いつも通りの昼休み。
時斗は残り少ない、いちごみるくをちゅうちゅうと吸っていた。そんな時のこと、隣で弁当をたいらげたばかりの玲人が、ふと時斗に話しかける。
「ねぇ、時斗」
「……なに?」
何の気ない、そんな声色で問いかけてきた玲人に返すと、玲人はぼんやりと空を見上げながら曇った表情で語った。
「俺が死んだら……どうする?」
そう玲人の唇から言葉が放たれた瞬間、時斗は自分でも驚くほどのスピードで拳を振り上げていた。その先は、もちろん玲人の頭だ。
「冗談でも、そういうこと言うな」
「ごめんって」
「謝るくらいなら、尚のこと言うなよ……馬鹿。それに、お前が言うとシャレにならない」
「ふふっ、そうだね」
軽く流すような笑い声に、時斗はムッとしながらも息を吐いて玲人を見つめた。
玲人には、時斗にだけ打ち明けている秘密があった。それは、死んだ人間の姿を見ることができるといった特殊な力があるというものだ。
玲人自身、謎だと言っていたが見えるのは【人間】に限られるらしく、動物などは見えないのだと言う。それは逆に気分が悪いのではないかと思うが、当の本人はさして気にしていないらしい。
「毎日見てるとさ、なんとなく自分もああなったらって思うんだよね」
「……」
毎日、人の死に触れるというのはどういう気持ちなのだろうか。
時斗には皆目見当もつかない。だが、毎日朝から晩まで死人を見ていたら慣れてしまうのだろうかとも思った。中にはグロテスクな姿をした者もいるだろうに。
飛び散った内臓や潰れた頭などを思い浮かべると、時斗は飲んでいたいちごみるくを吐き出してしまいそうになった。
「どうかした?」
「想像したら吐きそうになった」
「俺が死ぬとこ?」
「それも含んで」
頷きながら言うと、玲人はクスクスと笑って時斗の頭に大きな掌を乗せる。そして、それを左右に動かしてガシガシと乱暴に撫でた。
「怖い想像させてごめんね」
「子供扱いするなよ」
「ははっ! ごめんごめん」
そうやって、あしらうように笑う玲人は本当に心から時斗を子供扱いしていることが見て取れた。というのも、時斗もまた玲人同様に特殊な力を持っているからであった。
他者の心が読める。そういった能力が生まれつき備わっており、目の前の人物の心は時斗には筒抜けだった。
玲人の顔を覆い隠すように現れる文字を読めば、彼が時斗をひどく甘やかしているのが分かる。まるで、年の離れた弟と接するかのような、そんな慈愛に満ちた想いを感じた。
「そうやって、いつまでも子供扱いして……俺、一応はお前の恋人なんだけど?」
「分かっているよ。だからこそ甘やかしたくなるんだ」
「なんだよそれ」
「時斗なら、分かるだろう?」
そう問われれば、またもや玲人の顔を塗りつぶすように文字が現れる。
【時斗はかわいいな】【もっと甘やかしたい】【ずっと側に居たい】そんな文字たちが現れては消え、次へ次へと切り替わっていく。
そんな様子に、時斗は深く溜息を吐いて飲み終えたいちごみるくのパックをぎゅっと握って潰した。
玲人も既に綺麗に空となった弁当箱を布で包んで水筒の近くに置いていた。
「あ~、そろそろ授業かぁ……怠いなぁ」
「そう言って、いつも成績上位なくせに」
「出来るのとやりたいのは別だよ」
「はっ! 一回くらい言ってみたい台詞だね」
「時斗だって、頑張れば楽勝だと思うけど?」
「生憎と、俺頑張るのって嫌いだからさ」
「そういえば、そうだったね」
そんな他愛のない話をしていると、ふわりと二人の間を通った秋風とともに休憩時間の終わりを告げる鐘が鳴った。
「戻ろう。遅れると杉田先生に嫌味言われちゃう」
「あの先生は何も言ってこないと思うけどな」
「だとしても、遅刻は厳禁だ」
担任の杉田透は、超のつく面倒臭がりでいつもやる気がない。多少授業に遅れた程度で何か言ってくるような人物ではないが、玲人のいうことも確かだ。遅刻は良くない。
早々に後片付けをして、二人は急いで教室へと向かった。
「それじゃあ、授業始めるぞ~」
気だるそうな声とともに教室に入ってきた杉田に、ああ今日もいつもと変わらないなと思いながら時斗は欠伸混じりの読み上げを聞いてノートを取った。
杉田はテスト範囲を適当なところで話し出すのでたちが悪い。しっかりとノートを取っていないとテスト間近に泣きをみるのはこっちだ。油断はできない。
暫くは教科書の読み上げとテスト範囲の指示を聞いてノートを取り、それからはなるべく杉田の心を読んで対策を練る。
そんなことをしていると、ふと先程の玲人の言葉を思い出した。
『俺が死んだら……どうする?』
あの言葉はいったいなんだったのだろうか。いきなりすぎて怒ってしまったが、もし玲人が自分にも打ち明けられないようなことを考えていたとしたら。
