宿縁の花嫁

<冒頭>

◯前世・二百年前

天嶺(あまね)の上にまたがるような体勢で、天嶺の胸に短刀を突き刺し、項垂れている來子(きこ)
來子の長い髪に遮られ、二人の表情は見えない。

【二度と、同じ悲劇を繰り返さないために──】


<冒頭ここまで。以下、本編>


桂嶽(かつらだけ)家(武家屋敷のような造り)_台所

忙しなく動き回る割烹着姿の使用人たち。
その中で奥様と呼ばれる上等な着物をまとったきつい顔立ちの女が、苛立たしげに指示を飛ばしている。

奥様「手が空いた者から、魚の下ごしらえに入って」
奥様「明日は五十年ぶりに、桂嶽家へお役目が回ってくる日なのよ」
奥様「うちから花嫁候補は出ないけれど、総会がこの桂嶽家で行われるなんてとっても名誉なこと、本家の皆さんに印象付けなくてはなりません」

そこで、ふと何かを思い出したように。

奥様「…あの〝無能〟は、ちゃんと仕事をしているんでしょうね」

女が眉間にしわを寄せると使用人たちは身を強ばらせ、誰も奥様と目を合わせようとしない。
するとそこへ、美しく着飾った愛らしい出で立ちの娘――その女の娘である桂嶽美椿(みつば)が姿を現す。

美椿「お母さま、私があの子を見てまいりますわ」
奥様「あら、美椿」
奥様「そうねぇ…お願いできるかしら。あ、様子を見るついでに、これを持って行って」
奥様「明日までに必ず、来客名簿を完成させるように言って聞かせて」
美椿「はい、お母さま」

母親から受け取った瓶を手に、美椿は台所をあとにする。


◯桂嶽家_作業部屋

薄暗い室内で一人、座布団袋を縫う桂嶽來子(きこ)
見た目は儚げで美しい少女だが磨かれておらず服装もみすぼらしい。
机の上には完成した座布団袋が丁寧に積まれている。
部屋の外からは忙しなく動き回る桂嶽家の使用人たちの足音や声が聞こえる。

【桂嶽家は、誰もが憧れを抱く天下の後醍院(ごだいいん)家の分家で、呪術を扱う名家だ】
【私、來子は、この家の長女として生まれた】
【しかし生まれながらにして薄桃色の瞳を持ち、不吉の象徴として忌み嫌われ】
【さらに呪術の名家の娘であるにも関わらず、呪力をまったく持たずに生まれたため、呪術を使うことすらできなかった】
【そんな〝無能〟を生んでしまった母は産後すぐに亡くなり、再婚相手の奥様との間には、ほどなくして呪力をたっぷり持つ美椿が生まれ、私はこの家にとって不要な存在となった】

物思いにふけりながら針を動かす來子。
すると大きな音を立てて作業部屋に現れた美椿が、持っていた瓶を來子の額めがけて投げつける。
鈍い音が鳴り、瓶の蓋が緩んで中に入っていた墨粉が畳んである座布団袋を汚す。
そのはずみで針を持っていた來子は、自分の手を傷つけてしまう。

來子「いたっ…」

指から血が滴り、ほぼ完成しかけていた座布団袋の一枚を汚してしまう。

美椿「あら、どんくさいお姉ちゃん。それ、お母さまからよ」
美椿「今日中に、明日の来客名簿も完成させなさいって」

汚物を見下ろすような美椿の表情。
返事をするために顔を上げかけた來子は、咄嗟に再び下を向く。

來子「は、はい…美椿ちゃん」
美椿「あら、今日はちゃんと言いつけを守れて偉いのね」
美椿「もし私の目を見たら、どんな方法で折檻してやろうか楽しみだったのに」

その言葉に來子は身を震わせる。
数日前、美椿の着物にお茶を零してしまい、雪が降るほど寒い夜だというのに頭から水をかけられ、一晩中家の中へ入れてもらえなかった。

來子(私は、家族の目を見て話すことを禁じられている)
來子(気味の悪い瞳を持つ私は、物心がついた頃には使用人たちに避けられていた)
來子(そして桂嶽家で流行り病が猛威を振るったある日…)


(回想)

