ついぽろっとコクったら、待っていたのは溺愛でした

 1
 
 高校3年の春。
 ずっと隠してきた潤矢への想い。今年も、「冗談だよ」って笑い飛ばすつもりで、エイプリルフールが始まる深夜0時に合わせてスマホをタップした。ワンコールもしないうちに「りつー」と明るい声で潤矢が電話に出た。
 
「俺、めっちゃ潤矢のこと好き」
 
 恒例の一言を言うと、ふふっと潤矢が笑った。「なーんてね」と冗談っぽく笑わないといけないのに、最後かもしれないと思うと、いつもみたいに笑い飛ばせない。
 
「おーい、りつ~? 寝ちゃったの~? 『なーんてね。エイプリルフール、誕生日おめでとう』までがセットだろ?」
 
 しんとした空気を柔らかく包むような潤矢の声に、ズキンと胸が痛んだ。
 
「俺、本気だよ」
「え……っ」
 
 ぽろっと本音が溢れ、沈黙が落ちた。潤矢の戸惑いが電話越しにも伝わってきて、不安が急に襲ってくる。
 
「ああもう! エイプリルフールは終わり! 誕生日おめでとう、じゃあね」
「あ、ちょっと待っ――」
 
 俺は耐えきれず、制止する潤矢の言葉を遮り乱暴に通話を切った。胸の鼓動が強いまま収まらない。
 ――やってしまった……。
 ベッドに倒れ込んで、頭を抱えた。ずっと隠しておくつもりだったのに、つい言ってしまった。ああ、もうどうすんだよ、俺! きっと潤矢は電話をかけてくる。なんて言おう。

 スマホを握りしめたまま、気づくと10分経っていた。その間、潤矢から電話もメッセージもなかった。
 相当困らせているかもしれない。
 いたたまれなさに、スマホの電源を落とすと、真っ暗な液晶に情けない顔をした自分が映った。
 どんな顔をして潤矢に会えばいいのだろう。そんなことを考えているうちに、窓の外が明るくなっていた。

 2

 寝不足の朝。何も口に入れる気にもならず、のろのろとテニス部のジャージに着替える。今日は昼過ぎまで部活。その後、放送部の潤矢と待ち合わせてファミレスに寄って行こうと約束していた。
 
 今更ながらカミングアウトしたことに、大きなため息が出る。窓の外は、綺麗な青空なのに心の中は晴れない。いっそ、眠かったからとごまかすのはどうだろう。よく机に突っ伏して寝ていると、「なーに寝ぼけてんの?」って潤矢に突っ込まれるし。
 うん、それがいい。なんとなく気持ちが軽やかになり、勢いよく玄関を出た瞬間。
 
「おはよう、律。ちょっと話したいんだけどいいかな」
 
 制服姿の潤矢がいた。完全な不意打ちに、ドクンと胸が跳ねる。口調は柔らかいけれど、心なしか眉間にしわが寄っている。
 
「あ、ごめん。部活の時間に遅刻しそうだから、急がないと」

 いつも涼しげな潤矢に、困ったような顔をさせてしまった。途端に後悔が込み上げる。さっきまでごまかそうと思っていたのに、拒絶の言葉を突きつけられる気がして、つい早足で逃げ出してしまった。まだ、少し冷たさの残る春の空気が頬を撫でる。小さかったころ、無邪気に「体温もーらい」と冗談っぽく潤矢のポケットに手を突っ込んだことを思い出す。
 
「ちょっと、律」
「ごめん、遅れちゃうからっ」
「なんで、まだ部活まで時間あるよね?」
 
 子供の頃から二人で来ている公園の角で、強く手首を掴まれた。立ち止まって振り向くと、潤矢と目が合った。
 
「あのさ、律」
 
 真っ黒な瞳がじりじりと近づいてきて、思わず後ずさりする。フェンスに背中がくっついて、顔のすぐそばに潤矢が手を突いた。ガタンとフェンスの揺れる音が響いて、思わず肩がびくりと跳ねる。
 
「何すんだよ」
「何すんだよ、じゃねえよ」
 
 聞いたことのない潤矢の荒っぽい言葉に、心臓が大きく波打つ。温和な潤矢を、完全に怒らせてしまった。
 
「昨日の電話、あれは一体なんだったんだよ」
「…………」

 潤矢の顔がぐっと近づいてくる。切れ長の涼しげな目が、今日は少し赤い。俺のせいで潤矢を寝不足にしてしまった。いつもよりほんの少しだけイケメン度が減っている。いや、こんなときまで何を考えてるんだ、俺。

「律、なんで答えないの?」

 気づいたら、潤矢との距離がゼロに等しくなる。苛立ちの透けた口調に、逃げ出したくなる。
 
「だって、エイプリルフールは終わりだろ」
「え、全然終わってないよ。今は四月一日の朝七時半。まだエイプリルフールの真っ最中。それで律、『本気』ってどういう意味?」
 
