「……っ!」
あれからどれだけの時間が経過したのか、時斗はいつの間にか眠っていたらしく机にうつ伏せていた。
「そうだ、光達のところに行かなきゃ……って、あれ?」
光と杉田の待つ音楽室へ向かおうと立ち上がった瞬間、周りの景色が変わっていることに気がついた。
そこは自室であった。
「俺……帰って、来たの?」
急いで携帯端末で時間を確認すれば、玲人に連れられてあの不思議な空間に行った時間を指していた。
「光……先生は……っ!」
そう思い、光へ電話をかけると数回のコールの後で元気な声が聞こえてきた。
「時斗! ねぇ、俺達……」
「うん……帰って来られたみたい」
「良かったぁ~……ずっとあそこに居なきゃいけないかと思ったよ」
「ごめんね、巻き込んで」
「時斗のせいじゃないって。それより、どうやって犬飼のこと説得したのさ?」
「それは……」
答えようとしたが、あの時の出来事は二人だけの秘密にしておきたいという思いが過り、時斗は一旦黙ると、誰に見せるでもなく首を左右に振ってから返事をした。
「企業秘密ってことで」
「なんだよそれ~」
「まあいいじゃないか、帰ってきたんだから」
「まあね。そだ! 先生には? もう連絡した?」
「これからするつもり」
「そっか。じゃあ切るね、明日また学校でね」
「うん。ねぇ、光……いつもありがとう。これからも、よろしくね?」
「なんだよ今さら。当たり前じゃん! 俺こそ、よろしくね? 時斗」
「うん! じゃあ、またね」
「またね~」
光との電話を終え、時斗はすぐに杉田にも連絡を入れた。
杉田も数回のコールで電話に出てくれた。
「猫田から連絡がきたということは、成功したんだな?」
「そうみたいですね」
「犬飼は? どうだった?」
「安心して逝きましたよ。笑ってました」
「そうか……それは良かった」
そう言った杉田の声は安心しつつも、どこか寂し気なものだった。
無理もない。杉田にとって、犬飼玲人は恩人で、誰よりも大切に思っていた生徒なのだから。
「……先生」
そんなことを思いながら、時斗は杉田を呼ぶと優しい声色で語りかけた。
「直接は言っていませんでしたけど、きっと玲人は先生に感謝していたと思います」
「……なぜ、そう思うんだ?」
「だって……アイツ、あんな場所でも先生が大事にしてた花の世話してたんですよ? 何も思ってないなんてことないと思います」
「……教室の花瓶のことか?」
「はい」
音楽室に向かう途中、窓越しに見た花壇には玲人の姿はなかったことを思い出し、杉田は瞬時に花瓶に生けた花のことを思い出して言った。
毎日、玲人が水をかえて美しく飾ってくれていたものだ。忘れるわけがなかった。
「玲人はあれで、本当に面倒なことはしない性格です。だから、きっと先生との時間はアイツにとっても大切だったんだと思います」
「そうか……そう、だったんだな……犬飼っ」
生前の玲人とのやり取りを思い出し、杉田は声を殺して泣き始めた。
葬式の時とは違い、本当に悔しさを帯びた泣き声で、時斗は聞こえないふりを必死に貫くことしかできなかった。
暫く沈黙の時間が過ぎ、杉田の方から声をかけられる。
「猫田、こんなことを今さら言うのは違うかもしれない。けれど……言わせてくれ」
「はい」
「今まで、犬飼を愛してくれて……ありがとう」
「……違いますよ先生、俺は今でも玲人を愛してますから」
「そうか……ありがとう」
安堵した声で言われ、時斗は気恥ずかしさを覚えながらも杉田が完全に泣き止むまで電話を続けた。
「明日も早い、そろそろ休もう」
「そうですね」
「それじゃあ、猫田……また明日、学校で」
「はい。おやすみなさい。先生」
かるく挨拶をして電話を切る。
明日からも学校はある、変化したのは犬飼玲人という存在が居なくなったということだけだ。
(玲人……)
ずっと一緒だと約束はしたが、触れることも声を聞くこともできないというのはやはり辛いものだ。心の中で玲人の名前を呼んでも、以前のように姿は見せてくれない。
(寂しいよ……玲人)
もう心を読むことすらできない事実に、時斗はそう思いながらベッドへと身を投げた。
うつ伏せになって横になれば、急に疲れを訴えだした身体が沈んでいき、気がつけば泥のように眠っていた。
翌朝、学校に行くとクラスメイト達は既に別の話題で盛り上がっていて、誰も玲人の話をしてはいなかった。
「……」
それに僅かな空虚さを感じながら席に着く。以前は玲人が座っていた席には美しいコスモスが飾られていた。恐らく、杉田がやったのだろう。玲人と最後に育てた花なだけあり、草花に疎い時斗でもその美しさはよく分かった。
「授業始めるぞ~」
ガラガラと音を立てて引き戸を開けながら入って来た杉田はあの空間にいた時とは打って変わって以前通りの気だるげで、やる気のない様子だった。
そんな姿に若干の安心を覚えて、時斗は授業に集中する。
最近は秋がなくなったとよく言われているが、まだまだ暑いように思えた外気は少しだけ秋風を混ぜていて、心地の良い風が教室に入ってきて髪をふわりと揺らしていた。
(あの世にも季節ってあるのかな……)
ふと、そんなことを思って校庭を見ると、端の方へ綺麗なコスモスの咲いた花壇が目に入った。
杉田と玲人が最後に手入れをした花壇は、誰にも邪魔されることなく咲き誇った花々たちでその美しさを一掃際立てているようだった。
(玲人も見てるのかな?)
