シュレディンガーはたぶん猫。

山瀬と松岡に「今後は片山も一緒に行動することになるが、いいか」と確認した時は、何故か、によによとした表情で笑われてしまった。

「要するに、あれだけ毎朝突っかかっていくくらい、ずーっと片山のことが気になってた、ってことだろ?」
「毎朝毎朝、シャツのはだけ具合がどうとか、ボタンをきっちり留めろとか、他の奴には見られたくなさそうにさぁ……」

呆れ混じりに言われてしまい、俺はまばたきしてしまう。

「いや、別にあの時点ではまだ気になるとか、そういうことはなかっ……。え、実は、そうだったのか……?」

言いかけて。
その頃の自分の言動をよくよく思い返してみた結果、俺は改めて、二人に訊くことになる。

「それは俺らじゃなくて、自分の胸に聞いて欲しいわ」
「そろそろ、自分の執着心くらいは自覚してくんねーかなぁ」

何故か、松岡も山瀬も何だか疲れた顔になってため息をついてきた。
自覚とは……?

そんなわけで、自然と俺が片山と一緒にいることが増えた結果、いつの間にか休み時間や放課後は、俺の友達の松岡や山瀬も含めた、四人でつるむようになっている。
当初は片山の見た目の不良っぽさに怯えていた松岡と山瀬だったが、奴の本質がいくらか理解されてからは、「意外と根っこは怖くない奴かも?」と警戒感が解けたらしい。

「宮本」

今日も昼休み、チャイムが鳴ってすぐに、片山が隣の教室からやってきた。
スタスタと歩いて俺の横に来る。
購買で買ったパンと飲み物を手にして。

「またお前は、そんなだらしない着方をして……!!」
「ああ。じゃあ、全部宮本がやって?」

説教はあっさりと笑うだけで返されてしまう。

なので、気になる制服の乱れは全部修正して、ネクタイも締め直してやることにした。
片山は全てが終わるまでその場から動かず、ヘラヘラして俺のされるがままになっていた。

「よし……完璧だ!!」

達成感と共に片山の服装全てを整え終える。
こんな感じで、最近の片山は一切風紀的な指摘をする俺に抵抗しなくなったので、登校時間の攻防をすることもなくなり、爽やかな朝を過ごせている。

「これが正解だったんか、片山的には」
「嬉しそうにすんなや。これまでそんな笑ってたことなかっただろ、お前」
「ここまで来ても、特に付き合おうとはなんねぇんだな」
「いや、別に付き合ってくれとまでは思ってねぇんだけど」
「それはそう」

何やらボソボソ山瀬と松岡が話しているが、俺はイライラすることがなくなって満足だ。
何にしろ、コイツらが片山の存在をあっさり受け入れてくれたため、俺はかなり助かっている。
前触れなしに現れるあの変異に対応するためには、近くにいた方が便利なのだから。

ただ、この二人には「虫とかシュレとか異形」などの人を選びそうな話題は、基本的に伏せられている。

何というか、揃って「普通にイイ奴ら」だからな。
あんまりおかしなことには巻き込みたくないな、とつい思ってしまうような、「光属性」タイプなのだ。

他の生徒たち、教師たちも、最初は「突然、天敵だったはずの宮本にベタベタと懐き始めた片山」という構図に驚愕していたようだが、ここ最近はもう何もツッコまれなくなった。
おかげで本日もわが校は平穏だ。





そんな日々を送っていくうちに、いつの間にか、季節は梅雨に入っていた。
校門近くの花壇のアジサイを、しとしとと水滴が濡らしている。
片山の髪の毛も湿気を吸って右耳の上の毛先が変な跳ね方になるので、普段より整えてやるのに数分時間がかかる。

それでも、毎日のように放課後は二人と一匹で街に繰り出して虫を狩って、たまに片山の家に寄っている。
最近は地域で見かける虫の数も落ち着いてきていた。
シュレはというと、帰還のための準備を着々と進めているようだが、最近はこの地球のことを知りたがっている。

『迎えが来た際のために、この星の正確な位置情報、座標が必要だ。吾輩が持つアーカイブでは詳細が足りていない』

というわけで、そこはシュレ自身に調べてもらうため、学校のパソコン室を教えたし、たまに俺のスマホも貸し与えている。

俺ら自体がそんな高次元な情報を与えることはできないわけだが、そういう膨大な情報がある場所はどこなのかと言えば、俺ら程度でもとっくに知っている。
インターネットだ。
シュレは授業中など俺たちが学校にいる時間帯にしれっとパソコン室を訪れて、もろもろ検索しまくってこの星の様々なデータを入手しているのだった。

そうして、何も知らない罪なき他の生徒たちを、日々無駄に怯えさせているようだ。

誰も前に座っていないはずのパソコンなのに、何でかひとりでに電源が入る。
教師が確認しても決して故障はしていないし、クラスの人数に合わせて数十台あるパソコンだが、起動する機体もランダムだ。

しかし毎度、画面は超大手検索サイトへ。
かたかたと押されるキーボードの音が無人の室内に響き渡り、心なしか部屋の温度が下がっていき……。
黒っぽい猫の姿を見たとか、不吉な黒い霧が立ち込めていたとか、時にはラップ音が響いたり、教室全体がぽうっと光っていたりとか……。

学校の怪談「パソコン室の黒猫の幽霊」、爆誕である。

校内中、みんながキャアキャアと盛り上がっているようだ。
しかし話として「夏らしく怖いよね」、というだけで特に何かしら実害があるわけでもないので、俺と片山としてはこのまま放置の構えだ。

シュレ本人はというと、日々新鮮な地球情報を大量に漁れてホクホクしているようだが。