 朝のざわめきが一瞬にして聞こえなくなる。鳥のさえずりも、車が通り過ぎる音も。ただ、自分の心臓が脈打つ音だけが、耳の中で響いている。

「……賭けてたんだ」
「賭けって?」
「俺は、潤矢がすぐに電話をかけ直してくれるのを待ってた。でも、かかってこなかった」

 潤矢の目が見開いた。俺は潤矢を見つめたまま、今にも泣き出しそうな声を絞り出した。

「俺が本気って言ったのに、潤矢は何も言わなかった。いつもなら『嘘つけよ』とか『俺も好きだよ、幼なじみとして』とか言って笑ってごまかしてくれるのに。潤矢が黙ってるから、怖くなって」
「ごめん。俺は、ただ驚いて」
「驚いた、か。そうだよね」
「違う、律。俺も――」

 潤矢が何かを言いかけたとき、堪えきれず潤矢の腕をすり抜け、無理やり笑顔を作った。
 
「ごめん、潤矢。今のなし。部活遅れるから先行くね」

 逃げるように走りだした。潤矢がどんな表情をしていたのか、見る余裕なんてなかった。

 3
 
 春の陽射しに、テニスコートのクレーが白く光っている。コートを駆けるシューズが、いつもより重く感じる。
 
「おい、律! 今の取れただろ!」
「あ……ごめん」
 
 後輩からの返球を呆然と見送ってしまい、ペアを組む神尾の声で我に返った。ラケットを握る手のひらに嫌な汗が滲む。ミスの連続に、神尾が心配そうに覗き込んできた。

「律、今日なんか変だよ? 足、全然動いてない」
「悪い。ちょっと、寝不足で」
「おいおい。とりあえず、ちょっと休め」

 ベンチでスポドリを飲みながら、ぼんやりとコート脇に目をやる。
 
 ――来年の春、俺はどこに行くんだろう。
 
 アナウンサーを目指して、東京の大学を希望している潤矢と、まだ進路が決まらない俺。潤矢は見た目も頭も良く、おまけに声もいい。きっと夢を叶える。そしたら、俺は連絡すら取らない関係になってしまうのだろうか……。
 
「あれ? あそこにいるの潤矢じゃん。もしかして、告白されてんのか?」
「え……」

 その光景に胸がズキッとした。同じクラスの佐野さんから、潤矢が何かをもらっている。あんなに嬉しそうな潤矢を見るのは初めてかもしれない。
 
「あれは成功だなー。佐野さん、可愛いしな」

 神尾が勝手に納得している。イライラする。分かってる、潤矢は何も悪くない。
 今日の帰り、放送室に行ってさっきのことを謝ろう。そして、ファミレスで誕生日と「初彼女」をお祝いして、「昨日の電話は冗談だったんだよ、ごめん」って言えば、全部丸く収まるじゃないか。

「神尾、練習に戻るよ!」

 自分を奮い立たせるようにコートに戻る。 青空に向かってトスを上げる。最大打点で叩き込み、サービスエースを決めた。
 
「やっと調子出てきたじゃん」
 
 ネット際の神尾が親指を立てる。でも、視界の端にはまだ潤矢と佐野さんがいる。
 何なんだよ……!
 もう一球、打ち込んだ。今度は精彩を欠き、鋭いレシーブが返ってきた。コートの端、ギリギリに打ち込まれたボールを追いかけ、何とか打ち返す。ラリーが続いている間も、二人の姿が嫌でも目に入る。少し緩めの高い返球にチャンスだと、無理な体勢でスマッシュをしようとしたとき、ガツンと体に衝撃が走った。