それは、時斗にとって許しがたいことだ。
(一応……そんな危ないことは読めなかったけど……)
玲人の心には危険な思考はなかった。あったらとっくに説得をして止めさせているところだ。それがなかったということは、つまりそういうことなのだろう。
(まあ、考えても仕方ないか)
玲人自身が何も思っていないのなら、心配したところで意味がない。そう思うと、時斗は再び授業に集中する。
杉田は相変わらず欠伸を繰り返していて、やる気が微塵も感じられない。昼飯後ということもあり、こちらまで眠くなってくる始末だ。これで教師が務まるのだから、世の中なにが起こるか分からない。
杉田が楽をしているかは別として、時斗は若干将来は教師もいいかもしれないなと思いながら窓の外へと視線を移す。
舞い散る桜の花を見て、春ももうそんなに長くはないだろうと思うのだった。
授業を終え、玲人と二人帰路につく。
長い踏切に足止めを食らって、立ち尽くす。
「ねぇ、時斗」
カンカンカンカーンとうるさく鳴り響く踏切の音にかき消されそうな声で、突然玲人が話しかけてきた。
「なに?」
「ずっと……」
呟いた瞬間、玲人の身体がふわりと自然な動作で動いてまもなく電車の通過する踏切へと入っていく。
それはまるでスローモーションのように瞳に映り、時斗は目を見開いてそれを追った。
「一緒に居ようね。時斗」
そんな言葉が聞こえると同時に、目の前が一気に赤に塗りつぶされていった。
「……れいと?」
囁いた声が電車の走行音にかき消され、血肉が辺り一面に飛び散る。
その場に居た者達全員から悲鳴が上がり、一番近くに居た会社員らしき男性が緊急停止ボタンを押していた。
そこで、はたと気がつき、現実を見つめる。
玲人が電車に轢かれて死んだ。
それを理解できたのは、玲人の身体がバラバラに飛び散った後のことだった。
「うっ……」
理解し、改めて見つめたことで時斗は胃から迫りくる熱をその場で吐き出すことしかできなかった。
「おえぇえええっ‼」
吐瀉物が、固いコンクリートの上にぶちまけられる。強い酸の臭いが鼻を突く。けれど、そんなものよりも今起きたばかりの現実を受け止めることの困難さに時斗は眩暈を起こし、その場に倒れ込んだ。
周辺から自分に呼びかける人の声と救急車のサイレンの音が聞こえてきたが、重い瞳は開くことなくそのままゆっくりと意識を暗闇へと落としていった。
時斗は残り少ない、いちごみるくをちゅうちゅうと吸っていた。そんな時のこと、隣で弁当をたいらげたばかりの玲人が、ふと時斗に話しかける。
「ねぇ、時斗」
「……なに?」
何の気ない、そんな声色で問いかけてきた玲人に返すと、玲人はぼんやりと空を見上げながら曇った表情で語った。
「俺が死んだら……どうする?」
そう玲人の唇から言葉が放たれた瞬間、時斗は自分でも驚くほどのスピードで拳を振り上げていた。その先は、もちろん玲人の頭だ。
「冗談でも、そういうこと言うな」
「ごめんって」
「謝るくらいなら、尚のこと言うなよ……馬鹿。それに、お前が言うとシャレにならない」
「ふふっ、そうだね」
軽く流すような笑い声に、時斗はムッとしながらも息を吐いて玲人を見つめた。
玲人には、時斗にだけ打ち明けている秘密があった。それは、死んだ人間の姿を見ることができるといった特殊な力があるというものだ。
玲人自身、謎だと言っていたが見えるのは【人間】に限られるらしく、動物などは見えないのだと言う。それは逆に気分が悪いのではないかと思うが、当の本人はさして気にしていないらしい。
「毎日見てるとさ、なんとなく自分もああなったらって思うんだよね」
「……」
毎日、人の死に触れるというのはどういう気持ちなのだろうか。
時斗には皆目見当もつかない。だが、毎日朝から晩まで死人を見ていたら慣れてしまうのだろうかとも思った。中にはグロテスクな姿をした者もいるだろうに。
飛び散った内臓や潰れた頭などを思い浮かべると、時斗は飲んでいたいちごみるくを吐き出してしまいそうになった。
「どうかした?」
「想像したら吐きそうになった」
「俺が死ぬとこ?」
「それも含んで」
頷きながら言うと、玲人はクスクスと笑って時斗の頭に大きな掌を乗せる。そして、それを左右に動かしてガシガシと乱暴に撫でた。
「怖い想像させてごめんね」
「子供扱いするなよ」
「ははっ! ごめんごめん」
そうやって、あしらうように笑う玲人は本当に心から時斗を子供扱いしていることが見て取れた。というのも、時斗もまた玲人同様に特殊な力を持っているからであった。
他者の心が読める。そういった能力が生まれつき備わっており、目の前の人物の心は時斗には筒抜けだった。
玲人の顔を覆い隠すように現れる文字を読めば、彼が時斗をひどく甘やかしているのが分かる。まるで、年の離れた弟と接するかのような、そんな慈愛に満ちた想いを感じた。
