博士候補者試験に合格すると、私はすぐ働き出した。それと同時に旭町重富に転居した。佐々田懋・服部之總顕彰会の事務局員もしていたし、彼らは木田の出身だが、なるべく同じ地域の空気を感じたいと思い転居した。旭支所から廃校になった和田小学校の教員宿舎を借りた。すぐに退居したが向かいに同校長が住んでいた。重富であったことは拙作「燃ゆる重富」に詳しい。同人誌で発表している。夏はとにかく蒸し暑い。そして害虫が部屋に上がってくる。毛虫が多かった。FOMAを使用していたので通信で不便したことはない。近所になんでも屋の店があり、そこでたいていの物資は調達できたが、矢上のアベルに買い物に行くことが多かった(アベルはもうない)。深夜のドライブにハマっていて邑南町内の隘路を行ったり、羽須美のほうへ冒険に行くこともあった。夜間は蛙の鳴き声が煩かった。星はとてつもなく綺麗だった。徒歩圏内の謎の神社はついぞ参拝しなかった。