「おい、律、大丈夫か!」
 
 前衛の神尾と交錯してしまった。本当なら前衛の神尾のプレーなのに、俺が出しゃばったせいだ。地面に倒れている俺は、最高に格好悪い。
 
「ごめん、神尾……」
「律、痛いところないか?」
 
 立ち上がろうとした瞬間、左足首に激痛が走り「うっ」と声が漏れた。

「乗っかれ、保健室行くぞ」

 神尾が背中を差し出した。申し訳なさで大人しく担がれたとき、後ろから潤矢の声が響いた。

「神尾! 待って!」

 振り向くと、形相を変えた潤矢が「どうした?」と走ってきた。神尾が「俺とぶつかって、足をひねったみたいで」と説明する。
 
「神尾、代わって」
「え、神尾に運んでもらうからいいって」

 すかさず俺は抵抗した。潤矢と来ていた佐野さんが、俺たちのやり取りに困惑している。カップルはあっちに行けよ。なのに、潤矢がムキになったように言う。
 
「律のことは俺に任せて、神尾は練習に戻って」
 
 俺の抵抗も虚しく膝の裏と背中に手が回され、神尾から引き剥がすように抱き上げられてしまった。

「潤矢、下ろして! 恥ずかしいだろ!」
「いいから、律は黙っておぶられてろ!」
「!」
 
 おぶられてろって、これ、おんぶじゃなくて姫抱きだろ! まさかの姫抱きに、一気に顔が熱くなる。サッカー部の視線が刺さる。でも潤矢の強い口調に、何も言えない。
 
「潤矢くん、裏から入った方が保健室近いんじゃない?」
「そうだね。今、先生いればいいんだけど」
 
 佐野さんまで俺の心配をしてくれている。今まで気づかなかったけど、こうしてみると潤矢と佐野さんはお似合いだ。
 
「ごめんね、佐野さんまで巻き込んで……」
「え、ぜんぜん大丈夫だよ。それより足痛む?」
 
 佐野さんは心配げに、俺のシューズまで脱がせてくれた。その気遣いに完敗。思った通り、保健室のドアには『校内巡視のため不在』のプレートがかかっていた。
 
「私、先生探してくるね」
 
 佐野さんが保健室の引き戸を開け、職員室へ走っていくのを見送ると、潤矢が奥のベッドへ進む。潤矢は、一言も発しない。どうしよう。さっきから、このうるさい心臓の鼓動がバレているのではないか。ひっそりと静まり返っている保健室。潤矢は、一番奥のベッドにそっと俺を横たわらせた。

「律?」
 潤矢の声は低かった。
「…………」
「もう逃げるなよ」
「!?」
「足、痛む?」

 和らいだ声色に、寝転がったまま、ゆっくりと首を振った。
 
「どっちの足? 見せて」
「左……でも、もう痛くねぇ……」
 
 本当に痛いのは、胸の方だ。潤矢がベッドの端に腰をかけ、俺のジャージの裾を捲り上げた。大きな手が足首に触れて、ピクリと体が跳ねる。
 
「律、朝言えなかったけどさ。電話を切られたあと、何度もかけ直したんだよ」
「うそだ。潤矢、俺たち、どれぐらいの付き合いか知ってる?」
「律が小4で転校してきてからだから、8年」
「そうだよ。それだけ親友やってれば、言葉がなくても潤矢の気持ち分かっちゃうんだよ。沈黙に耐えられなくて切ったあとも、スゲー後悔して」
「勝手に俺の気持ち決めんなよ。本気なんだな、昨日の」

 射抜くような強い瞳に見つめられ、もう嘘はつけない。

「ずっと隠そうと思ってた。でも、今年で終わりかもしれないって思ったら隠しきれなかった。潤矢が佐野さんのことが好きだなんて、聞いたことなかったし」

 一気にまくしたてると、潤矢がふっと表情を緩めた。

「お互いさまだよ、律。俺だって、だてに8年も親友やってないんだよ」

 潤矢がポケットからピンク色の封筒を取り出した。

「これ、もらうの見てたんだろ?」
「見たくなくても、見えたんだよ! 佐野さんと楽しそうにしてるの見て、すっげームカついて……。気づいたら神尾にぶつかってた」
「おあいこ。俺だって、神尾の背中にいた律を見て、すっげームカついた」

 ギシッとベッドが音を立て、潤矢の顔が近づいてきた。潤矢の整った顔が間近に迫り、さっきからうるさい心臓が更に音を立てる。

「え、待って、やばいよ! 佐野さん来るって!」
「引き金を引いたのは律だろ」

 逃げ場のない至近距離で、潤矢が封筒の中身を差し出した。それは、去年の体育祭の写真だった。クラス代表で出場したテニスで、俺が3年生を倒して優勝した時のもの。 満面の笑みで喜ぶ俺と、マイクを向けてインタビューする潤矢。そんな二人のツーショットだ。

「俺の気持ち、佐野さんにバレてたみたい。誕生日だからって、この写真をくれたんだ」

 え、と思う間もなく唇が重なった。 触れるだけの、短いキス。消毒液の匂いがする静かな部屋で、心臓の音だけがうるさい。潤矢が顔を離した瞬間、控えめにドアが開く音がした。

「律くん、大丈夫?」

 カーテン越しに近づいてくる足音と佐野さんの声が聞こえた。
 
「ほら、セーフだろ?」
 
 耳元で囁かれ、イタズラっぽく潤矢が笑った。
 
「もっかい」
「え」

 今度は自分から潤矢の唇を塞いだ。「開けるね」の声と共にシャッとカーテンが開いた。目を見開いたまま固まる潤矢に、少しだけ勝った気がした。
 
「ありがと、佐野さん。もう大丈夫そう」
「先生、来るって。あ、律くんもその写真見たんだ。お幸せにね!」

 佐野さんの足音が遠のいて、静かにドアが閉まる。まだフリーズしている潤矢に、俺はニッと笑った。
 
「ね? 俺の方が本当のセーフ」
「やばい。自覚してたより、ずっと律のこと好きだわ」
 
 潤矢は少し困ったような顔で、深い溜息をついた。
 
「律、今日はファミレスじゃなくて、俺の家にしない? おんぶしてやるからさ。実は律の好きなイチゴ、たくさん買っておいたんだ。ショートケーキに乗せて、追いイチゴ。好きなだけ食べさせてあげる。どう?」
「まじ? めっちゃ嬉しい!」
「今さら冗談なんて言ったら許さないからな。もう、ずっとそばにいろよ」
「来年も、そのあとも、本気で好きって言うから!」
 
 大好きな潤矢の笑顔に、俺は幸せな気持ちで抱き寄せられた。