見ていたらいい、と思いながら時斗はノートに可愛らしいコスモスの落書きをするのだった。
午前の退屈な授業が全て終わり、大あくびをしていた時斗のもとへ光が大きな弁当片手にやって来る。
「時斗、一緒にご飯食べよう!」
「うん、いいよ」
「んじゃ、屋上行こうよ。今日気温丁度いいし」
「そうだね」
光に返事をして、時斗も行きがけに買ってきたコンビニの袋を持って一緒に屋上へと向かった。
心地のいい秋風が吹き、絶好の昼食スポットとなったそこは不思議なことに人気がなく、居るのは時斗と光の二人だけであった。
「あ~ん! それにしてもさ、不思議な体験だったよね」
モグモグと口を動かしながら言う光に行儀が悪いぞと指摘して、時斗は昨日のことを思い出す。
「そうだね……でも、俺は後悔してないよ」
「……んくっ! ちゃんと話できたから?」
「それもあるけど……なんだろう、玲人の全部を俺だけ知れた気がしてさ」
「なにそれ、ちょっとジェラシー感じちゃうなぁ」
「ははっ、ごめんごめん」
そういえば、光は自分を好きだと言ってくれたのだったと思い出し、時斗はなんとなしに光に問いかける。
「光はさ、まだ俺のことが好きなの?」
「もちろん。でも、もう犬飼から奪いたいとかそういうのはないよ」
「そっか……ごめんね、光がダメとか……そういうのじゃないんだけど」
「謝んないでよ。フラれたのがもっと惨めになってくるじゃん」
「そういうもの?」
「そうだよ。俺じゃ犬飼には敵わないんだって、分かってるし。もう諦めはついてるからね」
爽やかに笑って言う光に、時斗は申し訳なさで満たしてしまっていた思考を空っぽにして光を見つめた。
諦めがついたと言っているだけあって、その表情は穏やかなものだった。
「でもまあ、犬飼の未練ってのがなくなったなら、いいんじゃない?」
「うん。玲人だけあんな場所に置いてはいけなかったからね」
「そうだね。……未練、かぁ」
光がそう呟いて空を見上げる。サラサラと靡く髪を少しだけ鬱陶しそうに感じながら、光は時斗の方を見ずに話をした。
「俺にもあるのかなぁ……死んでからの未練って」
「……あるんじゃないかな。きっと、俺にもあるだろうし」
「そっかぁ」
死んでから分かるもの、というのも世の中にはあることだろう。玲人がそうであったように、自分達だって例外ではないはずだ。
「そうだ……玲人がさ、最後に言ってたんだけど……」
「なに?」
「アイツも、光と友達になりたかったんだって」
「犬飼が? そんなこと言ったの?」
「直接的ではなかったけどね。俺には光も、杉田先生もいるから大丈夫だって」
「そう、なんだ……あの犬飼が、ねぇ」
不思議そうに思いながらも、光は口元をほころばせて嬉しそうにしていた。
もし、玲人が生きていたら、こうして同じ輪の中で三人一緒に昼食をとっていたかもしれない。たまに杉田も加わって、面白おかしく日常を過ごしていたかもしれない。
そう思うと、時斗は妙に胸がザワついてモヤモヤとした塊を抱きかかえるように胸元に手を置いた。
もしも、というものはもうないのだ。
玲人が居ない以上は、叶わない願いであり、ただの理想だったことにすぎない。そう考えると嬉しさと一緒に寂しさが込み上げてきて、時斗はなんとも言えない顔で光の方へ視線をやった。
「どうしたの?」
「ん? いや、なんでもないよ」
「そっか。あっ! そういえば、今度の野外学習の班決めってこの後だよね」
「あれ? そうだったっけ?」
光に言われて、ふと朝礼の時の杉田の言葉を思い出す。やる気のない声で昼休み後の授業で決めると言っていた。
「すっかり忘れてた」
「だと思った。んで、時斗は誰と組むの?」
「俺は……決めてないかな」
「だよね。それじゃ、俺立候補しちゃおっと!」
「立候補って……俺そんな人気じゃないし、たぶん余る方だと思うよ?」
「も~! そういう卑屈なこと言わないの!」
ぷっくりと頬を膨らませて光はそう言うと、ピンッと人差し指を立てて時斗に見せる。
