「え?」
「他のクラスメイトだったら手伝うなんて言わなかった。三崎のこと知りたいって思ったから手伝いたいって言ったんだよ」
「……そうなんだ」
柊木は基本的に他人に無関心に見えるし、俺に興味を持ったのだって気まぐれなのではと最初思っていた。だから、俺のことを本気で知りたがっていると面と向かって言われると、くすぐったい。
「そろそろ食べよ」
猫のクレープの耳に柊木がかじりつく。可愛くてなかなか食べられてない俺に対して、柊木はためらいなく食べている。
口を開こうとすると、うさぎと目があって唇を結ぶ。
「食べないの?」
固まっている俺を柊木が不思議そうに見てきた。
「可愛いから食べづらくて。……笑うなって」
「そういうの気にするんだな」
柊木の方は猫の顔がもう半分ほど食べられている。このまま食べずにいるわけにもいかないので、俺も覚悟を決めて口を開いた。
「……うま!」
いちごのホイップは、甘すぎず食べやすい。うさぎの耳の部分はチョコレートでできていて、こっちもいちご味だ。
柊木がじっと俺を見ていることに気づいて、「食べる?」と思わず聞いてしまう。わずかに目を見開くと、すぐに微笑んで柊木は頷いた。
鼻筋の通った綺麗な横顔が近づいてくる。柊木はうさぎのクレープをひと口食べると、ぺろりと舌で口の端を舐めた。その光景に、ごくりと生唾をのむ。
「本当だ。美味いな」
顔を逸らし、鼓動が速くなる心臓を落ち着かせるために深く息を吸い込んだ。
柊木は色気がダダ漏れすぎる。間近で見るのは心臓に悪い。
「三崎も食べる?」
「……うん」
柊木が食べた方とは反対の猫の頬のクリームをひと口食べる。カフェモカの味がして、ほんのり苦味もあって美味しい。中にはコーヒーゼリーが入っているみたいだ。
「こっちも美味い」
「だな。今度はひよこのも食べてみたいな」
「俺もパンダの食べてみたい。欲を言うなら、全種類制覇したいけど」
俺の言葉に柊木は目を細めて「いいね」と返してくる。
「じゃあ、ふたりで制覇しよ」
俺の冗談を柊木は本気と捉えたらしい。柊木は俺と一緒にいて、気まずさとかはないのだろうか。話が盛り上がるわけでもないし、気の利いたことも言えない。
「なんで……」
「ん?」
「なんで柊木は俺のことを知りたいって思うんだよ」
クレープを頬張っていた柊木が小首を傾げる。なにかを考えているみたいだ。
ほんの数秒、無言の時間が流れ、柊木がこちらを向いた。
「弁当」
「え、弁当?」
予想だにしない単語に、思わず聞き返す。すると、柊木はいたずらっぽく目を細めた。
「教室で時々見かけて、美味そうだなーって思ってた」
「……あ、そう」
拍子抜けして力が抜ける。まさかそれだけの理由か?と眉を寄せた。俺が思っていた以上に、たいしたことのない理由だったのかもしれない。
「あと、言いたいことはっきり言ってる姿がかっこよかった」
「俺が? 別にそんなことないような……」
意志が強いわけでも弱いわけでもない。至って普通だと思う。
「頼まれごとされても、きちんと断ってただろ」
「それはたぶん乗り気じゃなかったり、予定があったからだと思う」
「そういうところだよ。三崎は自分を持っててかっこいい」
「なに言ってんだよ。柊木の方が、自分を持ってるだろ」
グループの中心だし、俺なんかよりも自分をしっかり持っているように見える。
すると、柊木は苦笑した。その表情はどこか弱々しくて脆く見える。
「俺は流されてばかりだから」
「え……」
「そう見えない?」
自嘲気味な問いに、俺は戸惑いながらも頷く。クラスでの柊木は、いつだって周りから意見を求められ、指針となっている人間だ。
「周りを見て動いてるだけなんだ。こういう返事がほしいんだろうな、とか、今は合わせたほうがいいんだろうなとか。必死に顔色を窺って観察して発言してる」
横目で俺を見た木野が、力なく微笑む。手に持ったクレープはいつの間にか小さくなり、巻かれていた紙がへたっていた。
「カッコ悪いだろ? これが本当の俺」
「そんなことない。むしろ、かっこいいな」
どこが?と柊木が眉を寄せる。
「……流されててダサいだろ」
「周りを気遣えるやつってことだろ。ごめん。俺、柊木のこと少し誤解してた」
「誤解?」
「自分の意見を強引に通すタイプだと思ってた」
「まあ、三崎には結構強引なことしてたよな」
顔を上げて、柊木が小さく笑った。その笑顔は普段教室で見ている余裕を含んだ大人びた表情ではなく、年相応に見えた。
「俺、柊木に振り回されるのは案外嫌じゃないかも。こうして食べたかったクレープを食べることもできたし」
クレープをひと口かじる。生地の甘さがじわりと広がって、自然と表情が緩んだ。
いつもだったら誰かと遊んだりせず、夕飯の支度をしながら家に帰って漫画のことをひたすら考えて過ごしていただろう。非日常を描くことだけが俺の居場所だった。だけど、こうして誰かと甘いものを分け合う日常も、案外楽しい。
「ありがとな、俺に声かけてくれて」
ひとりだったら経験できなかった充実した放課後の時間に感謝をすると、柊木が満足げに口角を上げる。
「俺とデートすんのも悪くないって思ってくれた?」
