ラプラスの悪魔はサイコロを振らない

(何であんなこと言っちまったんだ、俺は……)
 和泉の『死の確率』が95%を超えたあの日。
 和泉を家まで送り届けてから帰宅するまでの間、何度も考えた。
 誰かと深く関わるのは避けたい。そう思ってきただけに、一線を自分から踏み越えてしまった、という気持ちになる。
(けど、……放っておけなかったんだよ)
 まるで最期の挨拶みたいに、「ありがとう、黒崎くん」と言った、アイツの少し照れくさそうな表情は、あの日のあらゆる事故や現象とあまりにも合っていなかった。
 あんな顔を見せられて、お役御免とばかりにあっさり引き下がるような、そんな聞き分けのいい性格なら、最初から和泉に95%の話なんてしなかっただろう。
 結局あれ以来、俺は和泉の監視を大っぴらにやるようになった。
 学校の最寄駅で和泉を待ち伏せし、一緒に登校して、休み時間、昼休み、放課後とほとんどの時間を和泉と過ごしている。
 和泉は最初こそ、「そこまで見守ってくれなくても大丈夫だよ」と言った。
「見守ってんじゃねえよ、監視してんだよ」と訂正しても、和泉の中では「見守り」に変換されてしまう。十日も経てばだんだんその生活にも慣れてきたらしい。
 一緒にいるようになって、初めて知ったことも多い。薄々気づいていたけれど、和泉には友達が一人もいなかった。
 初めて昼休みに一緒に飯を食っていた時、「俺、友達とお昼ご飯食べるの、初めてなんだ」と言った。
「友達じゃねえし」
「あ、そうだった、クラスメイトだった」
 和泉は俺の言葉を思い出したようにそう言ったけれど、そういや95%のあの日も、「友達と帰るの初めて」と言っていたな、と記憶を辿る。
「お前、友達いねえの?」
「うん、いない。クラスメイトは友達じゃないんでしょ?」
 そう聞き返されると、俺としても答えにくい。友達の定義なんて人それぞれだし、現に俺は和泉に対しては「ただのクラスメイト」とはもう思えなかった。
 本人には「友達じゃねえ」と言いはしたけれど。
(ちょっとズレたとこはあるものの、別に特に嫌われるようなタイプってわけでもねえのに)
 何で和泉には友達がいないんだろう。
 まあ、俺も似たようなものだ。高校に入ってからは、クラスメイトとは意図的に距離を置いている。
 挨拶を交わしたり、ちょっとした雑談くらいはしても、誰一人、連絡先も知らないままだ。
 俺と和泉は基本のところは正反対と言っても過言じゃない。
 それなのに友達の有無だけは似ていて、苦笑いが漏れた。
 和泉を大々的に監視するようになって、三つわかったことがあった。
 一つ目は、やっぱり和泉の怪我の頻度は常人のそれとはかけ離れている、ということだ。
 物や人にぶつかる、あるいはぶつけられる、滑る、落ちる、躓く、これらをほぼ一日中繰り返している。
 可能な限りは計算で予測を立て、なるべく危険を回避できるように動いてはいるものの、予測はあくまで予測でしかない、と思い知らされる毎日だ。
 二つ目は、和泉はただ単に怪我の確率が高いだけではなく、自らその確率に飛び込んでいる、ということだった。
 具体的に言えば、コイツは自分の危険には鈍感なくせに、人の危険には驚くほどに敏感だ。
 例えば、教室のドアを開けた時、廊下から入ってくるクラスメイトと出くわす時がある。そのままだと出会い頭にぶつかってしまう。
 俺が和泉の前を歩いている時にそんな場面に遭遇すると、俺より早く「黒崎くん、危ない!」と言って、わざわざ俺の前に身を乗り出してくる。
 結果として和泉だけが相手と正面衝突し、和泉は小柄なので吹っ飛ばされて尻餅をつくか、真後ろの俺にぶつかるのだ。
 この場合、和泉が身を挺さなくても、俺にダメージはほとんどない。ちょっとぶつかるくらいはよくあるし、お互いに避けてぶつからずに済むことだってある。
 それなのに和泉は介入してくる。俺にだけじゃない、これをその辺の誰彼構わずやってのける。
「お前、自分から怪我しに行ってね?」
 俺の尤もな疑問に、和泉はえへへと笑って言った。
「俺、早死にするでしょ? だから、どうせ死ぬなら人の役に立って死にたいなって。それに俺、誰かと関わるのが好きだから」
 何とも理解できない答えが返ってくる。
 和泉には友達がいない。いないくせに、コイツは人が好きで、しかも早死にするなんて思い込んでいるから、自分の怪我なんかお構いなしに人を助けようとする。
 死亡フラグを回収できない理由の一つはここにあるんだろう。
 そして三つ目。これが今一番、俺の頭を悩ませている。