婚約破棄されたので騎士団に入ったら、推しの騎士団長になぜか距離感がおかしいほど溺愛されています

 白銀騎士団に入って、三ヶ月が経過した。

 私は幼少期からの鍛錬のおかげで、剣の腕には自信がある。 
 どんな任務も真摯に向き合い、順風満帆な騎士生活を送っていた。

 ……はずなのだが。

「アリア、こっちに来い」

「はい」

 アークレイ団長に呼ばれる頻度が、どう考えてもおかしい。

「剣の軌道が甘い」

「はい」

「もっと踏み込め」

「はい」

 ――今日の個別指導は、三時間目だ。

(長くない?)

 周囲の視線が痛い。
 というか、明らかに遠巻きにされている。

(私、何かやらかした?)

 思い当たる節は……ない。たぶん。

「……団長」

「なんだ」

「私だけ、指導時間が長すぎませんか?」

 思い切って聞いてみた。
 すると団長は、一瞬だけ考えてから堂々と答えた。

「気のせいだ」

「そうですか」

(絶対嘘だ――!)

 私は心の中で盛大に突っ込みつつも、声にすることは出来なかった。 

◇ ◇ ◇

 翌日、私は団長に声をかけられる。

「アリア、任務に同行しろ」

「はい」

 まただ。
 団長の任務に同行できるのは、新人としては異例のことらしい。
 しかし、もはやこれが日常になりつつある。
 
 しかも今回は――

「団長直轄任務だ」

(え、重くない?)

 任務内容は高ランクの魔物討伐。
 危険度は高め。

 けれど、問題はそこだけじゃない。

(距離が近い)

 戦闘中、団長はやたらと私のカバーに入る。
 本来なら自分で対処できる場面でも、すぐさま飛んでくる。

「下がれ」

「いえ、まだ――」

「下がれ」

 それは有無を言わせない声だった。
 気づけば、守られている。

 任務後、私は思い切って問いかけた。

「……団長」

「なんだ」

「過保護では?」

 私の言葉に団長は、少しだけ眉をひそめた。

「そうか?」

「そうです」

「死なせたくないだけだ」

 あまりにも自然に言われて、言葉に詰まる。

「それは、騎士として当然では」

「違うな」

 即答だった。

「お前だからだ」

(え?)

 一瞬、思考が止まる。
 しかし団長は、それ以上何も言わずに歩き出した。

◇ ◇ ◇

 それから更に数日後、状況は――見事に悪化した。

「アリア、これを使え」

「……新しい剣、ですか?」

「ああ。お前に合わせて作らせた」

(重い!)

 いや、剣は軽い。
 素晴らしい造りだ。

 そうではなくて、団長からの気持ちが重い。

「団長、さすがに特別扱いが過ぎます」

 周囲の視線が刺さる。
 今回の剣のことだけではない。

 訓練、任務、装備――どれを取っても、私は明らかに優遇されていた。

「問題あるか?」

「あります。組織として」

 きっぱり言うと、団長は少しだけ眉を寄せる。
 その時、静かな声が私たちの会話に割り込んできた。

「その通りですね」

 振り向くと、そこにいたのはリオネル副団長だった。

「副団長……」

 彼は団長の右腕にして、実質的な実務責任者だ。

「新人に過度に目をかければ、不満は出ます」

 それは淡々と、事実だけを述べる声色だった。

「まして彼女は入団三ヶ月。尚更です」

 重ねられるのは、ぐうの音も出ない正論である。

(やっぱりそうよね)

