婚約破棄されたので騎士団に入ったら、推しの騎士団長になぜか距離感がおかしいほど溺愛されています

 私が補佐官になって数か月後、王城での凱旋式が行われた。
 白銀騎士団の戦果を讃える公式の場で、貴族も王族も一堂に会している。

「緊張しているか?」

 隣に立つ団長が問いかけてくる。

「はい、少しだけ。剣なら慣れていますが、こういう場は」

 令嬢時代も、王太子殿下は私が人前に出て注目を浴びるのを好まなかった。
 少しだけ昔を思い出してから、私は一度息を整える。

(でも、大丈夫)

 今の私は、守られる側ではない。

「堂々としていろ。お前は俺の補佐官だ」

 アークレイ団長の一言で、腹の底が落ち着く。

 広間に足を踏み入れた瞬間、無数の視線がこちらに向いた。
 ざわめきが広がり、ひそひそとした声があちこちから漏れる。

「あれが例の元婚約破棄された令嬢か」
「補佐官? 冗談だろう」

(好きに言えばいい)

 私は気にせず壇上へ進み、王の前で整列した。
 その時、背後から聞き慣れた声がかかる。

「……アリア、久しぶりだな」

 振り向かなくても分かる。
 私の元婚約者のオスカー王太子殿下だった。

「はい」

 短く返すと、彼は私の鎧をジロジロと眺めた。

「ずいぶんと変わったな」

「あなたは変わりませんね。自分の都合でしか物を見ないところが」

 私がそう返すと、彼の表情が僅かに歪んだ。

「……相変わらず口が悪いな。それでも婚約してやっていたのだから、寛大だったと思わないか」

「ええ、そうですね」

 私は微笑みながら受け流す。
 だが、王太子殿下は更に食い下がってきた。

「今からでも遅くない。その格好はやめて戻ってこい。君は本来、守られる側の人間だ」

(は?)

 思わず内心で呟いてから、私はキッパリと言い放った。

「必要ありません。私は自分で戦えますので」

 私にとって、それは決意を込めた重い言葉だ。
 けれど、王太子殿下は不服そうに眉を寄せた。

「強がるな。騎士ごっこはもう十分だろう」

(やっぱり、何も見ていない)

 私は小さく息を吐くと、一歩前へ出た。

「では証明しましょうか」

 その瞬間、私たちのやりとりを見守っていた王の声が広間に響く。

「ならば、模擬戦を披露せよ。白銀騎士団補佐官、アリア・フォン・レイヴン。そして王太子よ」

「……!」

 王の言葉に一瞬、広間は静まり返るが、すぐに歓声が沸き上がった。

◇ ◇ ◇
 
 凱旋式の余興として、すぐに模擬戦の準備が整えられた。

 ルールは簡単だ。
 一対一で剣を向けあう真剣勝負。

「行ってこい」

「はい!」

 アークレイ団長からの激励を受け、私は中央へ進み剣を抜く。
 そこには既に、余裕綽々と言った表情の王太子殿下がいた。

「本気で来い」

「もちろんです」

 試合開始の合図と同時に、私は勢いよく踏み込む。迷わない。
 鋭い一撃を放つが、王太子殿下もそれに応じるように剣を振るった。

 ――キィン!!

 刃と刃がぶつかる。
 成程、確かに自信満々なだけあって、王太子殿下は弱くはない。
 
(ならば……)

 そこからは壮絶な打ち合いになった。
 双方、細かな牽制を挟みつつ、急所狙いの斬撃を繰り返す。

 しかし次第に私は王太子殿下の勢いに押され、後方へと追いやられていった。

「ははは、先ほどまでの威勢はどうした、アリア!」

 彼は嘲るように笑い、とどめの一撃を放とうとする。
 そして勝利を確信したその慢心が、圧倒的な隙を生み出した。
 
(このときを待っていたわ!)

 戦場で慣らされた私の目には、はっきりと見えた。
 剣で叩くべき、その場所が。

「――そこだ!!」

 低い位置から斬り上げた私の攻撃は、王太子殿下の剣を弾き飛ばした。
 そのまま瞬きする間すら与えず、彼の首元へ刃を突きつける。

 決着は一瞬だった。

「……勝負あり」

 王太子殿下は愕然とした表情で膝をつく。
 静寂の後の決着宣言に、会場のざわめきが一気に爆発する。

「王太子が負けただと」
「だが、殿下は剣聖に指導を受けているのだろう?」
「あの元令嬢、なんという速さだ!」

 私は剣を収めてから、動くことができないでいる王太子殿下へ静かに言った。

「これが"騎士ごっこ"です」

「くっ……。くそ、これは、これは何かの間違いだ! 僕は――!!」

 彼は屈辱で顔を歪めながら叫ぶが、言葉が続かなかった。
 当然だ。この結果は、間違いなんかじゃない。
 真剣勝負に、言い訳など必要ない。

(清々しい気持ちだわ)

 この勝利は、私の積み重ねてきたものが正しかったと証明してくれる。
 今までのモヤモヤした気持ちが、一気に晴れ渡った。

 そのまま壇上へ戻ろうとした瞬間、腕を引かれる。

 振り返れば、いつの間にかアークレイ団長が隣にいた。

「流石だ。見事な戦いだった」

 団長はそのまま周囲の視線も気にせず、私を引き寄せる。
 大衆が見守る中での大胆な行動に、私は狼狽えた。

「団長、どういうおつもりですか」

「宣言するには、丁度いい機会だからな」

 抗議する私へ、団長は言い切った。
 会場全体に聞こえる声で、彼は高らかに宣言する。

「いいか、アリアは俺の補佐官だ。――そして、誰にも渡す気はない」

 会場内のざわめきが大きくなる。
 それに、何か余計な台詞まで聞こえた気がする。
 私は軽い目眩に襲われた。

 それでも、団長は構わず続ける。

「今後、彼女に無礼を働く者がいれば、俺が相手になる」

 団長からの牽制に、会場の空気が一気に張り詰めた。
 こちらを見つめていた王太子殿下の顔が、青ざめていくのが視界に入る。

 私は小声でひそひそと団長へ問いかける。

「……過保護では?」

「当然だ」

 堂々とした満足げなその横顔を見て、私は思わず笑ってしまった。

「ふふっ」

(もういいや)

 何だか、吹っ切れた心地がした。
 もう過去も立場も関係ない。

 私は前を向くと、力強く足を踏み出した。

(今なら、自分で自分を認められる気がする)

「団長。――隣、失礼します」

 一言告げて、私は団長の隣に立つ。
 私の行動に団長は唖然としてから、少し照れたように表情を綻ばせた。

 私たちはそのまま並んで、王の前へと戻る。
 
「そういえば、夜は舞踏会があるそうだ。楽しみだな」

「はいっ!?」

 ぼそりと言う団長の言葉に、私は動揺して声をあげた。
 まだまだ、波乱が続く予感だ。