婚約破棄されたので騎士団に入ったら、推しの騎士団長になぜか距離感がおかしいほど溺愛されています

 王都中が、その日を待っていた。

 白銀騎士団団長アークレイと、その補佐官アリア・フォン・レイヴンの結婚式。
 それは単なる貴族の婚姻ではなく、一つの時代の象徴として、誰もが注目する式典となっていた。

◇ ◇ ◇

(……落ち着かない)

 控え室で、私は何度目かの深呼吸をする。

 純白のドレスに身を包み、鏡に映る自分の姿を見る。
 騎士団の制服でも鎧でもない、私。

(うまく式を終えられるかな)

 そんな弱気が、ほんの少しだけ胸をよぎる。

 ――その時、低くよく通る声が私の耳に届いた。

「何をそんな顔をしている」

 振り向けば、そこには正装姿のアークレイ団長――いいえ、もうすぐ夫となる人が立っていた。

(……やっぱりずるい)

 今日の彼の純白の装いに、いつも以上に目を奪われる。

「緊張しています」

「必要ない」

 いつものように即答して、団長は続ける。

「お前は、ここに立つべき人間だ」

 迷いのない言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。

「それでも、少しだけ……不安で」

 私が呟くと、彼は静かに歩み寄ってきた。
 そして不安を洗い流すように、躊躇なく私の手を取る。

「なら、確認してやる」

「え?」

 そのまま彼は、鏡へと視線を移した。
 そこには純白衣装の私と団長が、並んで映っている。

「何があっても、お前は俺の隣にいる」

 真っ直ぐすぎる言葉に、胸が高鳴る。

「俺が選んだ。お前も選んだ。それで十分だ」

(……ああ)

 そうだ。
 これは誰かに与えられた未来じゃない。

 私が選んで、掴み取った場所だ。
 団長の言葉に、自然と肩の力が抜けた。

「……はい」

 私が頷くと、彼は満足そうに目を細めた。

「いい顔だ」

 そう言ってほんの一瞬だけ、額に口づけを落とす。

「なっ……!」

「口の方が良かったか? だが、まだ式の前だ」

「そういう問題じゃありません!」

 思わず抗議すると、彼は楽しそうに笑った。

「逃げるなよ」

「そちらこそ」

 団長の言葉に、私は即答する。
 彼は少しだけ目を見開いてから、静かに口元を緩めた。

◇ ◇ ◇

 大聖堂には、王族、貴族、騎士団員、そして多くの民衆が集まっていた。

 扉が開くと、視線が一斉にこちらへ向く。

(大丈夫)

 私は一歩、踏み出した。
 そのままゆっくりと真っ直ぐに歩いていく。

 その先には――彼がいる。

 誰よりも堂々と、揺るぎなく立つその姿。
 私が憧れ、追いかけてきた人。
 そして今、並び立つ人。

 アークレイ団長の前に立った瞬間、ほんの少しだけ視線が交わる。

「来たな」

「はい」

 短いやり取り。
 それだけで、十分だった。

 彼と共に祭壇へと進み出ると、神官の言葉が静かに響く。

「汝、アークレイ。彼女を生涯の伴侶とし――」

「誓う」

 間髪入れずに答える声に、場が僅かにざわつく。

(早い!)

「最後まで聞きなさい」

 神官が苦笑する中、彼は堂々としてまったく気にしていない。

「最初から決まっていることだ」

(本当にこの人は……)

 思わず笑いそうになるのを堪える。
 団長は本当に、いつだってぶれない。
 でも、おかげで緊張もすっかり解けた。

 そして、次に問われるのは私だ。

「汝、アリア。彼を生涯の伴侶とし――」

 私は一瞬だけ目を閉じた。

 これまでの全てを思い返す。

 婚約破棄された日。
 剣を握った日。
 彼と出会った日。

 そして――ここに立っている今。

 神官の言葉を聞き終えると目を開き、私ははっきりと言葉にした。

「誓います」

 迷いはなかった。

 続いて、お揃いの指輪が交換される。

 彼は実はかなり早い段階で、この指輪を準備していたらしい。
 それこそ、公開プロポーズの遥か前から。 
 騎士団の名と同じく白銀の、シンプルながらも美しい輝きを持つ指輪だ。

 団長の手から薬指に通された煌めきに、私は目を細める。
 しかし次の瞬間、ぐいっとそのまま手を引かれた。

「……え?」

「足りない」

 小さく呟くと、彼は私を抱き寄せる。
 式の進行外の行動に、ざわめく会場。

 そんな周囲の動揺はお構いなしで、彼は私の頬に手を添えた。

「俺のものだと、全員に分からせる」

(ちょっと待って)

 言葉にする間もなく――唇が重なった。
 大聖堂が、一瞬静まり返る。

 そして次の瞬間、大きなどよめきと歓声が巻き起こった。

「だ、団長……!」

「問題ない。これで、誰も文句は言わない」

 ふふんと不敵に笑う団長へ、参列席にいる副団長からの声が響いた。

「団長、式の進行を止めないでください」

 今度は式場は、大きな笑いに包まれた。

(本当に、この人は……!)