 私は副団長の言葉に内心で頷き、同意した。
 しかし、忠言を受けたアークレイ団長が動じる様子はなかった。

「分かった。ならば、理由を与える」

 何故だろう、酷く嫌な予感がする。

「アリア」

「はい」

「お前を"戦術補助"の補佐官として、俺の直下に置く」

「……戦術補助?」

 聞き慣れない役職だ。

「臨時の補佐枠だ。正式な副官はリオネルのまま変わらない」

 アークレイ団長の言葉に、副団長が頷いた。

「団長の補助は本来、私の役目です。しかし――先日の任務。あなたは戦況の把握が、誰よりも早かった」

「……たまたまです」

「いいえ」

 思いがけず褒められて咄嗟に謙遜したが、即否定された。

「魔物の出現位置、味方の位置、危険域の判断。すべて正確でした」

 そこまで言われると、少しだけ照れくさい。

「団長の動きとも噛み合っていましたね」

 同調するように、アークレイ団長が声をあげた。

「お前がいると、戦いやすい」

 彼は短く、しかし断定的に言う。

「強さは、確かにまだ並だ」

(言うわね)

「だが、戦場での価値はそれだけじゃない」

 団長の真摯な言葉が、私の胸に響く。

「お前は"俺を一番活かせる位置"にいる」

 しばしの沈黙が流れた。
 先程までと空気が変わる。
 
 ――これは、ただの贔屓ではない。

(評価……されてる?)

「どうする?」

 団長が真剣な顔で問いかけてくる。
 戸惑う私へ、副団長も後押しするように微笑む。

「せっかくの適性です。活かさないのは損ですよ」

「……」

 私は少し考えてから、顔を上げた。

「受けるなら、条件があります」

「言え」

「特別扱いだと、周囲に思われないこと」

「難しいな」

「努力してください!」

 私が力強く叫ぶと、団長は驚いたように目を瞬かせた。
 そして、小さく笑った。

「分かった。なら、堂々とできる別の理由を作る」

「……もう十分あると思いますが」

「足りない」

 低い声にどきりとする。
 おそるおそる団長の方へ顔を向ければ、熱っぽい彼の目と視線が交わった。

「俺はお前を、一人の女として見ている」

「はい。……はい!?!?」

 突然の爆弾発言に、私の頭は混乱状態に陥った。
 心を落ち着かせる間なんて与えられるはずもなく、団長は言葉を続ける。

「最初に言っただろう――いずれ、俺の隣に立て」

 彼から告げられた、あの日の言葉が蘇る。

 私の頬が、一気に熱を持った。
 真っ赤になったまま、私は何も言えずに固まる。

「もう立っている、なんて言うから」

 団長はそんな私を見て、少しだけ困ったように笑う。

「それなら、逃がさないことにした」

(なにそれ)

 推しが、距離を詰めてくる。
 物理的にも、心理的にも。
 それも余りに急速に。

 致死量の溺愛に、私の思考回路が擦り切れ寸前だった。
 逃げたいのに、逃げたくない。

「……ずるいです」

「何がだ」

「推しが距離を詰めてくるの、反則です」

 一瞬の沈黙の後、団長は悪い顔で目を細めた。

「なら、推しじゃなくなればいい」

「え?」

 耳元で、彼が低く囁く。

「これからは、俺の女になれ」

「ひぅ」

 私の息が止まりかけたところで、副団長がわざとらしく咳払いをした。

「団長。職務中です」

「分かっている」

「なら、続きは後で」

(続き?? つ、つづき……????)

「……で、補佐官の件、どうする?」

 もう一度、団長から改めて問われた。

(ずるいな)

 評価されて、居場所を与えられて、その上でこれだ。
 私は拳を握り締める。
 自分の生き方に、後悔は――したくない。

「……受けます」

「そうか」

 短く返事をした団長の目は、少しだけ柔らかかった。

「歓迎します、アリア」

 副団長が手を差し出してくる。

「これからは、団長の補佐として――そして」

 彼は少しだけ、意地の悪い笑みを浮かべた。

「団長の"お気に入り"として、頑張ってください」

「それ、必要ですか?」

「重要なポジションですよ」

 副団長は完全に楽しんでいた。
 真面目な人だと思っていたが、案外茶目っ気がある。

 その横で、団長がぽつりと呟く。

「否定はしない」

(否定してよ!)

 顔が熱くなるのを感じながら、私は深く息を吐いた。

 ――こうして私は、誰よりも団長に近い位置に立つことになった。
 しかし当然、それに良い顔をしない者だっていたのだ。