婚約破棄されたので騎士団に入ったら、推しの騎士団長になぜか距離感がおかしいほど溺愛されています

 補佐官任命は、当然のように荒れた。

「本日付で、アリア・フォン・レイヴンを団長補佐官に任命する」

 アークレイ団長の一言で、訓練場にざわめきが広がる。

 入団三ヶ月の新人。しかも元令嬢。
 反発が出ない方がおかしい。

「異議あり!」

 古参の騎士エドガーが前に出た。

「戦闘能力も経験も、我々に及ばない者を補佐官に据える理由がありません」

 まっとうな意見だと思う。

(そりゃそうよね)

 私でもきっと同じことを言う。
 けれど団長は、淡々と宣言した。

「ならば試そう。アリア」

「はい」

「指揮を取れ」

 ――やっぱり、そっちか。
 純粋な戦闘力を見るなら、こんな回りくどいことはしない。

「条件は単純だ。エドガーたちのチームを指揮し、模擬戦で勝て」

 対戦相手として、戦力の高い騎士たちのチームが臨時で組まれた。
 人数も練度も上で、正面からやれば負けてしまうだろう。

(だからこそ、ってことね)

「準備時間は?」

「五分」

 短い。でも、足りないわけじゃない。

 私は周囲を見渡した。
 不満と疑念が、そのままチームメイト達の顔に出ている。

(まあ、いきなり従うわけないよね)

 私は気合を入れ直し、声を張る。

「簡単に説明します。正面からぶつかれば負けます」

 ざわりと空気が動いた。

「なので勝ち筋は一つ。分断して、各個撃破します」

「……は?」

 眉をひそめる者が出るが、私は説明を続ける。

「相手の強みは連携です。なら、崩せばいい」

 私は地面に図を描いた。

「第一班は囮。ここで引きつけてください。第二班は側面から奇襲。第三班は待機、崩れたところを叩きます」

「できるのか?」

 エドガーが睨みながら問いかけてくる。
 だが、私には確信があった。

「やるんです。私たちならばできます」

 私は間を置かずに言い切った。
 その力強い言葉に、メンバーたちの顔つきが変わる。

「……了解した」

 ようやく頷きが返り、私はほっと安堵した。

(よし)

◇ ◇ ◇

「模擬戦、開始!」

 戦いは予定通りには進まなかった。
 開始と共に、あっという間に第一班が押し込まれる。
 想定より早い。

(まずい)

 けれど、まだ崩れてはいない。

「第二班、予定変更!今すぐ動いて!」

「早すぎる!」

「いいから!」

 私は流れを作ることを優先した。
 強引でもいい。
 側面からの一撃で、敵の隊列が歪んだ。

 その瞬間を逃さず、私は叫ぶ。

「第三班、今!」

 私の言葉を合図に、残りの騎士が一気に押し込んだ。

 乱れた陣形は立て直せない。
 そのまま押し切る形で、敵陣の最後の一人も討ち取った。

「……勝者、アリア班」

 予想外の結果に、訓練場が静まり返る。

「おかしいだろ。戦闘力じゃ負けてたはずだ」

 静寂を破って、誰かが呟いた。

「だからだ」

 戦いを見届けた団長が前に出て、短く言い切る。

「補佐官に必要なのは、個の強さではない。戦場を動かす力だ」

 その言葉を聞いた古参騎士エドガーは黙り込む。
 やがて、得心したように僅かに表情を緩めた。

「……認める。少なくとも指揮に関しては、俺たちより上だ」

(よかった)

「これで異論はないな」

 団長の一言で、ビシッと場の空気が締まる。

「ありません!」

 今度は誰も異を唱えることは無かった。
 こうして、私は正式に団長の補佐官に任命された。

◇ ◇ ◇

 その日の夕方、私は団長室の隣の部屋に通される。

「ここを使え」

「やっぱり近いですね」

「補佐官だからな」

(それだけじゃ、ないわよね)

 少しだけそわそわしながら部屋の中を見回っていると、団長から声がかかった。

「……アリア」

「はい」

「今日の模擬戦、見事だった」

 真面目な彼の声に、少しだけ背筋が伸びる。

「ありがとうございます!」

 私の様子に目を細めて、アークレイ団長は続けた。 

「お前は戦場で迷わない。それは素晴らしい能力だ」

 短いが、重い言葉だ。
 これまで積み重ねてきた鍛錬や座学が、報われた気がした。

「強さは後からついてくる」

「はい」

「だが、判断力は違う。お前は最初から持っている」

 彼が私の手を取る。
 それだけで、ドキドキと胸が落ち着かなくなる。

「だから選んだ」

「……補佐官として、応えます」

 そう言うと、団長はわずかに笑った。

「それでいい。それとは別に」

「ひゃっ」

 そのまま、手を引かれて引き寄せられる。
 彼の胸の中に、すっぽり収まる形となった。

「個人的にも手放す気はない」

「……ほ、補佐官だからですか?」

「違うな」

 団長の声にも、迷いはなかった。

「俺がそうしたいからだ」

(ずるい)

