「うわっ! 何だっ!」
「陽向、落ち着け」
「うっ……そんなこと言ったってぇ」
「大丈夫、俺がいるから」
「わ、分かった」
「尊い……もっと、見せるんだ」
涼太がドアを開け、二人は静かに中へと入った。するとそこには、霧のような黒い姿をした異形の怪物が浮かんでいた。
ビデオカメラが数台置かれており、スマホを片手に二人を撮影している。首からは、何やら名札のようなものが下がっていた。
【観察する影】と、その異形は名乗った。録音の再生ボタンを押したような、無機質な声だった。
陽向は怯え、涼太の腕にしがみついた。彼は震える陽向の頭を撫で、微笑みながら明るく声をかける。
少しだけ声が震えており、固唾を飲んだ。しかし陽向は完全に怯え、心臓の鼓動が速い。
そのせいで、涼太が青白い顔をしていることに気がつかない。陽向は、彼の言葉を聞いて静かに深呼吸した。
「おいっ、なんか変な音がっ!」
「おちちゅけっ!」
「まずはてめーが、落ち着きやがれっ!」
ギチ……ギギッと、耳障りな音が響き渡る。陽向は錯乱状態になり、涼太に抱きついた。
彼も訳が分からないまま、噛んでしまう。陽向は怒っていたが、しっかりと涼太の腕に抱かれていた。
二人の顔は、青白くなっていた。心臓の鼓動が速くなり、最早自分の鼓動なのかも分からなかった。
無数の石膏像は、全員二人の方を向いた。壁ドンや、顎クイのポーズを取り始める。
誰もいないはずなのに、キャンバスに筆が勝手に動き始める。抱き合う二人のラフ画が、猛烈な勢いで描かれていく。
窓の外から、無数の目が二人を凝視する。二人は怖さのあまり、目を逸らし続けていた。
「構図が甘い。もっと……もっと密着しろ!」
「はあ! 何言って」
「強制イベント、十秒間見つめ合え」
「幽霊の癖に、なんで俺たちの距離感にダメ出ししてくるんだよ……」
観測する影は、ニチャア……と不敵な笑みを二人に向けた。陽向は見えないが、涼太は気味が悪い。
陽向は体を震わせて、青白い顔をしている。そのため涼太は、平然を装いながら絞り出すような声でツッコみを入れていた。
その表情には、恐怖よりも【うっとうしさ】が混ざっている。陽向の震える体を抱き寄せ、幽霊を睨んでいた。
――これ、もしかして俺たちのこと応援してんのか……?
陽向は逆に冷静になり、錯乱状態にあった。顔を見上げ、涼太と目を合わせた。
目が悪くても、分かるぐらいの至近距離にいた。そこで涼太も同じように、怖いことが分かった。
平気なふりをしているが、精一杯の強がりだ。陽向はそれが分かり、不謹慎だが少しだけ嬉しかった。
涼太の力強い腕や、心地いい体温。それを今、自分だけが独占している。
そんな優越感に浸ってしまい、優しく微笑んだ。潤んだ瞳が、涼太を掴んで離さないように見つめていた。
涼太は固唾を飲み、陽向の瞳を見つめている。気がつくと、五分以上が経過していた。
観察する影も無数の石膏像も、幸せそうにその光景を見つめていた。
壁一面やキャンバスに、【尊い】とか【永遠にお幸せに】と血文字で書かれていることは二人には目に入らなかった。
「怖かったな」
「お、俺はべちゅに」
「陽向は可愛いな」
「……うっせ! 次に行くぞっ!」
「おうっ」
手を繋いだままで、二人は美術室を後にした。涼太が陽向に声をかけると、明らかに動揺している。
頬を紅潮させており、涼太はその様子を見つめ微笑んでいた。陽向の頭を撫でて、満面の笑みを浮かべた。
陽向は一瞬顔を曇らせて、直ぐに悪態をついていた。涼太は意味が分からないが、繋いでいる手に力を込めて歩き出した。
「その身長差、神レベル」
「神の黄金比……」
「尊死する」
「こいつら、何言って!」
「よく分からんが、佐伯みたいだなっ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
次の目的地である理科室のドアに手をかけ、二人は深呼吸をした。顔を見合わせ、静かに頷き中に入った。
勝手にガスバーナーに火が灯り、フラスコの中の液体がピンク色に沸騰した。
観察する影を中心に、人体模型が動き始めた。メジャーや、ストップウォッチを持っており、二人を取り囲んだ。
彼らはガタガタと震えだし、二人の身長差を測り始めた。這いずるような低い吐息に、陽向は体を震わせている。