「そうやって、いつまでも子供扱いして……俺、一応はお前の恋人なんだけど?」
「分かっているよ。だからこそ甘やかしたくなるんだ」
「なんだよそれ」
「時斗なら、分かるだろう?」
そう問われれば、またもや玲人の顔を塗りつぶすように文字が現れる。
【時斗はかわいいな】【もっと甘やかしたい】【ずっと側に居たい】そんな文字たちが現れては消え、次へ次へと切り替わっていく。
そんな様子に、時斗は深く溜息を吐いて飲み終えたいちごみるくのパックをぎゅっと握って潰した。
玲人も既に綺麗に空となった弁当箱を布で包んで水筒の近くに置いていた。
「あ~、そろそろ授業かぁ……怠いなぁ」
「そう言って、いつも成績上位なくせに」
「出来るのとやりたいのは別だよ」
「はっ! 一回くらい言ってみたい台詞だね」
「時斗だって、頑張れば楽勝だと思うけど?」
「生憎と、俺頑張るのって嫌いだからさ」
「そういえば、そうだったね」
そんな他愛のない話をしていると、ふわりと二人の間を通った秋風とともに休憩時間の終わりを告げる鐘が鳴った。
「戻ろう。遅れると杉田先生に嫌味言われちゃう」
「あの先生は何も言ってこないと思うけどな」
「だとしても、遅刻は厳禁だ」
担任の杉田透は、超のつく面倒臭がりでいつもやる気がない。多少授業に遅れた程度で何か言ってくるような人物ではないが、玲人のいうことも確かだ。遅刻は良くない。
早々に後片付けをして、二人は急いで教室へと向かった。
「それじゃあ、授業始めるぞ~」
気だるそうな声とともに教室に入ってきた杉田に、ああ今日もいつもと変わらないなと思いながら時斗は欠伸混じりの読み上げを聞いてノートを取った。
杉田はテスト範囲を適当なところで話し出すのでたちが悪い。しっかりとノートを取っていないとテスト間近に泣きをみるのはこっちだ。油断はできない。
暫くは教科書の読み上げとテスト範囲の指示を聞いてノートを取り、それからはなるべく杉田の心を読んで対策を練る。
そんなことをしていると、ふと先程の玲人の言葉を思い出した。
『俺が死んだら……どうする?』
あの言葉はいったいなんだったのだろうか。いきなりすぎて怒ってしまったが、もし玲人が自分にも打ち明けられないようなことを考えていたとしたら。
それは、時斗にとって許しがたいことだ。
(一応……そんな危ないことは読めなかったけど……)
玲人の心には危険な思考はなかった。あったらとっくに説得をして止めさせているところだ。それがなかったということは、つまりそういうことなのだろう。
(まあ、考えても仕方ないか)
玲人自身が何も思っていないのなら、心配したところで意味がない。そう思うと、時斗は再び授業に集中する。
杉田は相変わらず欠伸を繰り返していて、やる気が微塵も感じられない。昼飯後ということもあり、こちらまで眠くなってくる始末だ。これで教師が務まるのだから、世の中なにが起こるか分からない。
杉田が楽をしているかは別として、時斗は若干将来は教師もいいかもしれないなと思いながら窓の外へと視線を移す。
舞い散る桜の花を見て、春ももうそんなに長くはないだろうと思うのだった。
授業を終え、玲人と二人帰路につく。
長い踏切に足止めを食らって、立ち尽くす。
「ねぇ、時斗」
カンカンカンカーンとうるさく鳴り響く踏切の音にかき消されそうな声で、突然玲人が話しかけてきた。
「なに?」
「ずっと……」
呟いた瞬間、玲人の身体がふわりと自然な動作で動いてまもなく電車の通過する踏切へと入っていく。
それはまるでスローモーションのように瞳に映り、時斗は目を見開いてそれを追った。
「一緒に居ようね。時斗」
そんな言葉が聞こえると同時に、目の前が一気に赤に塗りつぶされていった。
「……れいと?」
囁いた声が電車の走行音にかき消され、血肉が辺り一面に飛び散る。
その場に居た者達全員から悲鳴が上がり、一番近くに居た会社員らしき男性が緊急停止ボタンを押していた。
そこで、はたと気がつき、現実を見つめる。
玲人が電車に轢かれて死んだ。
それを理解できたのは、玲人の身体がバラバラに飛び散った後のことだった。
「うっ……」
理解し、改めて見つめたことで時斗は胃から迫りくる熱をその場で吐き出すことしかできなかった。
「おえぇえええっ‼」
吐瀉物が、固いコンクリートの上にぶちまけられる。強い酸の臭いが鼻を突く。けれど、そんなものよりも今起きたばかりの現実を受け止めることの困難さに時斗は眩暈を起こし、その場に倒れ込んだ。
周辺から自分に呼びかける人の声と救急車のサイレンの音が聞こえてきたが、重い瞳は開くことなくそのままゆっくりと意識を暗闇へと落としていった。



