だから、恋を教えて


カラオケに着くと、個室に案内された。
宣伝映像が流れているテレビと、L字型のソファ。そして、テーブルの上にはメニュ表が置かれている。

「こんなに色々メニューがあるんだな」
定番メニューから、季節のメニュー、夕方限定のメニュー。そして曜日ごとのメニューまであるらしい。
ドリンクバーしかないと思っていたけれど、フロートなどのメニューも充実していて美味しそうだ。

「あ、これ頼むやつ!」
液晶パネルを柊木が取ってくれる。ここで食べたいメニューを選択して注文すれば、店員の人が運んできてくれるらしい。

「こっちは曲を選ぶやつな」
「おー! 初めて現物見た!」
曲を選ぶのも、液晶パネルで操作するそうだ。曲はいまいちわからないけれど、とりあえずペンを持って色々触ってみる。

「楽しそうだな」
口角を上げて俺を観察している柊木と目が合う。恥ずかしさが込み上げてきて、液晶パネルを元の場所に戻した。

「初めてだから新鮮なんだよ」
「うん、かわいくていいじゃん。三崎が嬉しそうにしてる姿見るの好きだわ」
「っ、あのなぁ……」
そうやってからかうのやめろよ。って文句を言いたくなるけれど、言えない。
そこに深い意味がなくても、好きって言われるのは、正直嬉しい。

「飲み物でも頼む?」
「……うん」
俺の気持ちをどうか柊木が気づきませんように。この関係が崩れないことを願いながら、俺は柊木の隣でドリンクメニューを選んだ。
少しして、俺らが頼んだクリームソーダが運ばれてくる。

「うまそ〜!」
スマホで写真を撮っていると、柊木が俺の顔を覗き込んできた。

「こっちも撮ってよ」
「え」
「漫画の参考にモデルもいた方がいいだろ」
クリームソーダを持っている柊木を撮影する。こんな狭くて雑多な部屋なのに、柊木がいるだけで絵になるので不思議だ。

「かっこいいってずるいよな」
俺の呟きをしっかり拾ったらしい柊木が微笑む。

「もしかして、口説いてる?」
「んなわけないだろ」
「ふーん」
できるだけ平静を装って、俺はクリームソーダのストローをくわえる。ひと口飲むと、メロンソーダの甘い味が口内に広がり、炭酸がぱちぱちと弾けた。

スマホのフォルダを開くのが怖い。見返してしまえば、そのたびに柊木のことが好きになってしまいそうだ。
だけど、柊木の写真は、きっと俺はこの先もスマホから消せないだろう。

カラオケから出ると、外は薄暗くなり始めていた。この辺りは治安があまりよくないので、早めに離れた方がいいかもしれない。

「柊木?」
振り向くと、柊木は足を止めて目を見開いたまま硬直している。
なにがあったのかと、視線を辿ると女子高生と大学生くらいの男性がなにやら揉めているようだった。女子高生が腕を掴まれていて、「やめて!」と声を上げている。

どうやら男性は女子高生を近くのお店に連れていくつもりのように見える。
お店の看板を見上げると、明らかにラブホだ。このまま放っておくわけにはいかないので、止めに入って警察を呼ぶべきかもしれない。

「……芹菜?」
そう呟いた直後、柊木は血相を変えて走っていく。その勢いに、俺は圧倒されながらも慌てて追いかける。
なにが起こっているのかわからないけれど、あの男女が原因なのはたしかだ。

柊木はふたりの間に入ると、「なにしてんだよ!」と大きな声を上げた。
腕を掴まれていた女子は、この付近にある女子校の制服を着ている。一方、男性は全身黒い服を着ていて、キャップ帽を被っていた。
柊木は女子高生を抱きしめるように抱えながら、男性を睨みつける。一触即発といった空気だった。

「警察呼びますよ!」
俺は声を張りあげる。すると、男性は舌打ちをしてそのまま走って逃げてしまった。

「おい!」
追いかけようとする柊木を、女子高生が腕を掴んで止める。

「だ、大丈夫だから!」
「なにが大丈夫だよ! お前、状況わかってんのか?」

声を荒げて動揺している様子は、柊木らしくない。知り合いなのだろうか。
大事そうに女子高生の手を掴んだ柊木を見て、胸が痛む。この状況で抱くべき感情ではないのに、自分に嫌気がさす。

「とりあえず、場所を変えない?」
ここでは目立ちすぎる。俺の提案に、ふたりは我に返った様子で頷いた。
近くのベンチまで移動すると、女子高生は泣きそうな表情で「ありがとうございます」と俺に頭を下げた。

「いや、俺は大したことしてないよ。助けたのは俺じゃなくて……」
柊木を見ると、機嫌が悪そうな表情で女子高生を睨みつけている。

「ちゃんと説明しろ」
「……お兄ちゃんが思っているようなことじゃないよ」
女子高生の口から出た〝お兄ちゃん〟という言葉に、俺は目を丸くする。

「え、妹?」
いつもマイナスイオン弁当を作っているあの妹が、この子?
よく見ると、柊木と目がよく似ている。

「あ、そうです! 妹の芹菜です。すみません、自己紹介が遅くなってしまって」
「いや、気にしないで。俺は三崎です」
手短に自己紹介を済ませると、芹菜ちゃんはなにがあったのか説明してくれた。

「体調が悪くて、すぐ近くのファミレスで休みたいから手を貸してくれないかって言われたの。それで付き添って歩いて行ったら、あの路地に連れ込まれて……」
「だからってなんで男について行くんだよ」
「違うよ。そのとき声をかけてきたのは女性だったの。でも路地まで行くと、さっきの男の人が出てきて、女性はいつのまにかいなくなってたの」
体調が悪いフリをしてラブホに連れ込まれる……それを聞いて、俺はハッとした。

「……それ、最近増えてる事件と同じ手口かもしれない」
ネットでも話題になっていたやつだ。柊木も聞いたことがあったのか「あれか」と呟いた。
とにかく芹菜ちゃんが自ら危険なことをしていたわけではないとわかって、ほっとしたようだ。
それから柊木の説教はしばらく続いたけれど、芹菜ちゃんは素直に話を聞きながら、もう知らない人にはついていかないと約束をしていた。