涼太の制服を握り締めており、皺が目立っている。壁に貼られた元素周期表の文字列が、並び変わった。
TE-E-TE-Eという謎の文字列に変わる。二人は目の前の彼らに気を取られて、気がつかなかった。
陽向が怯えた声で怒鳴ると、涼太は呑気な声を上げる。陽向は怒っているが、涼太の足は少しだけ震えていた。
「行くぞっ!」
「おうっ!」
涼太は陽向の手を握り、勢い良く走り出した。人体模型たちの間を器用に抜けて、扉に向かった。
涼太の手は冷たく、陽向がビクンッと肩を揺らした。だけど優しくて力強い手を握ると、不思議と安心することができた。
――こいつが、俺のことを弟だと思っていても……俺はこの手を離したくない。
陽向は嬉しくて、涙が溢れそうになった。日に日に募っていく、涼太に対する恋心。
目の前を先陣切って、歩いてくれている。昔から、涼太は陽向のために行動した。
陽向が転べば、真っ先に駆けつけた。陽向がやりたいことをいつも、応援してくれた。
周りから揶揄われても、涼太は陽向のために笑顔でいてくれた。今だって、震えているのに頑張ってくれている。
陽向はそれが分かっているが、素直になれずにいた。幾度となく、気持ちを伝えようとしてきた。
しかしその度に、彼女を嬉しそうに報告してくる。おめでとうと伝えることしかできずに、家に帰って一人で泣いていた。
――決めた……現実世界に戻ったら、告白する。
陽向は自分を守ってくれる後ろ姿を見て、決意の表情を浮かべた。その瞳には、恐怖ではなく明日への希望が灯っていた。
「……なあ、ここを昇るのか」
「ああ、……ここを行かないと、屋上へは行けないだろ」
「……べ、別に俺は怖くないぞっ! だけど、お前が怖いんじゃないかって……暗いし、階段は灯りがないし……窓からの月明かりじゃ、心許ないだろ」
「俺が目になる。お前は、そうだな……俺の手を握っていろ」
「し、仕方ないなっ! そうしてやるっ」
「ああ、頼もしいな〜」
屋上へと続く階段の下に、二人は立っている。陽向は普段通りを装っているが、涼太の腕にしがみついていた。
「陽向、落ち着け」
「うっ……そんなこと言ったってぇ」
「大丈夫、俺がいるから」
「わ、分かった」
「尊い……もっと、見せるんだ」
涼太がドアを開け、二人は静かに中へと入った。するとそこには、霧のような黒い姿をした異形の怪物が浮かんでいた。
ビデオカメラが数台置かれており、スマホを片手に二人を撮影している。首からは、何やら名札のようなものが下がっていた。
【観察する影】と、その異形は名乗った。録音の再生ボタンを押したような、無機質な声だった。
陽向は怯え、涼太の腕にしがみついた。彼は震える陽向の頭を撫で、微笑みながら明るく声をかける。
少しだけ声が震えており、固唾を飲んだ。しかし陽向は完全に怯え、心臓の鼓動が速い。
そのせいで、涼太が青白い顔をしていることに気がつかない。陽向は、彼の言葉を聞いて静かに深呼吸した。
「おいっ、なんか変な音がっ!」
「おちちゅけっ!」
「まずはてめーが、落ち着きやがれっ!」
ギチ……ギギッと、耳障りな音が響き渡る。陽向は錯乱状態になり、涼太に抱きついた。
彼も訳が分からないまま、噛んでしまう。陽向は怒っていたが、しっかりと涼太の腕に抱かれていた。
二人の顔は、青白くなっていた。心臓の鼓動が速くなり、最早自分の鼓動なのかも分からなかった。
無数の石膏像は、全員二人の方を向いた。壁ドンや、顎クイのポーズを取り始める。
誰もいないはずなのに、キャンバスに筆が勝手に動き始める。抱き合う二人のラフ画が、猛烈な勢いで描かれていく。
窓の外から、無数の目が二人を凝視する。二人は怖さのあまり、目を逸らし続けていた。
「構図が甘い。もっと……もっと密着しろ!」
「はあ! 何言って」
「強制イベント、十秒間見つめ合え」
「幽霊の癖に、なんで俺たちの距離感にダメ出ししてくるんだよ……」
観測する影は、ニチャア……と不敵な笑みを二人に向けた。陽向は見えないが、涼太は気味が悪い。
陽向は体を震わせて、青白い顔をしている。そのため涼太は、平然を装いながら絞り出すような声でツッコみを入れていた。
その表情には、恐怖よりも【うっとうしさ】が混ざっている。陽向の震える体を抱き寄せ、幽霊を睨んでいた。
――これ、もしかして俺たちのこと応援してんのか……?
