ついぽろっとコクったら、待っていたのは溺愛でした

 1
 
「俺、めっちゃ潤矢のこと好き」

 日付が変わる瞬間、震えたスマホに出ると幼なじみの律が言った。毎年恒例の真夜中の電話。「なーんだ、俺も好きなのに」と冗談に紛れて本心を言える、一年に一度だけの特別な日。なのに、なんだか様子がおかしい。

「……潤矢、俺、本気だよ」
「!!」

 俺は完全にフリーズした。ずっと言いたくて、でも我慢していた言葉を言ってもいいってことか? 「本気だよ」という律の声が何度も頭の中でリフレインする。

「ああもう! エイプリルフールは終わり! 誕生日おめでとう、じゃあね」

 律は早口にそう告げると、ブツッと乱暴に電話が切れた。律らしくない荒い態度に、しばらくあっけにとられてしまった。もしかして新しいパターンか? いやいや、そんな冗談を律はしない。我に返り、慌てて通話ボタンを押すと呼び出し音すら鳴らない。……電源を切ったのか?

 小さい頃、誕生日がエイプリルフールなんてイヤだった。その意味を知ったとき、「おめでとう」もウソみたいに聞こえたし、春休み中だから友達に祝ってもらえることも少なかった。でも、律が引越してきて、公園で友達になってからは違った。必ず俺の誕生日に遊ぶ約束をして、一緒にイチゴのショートケーキを食べ「おめでとう」を言ってくれる。

 この真夜中の電話は中学に入る春、互いにスマホを持ったタイミングで律から始めた。
「俺、めっちゃ潤矢のこと好き」
 初めて電話がかかってきた時は、本気っぽい律の口調にドキッとした。「俺も律のことが好きだ!」と言おうとしたら「なーんてね、エイプリルフール」と笑い飛ばされ、「なーんだ、俺も好きなのに」と寂しさを隠して笑った。
 あれから6回目。もう嘘で終わらせるつもりはない。繋がらない電話を諦め、待ち伏せすることにした。

 2
 
 朝7時。律の家の前に着いた。本当は、もう少し遅くても良かったけれど、絶対に話したいから早めに待機する。
 7時25分、玄関のドアが開いた。俺と目が合うと、いつもの太陽みたいな笑顔が明らかに曇った。それでも、柔らかそうな栗色の髪に、少し潤んだような大きな目は、昔からよく女の子に間違えられるほどかわいい。テニス部の清潔な白に爽やかな青いラインの入ったジャージ姿が、よく似合う。
 
「おはよう、律。ちょっと学校に行く前に話したいんだけどいいかな」

 律は、「時間がない」と目も合わせずに行こうとする。やっぱりおかしい。声をかけても、どんどん行ってしまうから、強引にその手を掴んだ。このまま逃がしたくない。じりじりとフェンスに追い込んだ。ガタンと音が響くと律の肩が怯えたように、びくりと上がった。
 
「何すんだよ」
「何すんだよ、じゃねえよ」

 ごめん、律。思わず低い声になってしまい、揺れる瞳に心の中で謝る。本当はもっと優しく問いたい。でも、逃げられたらイヤだから、その瞳から逸らさずに問い詰めた。そしたら、電話が来るのを待っていたと泣きそうな顔で言われた。

 そうだった。俺は動揺しすぎて、すぐに返事ができなかった。律が俺のことを好きかもしれない……。幸せな衝撃に悶絶して、何て言おうかとぐるぐる考えているうちに、電話をかけるまであっという間に10分経ってしまっていた。

 もう一押しという所で、逃げられてしまった。泣きそうな律の背中には「追いかけるな」と書いてあるようで、俺はその場に立ち尽くした。

 3
 
「ごめん、遅れて」
「おはよう、潤矢。珍しいな、お前が遅れるなんて」
 
 放送室のドアを開けると、先に到着していた東野が、入学式で流す学校紹介ビデオの映像チェックを始めていた。放送部の俺は、足りない部分を撮影し編集する予定だ。
 
 ――とにかく早く終わらせて、律を捕まえなければ……。
 
「なあ、潤矢。写真部と連絡ついた?」
「うん。テニスコート沿いの桜を撮るらしい。俺、行ってくるから」
「オッケー」

 外に出ると、春風が迎えに来た。 裏門へ足を向けると、風が揺らす葉音に混じり、軽やかなテニスボールの打音が響いている。律は、相手チームを翻弄するように狙いを定めてボールを打ち返していた。

 約束していた佐野さんが笑顔で走って来ると、薄いピンク色の封筒を差し出された。
 
「誕生日おめでとう。開けて見て」
 
 戸惑いながら開けると、律と俺のツーショット写真が入っていた。律の可愛すぎる写真に、思わず顔がにやけるのを止められなかった。今、誰かに見られたら相当マズい顔をしている自覚はある。
 
「良かった、喜んでくれて。ね、よく撮れてるでしょ?」
 
 佐野さんの言葉に、我に返った。
 
「あ、うん。もしかして、俺が律のこと……」
「中学の頃から何となくそうかなって思ってたけど、高校で写真部に入ったら、行事のたびに写真撮るでしょう? それで確信したって感じ。ダダ漏れかな、主に潤矢くんが」
「マジか……」
 
 思わず額に手を当て、天を仰いだ。
 
「みんなは気づいてないんじゃないかな。でも中学の時、律くんとペア組んでたのに、潤矢くんが高校でテニス続けなかったのは意外だった」
「うちの放送部強いから、少しでも早くやりたくて。それに、律が応援してくれてるから」
「そっか。いいね~、そういう関係」
 
 二人でテニスコートの方へ目をやると、律が神尾の背中に体を寄せるのが見えた。
 
「ちょっと、ごめん。俺、行ってくる」
「え、潤矢くん」
 
 思わず走り出した。いつも思っていたけど、何かと神尾は律と距離が近いんだよ! 追いついて、神尾の背中から律を引きはがし、強引に腕の中に閉じ込めた。
 
「潤矢、下ろして! 恥ずかしいだろ!」
「いいから、律は黙っておぶられてろ!」

 言ってしまってから、はっとする。これは、おんぶじゃなくてお姫様抱っこだ。でも「いいから、黙って抱かれてろ」って訂正したら意味が違ってくる。一瞬にして熱くなった顔を隠すように、廊下を突き進む。

 保健室のベッドに律を横たえた時、ようやく腕の震えに気づいた。重かったからじゃない。律の体温が、驚くほどダイレクトに伝わってきたからだ。

「もう逃げるなよ」

 意識して声を低くする。そうでもしないと、余裕のない顔を見せてしまいそうだ。律はきっと、佐野さんと俺のことを誤解している。佐野さんにもらった封筒から、去年の体育祭の写真を取り出す。
 
 ――「ダダ漏れ」なんだろ、俺。だったらもう、隠す必要なんてない。

 驚く律の唇を衝動的に塞いだ。触れるだけのつもりだった。なのに、佐野さんがカーテンを開けるまでの数秒のうちに「もっかい」なんて……こいつ、自覚あんのか。律から重なった唇は熱くて、ただでさえ余裕がないのに、理性までも吹っ飛びそうになる。
 
「今さら、冗談なんて言ったら許さないからな」
 
 ――こんなプレゼントをもらって、ただで帰すわけないだろ。

 昨日、山ほどイチゴを買い込んでおいてよかった。律の唇はイチゴみたいに赤い。もう逃がさない。家に帰ったら、今度は深く誕生日を祝ってもらうことに決めた。微笑んだ律の身体を引き寄せて、耳元で囁いた。
 
「俺の方が、律のこと好きだよ」