強い力で、頬を張られる來子。

奥様「お前のその目が、この家に不吉を呼び込んでいるのよ」
奥様「目の色を変えることができないのなら、今後一切、私たちの目を見るんじゃない!」

倒れ込んだ來子を睨みつける奥様。
その隣では、父に肩を抱かれた美椿がニタニタと笑いながら來子を見つめている。

(回想終わり)


來子ははっとして、汚してしまった座布団袋を絶望的な気持ちで見つめた。

來子(今夜は眠れないかもしれない)
來子(ううん、それどころか高級な絹生地をダメにしてしまったことが奥様に知れたら)

來子が俯いていると、美椿がにやりと笑う。

美椿「あーあ」

來子の前にどさっとしゃがみ込み、

美椿「お母さまに内緒にしてほしい?」
來子「え…っ?」

はっとして顔を上げてしまい、美椿の目を見てしまう來子。
みるみるうちに美椿の表情が醜く歪み、來子の顔から血の気が引く。

來子(あ…)
來子(美椿ちゃんが、そんな親切なことをしてくれるわけがないのに、私は……)

顔を下げようとしたところを美椿に顎を掴まれて阻まれる。
長く整えられた爪が頬に食い込み痛みが走る。

美椿「あはははは!」
美椿「バカなお姉ちゃん」
美椿「そんな怯えた顔をしなくても大丈夫よ。私ね、今日はとっても機嫌がいいの」
美椿「ねえ、どうしてだと思う?」

美椿、來子の顔を覗き込む。

來子「…わ、分からないわ」

來子が首を振ろうとすると、さらに爪が頬に食い込んだ。

美椿「結婚の日取りが決まったのよ」
美椿「明日の総会で本家の皆さまにご挨拶をして、来月に儀式を執り行うの」

來子は目を見開く。
美椿は勝ち誇った顔をした。

來子「……おめでとう、美椿ちゃん」
來子(美椿ちゃんの婚約者は、凰蓮(おうれん)様と言って、桂嶽家より格上にあたる明月院(みょうげついん)家の三男だ)
來子(凰蓮さまは現術師界でも十指に入る実力者の一人だが、長男が当主の座を継ぐ明月院家の掟で当主にはなれず、この桂嶽家へ婿養子に入ることになっていた)
來子(穏やかでとてもやさしい凰蓮様は、私にも親切にしてくださる方だった)
來子(だから、こんな人と結婚できるのが私だったなら、と考えたことは数えきれないくらい)
來子(でも、それが夢物語でしかないことも分かっていた…)

美椿「妹の結婚が決まったっていうのに、お姉ちゃんは惨めねぇ」
美椿「せっかく後醍院家の当主さまの婚約者を選ぶ総会なのに、存在を無き者にされて表に出してももらえないんだから」

美椿が來子の頬から手を放す。頬にはしっかり爪の後。
來子はそのまま俯く。

來子(後醍院家の当主の妻は、分家の中から選ぶのが慣習となっている)
來子(だから婚約者を持たない適齢期の娘たちは、こぞって明日の総会に挑むのだ)

美椿「後醍院家の当主の天嶺(あまね)さま、とっても素敵な方だと噂になっているのよ」
美椿「しかも、すでに歴代最強の術師と呼ばれているとか」
美椿「でもそんな方が、呪力を持たない無能なお姉ちゃんを選ぶわけないものね」
美椿「桂嶽家の恥さらし、総会に出られないのも仕方ないわ」

ふふ、と無邪気に笑った美椿が立ち上がる。

美椿「さっ、私は明日に備えて休むことにするわ」

しかし、なにかに気づき顔をゆがめる。

美椿「あらやだ、手が汚れた」

美椿、來子の頬についた炭で汚れた手を机の上に畳まれていた座布団袋で拭うと、それを畳の上へ投げ捨てる。

美椿「じゃあね」

その背中を見送る來子。
炭だらけの自分の姿と、汚れてしまった座布団袋を眺め、ため息をつく。

來子(朝までになんとかしなくちゃ…)



◯桂嶽家_庭(明け方)

手押しポンプを押す來子。
びゅうっと吹きつける冷たい風に身体を震わせ、白い息を吐きながら、水を張った樽で手や身体についてしまった墨を落とす。

來子「……っ!」

さっき針で指を刺した部分が、ちくりと痛む。

來子(痛い)
來子(でも、大丈夫。すぐに手の感覚は麻痺して、何も感じなくなるから)