「恋人枠は犬飼に譲ったけど、親友って枠は俺だからね! そこんとこ大事にしてよね?」
「光……うん。ありがとう」
真っ直ぐに自分を見て笑う光の表情を見つめ、時斗はそう言うとコクリと頷いて見せた。
「そんじゃ、そろそろ戻ろうか」
「そうだね」
返事をしてコンビニのごみを集めて持っていく。教室に戻る途中にあるごみ箱にそれらを捨てて、チャイムの音とほぼ同時に教室へと戻った。
暫くすると、杉田が午前中以上に気だるげな様子で教室へ入ってくる。
「それじゃあ、今から今度の野外学習の班決めするぞ~。適当に二組になれ~」
杉田の発言を受け、クラスメイト達がぞろぞろと各々の好きな相手とペアを組んでいく。
それに少し遅れた状態で時斗も光とペアを組むと杉田に申告に行った。
「猫田と高畑な……よし、席に戻っていいぞ」
「はーい! 時斗、戻ろ」
「うん」
光に手を引かれて席に着く。
もし玲人が生きていたら、今ごろ一番最初にペアを組んで杉田へ申告しに行っていたのだろう。そう思うと、光には申し訳ないが時斗は少しだけ残念な気持ちを抱いた。
(玲人……)
心の中でそんな想いをぎゅっと握りしめ、なんでもないように過ごす。
午後も適当に授業を受け、部活に向かう光を見送ってから自宅までの道を歩く。
玲人が死んだあの踏切まで行くと、既に血痕などは綺麗さっぱりと片付けられていて、まるで此処では何もなかったかのようになっていた。
「たった一日しか経ってないのにな……」
そう呟いて、カンカンと鳴る踏切の音に僅かにザワつく胸を押さえる。
あの日、言葉を残して自ら踏切へと入っていった玲人の姿を思い出す。散らばった玲人の肉片も恐らく綺麗に回収されているのだろう。葬式の時には見られなかった顔も、きっと。
暫くして電車が過ぎていき、踏切が開いた。
一歩、一歩とゆっくり進んでいく。以前は二人で歩いていたそこは、一人で歩くには少々広く感じられた。
***
あれから数日が経ち、今日は野外学習の日となった。
光と二人で好きな場所を決めて、課題である写生を始める。
「そういえばさ」
光が目先のキャンバスを見ながら話しかけてくる。
「なに?」
それに対して、同じくキャンバスから目を離さずに聞き返す。
「犬飼のこと、多少は落ち着いてきた?」
鉛筆を走らせながら問われて、時斗は一瞬だけ動かしていた手を止めてポカンと開けた口を動かした。
「いきなりだね」
「うん。これでもちょっとは気は遣ったつもりだけどね」
確かに、あの一件から数日後、二人きりの場所で問われたことは気を遣ってくれたのだろうと思えた。
「そうだなぁ……正直言うと、まだ思い出すよ。でも、そこまで苦しくはないかな」
「そっか。それじゃ、よっぽど良い未練の絶ち方してきたんだね」
「そうなるの……かなぁ?」
あの対応に玲人は喜んでいた。実際に成仏するまでに至ったのだから、時斗の選択は間違ってはいなかったと言えるだろう。しかし、時斗の方はと聞かれるとなんとも答えづらい状態だ。
「違和感っていうのかな、そういうのは残ってるよ」
「居ないことへの違和感ってこと?」
「うん。やっぱり、いつも一緒にいたからいざ居なくなると違和感すごい」
「あ~……それは確かにあるかもね」
「でも、ちゃんとケリはつけてきたから無駄に悩んだりとかはないけどね」
「そっか」
光が鉛筆を滑らせて風景を描く様をチラリと見て、時斗も急いで手を動かす。
「まあ、時斗が納得してるならいいけどね」
「納得、かあ……うん。まあ、してるのかな」
「ふぅ~……よし、完成!」
「えっ、早いなっ!」
「ふっふっふっ、こう見えて俺は絵が得意なのだよ時斗くん」
「そういえば、昔から賞とかよく貰ってたもんね」
小学生の頃から光がちょくちょく賞を貰っていたことは知っていたが、あまりにも多彩なため、いつ何の項目で貰っていたかまでは気にしたことがなかった。
「時斗は? もう出来そう?」
「ん、もうちょっと……こんなもんでいいかな?」
