっ離れなさい!」
奥様「天嶺さま、申し訳ございません。その子は桂嶽家の汚点にございます」
奥様「どうか、どうか、その辺に投げ捨てくださいませ」
奥様「あなたも! この身の程知らずな娘を、どうにかしてください!」
大騒ぎする奥様。
一方、來子の父はあえて別の方を見て、どうにかその場をやり過ごそうとしている。
そうこうしているうち美椿と凰蓮が奥様の隣までやってくる。
美椿「あ、アンタっ、どんな汚い手を使って…」
わなわなと怒りに震える美椿。
天嶺「お前の家族は、ずいぶんにぎやかなのだな」
冷笑され、來子は恥ずかしさで身を縮こまらせる。
すると天嶺、そっと來子を畳の上へ下ろそうとする。
その気配に気づいた來子は、たちまち絶望的な気持ちになる。
來子(やっぱり、何かの手違いだった)
來子(ああ、怖い)
來子(私はこのあと、どんな罰を受けることになるのかしら…)
畳に下ろされると、來子はそのまま膝をつき座り込んでしまう。
恐怖と絶望のあまり立ち上がれずにいると、さっと寄り添ってきたのは美椿。
びくっと、來子の身体が跳ねる。
美椿「さあ、お姉ちゃん」
美椿「部屋まで私が連れていってあげるわ」
來子を覗き込む美椿の表情を見て、來子は死に近いものを覚悟する。
掴まれた腕に爪が食い込み、そのまま力づくで引き起こされる。
うまく息ができず、ふらりと倒れかけた瞬間、凰蓮に抱き留められる。
來子(あっ…)
すぐに離れなければと思ったが、凰蓮は來子の肩を抱いたまま手の力を緩めない。
顔を上げられない來子、凰蓮は目を見開き、熱を帯びたような視線で來子を見つめている。
すると次の瞬間、天嶺が凰蓮の腕を掴み、ひねり上げる。
來子の身体は再び天嶺の腕の中に収まった。
天嶺「俺の花嫁に、触れないでもらおうか」
來子(花嫁…間違いじゃなかったの?)
その瞬間、凰蓮は口元を一瞬歪ませ天嶺の手を振り払う。
凰蓮「申し訳ございません…ただ、私は彼女を支えようとしただけで」
天嶺「その役目は、俺一人で十分だ」
天嶺「部外者は引っ込んでいろ」
二人の間に張り詰めた空気が走り、ただならぬ因縁を感じさせる。
凰蓮は一歩下がると頭を下げ、そのまま部屋を出ていく。
美椿も慌ててその背を追いかけていく。
天嶺「來子、荷物をまとめて来い」
天嶺「その様子では風呂敷ひとつで足りそうだがな」
天嶺は冷たく來子に告げる。
來子(本当に、私が天嶺さまの花嫁に…?)
來子(この家から抜け出せると、期待してしまってもいいの?)
天嶺「俺は桂嶽当主と話をつけるが、すぐに終わる。それまでに準備をしておけ」
來子「は、はいっ」
奥様「いけません!」
天嶺「この件に関して、分家が口を挟む余地はない」
天嶺は冷たく桂嶽の人間の声を無視する。
すると天嶺は、何かを小さく呟きながら、來子の肩に触れる。
天嶺「……猫をつける」
來子(猫? 使役する式神のこと…?)
しかし呪力は感じない。
天嶺「何かあれば、俺を呼べ」
背を押され、來子はこくこくと頷く。
そして、自分の部屋へ向かって歩き出す。
◯桂嶽家_凰蓮の部屋
凰蓮「なんということだ!」
頭をかきむしり不敵な笑みを浮かべる凰蓮。
來子に触れたまま天嶺に腕をひねり上げられた瞬間、前世の記憶が頭の中になだれ込んできた。
(記憶)
寄り添い合う天嶺と來子に呪いをかける自分の姿。
皿に張った水の上に浮かぶ情景を覗き込み、來子が天嶺の胸に短刀を突き刺す場面を見つめる自分の姿。
血まみれになって茫然とする來子に口づける自分の姿。
(記憶終わり)
凰蓮「あはははははっ」
美椿「凰蓮さま…?」
唐突に笑い出し、部屋の中を行ったり来たりする凰蓮。
その異様な様子を美椿が呆然と見つめている。
凰蓮(思い出した、思い出したぞ!)
凰蓮(私の愛しい來子…)
凰蓮(今世こそは、身も心もすべて私のものにしてやる)
部屋を出ようとしたところを、美椿に腕を掴まれる。
美椿「凰蓮さま、どちらに…?」
凰蓮「触るな」
美椿「え…?」
凰蓮「どうして私は、お前などと婚約したのだろうな」
凰蓮「お前では私の欲を満たすことなどできない」
凰蓮「來子でなくてはな」
凰蓮、そのまま部屋を出ていく。
振り払われた美椿は両頬に爪を立てながら、唸るような声を上げる。
美椿「なによ、なによ、どういうことなのよ!」
美椿「うぁああああああっ、私の方が、私の方がっ」
美椿「…………絶対に許さない」
◯桂嶽家_物置部屋
自室へ戻った來子は部屋の中を見渡す。
物らしい物もほとんどない、狭い空間。
來子(夢、なのかしら…)
來子(この部屋にも、もう本当に戻らなくていいの?)
冬になれば隙間風が吹き抜け、夏は熱がこもって虫が出る。
大雨が降れば、雨漏りさえする。
そんな暮らしを思い出す。
來子(この部屋に入れられたのは七歳になった日)
來子(泣いても、縋っても、ここから出してもらえなかった…)
來子、つらい記憶を押し込めるように目を閉じ、深呼吸してから風呂敷を取り出す。
來子(この風呂敷は、お母さまが桂嶽家に嫁いだときに持参したものだと聞いた)
來子(私はこの風呂敷と一緒に、この家を出ることになるのね)
來子(お母さまは…この家で幸せだったことが一度でもあったのかしら)
來子(私なんかを生んだせいで不幸になった?)
あっという間に荷物を包み終える來子。
風呂敷の中身はぼろぼろの着物が三着と櫛などの少ない小物だけ。
來子が風呂敷を抱えて立ち上がり、部屋に一礼した、その瞬間。
背後には、うつろな目をした美椿が立っている。
來子、振り返った瞬間、腹を蹴り飛ばされる。
もだえ苦しむ來子に美椿は馬乗りになると、そのまま殴りつけ始める。
美椿「一体、どんな汚い手を使った⁉」
美椿「天嶺さまに取り入っただけじゃなく、凰蓮さまにまで色目を使って!」
來子(…なんのこと?)
來子「み、美椿ちゃ…」
美椿「黙れ、黙れ!」
來子「いたっ」
美椿「…っ、アンタ、今、私の目を見たわね⁉」
バチン、と一際強く頬を打たれ、頭がくらくらする。
朦朧としていると、荒い息を吐いていた美椿がにたりと笑う。
美椿「ああ、もしかして…身体を使ったの?」
來子「え…?」
美椿「へえ…まあアンタなら、いつかやるんじゃないかって思ってたわよ」
美椿は來子の胸元を掴み、來子が唖然とする間に一気に着物をはだけさせた。
[2話終]