來子、唇を引き結ぶ。



◯桂嶽家__物置部屋→離れ__朝

朝から賑わう桂嶽家。
本家や分家の人間たちが、ぞろぞろと屋敷の門をくぐっていく。
その中には美しく着飾った娘たちの姿もある。
來子はその様子を物置の二階にある自室からこっそり眺めている。

來子(きれい…)
來子(なのに私は、こんなにもみすぼらしい)

昨晩、長時間名簿を作っていたせいで墨が落ちきらず手が汚れている。

來子(さて、そろそろ今日の仕事に取り掛からないと…)


(回想)

早朝、朝餉を取りに厨房へ来た來子。
その姿を見つけた奥様。

奥様「まあ、なんて汚い手なの」
奥様「アンタを見ていると、イライラするわ」
奥様「さっさと食事を済ませて、あとは離れの掃除でもしておきなさい」
奥様「ああそれから、今日は万が一お客様が離れまで迷い込んできたら余計なことをせず、すぐに使用人を呼んで」
奥様「分かっていると思うけれど、その醜い目は見せないで。いいわね?」
來子「はい、奥様」

(回想終わり)


來子は髪を結び、今日の仕事に取りかかる。

來子(今日の仕事は、床磨き…)

どーんと広い一室と廊下を前に、気合を入れる。

來子(呪術を使えない私はどこにも行き場所がない)
來子(どんなにひどい仕打ちを受けても、ここから追い出されたら生きるすべがない)

來子、ぞうきんを握りしめる。


◯桂嶽家__離れ__夕方

掃除を終え、離れの外にある水場で手を真っ赤にしながらぞうきんをすすぐ來子。
すると背後から大きな呪力ではない力の気配を察知し寒気が走る。

來子(桂嶽の人間に、こんな不気味な力を持つ者はいない)

恐ろしくなり、着物の裾をきゅっと握りしめる。

來子(怖いけれど、お客様なら本邸へご案内しないと)

來子、恐る恐る振り返る。
相手と目が合わないよう気をつけながら顔を上げるが、ちょうど夕日が差し込む時間。
逆光のせいで顔まではよく見えない。
來子、手でひさしを作りながら声をかける。

來子「ここは離れになります。どうか本邸へお戻りください」
來子「もし道に迷われたのでしたら、案内の者を呼びます」

しかし相手は何も答えず、ただじっと來子を見下ろしているだけ。
かろうじて和装の男性だということだけが、その影から分かる。

來子「あ、あの…」

桂嶽の家族以外と話すことに慣れていない來子。
おどおどしながらも、お客様をこのままにはできないと立ち上がろうと足に力を入れる。
だが、近づいてきた男のあまりに強大な気配に、來子の身体は強張った。
男はぐっと腰を折り、來子の顔を覗き込む。

天嶺「やっと見つけたぞ」
來子(なに──?)

目が合ってしまったことに慌て、來子は地面に視線を落とす。
しかし次の瞬間、男に腕を掴まれ立ち上がる。

來子「あっ」
天嶺「…チッ、そういうことか。お前、魔力を隠していたな」
來子(魔力…?)

冷たい目を向けられ、來子は困惑する。

來子(金色の瞳──不思議な色)
天嶺「この俺から逃げられると思ったか?」
來子(逃げる? この人は何を…?)

逃げようと身体を捩るが、さらに腕を強く握られ痛みが走る。
ぎゅっと目をつぶると、男ははっとしたように來子の腕を見る。

天嶺「この傷は…」

來子の腕は折檻の跡でボロボロ。
人に見られたことが恥ずかしくて目線を落とすと、今度は控えめな力で顎を掴まれる。

天嶺「そこまでして、俺から逃れようとしたのか」
來子「え…?」
天嶺「その傷のほとんどは呪術でつけたものだろう」
天嶺「呪力を用いた治療を施せばすぐに消える」
來子「この傷は、その…」
天嶺「わざわざそんなものをつけておくとは、小賢しいにも程があるな」
來子「…っ、私には生まれつき呪力がなく呪術を使うことができません…」
來子「人違いを、しておられるのかと…」

本気で訳が分からないといった様子の來子。震えが止まらない。
男が來子の腕を離し、そのはずみで來子は地面にしりもちをついてしまう。
見上げると、そこには困惑した表情の男がいた。

天嶺「お前に呪力がないのは当たり前だろう」
來子(え──?)