「見して~!」
「ヤダ。俺は下手くそだもん」
「下手でも味があればいいんだよ」
「それ褒めてるつもり?」
そんなやり取りをして、野外学習を終えると課題を提出した順で直帰していいと言われた。
「じゃあ、時斗また明日ね」
「うん。またね、光」
爽やかに手を振って言ってきた光にかるく返事をして帰路につく。
あの踏切を見ても、もう息が吸い込めないほどの苦しさを感じることはなくなっていた。
***
もう数日で冬休みを迎えようとしていたある日、時斗は何の目的もなく図書室へと来ていた。
特に目的もなく本棚を見て回る。すると、ある一冊の本を手に取った。
タイトルは『ある青年の恋について』というもので、内容は恋愛小説にあたるものだった。
生前、玲人に勧められた本だ。
あの件が起こる前に勧められて、あまり読む気がせずに放置していたそれをパラパラと捲る。内容はいたってシンプルで、ある日カフェで出会った女性に一目惚れをした青年が、その女性に振り向いてもらうために必死にアプローチをするといった、言ってしまえばありきたりな内容だった。
けれど、時斗はそれを立ったまま読み進めると、次第に溢れてきた涙に気づいてぐしぐしと制服の袖で目を拭った。
(俺と玲人も、こんなふうになれてたら……)
そんな想いが込み上げてきて、本の内容などろくに入ってもこないくせに涙が止まらなかった。
「玲人も……こうなりたかったのかな」
呟いた、その瞬間――冷たい風が時斗の前を横切る。誰かが窓を開けたのだろうかと思い、窓の方を振り返るがそこに人気はなく、窓も閉まったままとなっていた。
「……?」
不思議に思い、首を傾げると向き直った本の上に薄っすらと文字が浮かび上がる。
【ずっと一緒だよ】そう浮かんできた文字は、時斗が目を見開くと同時に消えて元の恋愛小説のページに戻っていた。
「……玲人?」
思わず呟くが、そこに玲人の姿は当然のごとく見当たらず、暇そうに船を漕いでいる図書委員と自分の二人だけが室内に居る状態だった。
「気のせい……かな?」
先程の冷たい風と文字が不思議でならないが、実際何の証拠もない状態では確信を突けず、時斗は再び本へ目を通すことにした。
内容はやはりありきたりだったが、最後の青年の言葉には胸を打たれるものがあり、どうして玲人が進めてきたのかが少しだけ分かった気がした。
「ふぅ……」
読み終えたそれを元の位置に戻し、時斗はいい加減帰宅しようと図書室を出ることにする。
すると、またあの冷たい風が今度は背後に吹き、まるで抱きしめられているような感覚に襲われた。
ゾワリと走る悪寒に、時斗は不思議そうにするが風邪でも引いたのかと思い、今日は早めに就職しようと思いながら図書室を出て帰路を歩いた。
すっかり冬の空気に変わった外を歩きながら、ズレたマフラーを直す。
僅かに赤くなった手を見て、そろそろ手袋も必要だろうかと思い、あの踏切まで歩みを進める。
今日も丁度電車が来る時間と合ってしまい、カンカンと鳴り響く踏切の音を聞く。暫くの間その音を聞いていると、不意に背筋を冷たい風が吹き抜けた。
「……っ⁉」
驚きに肩を揺らすと同時に電車が通り過ぎ、踏切が開かれ、時斗は不思議に思いながらもそのまま歩みを進めて家へと帰った。
翌日、もうさすがに外は寒いということで杉田に無理を言って解放してもらった化学室で光と昼食をとっている最中に時斗は昨日の出来事を話してみることにした。
「……ってことがあってね」
「気のせいじゃない? 最近一気に寒くなってきたし」
大口で好物の唐揚げを頬張る光がそう言って、モグモグと口を動かした。
確かに、最近になって気温が一気に下がり始めたのは事実だ。ニュースの天気予報では雪が降るかもしれないと言っていた。
「気のせい……なのかなぁ」
「だって、犬飼がちゃんと成仏したんでしょう?」
「うん。しっかり見たよ」
「じゃあ、また幽霊になって現れるなんてことないじゃん」
「それは……そう、なんだけど」
