ラプラスの悪魔はサイコロを振らない


「黒崎、お前、和泉のこと怖くないの?」
 昼休み、クラスメイトにそう言われた。和泉はちょうどトイレに行っていて、俺がたまたま一人で教室にいた時だ。
「怖いって?」
 俺の問いにクラスメイトは少し目を泳がせて、「だって、なあ?」と近くにいた別のクラスメイトに同意を求める。
「あの和泉だぜ?」
 似たようなセリフをどこかで聞いた覚えがあった。
 95%を告げたあの日、野球部の連中が言っていたことが脳裏を掠める。
「あの和泉?」「こわ」というセリフを確かに聞いた。
「あのってどういうことだよ」
 クラスメイトは戸惑った顔で周りを見回す。
「え、黒崎、知らないの?」
「だから何を」
「和泉にまつわる噂だよ、噂」
「噂?」
 眉根を寄せて尋ね返すと、クラスメイトは声のボリュームを絞ってから言った。
「和泉は呪われてるって噂」
 やってはいけないと思ったのに、つい鼻で笑ってしまう。勿体つけた割に出てきた答えが幼稚すぎたせいだ。
 すると別のクラスメイトが「嘘じゃないんだって!」と続ける。
「俺、和泉と小学校から一緒なんだけど、アイツに関わると事故に遭ったり大怪我したりするんだよ。和泉ってしょっちゅう怪我してんじゃん? 近づくと巻き込まれるんだよ」
 力説と言ってもいい勢いで捲し立てた。
「わかる。俺、それ知らなくてさ、一年の時、体育の授業でアイツと組んだんだよな。ソフトボールだったんだけど、相手チームの手からバットがすり抜けて和泉目掛けて飛んできて。俺、隣にいたから当たりそうになってさ、ギリギリで避けられたけど和泉は思いっきりぶつかったんだよな」
「俺もあるぜ。たまたま和泉の後ろを歩いてたら、廊下の電気がついたり消えたりして、急にパリン! って割れて……和泉は咄嗟に頭を庇ってたけど、手にガラスが刺さってた。血も結構出てて、ゾーッとしたんだよなあ」
 口々に噂の内容を語るクラスメイトたちは、「怖すぎるだろ」「悪霊でも取り憑いてんの?」とざわざわしている。
「なあ、それ、ゾーッとしただけか?」
 俺の質問の意味がわからないのか、クラスメイトは首を傾げた。
「ゾーッとしただけかよ。手にガラスが刺さって、血が出てんのわかってんのに?」
「……いや、だって、俺が手当してやる義理もないって言うか。友達とかでもねーし」
 その言葉に妙に苛立つ。
 血を流す他人を見て、それが友達かどうかなんて関係あんのかよ。
「本当に、マジで呪われてるから、アイツ。下手に関わったら巻き添え食うしさ。黒崎も気をつけた方がいいよ」
「そうそう。自分まで呪われたら堪んねーもんな」
 そんなことを言いながら、クラスメイトたちはそそくさと教室を出て行った。
(何が呪いだよ、ふざけやがって)
 確かに和泉が怪我をする確率は高い。死亡フラグだって毎日立っている。しかもその確率は同年代の普通の人間と比べると、驚くほど高い数値だ。
 だけどその数値を叩き出す理由が『呪い』だなんて馬鹿げている。
 悪霊の仕業でも呪いの仕業でもない。そんな非科学的な、目に見えないものの力が現実を左右するわけがない。
(……ただ、現時点で説明できないことはある)
 和泉だけが突出して『死』に近い理由は、今のところまだ説明できずにいる。
 和泉は自分のことをドジだと言ったし、俺も最初はそうだと思った。
 だけど、それでは説明がつかない高確率を叩き出すと知ってからは、何度も計算をし直している。
 和泉を監視し始めてから、ノートはとうに十冊を超えた。
 アイツが怪我をする一つ一つの原因はとても小さなもので、且つ独立している。
 連鎖するようなものではなく、例えばさっきクラスメイトが溢したように、バットが飛んでくる、真上の電球が割れる等、個別に成立しているのが特徴だ。
 本来なら、個々の事象は互いに打ち消し合う。
 確率は分散し、どこかで均される。
 それなのに、その全てが和泉を追いやる『解』に、ズレていく。寧ろ、積み上がる。
 結果だけが、異様なほど正確に『死』へ収束していく。
 僅かなズレ、誤差が、一つも回収されずに和泉の確率を押し上げるのだ。
 そしてその明確な理由は、未だにわからないまま。
(……でも、わからないってことは、イコール恐怖じゃねえよな)
 わからないならわかるまで、計算すればいい。
 そして必ず、『和泉刹那は早死にしたりしない』という答えに辿り着いてみせる。
(誰とも関わりたくねえって思ってたけど……)
 これは俺にしかできないことだ。
 俺だけが、和泉刹那をその解に導ける。