だから、恋を教えて



非常階段に行くと、柊木が階段に腰下ろす。立ち尽くしている俺を見ると、「座れば?」と促してきた。

あの柊木侑李とこんな至近距離で接する機会が訪れるなんて。俺は緊張でガチガチになりながらも人ひとり分の空白を開けて座る。


「恋愛って楽しい?」
座るやいなや、柊木がじっと俺を見つめながら聞いてくる。

「……いきなりなんで?」
「漫画描いてるから、恋愛にも詳しいのかと思って」
「俺より柊木の方が詳しそうだけど」

他校の女子から告白されていたとか、教室にいるとそういう話題が聞こえてくる。たしかこの間は駅のホームで告白されたんだとか。
すると、柊木は苦笑して肩を竦めた。

「恋とかそういうの俺わかんねーし。相手もいない」

恋愛をしたことがない、というのはかなり意外だった。柊木なら相手は選びたい放題に見えるし、噂では性別問わず相手を取っ替え引っ替えで遊んでいるって話だった。
でも、実際はそうでもないのだろうか。

「だけど、恋したらどんな感じなのかは気になる」
「そう、なんだ」

俺は弁当袋の紐をいじりながら相槌を打つ。どう返すのが正解なのかわからない。それに柊木って思っていたよりも、変なやつかもしれないな。

「だからさ、リリ先生」
「そ、その名前で呼ぶなよ!」

誰にいつ聞かれているかわからないんだから、安易にペンネームを口にされたくない。しかも、先生って呼ばれるのはむず痒い。

「俺に恋を教えてよ」
「……は?」

聞き間違いだろうか。そうに違いない。あの柊木が俺に恋を教えてなんて言うはずがないよな。

「だから、恋を教えてって言ってんの」
「い、意味がわからない。なんで俺が」
「恋したら、どういう気持ちになんの?」
「そんなの俺が知るわけ……」

柊木がずいっと顔を近づけてくる。
近い近い近い! こいつ、距離感バグってる!

「でもそういう漫画を描いてるんだろ」
「けど、俺が描いてるのはBLだし……」
「それも恋愛ジャンルじゃねーの」

性別問わず恋愛に関心があるらしい。てっきり男がBL漫画を描くなんてと引かれそうで怖かったので、抵抗がない様子なのはほっとした。

「俺、今スランプだから」

恋愛レクチャーできるようなやつじゃない。ただ妄想を漫画にして、運良くチャンスをもらえただけだ。恋なんて今まで物語の中以外では無縁だった。

「スランプ?」
「さっきのメール見ただろ。担当編集から、胸きゅんと色気が足りないって言われたんだ。でもどんな要素を足したらいいのか浮かばなくって……」

だから、柊木の恋が知りたいという欲求を俺は叶えることはできそうにない。
てか、そういうの周りの友達に聞いた方が早くないか? 柊木の友達は付き合っている相手の話とか好きは相手の話とかよくしているのが聞こえてくるし。


「僕らのヒミツの恋の話、だっけ」
柊木が突然俺の漫画のタイトルを口にする。

「え、なに急に」
柊木はスマホを片手に持ち、素早く指を動かした。どうやら検索をかけているようだ。

「マジで絵上手いな」
「ちょ、勝手に読むな! やめろ!」

漫画を読んでいることに気づき、俺は慌てて画面を手で覆った。

「いいじゃん。気になんだもん」
「マジでやめてくれ!」

知り合いに目の前で読まれるなんて、どんな拷問だよ。柊木はスマホを持っている手を高くあげて、俺が奪えないようにしてくる。腕が長すぎて届かない。
睨みつけると、柊木は真剣な表情で俺を見つめてくる。

「どうしたらこんな絵上手くなんの」

もっと違うことを根掘り葉掘り聞かれて、ネタにされるかと思っていた。
だけど、柊木は純粋に俺の絵を褒めてくれる。くすぐったい妙な感覚になりつつ、俺もちゃんと答えないといけないような気がして姿勢を正す。

「……小学生の頃、妹の少女漫画読んで、そこから練習してたら身についた」

最初は少女漫画を描いていた。だけど、次第に男を描く方が得意だと気づいて、ヒーローのキャラデザを作ることに熱中した。そして、中学生のときにBLというジャンルがあることを知ったのだ。

一作品描いてみると、驚くほどスラスラと描けて夢中になった。そこからは描いた漫画やキャラデザをSNSに載せる日々。そうして、運良く編集部と縁ができて今がある。

「へぇ。俺の妹も漫画好きで色々買ってるけど、一度も貸してくれたことないな」
「柊木も妹いるんだ」
「うん。一歳違い。すげー、生意気」

そう言いながらも、ちょっとだけ表情が柔らかくなった気がした。兄妹仲がいいのかもしれない。

「漫画描くときって、脳内で想像しながら描くの?」
「そういうときもあるけど、人形を使って構図とか考えることもある」
「へえ」

柊木は漫画に興味があるのか、色々と聞いてくる。
俺は普段どんなふうに描いているのかを身振り手振りで説明をした。誰かに漫画についてこんなに聞かれるのははじめてなので、ちょっと浮かれてしまう。

好きなことの話をするのがこんなに楽しいとは思わなかった。


「俺が手伝おっか」