動揺と、怯えきる來子。

天嶺「──もしやお前、記憶がないのか?」

ますます訳が分からなくなる來子。
そんな來子の様子に、ようやく合点がいったのか、男はしゃがみ込み、來子の瞳を覗き込む。

來子「やっ、やめてください」
天嶺「面倒なことになったな」
天嶺「その可能性を考えなかったわけではないが……」

舌打ちを伴う声に、身体がびくっと反応する。

天嶺「よく聞け」

無理やり目線を合わせられる。


天嶺「俺は、前世でお前に殺されている」


驚きのあまり、声も上げられない來子。
かたかたと震えていると、

天嶺「……案ずるな。前世の仕返しをしようとお前を探していたわけではない」

そう呟いて、來子を姫抱きにして抱き上げる。

來子「…さっきから、なにを」
來子「っ、やっ」

慌てて腕の中から降りようともがく來子。

來子(逃げなくちゃ、前世? 殺された? 訳が分からない)
天嶺「暴れるな。落ちたら痛いぞ」

身を強張らせた來子がおとなしくなったのを確認すると、男はそのまま歩き出す。
離れを抜け、本邸に踏み入れ、そのまま庭を横切っていく。
そんな二人を見つけて、桂嶽家の使用人たちは慌てふためき、奥様へ報告すべきか頭を抱えている。

來子「あ、あのっ、私はここから出ることを禁じられています」
來子「どうかお願いですから、見逃してください」
天嶺「なぜだ?」
天嶺「…桂嶽の人間かと思っていたが、お前、名は?」
來子「……」
天嶺「なぜ黙る」
來子「桂嶽…來子です」

ぐっと唇を噛みしめる。

天嶺「なら問題ないではないか」
天嶺「今日は分家の中から花嫁を選ぶ、ばかばかしい日なのだからな」
來子(やっぱり、このお方は本家のお方…)
來子(私みたいな者が口をきいていい相手じゃない)
來子(こんなことが奥様や美椿ちゃんに見られたら、どんな目に遭うか…)

みるみるうちに、來子の顔色が悪くなっていく。

來子「私は、呪力もなく、呪術も使えない〝無能〟です」
來子「だから、本家の皆様に姿を見せることは、固く禁じられております」
天嶺「……〝無能〟か」
天嶺「では、まだ嫁ぎ先は決まっていないということだな?」
來子「え?」
天嶺「ならば好都合」
來子「なにが…待ってください、そっちは――」

來子、倒れてしまいそうなほど青ざめる。
いつの間にか本邸内、総会の行われている広間の前まで来ていた。

來子(もうだめだ…)

奥様や美椿に折檻される未来を想像し、來子は表情を失う。
男はそんな來子を見て、不快そうに眉をひそめる。
だが、それは奥様や美椿のように、來子を傷つけようとする悪意を含んだものではないと分かる。

天嶺「その腕の傷…まさか家の者の仕業か?」

黙りこくる來子。

天嶺「実に馬鹿馬鹿しいな」
天嶺「しかし俺の元に来れば、お前が傷つけられることはもう二度とない」

力強く抱き直され、さらにその言葉に來子は目を見開く。
すると次の瞬間、男が術を使い、広間の障子が一斉に開かれる。


◯桂嶽家__本邸__総会会場

突然の出来事に、広間にいた一同が騒然とする。
その中には、桂嶽家当主である父の姿もあった。
誰もが一様に、男と、その腕に抱かれたみすぼらしい來子を見て困惑している。

そこへ廊下を通りがかった奥様、その姿を目にして悲鳴を上げた。

奥様「天嶺様っ、そ、その者は…」

奥様は、その場にへたり込んでしまう。
來子もまた戦慄する。

來子(天嶺さま…どこかで、聞いたことのある…)


(回想)

昨晩、美椿との会話。

美椿「後醍院家の当主の天嶺さま、とっても素敵な方だと噂になっているのよ」

(回想終わり)


來子(え──?)

天嶺、奥様に視線一つ向けず、宣言する。

天嶺「総会は終わりだ」
天嶺「この娘を、後醍院天嶺の花嫁として迎える」


[1話終]