 楽しそうな空気に会場が包まれる中、私は団長を見上げた。 
 顔が熱くなるのを感じる。

(困った人)

 でも。

(嫌じゃない)

 むしろ――嬉しいと思ってしまうなんて、私も重症かもしれない。

◇ ◇ ◇

 挙式が終わり外へ出ると、中庭でも祝福の声が降り注いだ。
 花びらが舞い、歓声は止まない。

 そんな中、鋭い声が響く。

「ちょっと待った――!!」

「何事!?」

 私が驚いて顔をあげると、そこにはよく知る白銀騎士団の団員たちがいた。
 先程まで笑顔で、何なら感動の涙すら流して、式を見守ってくれた仲間たちだ。

「どうしたんですか?」

「ただで、団長を渡すわけにはいきません」

「ええっ」

「本当に貴女が団長に相応しいのか、俺たちと勝負です、補佐官!」

「普通、逆ではないのですか」

「団長に勝負を挑んだら、命ごと持っていかれそうなので!」

「確かに」

 要するに、彼らは結婚式を盛り上げるための余興を買って出てくれているのだ。
 しかし私の隣の団長は、絶対零度の眼差しで団員たちを射抜いている。

「却下だ。お前たち、理由を付けて、美しいアリアの傍に行きたいだけだろう」

「美しい!?」

「それもありますが、俺たちの団長への想いだって本物ですよ!」

「諦めろ、一方通行だ」

「そんなー!」

 賑やかな中庭の様子に、私は自然と笑みがこぼれた。
 そして純白のドレス姿のまま、一歩前へ歩み出る。

「良いですよ」

「!?」

「どうせなら、全部ひっくるめて終わらせましょう」

 私は彼らの準備していた木刀を手に取り、大声で宣言した。

「まとめてかかってきてください!」

 会場は大盛り上がりだ。
 そのまま即席の"結婚式模擬戦"が始まる。

 私はドレスのまま、踏み込む。剣を受け、流し、打ち倒す。
 補佐官に任命された後も、鍛錬を欠かしたことはない。
 むしろ団長の熱烈な指導の下、私の剣の腕は更に磨きがかかっていた。

「花嫁強すぎだろ!?」
「団長、よく捕まえたな!」

 敗北して転がり落ちる団員たちに、私は笑う。

「捕まえられた覚えはありません。私が、捕まえたんです!」

 最後の一人を倒して、剣を止める。
 大きな拍手が鳴り響いた。

「さあ皆さん、これで満足ですか?」

 私が腰に手を当てて問いかけると、騎士団は満場一致で声をそろえた。

「結婚を認める!!」

 そうして少しだけ息のあがった私の肩を、そっと叩く人がいた。

「全く、お前はいつも無茶をする」

「団長」

 振り返れば、苦笑するアークレイ団長の姿がある。

「もう、団長じゃない」

「あ、ええと、それなら……、旦那様?」

 私の言葉に団長――旦那様は虚をつかれたような顔をした。
 それから、満足そうに微笑む。

「うん。良いな。これからはずっとそう呼ぶように」

「はい、プライベートでは」

「騎士団にいる時も、さっきので良い」

「駄目ですよ!?」

「良いじゃないか。お前は、俺の妻だろう?」

「うっ、つ、ま」

 改めて言葉にされると、何だか嬉しいけれど照れくさい。
 顔を赤くする私へ、旦那様が囁きかけてくる。

「アリア」

「はい」

「これから先も、俺の隣にいろ」

 私は少しだけ口元を緩ませながら、静かに答えた。

「はい。ですが、ただ隣にいるだけではありません」

「ほう?」

「騎士として、補佐官として――あなたと共に戦います」

 一歩踏み出すと、私は彼の隣へと並んだ。

「だから、置いていかないでくださいね」

 旦那様を見上げながらそう言うと、彼は力強く頷いた。

「誰が置いていくか」

 その手が、しっかりと私の手を握る。

「むしろ、離す気はない」

(やっぱり重い)

 でも、それでいい。

 私はその手を握り返して、祝福してくれる仲間たちの元へ歩き出す。

 婚約破棄されたあの日、全てを失ったと思った。

 けれど、違った。
 私は選び直したのだ。

 自分の人生を。
 自分の居場所を。

 そして――隣に立つ人を。

 だから、この人と共にこれからも進み続ける。

 剣を握り、未来を切り拓くため、私は最高の未来を自分で選び続けるのだ。(終)