 評価されて、役目を与えられて。
 その上で、逃がさないと言われる。

(ちゃんと、見られてる)

 逃げ場なんて、最初からなかった。

「アリア、あのときの続きを――」

 その時、扉が叩かれた。

「失礼します!」

 若手の騎士の慌てた声が、扉の向こう側から響く。

「街でトラブルが発生しました。魔物の群れが外縁に出現、住民が取り残されています!」

 団長の目つきが即座に真剣なものへと変わった。
 そして、迷いなくこちらを見る。

「アリア、指揮を取れ」

(いきなり本番!!)

「はいっ」

 しかし望むところだった。
 心の準備ならば、とっくにできている。

◇ ◇ ◇

 白銀騎士団が駆け付けた現場は、酷く混乱していた。
 魔物が散開し、住民の避難が遅れている。
 先に活動していた自警団の統制も崩れかけていた。

(それでも状況は、最悪ではない。まだ間に合う)

「……落ち着け」

 自分に言い聞かせるように呟くと、私は視界を切り分ける。
 人の流れ、魔物の位置、動線。

 ――やることは決まった。

「第一班、住民の避難誘導! 通路を確保して一方向に流してください!」

「第二班、魔物の足止め! 無理に倒さなくていい、引きつけて!」

「第三班は私と来て、突破する!」

 私は即座に指示を飛ばす。迷いは見せない。

 第三班と共に駆けだした視線の先に、取り残された子供がいた。
 その目前に、魔物が迫っている。

(間に合わせる!)

 私は剣を携え全力で踏み込む。
 間合いに入ると同時に、無駄を削いだ一振りを魔物へ放つ。

 一閃。

 斬られた魔物が崩れ落ちた。
 そのまま子供を抱き上げ、私は急いで後方へ下がる。

「大丈夫?」

「ありがとう。お姉ちゃん」

 子供は震えながらも、小さく頷いた。
 それを確認して、ほっと息を吐いた瞬間――

「よくやった」

 背後から低い声が響いた。
 振り向くと、アークレイ団長が立っていた。

 周囲を見渡せば、既に戦闘は収束している。
 他の騎士たちも、皆自分の役目をまっとうしたのだろう。

「判断も動きも悪くない。補佐官として問題ない」

「ありがとうございます」

 団長から認められて、私は誇らしい気持ちになった。
 子供はお礼を言いながら、家族の元へ帰っていく。

 その後ろ姿を見送る私へ、団長が近づいてきた。

「活躍は見事だった。――だが、」

 間近に迫った団長に、手首を掴まれた。
 思ったより強い力に驚き顔をあげると、複雑そうな表情の彼の顔。

「あまり無茶はするな。お前が傷つくと、困る」

(また、それね)

「補佐官だからですか?」

 少しだけ意地悪く返してみると、団長は一瞬だけ考えてあっさり否定した。

「違うな。俺が困るからだ」

 真っ直ぐすぎる答えに、私の心臓が跳ねる。

「……団長」

「なんだ」

「それ、周囲に聞かれたらまずいです」

「問題ない」

「あります」

 ちらりと見れば、周囲の騎士たちがしっかり聞いている。
 だが、アークレイ団長は気にする様子もなく続けた。

「ならば正式なものにするか」

「何をですか」

「俺たちの関係を」

「……!!」

 『俺の女になれ』と、団長に言われた台詞が脳内に蘇る。

(ちょ、ちょっと待って!)

 副官としての立場を与えられたその日――それとは別の意味での立場まで、私は外堀を埋められそうになっている。

 逃げ道がない。
 急展開過ぎて流石に焦ってしまう。

 でも、不思議と嫌だとは思わなかった。

「……考えておきます」

「遅い」

「即答しろと?」

「その方が助かる」

 真顔で言う団長は、ずるい。

「ですが、時間が必要です」

「何故だ」

「私が、ちゃんと隣に立てると認められるまで」

 一瞬の沈黙の後、団長は即答した。

「もう認めている」

「いえ、私自身の問題です。私が自分を、まだ認められていません」

 私は真剣に、団長を見つめ返す。

「だから、もう少しだけ」

 団長は暫しの沈黙の後、納得したように目を細めた。

「……ならば、仕方ない」

 そう言って、そっと私の手を離した――と思った次の瞬間。

「逃げるなよ。そうなっても、どこまでも追いかけて捕まえるが」

 団長から離れ際に低く、耳元で囁かれる。

(逃げる心算なんて、ありませんよ)

 私は喧しい心臓を押さえつつ、指示出しに戻る彼の背を見つめた。
 その胸にはときめきと共に、彼の隣へ並ぶのだという決意に満ちていた。