ラプラスの悪魔はサイコロを振らない

 放課後の教室。
 黒板の端から端まで使って、一心不乱に数式を書き込んでいく。
 カッ、カッというチョークが引っ掛かる音。
 グラウンドで練習している野球部の声。
 窓から吹き込む風の速さ。
 その風にはためくカーテンの角度。
 その全部が、俺にプレッシャーを与えてくる。
「計算ミスは許されない」と。
 考えろ。
 計算しろ。
 あらゆる可能性を数字に換えて、正しい『解』を導き出せ。
 ──やがて、最後の数式を書き終えた。
 黒板にはびっしりと数字が並んでいる。大丈夫、どこにもミスはない。
 ふーっと息を吐いてから、くるりと振り返る。
 教室の真ん中の席に座った和泉刹那(いずみせつな)は、何が何だかわからない、という顔で黒板と俺の顔を交互に見比べていた。
「……黒崎(くろさき)くん、あの、その数式ってなに?」
 和泉の当然の質問を、俺は右手を出して制した。
 代わりにスマホを見てから告げる。
「後二十秒」
「え?」
「和泉、移動してくれねえかな。とりあえず教室の一番後ろに」
 和泉は不安そうな顔で立ち上がると、言われた通りに教室の後ろの黒板の前に立つ。
 もう一度スマホを見た。腕時計も確認した。
 計算通りだと、あと五秒。
「黒崎くん……」
「4、3……──しゃがめ、和泉!」
 俺の叫び声に驚いた和泉が、頭を庇うようにして勢いよくその場にしゃがみ込む。
 その瞬間、窓ガラスがけたたましい音を立てて割れた。
 カーテンが大きく揺れる。そのカーテンにぶつかって、僅かに球速を落とした野球ボールが、和泉が先ほどまで座っていた席の机の角に直撃した。
 グラウンドからは「やばい!」「どこに打ってんだ!」「誰も怪我してなきゃいいけど」と騒ぐ声が聞こえる。
 ころころと力なく転がるボールに歩み寄り、手に取る。机の周りにはガラスの破片が散らばっていた。
 和泉は俺の手の中のボールと、割れた窓ガラス、それから黒板の数式を呆けた顔で見つめている。
 そんな和泉を見下ろし、俺は宣言した。
「……これでわかっただろ。この世は計算で予測できる。───つまり、お前は今日死ぬ」