婚約破棄されたので騎士団に入ったら、推しの騎士団長になぜか距離感がおかしいほど溺愛されています

 舞踏会から数日が経っても、王城の空気はどこか落ち着かなかった。

「聞いたか? 王太子殿下の件」
「元婚約者に完敗した上に、あの公開プロポーズだろう?」
「完全に立場が逆転したな」

 貴族たちがひそひそと交わす噂話は、もはや隠しようもないほど広がっている。

 ――そして事態は、それだけでは終わらなかった。

◇ ◇ ◇

 国王の執務室には、張り詰めた空気が満ちていた。

「……弁明はあるか」

 王の怒りと失望に満ちた低い声が、静かに響く。
 玉座の前に立たされているのは、アリアの元婚約者であるオスカー王太子だ。

「僕は、ただ国のために最良の選択を」

「最良?」

 その言葉を遮るように、王の声が鋭くなる。

「有力貴族の令嬢との婚約を私情で破棄し、その相手を公の場で侮辱した。その上、騎士団補佐官として功績を挙げた者を否定し、勝負にも敗北した」

 淡々と並べられる事実に、王太子は何も言い返せない。

「それが、"最良"か?」

 更に王は、側近が差し出した書類に視線を落としながら続ける。

「加えて、新たに婚約した令嬢だが――複数の貴族家との不正な資金のやり取りが発覚した」

「なっ……」

 王太子の顔色が目に見えて変わる。

「お前が彼女を庇ったことで調査が遅れ、結果として王家の信用を著しく損ねた。よって――王太子の地位を剥奪する」

 それは王からの静かな宣告だった。
 だが、その一言で元王太子だった彼の全てが崩れ落ちる。

「ま、待ってください!」

 縋る声を無視するように、王は続けた。

「さらに、地方領への降格を命じる」

「そん、な」

 元王太子が膝をつく姿を見ても、同席している貴族たちは誰も動かない。
 かつて彼の周囲にいた取り巻きも、誰一人として手を差し伸べなかった。

 価値がなくなったから――、それだけの話だ。

「……僕は、間違っていない」

 最後に元王太子が絞り出した言葉を、王は即座に否定した。

「間違っている。全てお前が選んだことだ。その結果に責任を取れ、オスカー」

「そんな、どうして! どうして僕ばかりがこんな目に。あああああっ!!」

 後に残ったのは、全てを失った絶望を叫ぶ男の姿だけだった。

◇ ◇ ◇

 騎士団本部に送られてきた、元婚約者の末路が記された報告書を、私は閉じた。

「……らしいですよ」

「そうか」

 アークレイ団長は特に興味を示す様子もなく一言、そう答えただけだった。

「気にしないのですか?」

「する必要があるか?」

 団長のさっぱりとした言葉に、私は目を瞬かせる。
 
「確かに――その通りですね」

「お前はどうだ」

 そう問われ、私は少しだけ考えてから答える。

「特には。もう私にも関係のない人なので」

 彼が王太子殿下という立場であるのならば、国に仕える騎士である以上は関わりが続いていただろう。
 しかし、それも剥奪されてしまったらしい。
 ならば今後、私がオスカーと接する機会はきっともうない。

 自分と同じようにあっさりと答える私へ、団長は少しだけ笑った。

「そうだな」

 団長は書類仕事を片付け終えると、私の手を引いた。

「少し来い」

「なんでしょう――ひゃっ」

 無警戒に近づいたところで、私は団長に抱きしめられた。
 相変わらず、突然すぎる。

「だっ、団長?」

「面倒な書類を全て片付けた。俺にも褒美が必要だ」

「……これが、褒美、ですか?」

「そうだ」

 そう言われると、何も言い返せずに動けなくなる。
 ――良いように言い包められているだけな気もする。
 
 私も大概、団長には甘いのだ。
 これも"惚れた弱み"と言う奴なのかもしれない。

「婚約の件だが、正式に話を進めさせてもらう」

「もうですか? 急ですね!?」

「問題ない。むしろ遅い位だ。早く囲い込んでおくに越したことはない」

「私、そんなに逃げそうに見えます?」

「見えない。だが、万が一にでも他の男に目を付けられたら困る」

「私はアークレイ団長一筋ですよ!」

「……」

 団長が静かになった。
 少しだけ喜んでいる気配が、抱きしめて触れ合う体温から伝わってくる。

「団長って、可愛い人ですよね」

「何を言う」

 調子に乗って少し意地悪を言おうとした私の頬へ、団長の手が添えられる。

「アリアの方が可愛い。ずっと。ずっとだ」

「……!」

 真面目な顔でそう告げられれば、あっという間に形勢逆転してしまった。
 真っ赤になる私へ、団長は更に顔を寄せてくる。

「アリア――」

 私はぎゅっと目をつぶった。
 そっと二人はキスを交わして、身を寄せ合う。

「団長」

「……なんだ」

「私、こんなに幸せで、良いのでしょうか」

「良いに決まっている。全て、自分で選んで掴みとってきた幸せだろう」

 他でもない団長から力強く肯定されると、全てが報われた心地で胸がいっぱいになる。

「それに、こんなものでは終わらないぞ」

「えっ」

「俺の妻になるんだ。今以上に幸せになれ」

「ふふっ。はい!」

「俺だけだ。俺だけで、お前を埋めてやる」

(相変わらず重い。でも、)

「――楽しみにしています」

 私が団長を見上げながら目を細めると、彼も柔らかく笑った。

「まずは、結婚式だな」

 私の選び取った未来は、輝きに満ちていた。
 この先にどんな困難があっても、きっと団長とならば乗り越えられる。

 彼の腕の中で、私は幸福に微笑んだ。

 そして有言実行の団長により、瞬く間に結婚式の準備が進められていったのだった。