「ごほっ!」
不意打ちの〝デート〟という単語に、喉を通りかけていたクレープの生地が変なところに入ってむせてしまう。
そんな俺の反応を見た柊木は、至近距離まで顔を近づけて楽しそうに目を細める。
「なに動揺してんの」と、いたずらっぽく囁いてきた。
咳き込みながら、横目で柊木を睨みつける。
「顔赤いけど、平気? 熱でもある?」
熱なんてないってわかっていて、わざと言っているに違いない。
……せっかく感謝していたのに。
「う、うるさい。こっち見るなって。変な言い方するのやめろよ」
「俺はデートだと思ってたのに、三崎は違うんだ?」
柊木がしゅんと落ち込んだ様子で悲しげに言ってきた。どうせからかっているだけだ。だけど、柊木の言動に、俺の心臓が騒がしくなる。
これはあくまで柊木の好奇心で、俺は漫画のネタのためにクレープを食べに来ただけだ。デートなんかじゃない。
だけど、やられっぱなしなのも悔しい。ちょっとした仕返しでもしてみようかと、俺は柊木の手を掴んだ。
「デートなら、手でも繋ぐ?」
柊木は目を見開いて固まった。明らかな動揺を見て、俺は心の中でガッツポーズをする。いつも俺ばかりが翻弄されているので、たまには柊木も戸惑えばいい。そんないたずら心だった。
「うん」
短く、熱を帯びた返事と共に指の隙間に熱い感触が滑り込んでくる。
「え?」
柊木の手が俺の手を力強く包み込んだ。反射的に手を引き剥がそうとするが、逃がさないと言わんばかりに、指がさらに深く絡められる。
「いいよ。繋ごう、デートなんだから」
「あ、いや……」
「三崎の方から誘ってくれるなんて、思わなかった」
逆転した状況に俺は瞬きを繰り返す。想像では柊木の方から手をすぐに離してくると思っていた。それなのに、柊木は強く手を握りしめたまま、どこか切実な眼差しで俺を見つめている。
伝わってくる体温が熱い。いったいなにがスイッチを押してしまったんだ?
目の前が白くなるような感覚の中で、俺は握られた自分の手のやり場を完全に見失っていた。
「柊木……手」
「三崎から握ってきたんだろ」
「からかって悪かったって。クレープまだ食べてるから離して」
「片手でも食べられるって」
柊木の手が離れていくそぶりがなく、俺は困惑しながら手を上下に振る。
「そろそろ離してってば」
「無理。接着剤でついた」
「んなわけないだろ!」
なんだよ、接着剤って。柊木らしくないふざけた言動に呆れつつ、もう一度手を上下に振ってみるがなかなか手を離そうとしない。
ぴったり手のひらがくっついていて、今更妙に意識してしまう。
俺よりも高い体温に、細長い指に大きな手のひら。時折指先がわずかに動いて俺の手の甲をなぞる。そのたびに心臓がどきっと跳ねた。
不意に柊木と目が合う。じっと見つめられると、吸い込まれていくような錯覚に陥る。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
……ダメだ。
このまま一緒にいると、俺はきっと柊木から目が離せなくなっていくだろう。抜け出せない沼に足を取られて沈んでいく想像をして息をのんだ。
ほどよい距離を保たなければいけない。
そうじゃないと、いつか辛い思いをするのは俺自身だ。柊木と俺ではいる世界が違う。いつか柊木の俺への興味は薄れ、去っていくだろう。
心の中で、そっと柊木との間に線を引く。
片手を拘束されたまま、俺は必死に残りのクレープを胃に流し込んだ。
ようやく手が解放されたのは、包み紙をゴミ箱に捨てに行くときだった。急激に冷えた右手に、妙な寂しさを感じてしまう自分が嫌になる。
クレープを食べるという目的を果たしたので、柊木に「帰ろう」と言おうとした瞬間だった。
ズボンのポケットに入れていたスマホが短く振動する。
スマホを取り出して画面を確認すると、メッセージの送り主は岩井さんだった。
内容を読んで、俺は隣にいた柊木の腕を衝動的に掴む。
「柊木! ネームの直し上手くいきそう!」
岩井さんから概ねOKをもらえたので、あとは細かいところの修正のみだ。
興奮気味の俺を見て、柊木がわずかに目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑む。そして、大きな手を俺の頭の上に乗せて軽く撫でた。
「よかったじゃん」
「う、うん。……ありがとう」
悩んでいたネームの出口が見えてきて、最高に嬉しいはずなのにまた柊木のことで。頭に乗せられた手から柊木の体温が伝わってきて、頬が熱くなる。
せっかく引いた境界線が、また簡単に曖昧になっていく。
離れるべきだとわかっていても、手を振り払うことができない。
