婚約破棄されたので騎士団に入ったら、推しの騎士団長になぜか距離感がおかしいほど溺愛されています

 凱旋式の夜、王城では舞踏会が開かれていた。

(場違いすぎる……)

 控え室の鏡の前で、私は小さく息を吐く。
 騎士団の制服ではなく、久しぶりのドレス姿だ。
 動きにくくて、どうにも落ち着かない。

「よく似合っている」

 背後から届いた声に、私はびくりとした。

 振り返ると、正装姿のアークレイ団長が立っている。
 いつもの鎧姿とは違う無駄のない洗練された彼の装いに、私は一瞬で目を奪われた。

(ずるい)

 普通に格好よすぎる。
 思わず表情が緩みそうになるのを、何とか堪えた。

「大丈夫か」

「何がですか」

「舞踏会に出るのは、気が進まないのかと」

(うっ、バレてる)

 私は視線をそらしつつ、ぼそりとこぼす。

「……少し、逃げたい気持ちもあります」

「駄目だ。許さない」

 迷いのない即答と同時に、団長は私の手を取る。

「ああっ、心の準備が!」

 私はそのまま、会場である広間へ連れ出された。

◇ ◇ ◇

 舞踏会の会場は、音楽と光、華やかな衣装に包まれた人々で賑わっていた。
 私たちが到着した瞬間、一斉にこちらへ視線が向けられる。

(こういう注目の浴び方は、慣れることはないわね)

 思わず肩に力が入る私の耳元で、団長が囁いた。

「落ち着け。お前は俺の隣にいる」

「……!」

(それ、ずるいんだよなあ)

 その一言で不思議と勇気が湧いてくる。
 自然と、私の背筋が伸びた。

 私は団長と共に、堂々と会場の中央へ進んでいく。
 人の流れが自然と割れて道ができる。

 その時だった。

「……待ってくれ」

(本当にしつこいわね)

 振り返るまでもなく分かる。
 声をかけてきたのは、元婚約者のオスカー王太子殿下だ。
 周囲の貴族たちがざわめく中、彼は構わず言葉を続ける。

「まだ話は終わっていない」

「終わっています」

 即座に言い切ると、王太子殿下は眉をひそめた。

「君は一時の感情で道を誤っているだけだ。騎士団など、君のいるべき場所ではない」

(まだそれを言うの?)

 私は呆れて言葉も出ず、深く溜息を吐く。
 そんな私に代わって口を開いたのが、アークレイ団長だった。 

「――黙れ」

 低く鋭い声が空気を切り裂く。

「彼女の選択を否定する資格は、お前にはない」

 射抜くような視線に押され、王太子殿下が僅かに後ずさる。
 それでも彼は何か言おうとしていたようだが、団長の圧に負けて黙り込んでしまった。

 舞踏会の会場は静寂に包まれる。

 静まり返った広間の中央へ、団長は私の手を引いたままゆっくりと進み出た。

(……まさか)

「団長?」

 胸がざわめく。
 予感がそのまま確信に変わる。

 王族も貴族も騎士も、すべての視線が集まる中で、彼は迷いなく口を開いた。

「アリア・フォン・レイヴン」

 はっきりと名前を呼ばれて、私は息をのんだ。
 逃げ場はない。

 団長は私に真っ直ぐ向き直ると、跪いた。
 まさしく神聖な誓いを乞う、高潔な騎士のように。

「俺はお前を、補佐官としてではなく一人の女として求める」

 彼の大きな手が、私の手を優しくすくいあげる。

「正式に俺の隣に立て。他の誰にも渡さない。――俺と、結婚しろ」

 仕草はすっかり紳士じみているのに、何処か横柄な言葉が団長らしい。
 それでも彼の瞳には、一片の曇りも迷いもない。
 
 思えば最初からそうだった。
 彼はいつだって全力で、私に関わってくれた。

「……団長」

 周囲の視線も囁きもすべて切り離して、私はただこの人だけを見る。

「なんだ」

「条件があります」

 少し驚いた表情をしてから、団長が口を開く。

「言ってみろ」

「私は貴方の隣に"守られて立つ"つもりはありません。補佐官として、騎士として、対等に立ちます」

 私の言葉に一瞬だけ沈黙してから、彼はゆっくりと笑った。
 驚くくらい、優しい笑顔だった。

「それでいい。最初から、そのつもりだ」

(ああ、もう)

 私の胸に温かい気持ちがこみあげてくる。
 その想いの示すままに、私は団長の手を握り返した。

「……では、お受けします」

 会場は暫し静まり返った後――誰からともなく、手を叩く音が響く。
 やがては歓声と共に、広間全体が大きな拍手の音で包まれた。

「白銀騎士団の団長が……公開で求婚だと!?」
「お似合いの二人ですね」
「この国の未来も明るいですよ」

 祝福ムードで賑わう中、王太子殿下の顔だけがはっきりと青ざめて見える。

「なっ、馬鹿な、ありえない。どうして君たちばかりが祝われるんだ、僕は……!」

 彼はこの状況を受け入れられず、何か喚いているようだ。
 けれど、もうどうでもいい。

「逃がさないと言っただろう」

 公開プロポーズを見事に成功させた団長が、不敵に笑う。

「逃げませんよ」

 その姿がなんだか可愛らしく見えて、私は思わず笑みがこぼれる。

「むしろ――私が、捕まえに来ました」

 団長は私の言葉に、目を見開く。
 それから私たちは顔を見合わせ、二人でクスクス笑い合った。

 婚約破棄されたあの日から、すべては繋がっていたのかもしれない。
 失ったと思っていた未来は、もっと強く、自由で、誇れる形に変わってここにある。

 だから私はここにいる。

 騎士として、補佐官として。
 そして、この人の隣で生きていく者として。

 ダンスの音楽が鳴り始める。

「アリア、お前の相手は俺だけだ。最初から、最後まで」

「はい、団長」

 独占欲剥き出しの団長の言葉に私は頷き、彼の手をとった。