なんとも歯切れの悪い答え方をすると、側でカップラーメンをすすっていた杉田も同じように口をはさんできた。
「猫田が見送ったのだから、今さら蘇るだなんてこともないだろう……考え過ぎだ」
「そう……ですね」
杉田にまで言われてしまうとこれ以上は相談にならないと思い、時斗は玲人の話題を出すのを止める。
「そういえば、野外学習の時の写真って明日できるんでしたっけ?」
「ああ。その予定だ」
問いかけた光に杉田がそう答える。
玲人との件が落ち着いてすぐにあった野外学習の際に撮った写真が明日届くらしい。
普段はそういったものに興味を示さない時斗だが、今回は光と一緒に撮った写真も多く、そこそこに楽しみだった。
「綺麗に撮れてるといいな~、ね? 時斗!」
「うん。杉田先生が撮ってくれたし、大丈夫だと思うけど」
「あまり期待はしないでくれよ」
杉田に言われて、野外学習の日初めての一眼レフカメラにたじたじとしていた杉田を思い出し、時斗はクスクスと笑いを零す。
「大丈夫ですよ。先生意外と本番に強いの知ってますから」
「意外とは余計だ」
「ふふっ……あっ!」
「ん?」
笑いながらふと窓の外を眺めた時斗が漏らした声で、光もそちらを振り向く。
すると、そこには白い小さな粒が降り出していた。
「雪だー!」
「今年の初雪だな。どうりで寒いと思った」
そう言って、杉田はストーブの温度を上げる。
「綺麗だなぁ……」
あの世で玲人もこの雪を見ているのだろうか。ついそんなことを考えてしまうくらいに、その雪は美しく、大切な相手と共有したいものだった。
(玲人……)
あの一件で、玲人がどれだけ自分を愛してくれていたかがよく分かった。
あの日、自分の出した答えを受けて玲人は成仏していった。けれど、本当に玲人は満足していたのだろうかと、そう思う日があった。
時斗は時斗なりに玲人への想いを伝えたつもりだが、果たしてあれで正解だったのだろうか。考え出すと思考がそれだけでいっぱいになって、他のことが入ってこない。
「――時斗っ!」
「……へっ?」
「ぼーっとしてどうしたの? もう教室戻るよ?」
「あ、ああ……うん」
呼ばれていたことすら気づかないほど、自分は玲人のことを考えていたのかと驚きながら時斗は急いでごみを片付けると、光を追いかけるように教室へと向かった。
「写真、楽しみだね」
「うん。いい感じのやつあるといいね」
そんな他愛ない会話をして午後の授業を受けて、その日もまた同じように過ごして帰宅する。
翌朝、教室へ入ると一目散に時斗のもとへ走ってきた光に挨拶をする。
「おはよう、光。今日も寒いね」
「おはよう、時斗……あのさ」
言いづらそうに顔をしかめながら、光が一枚の写真を時斗に渡してきた。
「これ、なんだけど……」
「ああ、野外学習の時の写真?」
それを受け取り、目を通す。
初めての一眼レフカメラだと言ってわりには綺麗に写った写真を見て、流石は杉田だと感心していると、光が一か所を指さして震える声で時斗に囁いた。
「これってさ……犬飼、だよね……」
そう言われて、さされた箇所へ目線を向ける。
そこには、誰よりも美しく写された玲人の姿があった。
時斗の後ろにぴったりとくっつき、まるで背後霊のように時斗を守るかのように写っている。
「……玲人」
「心霊写真ってことだよね? どうしよう……こういうのって、やっぱり霊媒師とかに依頼した方がいいのかな?」
焦った様子で言う光をよそに、時斗は久しぶりに見た玲人の顔を指でなぞり、小さく笑う。
「ああ……本当に、憑りつかれちゃったなぁ」
あの時自分が言った言葉が本当になったことを嚙みしめながら、時斗は目を細めて笑むと、その笑顔を見た光が肩を震わせて目を見開く。
「時斗……後ろ」
光が時斗の背後を指さして絞り出した声で言う。
「ああ、光には見えるんだ? いいなぁ」
光の目に映り、自分の前には現れない存在を感じて、時斗は心からの幸福に満面の笑みを浮かべるのだった。