陽向は逆に冷静になり、錯乱状態にあった。顔を見上げ、涼太と目を合わせた。
目が悪くても、分かるぐらいの至近距離にいた。そこで涼太も同じように、怖いことが分かった。
平気なふりをしているが、精一杯の強がりだ。陽向はそれが分かり、不謹慎だが少しだけ嬉しかった。
涼太の力強い腕や、心地いい体温。それを今、自分だけが独占している。
そんな優越感に浸ってしまい、優しく微笑んだ。潤んだ瞳が、涼太を掴んで離さないように見つめていた。
涼太は固唾を飲み、陽向の瞳を見つめている。気がつくと、五分以上が経過していた。
観察する影も無数の石膏像も、幸せそうにその光景を見つめていた。
壁一面やキャンバスに、【尊い】とか【永遠にお幸せに】と血文字で書かれていることは二人には目に入らなかった。
「怖かったな」
「お、俺はべちゅに」
「陽向は可愛いな」
「……うっせ! 次に行くぞっ!」
「おうっ」
手を繋いだままで、二人は美術室を後にした。涼太が陽向に声をかけると、明らかに動揺している。
頬を紅潮させており、涼太はその様子を見つめ微笑んでいた。陽向の頭を撫でて、満面の笑みを浮かべた。
陽向は一瞬顔を曇らせて、直ぐに悪態をついていた。涼太は意味が分からないが、繋いでいる手に力を込めて歩き出した。
「その身長差、神レベル」
「神の黄金比……」
「尊死する」
「こいつら、何言って!」
「よく分からんが、佐伯みたいだなっ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
次の目的地である理科室のドアに手をかけ、二人は深呼吸をした。顔を見合わせ、静かに頷き中に入った。
勝手にガスバーナーに火が灯り、フラスコの中の液体がピンク色に沸騰した。
観察する影を中心に、人体模型が動き始めた。メジャーや、ストップウォッチを持っており、二人を取り囲んだ。
彼らはガタガタと震えだし、二人の身長差を測り始めた。這いずるような低い吐息に、陽向は体を震わせている。
涼太の制服を握り締めており、皺が目立っている。壁に貼られた元素周期表の文字列が、並び変わった。
TE-E-TE-Eという謎の文字列に変わる。二人は目の前の彼らに気を取られて、気がつかなかった。
陽向が怯えた声で怒鳴ると、涼太は呑気な声を上げる。陽向は怒っているが、涼太の足は少しだけ震えていた。
「行くぞっ!」
「おうっ!」
涼太は陽向の手を握り、勢い良く走り出した。人体模型たちの間を器用に抜けて、扉に向かった。
涼太の手は冷たく、陽向がビクンッと肩を揺らした。だけど優しくて力強い手を握ると、不思議と安心することができた。
――こいつが、俺のことを弟だと思っていても……俺はこの手を離したくない。
陽向は嬉しくて、涙が溢れそうになった。日に日に募っていく、涼太に対する恋心。
目の前を先陣切って、歩いてくれている。昔から、涼太は陽向のために行動した。
陽向が転べば、真っ先に駆けつけた。陽向がやりたいことをいつも、応援してくれた。
周りから揶揄われても、涼太は陽向のために笑顔でいてくれた。今だって、震えているのに頑張ってくれている。
陽向はそれが分かっているが、素直になれずにいた。幾度となく、気持ちを伝えようとしてきた。
しかしその度に、彼女を嬉しそうに報告してくる。おめでとうと伝えることしかできずに、家に帰って一人で泣いていた。
――決めた……現実世界に戻ったら、告白する。
陽向は自分を守ってくれる後ろ姿を見て、決意の表情を浮かべた。その瞳には、恐怖ではなく明日への希望が灯っていた。
「……なあ、ここを昇るのか」
「ああ、……ここを行かないと、屋上へは行けないだろ」
「……べ、別に俺は怖くないぞっ! だけど、お前が怖いんじゃないかって……暗いし、階段は灯りがないし……窓からの月明かりじゃ、心許ないだろ」
「俺が目になる。お前は、そうだな……俺の手を握っていろ」
「し、仕方ないなっ! そうしてやるっ」
「ああ、頼もしいな〜」
屋上へと続く階段の下に、二人は立っている。陽向は普段通りを装っているが、涼太の腕にしがみついていた。

